13話目 前半
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「魔族って……なんだよ、ララ?」
「…………」
俺の声に反応したのか彼女は一瞬体を跳ねさせ、元々逸らしていた目をさらに横へ逸らす。
「聞いたことないか?……まぁ、まだ若造なお前は知らないかもしれないか。その昔は俺たち人間と獣混じりの亜種以外にもう一種族がいたんだ」
俺を押さえている男が語り出した。
「そいつらは長い間、人間亜種に関係なく戦いを仕掛けてきやがった。しかも魔物まで従えてな……沢山の奴らが死んだ……友と呼べる奴も、親戚や親兄弟も……その原因を作ったのがその魔族、そして親玉の魔王ってわけさ」
男が語り終える頃には、周囲はお通夜のような静けさになっていた。
「だが俺たちも総動員して魔族の殲滅に当たり、そして絶滅と共に誰かが魔王を倒して世界は平和になったんだ」
「それでララがその魔族って……他人の空似じゃないのか?その人相書きだって目が黒かったり……違うところがあるじゃねえか」
たしかに髪型や雰囲気はよく似てる。だがそれを「ララ」と言うには普段から見て知っている彼女とは掛け離れた物々しさを感じていた。
「同姓同名でこれだけ似てる人相書きがあるのに違うってか?んなわけねぇだろ!」
「あぐっ!?」
ララの近くにいた女が彼女の腹部を蹴り上げ、ララが苦しそうな声を出す。
「おい、やめろ!」
「はっ、『仲間』が痛め付けられて焦ったか?言っとくが、捕まえろって言われてんのはそいつだけじゃねえからな?」
そして一人の男が俺の目の前に違う内容の紙を見せてきた。
「なっ……!?」
その内容に俺は驚愕した。
そこにはグラサンをかけた俺と、イクナのフード姿が描かれている。
『この者ども、国家の重要機密を盗みし者。見つけ次第報告されたし。加えてこの者、すでに人外であるため注意』
「……だってよ、化け物」
「どういう……ことだよ……?」
なんでバレたのか……そう考えてると、その紙を持っていた男がしゃがんで俺を見下す。
ようやく見えたその男の顔は……どこか見覚えのあるものだった。
なんだ、こいつ……ボサボサの髪に無精髭。ここにいなければ物乞いと間違うほど汚い身なりをしている。
見覚えがないようであるようで……
「……べラル?」
俺が呟くとその男は嬉しそうに、しかし今まで見たことがないくらいの狂気じみた笑みを浮かべる。
「あぁったりぃぃぃぃ!」
「ホントに……あんたなのか……?経った一ヶ月で何が……」
「何があったか」と問おうとしたところで、べラルらしい男の顔から表情が消えた。
「……お前の、せいだよ」
「何?」
恨みのこもった声でべラルが呟き、やがて徐々に彼の体が震え始めた。
「テメェが俺を狂わせた!あの時!テメェが大人しく俺に殺されねぇから!あれから毎晩悪夢にうなされて眠れずにいる俺の気持ちがわかるか……?化け物に脅された挙句に冒険者家業から追いやられた俺の気持ちがよ!?」
そう言ってベラルは俺の頭の髪を掴んで引っ張り、怒りを露わにした顔を近付けてきた。
「……だからよ、お前に復讐してやろうって考えたんだ。そしてここまで追いかけ、ついに二つの面白い話を聞いたんだ。そこの黒髪女が魔族であることを、亜種の金髪女と話してたんだ……その時代を生きた人間に取って魔族は仇敵だからな、情報を全て提供したんだよぉ。そんで――」
ベラルの口角が引き上げられ、怒りの表情に笑みが混ざり、さらに顔を近付けて耳打ちしてくる。
「――どっかの国のお偉いさんが話をしていたのも聞いちまったんだよ。秘密裏に建てた研究所、そこにいた大量の研究材料、その中に傷を一瞬で癒すウイルスがあったことをな」
そう言うとベラルは俺の頭を離し、そしてその手で俺の背にいる九尾の赤ん坊を奪い取って行った。
「だからその場で全て報告した。最初は怪しまれもしたが、最後には信じてくれたよ……にしても化け物が亜種の赤ん坊を連れてるなんてな。少し見ない間に『らしく』なってんじゃんかよぉ?」
「か、えせ……!」
「あん?化け物がいっちょ前に子育ての真似事でもしようってのか?泣けるねぇ……ああ、そうだ。そういえばその女たちの正体もこいつらに言ってあるのか?」
「正体?」と冒険者たちが首を傾げる。
――やめろ
そしてその言葉の意味が気になった冒険者たちがレチアの帽子とイクナのフードを脱がせる。
「うげぇ、この女、亜種だったのかよ!デケー乳してる良い女だと思ってたのにガッカリじゃねえか」
「うおっ!こっちも見ろよ、気持ち悪い肌の色をしてるぜ?こっちも化け物みたいじゃねえか!」
「なるほどな、いつも同じメンバーだと思ってたら、こうやって日陰者同士慰め合ってたってわけかよ?」
軽蔑や嘲笑の目で俺たちを見る冒険者たち。
――やめろよ
「絶滅危惧種の魔族に亜種の奴隷、改造された餓鬼、そして死なない化け物……ああ、あと醜い顔の奴もいたな。お前にお似合いのひでぇパーティメンバーじゃねえか!」
ゲハハハハと下品に笑うベラルは、すでに俺が最初に見た冒険者らしい第一印象とはかけ離れていた。
こいつこそ化け物に、悪魔に見えてしまえる。
「どうせ死なないんだ……お前はしばらく俺のサンドバッグになれや!」
ベラルはそう言うと俺の頭を蹴り飛ばす。
痛みはないが……ここまで悪意をぶつけられるのはいい気はしない。
「待て待て待て、殺さずにじゃないのか!?それじゃあすぐ死ぬんじゃ……」
「いいんだよ、こいつは!いいか、よく見てろよ?例え頭を斬り飛ばしても……」
そしてベラルは他の奴らへ公開処刑のように見せ付けながら剣を抜いて俺を斬首した。
その時、視界に色んな顔が映り込み、転がった先でたまたまララと目が合う。
やっぱり……人間ってのは――
――――
ヤタの頭が転がった先でその目と目が合うララ。
そんな彼女の目が黒く、瞳が赤く侵食していく。
「……やはり人間とは愚かしいな」
「「「っ!?!?」」」
ララが口を開いた瞬間、その場の空気が凍り重くなる。
いつものか細い声ではなく、低く思い言葉を発する声だった。
彼女から衝撃波に似たものを食らい、険者たちがレチアたちを捉えている手を緩める。しかしその重さのせいで解放されても身動きが取れずにいた。
「なんだこれ……」
「呼吸が、苦しい……!」
冒険者のみならず受付の者もその苦しさに倒れる。
「なんだよ……なんだその力は!?」
ベラルも例外ではなく、その場に尻もちをついて酷く怯えてしまっていた。
「考え、意見、言葉、身体的な一部、他者とのどんな些細な違いさえ否定する。違う、違う、違う……違いを違うと言うだけで受け入れようとしない愚者共。仲間だと思っていた者も受け入れられないものを持っていれば裏切り者だと豪語する。他者も身内も全てが敵となり得るのが人間。だから『我』は滅ぼそうとしたのだ、貴様らを」
ララは静かにそう言いながら誰を見るでもなく真っ直ぐに冒険者たちを視界に捉えるよう見据える。
「――我は魔王。転生者し、この世に再び降り立った魔王だ」
「魔王……だと……あ、ありえねえ!」
ベラルが声を荒らげながら立ち上がり、剣を持つ。
彼が持っていた九尾の赤ん坊はそのまま地面へ放置され、何事もないかのように寝ていた。
「ただの魔族が自称してるだけに決まってる!そうに違いないんだぁぁぁぁっ!!」
突進するベラル。腐ってもヤタより上の階級を持つ彼の速さはそれなりのものだった。
しかしララはその速さを目で追い、ベラルが向かう先に指を置いた。
「身の程を知れ」
たった一言そう口にすると、ベラルは時間が止まったようにピタリとその場に静止する。
そして――
「ケ パ プ ッ !?」
ベラルは一瞬だけ膨張し、両手足を残して破裂してしまった。
破裂した際に人間の体の中にある血液が全て周囲に撒き散らされ、連合内は地獄のような景色に変貌してしまった。
「ひ、ひぃぃぃぃ!?」
人間が破裂する光景を目の当たりにした冒険者や受付の者は必死に小さく悲鳴を上げる。
するとそこにマルスとルフィが扉を開けて入ってきた。
「これは一体……?」
「新しい模様替え……ってわけじゃなさそうだね」
「……ま、色々あってな」
混乱する彼らに声をかけたのは、体が元通りになったヤタだった。
復活したヤタは落ちたままになっている九尾の赤ん坊を拾い抱き上げる。
「あ、あいつ!さっき殺されたんじゃ……!?」
「ば、化け物……本当に化け物じゃねえか!こんなの捕まえられっこねえ!」
腰を抜かしていた一人の冒険者の男がヤタの復活をトドメに恐怖に駆られ、全力でその場から逃げ出そうとする。
しかしその男がマルスたちを通り過ぎ、扉に手をかけようとしたところでララがその男に指を差すと、先程のべラルのように再び破裂してしまう。
「なっ!?」
「今のは……君がやったのかい、ララさん?」
いつもにこやかに笑っていたルフィスが険しい顔でララを睨み付ける。
ララはその問いかけには答えず、ただ見つめ返す。
その彼女の肌は時間が経つにつれて褐色になっていき、元のララの雰囲気はすでに残っていなかった。
彼女を「敵」だと認識し始めたマルスはゆっくりと背中の大剣に手をかける。
「ララ」
緊張が走る空気の中、ララの肩にヤタが手をかける。
驚くこともなくゆっくり振り向くララ。
「どうせもうこの町には居られない。行こうぜ」
「……お前はこんな私にも声をかけてくれるのだな」
ララがポツリと呟くと、返事はしなかったものの部屋の出入り口へと歩み始める。
いつの間にか空気の重さも消えており、動けるようになったイクナがヤタの近くへと行く。
「レチア、ガカン、お前らはどうする?」
そう問いかけるヤタの目は生気のない目になり、彼女らの答えを聞く前にララの後ろを付いて行ってしまう。
ガカンは慌てて立ち上がってヤタの後ろへ付いて行き、レチアも遅れてその場を離れた。
マルスとルフィスの間を通り抜けるララ。
彼女の威圧に圧倒的され、迷いも相まり震えて動けずにいた二人。
そしてヤタも彼らの間を通る。
「今まで世話になったな。だけどこれでお別れだ。次会う時は多分……敵同士だろうよ」
「ヤタ君!」
マルスが振り返りながら呼びかけるも、ヤタは反応することなく去って行ってしまう。
しかし出入り口から出る直前、ヤタが足を止めて一言だけ口にする。
「……俺はもう疲れた」
たったそれだけ言って居なくなるヤタ。
その後ろをレチアとガカンが付いて行く。
彼らが居なくなったその場所からは苦しむ声と泣きじゃくる声が聞こえてきた。
そんな光景を見たマルスは手を強く握り締め、悔しそうに唇を噛んだ。




