26限目 安藤さんと対外折衝
前回までのあらすじ
3ヶ月ぶりの更新
「あの・・・安藤さん、何やってるんですか?」
安藤さんとのまさかの邂逅を果たした僕はシンプルな疑問を口にした。事故を起こしたハイエースの前に立ち尽くす安藤さん・・・まるでハイエースが安藤さんに衝突したせいで大破したように錯覚してしまう光景だった。
「轢かれました」
最高にシンプルな返事がきた。轢かれたなんて微塵も感じさせないほど冷静な対応をする安藤さん。アンドロイドだから怪我をしてるとは思えないが、一応野暮な質問をしておくことにした。
「え、大丈夫なの安藤さん。怪我はない?」
「はい。私は大丈夫ですが、車が壊れてしまいました」
「う、うん・・・」
僕の導き出したしょうもない予想はドンピシャだった。ハイエースは安藤さんに衝突して大破してしまったのだ。もうアラレちゃんじゃん。リアルアラレちゃん初めて見たよ僕。
「・・・ていうか早く西園寺さんを助けないと!!」
リアルアラレちゃんイベントですっかり忘れかけていたが、僕は誘拐された西園寺さんを助けるという本来の目的を思い出した。ハイエースの中の様子は、窓のスモークのせいで確認できない。しかし、事故を起こしたというのに車内から誰も出てこないことから、事故の衝撃でみな気絶しているのではないかと自分なりに考えた。
一刻を争うかもしれない状況が頭をよぎり、僕は急いでハイエースの後ろのドアに手をかける。
「うぅぅぅ~~~~っっっ!!!」
男らしからぬ情けない声をあげるものの、ドアは開かない。ロックがかかっているのだ。ロックがかかっていては、こんなクソザコ男子高校生にドアを開ける術はない。僕が貧弱すぎるわけではなく、こればっかりは野球部だろうがサッカー部だろうが開くことはできない。それもそのはず、そんじょそこらの人間に開けられるようでは、自動車業界の面子が立たない。
「ごめん、安藤さん。ちょっとこのドア開けてもらってもいいかな?」
人間の力が通用しないのなら、やむを得まい。安藤さんのことをアンドロイド扱いなどあまりしたくはないのだが、ここは彼女の力を借りるしかない。安藤さんならば、車のドアを開けられると思ったのだ。車体に触れることで車のコントロールを制圧し、ロックを解除する、みたいな感じで。
「分かりました」
そう言うと、安藤さんはハイエースの後部席のドアを強打し、無理矢理ドアを取り外した。
「これでいいですか?」
うん、いいっちゃあいいんですけど、個人的にはもうちょっとハイテクな開け方を期待しちゃってました。まさか力業でこじ開けるとは思っていませんでした。いや、結果的にはちゃんとドアも開いたし、自分のハイエースじゃないので文句はないんですけど・・・
「西園寺さん!!」
安藤さんがドアを開けた(怪力でこじ開けた)おかげで、ようやく車内を目視することができた。後部座席には手足を縄のようなもので束縛され、横たわる西園寺さんの姿があった。声をかけても返事はない。
そして、彼女を誘拐した不良3人も、車内で気絶している。不幸中の幸いだ。ゆえに、いとも容易に西園寺さんを車内から脱出させることができた。気を失ってはいるが、幸い彼女には目立った外傷はなく、呼吸もしっかりしていた。
「・・・久遠さん、いまいち状況が把握できないのですが、西園寺さんと何かあったのですか?」
唐突に、安藤さんが疑問を投げかけてくる。それもそのはず、安藤さんは詳しい状況を知らない。僕が何をしているのかなんて見当も付かないだろう。だが、事のあらましを話すのは今ではないと思った。理由は単純明快。不良たちが目覚める前に、この場から離れたい!
「詳しい話は後でするよ。今はとりあえずここから離れよう!」
僕は西園寺さんを抱えながら、学校に向かって走り出す。安藤さんも「はい。」と小さく放ち、僕についてくる。とはいったものの、これまでに蓄積した疲労によって、走るのも辛い。西園寺さんを抱えながら動くのは拷問の極みだ。だから、彼女を安藤さんに任せようと提案しかけたその時、背後から物音がした。嫌な予感がし、僕は後ろを振り返る。
「おい待てやゴルァ!!!!」
予想は的中した。不良たちが目を覚まし、ハイエースから降りてきたのだ。そして僕らを誘拐の妨害者であると認識し、邪魔をするなと言わんばかりに大声で威嚇している。
「くそっ、もう目が覚めたのか!!」
僕は心の声を漏らす。出来ればこれ以上不良に関わらず事を済ませたかったのだが、それは叶わぬ願いのようだ。不良たちとの距離はおよそ50m、全力で逃げようと思ってもすぐに追いつかれてしまいそうな距離だ。だが、今は逃げるしか手はない。振り返ることなく走り続ける。
「その女は俺たちのモンだ。さっさと返しやがれ!!」
西園寺さんを「モノ」扱いする不良の態度に内心イラっとしたが、僕はお構いなしで逃げ続ける。
「・・・久遠さん、あれは誰ですか?お知り合いですか?」
またもや安藤さんが質問してくる。いやまぁ知り合いっちゃあ知り合いですけど。今朝因縁つけられて知り合ってしまったんですけど。そんなことをいちいち話すのも面倒なので、簡潔に答える。
「さぁね。西園寺さんを誘拐した悪い奴らだよ、少なくともね」
「なるほど、悪い奴らですか。戦わないのですか?」
安藤さんの質問は続く。西園寺さんを抱えつつ、不良から逃げながら安藤さんからの質問に答えるのはなかなか骨が折れる。だけど、無視するわけにもいかないので、簡潔ながら質問に答えていく。
「戦うって・・・戦ったところで勝てるわけないじゃないか」
「私がいます」
「えっ」
「マスターが言っていました。悪はこの世に災厄をもたらす存在。悪は成敗しなければならない・・・と。私の戦闘能力であれば、あのような男性3人を圧倒することができます」
安藤さんから『マスター』という聞き慣れぬ言葉が発せられた。僕の知識上、『マスター』とは、恐らく彼女を造った人間を指すと考えられる。だとすればマスターとは、安藤さんからしたら父親のようなものだ。安藤さんは今、父親の言葉に従って『悪』を成敗するために、迫り来る不良たちを倒そうとしている。
たしかに安藤さんの力があれば、不良たちを倒すことができるだろう。でも、だからといって・・・
「いや、安藤さんは何もしなくていいよ」
「・・・ですが、このままだと追いつかれてしまいます」
「だとしても、その時は・・・西園寺さんを連れて、逃げてほしい」
「何故です。見たところ久遠さんは疲弊しておられます。彼らと対峙したところで、圧倒されてしまいます。ですから私が・・・」
「君を利用したくないんだ」
「・・・え?」
そもそも、この状況を引き起こした原因をたどれば、それは紛れもなく僕。今朝、不良たちに追いかけられた時から、彼らとの因縁は始まったのだ。僕が弱かったから、西園寺さんに助けられた。僕が弱かったから、西園寺さんは不良たちにさらわれた。僕のせいで、こんな事態になってしまったのだ。
そしてその上、安藤さんにまで迷惑をかけようとしている。彼女の力を借り、この状況を打開することは容易い。なにせ安藤さんはアンドロイドなのだから。だからって彼女の力を借り続けるのは、まるで彼女をモノとして扱っているような気がして嫌なんだ。
「これは僕が起こした問題なんだ。それを安藤さんの力を使って解決しようなんて、おこがましいにも程があるよ」
「ですが合理性を考えると、私が動いたほうが久遠さんの安全が保障される可能性が高く・・・」
「合理性なんてクソくらえだ!!」
柄にもなく僕は叫んだ。そしてダメ押し気味に言葉を付け加えた。
「君はアンドロイドだけど、決して道具なんかじゃない。僕は君を、人として接したい」
よくよく考えると気障で気持ちが悪い台詞だったかもしれない。だがこれは何も考えず、心から発した言葉だったのだから仕方が無い。僕は素直な気持ちを、安藤さんに告げたつもりだ。
「・・・そうですか。わかりました」
安藤さんは小さく答えた。彼女を道具扱いしたくないという僕の思いが、どうやら分かってもらえたらしい。よかったよかった、これで僕は彼女を利用せずに済む・・・
「では、殲滅して参ります」
そう言うと安藤さんは立ち止まり、不良たちのほうを振り返った。うん、どうやら何も分かってくれなかったようです。




