18限目 安藤さんとジャイアント・キリング
「ちょっとあなた、聞こえていないの?そこに落ちているダイヤモンドリングを拾ってくださらない?」
無反応の安藤さんに対し、西園寺さんは落としたリングを拾うよう催促する。それでも安藤さんは反応せず、前を向き続けている。無視か、安藤さんは無視しているのか?
「はぁ・・・」
ため息をつくと、西園寺さんは胸ポケットから硬貨のようなものを取り出した。アメリカ硬貨の1セントコインだった。彼女はそれを安藤さんの背中に向けて投げつけた。アメリカ硬貨を投げつけられた安藤さんは、ようやく後ろを振り向いた。
「・・・なんでしょうか。」
「なんでしょうか、じゃないですわよ!聞こえてませんの?そこに落ちてるダイヤモンドリングを拾いなさいと言っていますのよ!!!」
「すみません、寝てました。」
いや寝てないよね。思いっきり目開けてたよね。面倒くさいから無視してたのか、安藤さん的には寝てたのか、どちらにせよ相変わらず言い訳が下手くそだ。
「まったく授業中に寝るだなんて、品性がないですわ。」
アンタがそれを言うか。授業中に高級品をわざと落としては庶民の反応を楽しんで高笑いしているアンタが品性を語るのか。僕はツッコミたい衝動を必死に抑えることで必死だった。
「・・・これですか。」
安藤さんはようやく足下に落ちてるリングを拾って、西園寺さんに見せた。
「そうですわ。よかったですわね、庶民のあなたには到底触ることのできない代物ですわよ。拾わせてもらったことに感謝なさい。高級品なのですから、大切に扱ってくださいまし?」
1番ぞんざいに扱ってる人間に「大切に扱え」と言われても説得力がまるでない。いちいち庶民を見下さないと気が済まない西園寺さんは左手をクイクイさせて、拾ったリングを渡すよう促す。
「ひとつ、聞いてもいいですか。」
西園寺さんの手のひらにリングを乗せることなく、安藤さんは話を切り出そうとする。
「・・・なんですの?」
「そんなに大事なものなら、もっと厳重に管理すべきなのではないですか。」
安藤さんが正論を言った。本当にその通りだと思います。でも彼女は事故で落としているわけではない。落とすべくして落としているのだ。庶民に自分の所持している高級品を見せつけるために落としているのだ。
安藤さんはそれに気付いていない。気付いていないがゆえの、純粋無垢なる思考。ほかの誰も口に出来ない指摘。そんな悪意なき庶民の言葉が、高貴なるお姫様の癇に障った。
「あなた、バカにしてますの・・・?」
「いえ、そんなつもりはありませんが。」
「わたくしを誰だと思ってますの!?」
「西園寺 夏澄さんですよね。」
「・・・くっ、そういうことではなくて!!」
予想通り、会話がかみ合わない。古沢の時もそうだったが、安藤さんと言い争うとするとどうしても相手側は押し負けてしまう(言い争うといっても、安藤さんはただ正論を言っているだけなのだが)。プライドの高い負けず嫌いなら尚更その術中に嵌まってしまう。西園寺さんもその手のタイプだと見た。庶民に言い負かされるなど、そのプライドが許せないのだろう。
「わたくしは『サイオンジホテルグループ』を経営する西園寺家の娘ですのよ!!庶民の分際でわたくしに意見を垂れようなど、百年早いですことよ!!!」
あくまでも授業中に叫ぶ西園寺さん。もはや気品とかそういったものが微塵も感じられない。ただのわがままな子供みたいになってしまっている。そんな興奮気味の西園寺さんに対し、安藤さんの次の一手は・・・
「・・・だから、なんですか?」
金持ちの娘という権威に一切臆することなく、安藤さんは自分の正論を貫く。
「あなたの家がホテルを経営しているからといって、私とあなたの間に何か違いがあるのですか?」
少しの欠点もない正論が、西園寺さんに対し言い放たれた。
「その、だから・・・わたくしは、金持ちの娘で・・・」
「そのお金はあなたが稼いだものなのですか?」
「え、いや・・・それは」
「ち が い ま す よ ね 。」
先ほどまで堂々と庶民を見下していた西園寺さんが、いつの間にか形勢逆転。困惑の表情に包まれている。無表情な安藤さんに正論を突きつけられて威圧されてしまっているのだ。何も言い返せないまま、安藤さんの言葉を浴び続ける。
「あなたの家がお金持ちなのは、ご両親のおかげなのではないのですか。あなたはいわば『虎の威を借る狐』。それをいいことに授業中に授業に関係ない高級品をいちいち落として・・・」
安藤さんは畳みかける。そして完全なるトドメを刺す。
「あなたはバカなんですか?」
痛恨のクリティカルヒットが刺さる。オーバーキルとも呼べるその誹謗めいた一言を受け、西園寺さんは顔を赤くして立ち上がった。
「きーーーっおぼえてらっしゃい!!金持ちのわたくしをコケにしたこと、後悔させてさしあげますわぁぁぁぁあああああああっっっっっ!!!!」
もはや彼女から品性の欠片も感じられない。涙目で捨て台詞を吐くと、走って教室を出て行った。嵐は去ったのだ。正論と暴論がぶつかる不毛な争いは安藤さんの勝利で幕を閉じた。西園寺さんが安藤さんに何かよからぬことをしないかだけが心配だ。その当の本人は澄ました顔で前を向いている。さすがとしか言い様がないなぁ。
西園寺さんが教室を去ってすぐ、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。結局あの人のせいで授業が何にも進まなかった。あとで補習とかの形でツケが回ってきたら嫌だなぁと思っていると、音無先生が口を開く。
「・・・よし、では授業を終わる。今日やった内容を確認するための小テストを明日の授業でやるから、復習しておくように。」
恐ろしいことに授業は進行していたようだ。安藤さん以外の全員が西園寺さんのほうを見ている中、あの先生は授業を続けていたのか。先生がどんなメンタルで授業を続けていたのかは謎だが、とにかくしっかり授業を聞いていた安藤さんにノートを見せてもらい、僕はなんとか小テストを乗り切ることができた。




