21限目 西園寺さんと黒塗りの高級車
「あの・・・西園寺さん、ありがとうございました。」
僕は助けてもらった西園寺さんにお礼を言った。まぁ直接的に助けてくれたのはサングラスをかけた黒服の3人だったが、その状況を作ってくれたのはあくまで西園寺さんだったのだ。
「別にあなたを助けたわけでは・・・ってあなた、どうしてわたくしの名前を知っておられるのです・・・?」
恐ろしいものに遭遇したかのような驚きの表情でこちらを見つめてくる西園寺さん。恐らく彼女は僕のことを何ら知らない赤の他人だと思っているのだろう。
まぁ彼女は転校初日というか2回目の転校初日に1時間ほどしか教室にいなかったから、いちいちクラスメイトの顔など覚えていなくてもおかしくはないが。僕は彼女のすぐ左前で、落とされる高級品に驚きの顔を晒していたのだから、覚えてくれている可能性があってもよかったとも思うが仕方が無い。彼女にとってクラスメイトもただの庶民に過ぎないのだ。顔を覚えるほどに興味を抱く対象ではないのだ。
「えーと、その。僕は栄愛学院高校1年2組の久遠 瑛士といいます。」
「あぁ、なるほど。わたくしが転校したクラスにいた一庶民ということね・・・。」
簡単な自己紹介をすると、西園寺さんが納得したように返した。するとしばらく考えて、西園寺さんから疑問をぶつけられた。
「もしかして、あなた・・・あの憎き生意気な庶民の隣にいた庶民だったりして?」
憎き生意気な庶民が安藤さんのことを指していることは容易に想像出来た。肯定すると安藤さんはニヤリと微笑み、持っていた扇子を僕の方に向けてきた。
「いいでしょう庶民。いえ、庶民久遠。この西園寺 夏澄、あなたに命令いたしますわ!」
そう言って西園寺さんは、僕を裏路地から連れ出し、近くの道に停車していた黒塗りの高級車に乗るように指示してきた。マイバッハだ。高級車の中でもトップの名を誇るザ・高級車だ。たしか価格は、家が一軒建つくらいのレベルだった気がする。
そんな庶民から遠くかけ離れた代物に乗るように言われたが、僕は「はいわかりました」と二つ返事で乗り込めるほど呑気なブレインをしていない。恐れ多いにも程がある。いいかちょっとでも車内を汚してみろ、太平洋に沈められるに決まっている!
いやだいやだ!僕は庶民なんだ!平穏なる日々を営む庶民なんだ!なんでよりにもよってカタギじゃない人間みたいな死に方をしなけりゃあならないんだ!せめて死ぬときはベッドの上って相場は決まっているんだぞ!劇的でもなんでもない、それが庶民の死に方だ!!
「・・・なにをしているのです。早くお乗りなさいな。」
乗るのを躊躇う僕に対し、西園寺さんからの催促が入る。汗が噴き出す。恐怖と焦りによって。時間が無いようなので、僕は簡潔に覚悟を決めるために彼女に問うた。
「西園寺さん・・・、いまスッゲー汗かいてるんだけど、殺さない?」
「・・・はぁ?相変わらず庶民の言う戯れ言は理解できませんわ。いいからとっととお乗りなさいな。」
結果的に支離滅裂な質問をしてしまった僕は、彼女に困り果てた表情で見つめられると、すぐさま後部座席に乗り込んだ。
ほげぇぇぇぇ、なんだこの高級感溢れる座り心地!高級感溢れる車内の空気!寝られる、余裕でこの車内で熟睡できるぞ!てかすげぇ、テレビの液晶が後部座席の所にもある!前でカーナビ見ながら、後ろのやつでテレビとかDVD見られるってことだよね!すごくすごい!
「庶民久遠、なにかお飲み物はいかが。」
そう言って西園寺さんが後部座席の中央にある収納スペースを開くと、そこには飲み物が置かれていた。するとそこから冷たい空気が僕の肌に触れた。冷たい空気・・・。もしかして、もしかしてこれって、これって・・・
「れっ、冷蔵庫だァァァァァァァーーーーーッッッ!!!!」
思いがけず冷蔵庫インカー。車内に冷蔵庫が組み込まれていることにかつてない衝撃を追い打ちのように受けた僕は、高級車マイバッハの車内にて発狂した。それはまるで、好奇心旺盛な子供のように。
・・・ってそんなこと冷静に振り返っている場合じゃない。早速マイバッハの車内で無礼を働いてしまった。これが高級車の罠・・・!まずい、このままでは気を悪くした西園寺さんに太平洋に連れて行かれるかもしれない。もしくは、リマン海流打ち付ける日本海という可能性も・・・!
「ふっ・・・ふふふ。ふふふふ!」
なんとこれは意外、西園寺さんが笑い始めた。怖かった。武者震いを起こすバーサーカーのような不気味さを彼女から感じた。
「あ、あなた、面白いわね。これまで色々な庶民を見てきたけれど、ここまでバカみたいに驚く庶民はあなたが初めてですわよ、ふふふっ!」
西園寺さんは笑いをこらえながら僕にそう言った。なんだかバカにされているような気もしたが、とりあえず怒ってはいないようだ。




