23限目 音無先生と死海文書
2ヶ月ぶりの更新ですわよ。
「珍しいな久遠、お前が遅刻するとは」
1限目に遅刻したということで、僕は職員室に呼ばれた。そして担任の音無先生から注意を受けているという状況である。
「なんだ、不良に襲われる美少女を助けていて遅れたか」
「・・・いえ、そういうわけでは」
「まぁそりゃそうだわな」
まさか不良に襲われている僕が美少女に助けられたなんて、口が裂けても言えない。それを知られたらこのすっとんきょうな女担任はすかさず食いつき、末代までネタにすることこの上ないだろう。あ、僕が末代か。
「ま、何はともあれ次から気をつけろ~」
女性とは思えないだらしない姿勢でそう言うと、手を上下に払う。「教室に戻っていいぞ」というジェスチャーだ。僕はそれに従って職員室を出ようとしたが、気になったことがあったので、音無先生に質問した。
「あの、すみません。この前転校してきた西園寺さんって何者か知ってますか?」
「あ・・・?」
僕の質問を受けるやいなや、露骨に嫌そうな顔をする音無先生。珍しい。自分の発言を生徒に総スルーされた時でさえ、嫌な顔ひとつせずに無表情で乗り切ったあの音無先生が、まさかこのタイミングで初めてそんな表情を見せてくるとは思わなかった。
「・・・西園寺、誰だそれ」
想定外の返事がきた。こいつ前々からヤベー担任だとは思っていたが、ここまでヤバイ奴だとは思っていなかった。自分のクラスメイトを忘れるなど担任としてどうなんですか。ていうかどう頑張っても忘れられるようなキャラじゃないだろ西園寺さんは。
「いや、なぜか2日連続で転校してきたあの金持ちの西園寺さんですよ」
「・・・はぁ」
ため息ひとつ、音無先生はようやくきちんとした姿勢に直り、僕のほうをしっかり見据えた。いつにも増して真剣な顔だ。
「西園寺について、私からは何も言うことはできない。そういう約束なのでな。」
たかだか転校生のことを聞いているだけなのに、なぜこんな禁忌めいた雰囲気になってしまっているのだろうか。口止めされているようだが、正直信じる気になれない。だって音無先生の言うことだぜ、何食わぬ表情で口からでまかせレディだぜ?またどうせくだらん冗談を言っているに違いない。
しかしなんだろう、この違和感。今日の音無先生、まるで一切の冗談を言っているように見えるのは・・・、まさか本当に口止めを・・・
「まぁ結論から言うと、あいつは金持ち自慢をするために転校してきたんだ」
ほ~ら見ろやっぱり口止めなんて嘘だっただろ。言えないって言ったそばから結局言っちゃったぜこの人。違和感なんてなかった、いつもの音無先生だ。
・・・っていうか、え、自慢?いまこの人『自慢』って言った?
「え、自慢するために転校してきたんですか、西園寺さん?」
「二度言わすな、そうだと言っているだろうが」
音無先生の表情が曇る。そのサインを見る限り、どうやら本当の情報であると僕は勝手に推測した。ここまできてまだ冗談をひけらかすのならば、僕はもう何を信じればいいのかわからなくなってしまう。
それにしても、西園寺さんが金持ち自慢のために転校してきたとのことだが・・・ちょっと予想していたとはいえ、なんというか、その・・・
「くっだらねぇな」
転校動機のくだらなさのあまり、思わず僕は心の声を漏らした。目の前に音無先生がいることを忘れて。
「あっ先生違うんです、今のは先生に対して言ったのではなくて・・・」
「まったく、お前の言う通りだな」
僕の弁明に耳を貸すことなく、音無先生は呆れたようにフッと笑みを浮かべた。どうやら、怒ってはいないらしい。しかし、音無先生の笑み・・・非常にレアな表情だ。どれくらいレアかというと、無料単発ガチャで限定アイドルを引き当てるくらいに・・・
「自分の金持ち自慢をするために転校を繰り返すなんて、本当にくだらない」
「え、西園寺さんって転校を繰り返しているんですか?」
「あぁ、そうだと聞いている」
僕はここで、とある掲示板のスレッドを思い出した。金持ちの女子が転校を繰り返す・・・それってまさか
「『モーメント・プリンセス』って知ってるか?」
不意打ちだった。まさか僕が今思い浮かべている固有名詞を、音無先生の口から発せられるとは思わなかったからだ。ということはまさか本当に、西園寺さんが『モーメント・プリンセス』なのか。いや、違う。僕は思い出したかのように、その都市伝説の矛盾点をぶつける。
「えぇ、知ってますよ。西園寺さんのように、転校を繰り返す金持ち。でも情報によると、『モーメント・プリンセス』は少なくとも2年生以上のはずでは・・・」
「そうだ、だから西園寺 夏澄は『モーメント・プリンセス』ではない。夏澄はそれの妹だ」
「えぇぇぇぇ!!?」
僕は職員室にいるという事実を忘れて変な声をあげてしまった。無論、教員たちの視線が痛い。「あ~問題児か」みたいな表情で僕を見ている。誤解です誤解です。いや、そもそも音無先生が問題児みたいなもんだし、それの教え子って時点で問題児でもあながち間違っちゃあいないか・・・って、そんなどうでもいい外堀で言い訳をしている場合ではない。
「し、姉妹揃ってそんなくだらないことしているんですか・・・」
「そうだ、西園寺 夏澄は1歳上の姉・西園寺 真冬の影響を受けて、金持ち自慢をするために全国を転校して回っているんだ。くだらねぇどころの騒ぎじゃねぇよ」
「モーメント・プリンセス」の姉を持つ西園寺 夏澄。それに影響されたのか自身の本能に従っての結果かどうかは知らないが、妹も姉のあとを追ったようだ。まったくこの西園寺シスターズ、いや「モーメント・シスターズ」と呼ぶべきか、しょうもないにも程がある。
まぁここまで来たらついでと言わんばかりに、僕はもう1つの謎を音無先生に尋ねる。
「じゃあ、転校してきた次の日にまた転校してきたじゃないですか。あれは一体どういう・・・?」
「あ~あれか、あれはな『昨日転校してきたはずの生徒がまた転校してきたときの庶民の驚きの表情を嗜むための余興』らしいぞ」
そ、そのまんまじゃねぇか・・・。いや、そのまんまだとしても、西園寺さんの手のひらで踊らされていたという事実は揺るがない。くそ、あの人の思うとおりのリアクションをしてしまっていたなんて・・・なんて滑稽な庶民なんだろう!
「1回目の転校のあと、『明日も転校してきた体で話をすすめてくれ』と金を積んできてな。なんで私がそんなくだらん冗談に付き合わなければならんのだと内心ムカッときたが、300万も積まれたらなぁ・・・」
いや、『くだらん冗談を言う人間』の代表格が何をおっしゃるのか。むしろ適役じゃないですか音無先生。その上300万もらえるんなら最早ウィンウィンじゃないですか音無先生。
・・・うん、おかしいなこれ。
「300万っっっっんんん!!!??」
僕はまた職員室で叫んでしまった。はい違いますよ周囲の先生方、僕は問題児ではありません。たとえ問題児だとしても、担任の先生が問題児なのでプラマイゼロです。むしろプラです。
はい、話を戻そうね。
「300万円ももらったんですか・・・?」
「もらったよ」
「300万コインじゃなくて?」
「300万円」
「300万トルコリラじゃなくて?」
「・・・だとしたら数千万円ほどをもらったことになるぞ久遠。ちがう、300万円だ。日本円だよ円・円・円!」
「くぅ~っ!!」
くだらない問答の末、僕が辿り着いた「くぅ~っ!!」という唸り。たかだか2回目の転校を演じるためだけに300万円も払う西園寺さんのこの上なきしょうもなさへの憂いと、そんなことで300万円の収益を手に入れた音無先生への羨ましさが込められていた。
また、よろしくおねがいします




