19限目 Run away to can’t escape field
安藤さんの正論に打ち負かされて涙目敗走した日から、西園寺さんは1度も学校に姿を現わしていない。まだあのクラスに籍を置いているのか、それとも転校してしまっているのかも分からない。本当に謎な人だ。
やがて彼女はどこへ行っただの、何がしたかったんだの、西園寺さんにまつわる噂がだんだん止んできたそんなある日、僕は災難に見舞われた。
「おいゴルァ!!いまオレらのことガン見してたよなぁ!」
「なめてんのかぁ、ぶっ殺すぞクソガキァ!!!」
「おい、逃げんなボケァァァ!!!!」
1人で登校していた僕は、ヤンキー3人組に目をつけられてしまった。ガン見してたと言っても、コンビニの駐車場で楽しそうにメントスコーラをしていた彼らのことをチラ見してただけだ。それを拡大解釈され、舐められたと勘違いして追いかけてきた彼らから逃げているうちに、路地裏へと追い込まれてしまった。
僕は後悔した。なぜ人目のつかない場所にわざわざ来てしまったのだろうか。それなら観衆がたくさんいる大通りで哀れな被害者として認知されるほうが幾分かマシだっただろう。路地裏でボコられては助けなんて来ない。ただ理不尽な暴力に屈して、死を待つしかなくなるだけかもしれない。アニメや漫画の見過ぎかもしれないが、こんな経験初めてなのでそれくらいの過剰な覚悟をせざるを得なかった。
とうとう僕は3人に囲まれた。もはや逃げ場はない。僕は魔の三角地帯、いわゆるバミューダ・トライアングルに迷い込んでしまった。
「おお覚悟せぇや!!!!」
覚悟はとっくに決めている。目をつけられたのは理不尽ではあるが結局は僕が悪いのだ。抗いようのない現実から目を背けることはしない。過程はどうあれ、結果は結果として受け入れる主義だ。だから力も数も勝てないことは分かっているので、立ち向かおうなどという思いはない。抵抗してかえって多大なるダメージを負うくらいなら、彼らの満足なまでに殴られ、最小限の被害で留めようと思っているのだ。なのに・・・
「ぐぇあ!」
「ぎょあ!」
「げぇあ!」
一斉に殴りかかってくる彼らに対し、僕はしゃがんでしまった。僕の本能がそうさせたのか、恐怖で足が滑ったのかは分からない。でも、そのおかげで彼らの鉄拳は互いの頬をとらえる結果になってしまった。彼らの悲鳴は三重奏となって響き、3人仲良く地面に倒れた。
わりとフェイタルバレット・・・凶弾だったのだろうか、彼らはなかなか起き上がらない。唸りながら地面に這いつくばっている。僕は思った。ここから逃げられるのではないのかと。僕は察した。本能が「逃げろ」と言っているのだと。だったら、話は早い。
「あっオイ、逃げんなてめぇ!!!」
1人が叫ぶ。だがそんな言葉に耳も貸さずに走って逃げ出した。だが、千載一遇の好機に気でも緩んだか、僕はここで2つのミスを犯すことになる。
「逃げんなって言われて誰が待つかよバーーカ!!!」
調子に乗って僕は暴言を吐いた。一矢報いるといった具合で仕返ししようという思いだった。それが1つ目のミス。そして・・・
「はぎゃ!!!」
僕は思い出した。自分の運動神経が悪いことを。その欠点が今ここで思い知らされるとは思ってもいなかった。僕は転倒した。道端に障害物があったわけでもないのにつまづいたのだ。救いようのないオンチっぷりだ。それが2つ目のミス。
膝を強めに打ったようで、痛みが僕の立ち上がりを妨げる。そうこうしているうちに、僕は再び窮地に立たされることになる。
「おーう、誰がバカだって・・・?」
奴らはとっくに復活していた。手をポキポキさせて僕のほうに歩み寄ってくる。殺意がより増していることが容易に想像できる。人気のいない朝の路地裏にて、近づいてくる凶魔に対し、仲間のいない僕は立ち上がれずに怯えている。逃げることもできず、絶望の2文字を当てはめるのに妥当なこの状況。僕はここで、最後の抵抗を敢行した。
「誰か助けてくださぁぁぁぁぁいいい!!!!!」
情けなくも、僕は路地裏で助けを叫んだ。叫んだって誰が助けにきてくれるわけでもないのに。最後の抵抗を済ますと、僕は胸ぐらを掴まれた。今度は逃がさないようにという彼らの怒り具合を噛みしめる。
「これで・・・逃げられねぇなぁ、今度こそ・・・!」
ニヤァと邪悪な笑みを浮かべるヤンキーに、僕は目をつむった。その顔を見るのが怖かったから。次に僕が目を開けるのは彼らに殴られてからだと、そう思った。
しかし、その予想は外れた。
「あなたたち、何をやっていらっしゃるの?」
後ろから声がした。女性の声だ。しかも、どこか聞き覚えのある嫌みったらしい声だった。僕は目を開け、振り返る。そこにいたのは忘れもしない、この前転校してきた金持ちの娘、西園寺 夏澄さんだった。相変わらずどこのものか分からない他校の制服を着た彼女は、腕を組んで僕らのことをまるでゴミでも見るような目で見ていた。




