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1話目 前半 腐りかけの勇気

 現在アルファポリスで「異世界やりすぎ旅行記」を投稿・書籍化していますが、お試しとして新たに別作品を投稿させていただきました!

 何話か投稿させていただき、好評でしたら続けて書かせていただきます!


 「アルファポリス」「小説家になろう」にもこちらと同じ内容のものを投稿しますので、よろしくお願いします。


※他作品と並行して書いているので、投稿日は不定期となります。


 俺、八咫 来瀬(やた らいせ)は年齢を三十路過ぎた、どこにでもいるサラリーマンのおっさんである。

 ただ珍しい特徴と言えば、目が腐っていることだろう。

 腐ってるって言っても、病気的な意味じゃなく比喩なんだけれど。

 言い換えれば濁っているだとか目付きが悪いだとか。

 会社の同僚からもその目が原因で避けられていたし、学生の頃なんか絶えずイジメを受けていた。そしてそのおかげで自分でもわかるくらいに性格が捻くれていたり……


「そんな俺も今日一日、めげずに生き抜くことができましたっと」


 仕事から帰り、借りている部屋である誰もいない八畳一間空間に向かって言葉を発する。

 時間は夜八時。ブラックじゃない会社の残業帰りだ。

 ちなみに会社では人から声をかけられることもなければ、声をかけてまともな返事が返ってくるのは少ない。上司に至っては「仕方なく」が頭に付いてるのがわかつてしまうほど、あからさまな態度をしてくる。

 部屋はテレビとそのテレビに繋がってるゲーム機が置いてあり、棚には一度読んだだけでしまってある漫画やラノベの数々。人並み程度には娯楽を楽しんでいたりする。

 台所には朝食べる時に使った食器が、桶に溜めていた水の中に放置してある。

 その放置していた食器を手に取り、ボーッとした頭で洗おうとした。


「……あ、そろそろ洗剤が無くなりそうだな」


 ふと手に取った洗剤の残りを見て呟く。

 買いに行かなきゃな。また明日会社から帰って……あっ、明日土曜で休みだ。

 人間関係はブラックだが、就いた職場が普通のところで本当によかったと思う。

 しかしだとしたら、明日になった時には面倒臭くなってるだろうし、今のうちに買いに行った方がいいか。


「この時間ならスーパーはまだ開いてるな」


 時計を確認して呟く。遅いところであれば十時や十一時までやってるし、少し離れたところに行けば二十四時間やってるスーパーだってある。最悪、多少物価が高くともコンビニっていう手段も……

 いい時代になったものだなと思いながら、手に持った皿を戻して財布を握り締め外に出る。

 今は冬、すっかり暗くなって寒空の下に出た俺は白くなった息を確認する。

 それがなんとなく面白くてニヤリと笑う。

 こんなところを見られたら通報ものだな、なんて思いながら歩き出す。

 ここまで卑屈になってるのは、今まで受けてきた屈辱の結果のようなものだ。


「ニャー」

「あん?」


 どこからともなく聞こえる猫の鳴き声。

 声のした方に顔を向けると、一匹の黒猫が塀の上でお座りをしてるかのように背筋を伸ばした綺麗な座り方をしていた。


「なんだ、野良猫か」

「ニャー?」

「お前も一人か?奇遇だな、俺も一人だ。もっとも、俺はいつも一人だがな」

「ニャッ!」


 まるで俺の言葉を理解しているようなタイミングで返事が返ってくる。

 というか、猫相手に何を独り言のオンパレードしてるんだ、俺は?

 恥ずかしさも相まって、本当に通報されないうちにこの場から逃げようとする。

 誰かに見られただけでも黒歴史ものだし。


「ニャ〜」


 すると黒猫が腰を上げて、塀沿いに歩いて俺と同じ方向へと歩き出す。

 まるで俺のあとを付いて来ようとしているようだった。


「おい、ついてくるなよ。ついてきても餌なんてやらないからな」

「ニャ!」

「本当にわかってるのかよ?」


 むしろ俺がわかってないだろ、猫に話しかけるなんて。

 ついに自分の頭がおかしくなったんじゃないかという心配を他所に、黒猫の可愛らしい動きを見て暇潰ししながらスーパーに到着する。結局スーパー近くまでついて来たな、この猫。

 一応人間がそれなりにいるからか、途中で止まって別れたけれど……


「……まだ待ってたのかよ」

「ニャ?」


 買い物の会計を済ませて外に出て視線を向けると、別れたところと同じ場所でその黒猫はお座りしていた。

 暗闇で見る黒猫って、目だけ光ってるように見えて怖いよな……


「で、お前は結局なんなんだよ?たかろうっつったってそうはいかねぇ――」

「おかーさん!あのおじさん、ニャンコさんに話しかけてるよー?」

「そうだね、猫ちゃん可愛いねー」


 近くで子供と母親と思しき声が聞こえてくる。

 そこのお母さん、教育上良くないからって敢えて俺の存在を無視するような発言はやめようね?


「……帰るか」


 いつまでも猫に話しかけてたら、寂しい奴として職務質問されちゃうしな。

 ……猫に話しかけただけで職務質問って酷くね?


「はぁ、なんでいつまでも怯えてないといけないんだ……」


 帰る道中、溜息を吐いてまた独りごちてしまう。

 いつも一人だからか独り言をよくするんだけれど、今日は一段と多い。


「これも全部、何もかもあいつらのせいだな……」


 そう、俺がこうなったのも会社の奴らがあからさまに俺を避けるから……いや、もっと前からだ。

 学校に通ってた時だって理由もない暴力に襲われたし、先生だって軽く注意するだけで傍観してるのと変わらなかった……なんなら世界が悪いとまで言える。


「……考え方が中二病だな」


「世界が敵だ」なんていうファンタジーらしい考えは捨てよう。

 俺はただ、ルールに従順な生き方をしていればいい。

 学校曰く、会社曰く、社会曰く、そこのルールに従順になり、規則を侵さなければ生きていけるんだ。

 イジメられても避けられても蔑まれても、ルールを犯してなければ「俺は何も悪いことはしてない」と前を向いて歩いていけるのだから。

 ……でも――


「仮にラノベみたいな……異世界にでも行けたらとは思うよな」


 俺を拒絶するこの世界からの脱却。死ぬ以外の希望。

 ありえないと思っていても願ってしまう。

 そこがたとえドラゴンや化け物が徘徊する世界だったとしても、この世界より残酷だと断言できるだろうか?

 いいや、できない。なぜならこの世界はすでに、人間という化け物がいるのだから。


「ニャー」


 やはり返事をするように、黒猫が鳴く。

 あまりにタイミングが良過ぎるんだが、本当は伝わってるんじゃないか?


「……ま、この猫に何を呟いたところで、文句がないのが唯一の救いだよな。言い返されない仕返しをされない、それが気まぐれな猫の癒し――」

「ニャッ!」


 得意げに誰に言うでもない詭弁を口にすると、さっきまで温厚だった黒猫からプロレスラー並のドロップキックをお見舞いされた。


「――なっ」


 次の瞬間、目の前は真っ暗になっていた。

 あれ、俺今何された?

 なんか猫に蹴られた気が……前々から神から見放されていると思っていたが、ついに猫すらも俺を見放したか。


「やれやれ、よく厄日だとは言うが、俺の場合は年がら年中厄日だな。だから厄年……厄人生?語呂が悪いからやめよ、っと」


 独り言を言うだけ言って、黒猫に転ばされた俺は立ち上がろうと両手を地面に付ける。

 ――ガサッ。


「……あれ、こんなところに草むらなんてあったか?」


 両手に草と土の感触。しかし俺が借りてる部屋からスーパーまでの道のりはほとんどコンクリートしかない。

 それに俺が転ばされたのも車が走るために作られた車道の方向だ。多少の土草はあったとしてもコンクリートの感触がないのはおかしい。

 というかまず、暗過ぎる。

 街灯一つないどころか、家庭の光一つすらない。

 辛うじて見えるのは、俺の周りに生えてる木が数本のみ……


「おいおい、いつの間に山奥に飛ばされたんだよ……猫の蹴りってそんなに強いの?」


 強がりを言う自分の声が震えているのがわかる。

 頭では理解が追い付いてないし、体はそのありえない状況を拒絶しようとしてるかのように俺の意思とは関係なく震えている。というか、その猫がいないんだが一体どこに……?


 ――キィィィィ……


「ひっ!?」


 虫か動物かわからない声が周囲に響く。

 なんだこれ?なんだこれ?なんだこれ!?

 あまりにも変化し過ぎた光景に恐怖を覚え、足がガクガクと震えて動くこともできず、声を出すこともできない。

 夢……夢だよな……?


「そうだ、夢に違いない……俺は会社から帰って疲れてそのまま寝たんだ……じゃなきゃ、こんなこと……」


 ようやく口にできたのは、現実逃避する言葉だった。

 頭が真っ白だった。

 これからどうするなんて考える余裕すらない。

 クソッ、落ち着け!……落ち着け。

 自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。

 そうだ、状況は違うが、似たようなことなんて前にもあったじゃないか。

 学生の時、体育倉庫に悪戯で閉じ込められ鍵をかけられたことが。

 あの時はどうした?恐怖で心が押し潰されそうになった時、そんな時は……


「……ふぅ」


 過呼吸寸前だった呼吸を整え、心を落ち着かせる。そして見えない暗闇の先を見据えた。

 相変わらずハッキリとまでは見えないが、思考を放棄するよりは周囲の状況が見えてくる。

 一見ただの獣道に見えるが、ちゃんと見ると茂みが避けられてて道ができている場所があった。


「行くか。行って……それから考えよう」


 この先が地獄でないことを祈りながら、俺はその道を歩き出す。

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