16限目 安藤さんとイエスタデイ・ワンス・モア
西園寺さんは簡単かつイヤミな自己紹介を終えると、「下請け会社の社長とお食事がありますので失礼いたしますわ。」と言って教室を出て行った。セバスチャンもいなくなり、唖然とした空気だけが教室に残った。
それから、西園寺さんは帰ってくることなく、いつも通りに授業は進み放課後を迎えた。帰り道、一緒に下校している安藤さんが僕に話しかけてきた。
「久遠さん、今日転校してきた西園寺 夏澄さんは何をしに来たのでしょう。結局帰ってきませんでしたが。」
もっともな疑問を僕にぶつけてきた。授業に参加しないのに、わざわざ嫌みな自己紹介するだけで帰るだなんて、まるで金持ち自慢をしに来ただけじゃないか。・・・。
「金持ち自慢・・・もしかして」
僕はふと自分の思考の中から1つのワードを取り上げ、小さく口にする。とある都市伝説を思い出したのだ。
「安藤さん、『モーメント・プリンセス』って知ってる?」
「・・・いえ、知りませんが。」
でしょうね。ダメ元で聞いたけどそりゃあ知らないよな。『モーメント・プリンセス』とはネット上のほんのごく一部でしかウワサになってないレベルの超マイナーな都市伝説であるからだ。
数ヶ月前、ある掲示板にこんなスレッドが立てられた。
『金持ちの女子がウチの高校に転校してきて、すぐにまた転校した件。』
訳の分からないスレだなぁと思いながらも、僕はスレ主のレスを見守っていた。「彼女はどこかのホテルの経営者の娘らしい」、「とにかく金持ち自慢をしてくる」などと、その転校生に関する情報が綴られた。
どうせ作り話だろうから、『妄想乙。』とでもレスしようとしたところ、スレ主以外にも同じような経験をしたというレスが多く見受けられた。僕は作り話ではないような気がしてきた。彼らのレスには嘘がなく、どこか真実味があったような気がしたのだ。
やがて彼らは、その金持ちな転校生のことを『モーメント・プリンセス』と呼ぶようになった。文字通り「一瞬の姫君」だ。
「じゃあ『モーメント・プリンセス』の正体が西園寺さんということなのでしょうか。」
「う~ん・・・それが」
都市伝説を口にしたはいいものの、僕は1つの決定的な矛盾に気がついてしまった。
「この話、少なくとも僕が高校に入る前に流行った都市伝説なんだよ・・・」
冒頭に言った通り、『モーメント・プリンセス』についてのスレッドが立てられ、あらゆる高校にて彼女の目撃情報が寄せられ始めたのは数ヶ月前。ということは、『モーメント・プリンセス』は少なくとも現在高校2年生ということになる。僕らはいま高校1年生。つまり、
「西園寺さんは『モーメント・プリンセス』、ではない・・・。」
僕はこの話に終止符を打った。たしかに西園寺さんの行為は『モーメント・プリンセス』に似ている。しかし高校1年生でないのなら、彼女はそれに該当しない。世界には似たようなことをする金持ちがたくさんいるんだなぁ、と僕は心の中で完結した。
ちなみに、先ほどまで女子テニス部で体験入部をしていた安藤さんだが、摩擦熱によって炎を纏ったテニスボールがテニスネットに付着し、ネットが全焼したそうだ。僕の予想は「テニスネットの破壊」。「全焼」というパーツが抜けているため、点数は半分しかもらえないだろう。
―――
翌朝、朝礼が始まるやいなや、担任の音無先生が衝撃の発言をした。
「今日は転校生を紹介する。」
音無先生の指示で、転校生が教室に入ってくる。そして転校生の指示で、白髪頭の老人が教室に入ってきて、黒板に転校生の名を書いた。それを確認し、転校生が口を開く。
「西園寺 夏澄と申しますわ。父が『サイオンジホテルグループ』を経営しておりまして、簡単に言えば金持ちの娘ですわ。庶民のみなさん、よろしくあそばせ?」
見覚えのあるシチュエーション、聞き覚えのある自己紹介。今日転校してきたのは、昨日転校してきたはずの『西園寺 夏澄』さんだった。




