8限目 安藤さんと境界の彼方
こんにちは、僕の名前は久遠 瑛士。私立・栄愛学院高校に通う1年生だ。何ら変わりのない平凡な人生を送っていたのだがつい先日、僕は人生最大の衝撃を受けたんだ。
「じゃあ次の文章を・・・安藤、読んでくれるか?」
「はい。Samuragochi has been doing well at school so far.」
教師に当てられ、教科書に載っている英文を、まるで翻訳アプリの音声のような声で流暢に読み上げる女子生徒。彼女は隣の席の安藤 愛子さん。
僕の友達であり、アンドロイドだ。
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「久遠さん、お昼ご一緒しても大丈夫でしょうか。」
昼休みになり、安藤さんが僕に話しかけてきた。ここで僕の中に疑問が生まれる。
「え、安藤さんって食事できないんじゃ・・・」
「人間の食べる物は食べられませんが、食事自体はしますよ。」
そう言って安藤さんはカバンから小さな箱を出して見せてきた。箱の中には、小さいブロックが何個か入っていた。例えるなら、カロリーメイツのような。
「私はこれを食べます。アンドロイド専用の食事道具です。」
よく分からないが、僕は「へぇ~」と相づちをうつ。そして安藤さんの誘いを快く受け入れた。内心嬉しかった。アンドロイドとはいえ、女の人から食事に誘われることなど初めてだったからだ。胸躍らせ、僕は弁当箱を開く。
弁当を食べ始めたのだが、無言の時間が続く。安藤さんも何も話しかけてこない。僕の方を見つめながら、無言でブロックを食べ続ける。ただし咀嚼しておらず、食べるというより飲み込んでいるという感じだったが。
無表情の女子生徒にまじまじと見つめられながら食事をするなんて経験がないので、緊張のあまり弁当の味を感じられなかった。
「それにしても、さっきの英語のすごい流暢だったね。先生も『まことにナチュラルでごぜーますねぇ』って褒めてたし。」
僕はやっとの思いで話を切り出した。やはり高校生といえば身内トークで盛り上がるが鉄板だろう。
「そうですか。私には最新型の音声翻訳アプリがインストールされていますので、恐らくそのせいかと思われます。」
安藤さんの流暢英語の理由が判明したところで、僕はまた「へぇ~」と軽く相づちを打つ。
複雑な気持ちだった。なぜなら、先ほどから安藤さんとの会話がアンドロイドトークばかりだからだ。
たしかに安藤さんはアンドロイドだ。でも、僕は出来るだけ安藤さんを人間として接したと思っている。理由なんて別にない。理由が必要だとも思わない。
でも安藤さんの口から発せられるのは自分がアンドロイドであるという主張を含むことばかり。人間とアンドロイドの間に大きな距離があることは分かっているのだが、そんなトークばかりだと、僕の貫こうとする思いが曲がってしまう。
要するに僕は、安藤さんと人間らしい話をしたいのだ。
「ちなみに、翻訳可能な言語は英語のほかに中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語・・・」
「あの、安藤さん。」
翻訳可能言語の羅列をする安藤さんに割り込み、僕は彼女に思いをぶつける。
「その、できるだけ、そういう話はしないでおかない?」
「そういう話、とは?」
「えーと、アンドロイドみたいな話。」
「・・・?」
僕が地頭の悪い返事をすると、安藤さんが再び「理解不能」と言わんばかりの顔をしてしまう。もう少し言葉を厳選して、訂正をする。
「安藤さんがアンドロイドだと思わせるような話、かな。」
「・・・?私はアンドロイドなのですが。」
いまいち会話がかみ合わない。安藤さんは自分がアンドロイドであると理解している。でも僕はそう思いたくない。意思の相違をもどかしく感じているうちに、僕は主張を諦めた。
「ごめんなさい、何でもないです・・・」
「そうですか。」
それから何の会話もなく、僕らは食事を終えた。僕と安藤さんの間に立ちはだかる大きすぎる壁。人間とアンドロイドという境界線を、僕は超えていけるのだろうか。