そらのそこのくに せかいのおわり vol,10 < Chapter 08 >
メリルラント兄弟へ差し向けた《雲雀》が戻ってきた。
見た目こそ美しい小鳥の姿をしているが、これは魔法で作り出された疑似生命体である。指先にしがみつく小さな足から、天使や神獣のようなぬくもりを感じることはない。
脚に結んだピーコックブルーのリボンをほどき、リボンと雲雀を放り出す。
どちらもゆらりと輪郭がかすみ、中空に溶けて無くなった。
魔法が解ければ消えるだけ。
分り切ったその様に、乾いた笑いが込み上げる。
ひとしきり笑った後、彼は立ち上がった。
壁の鏡に映るのは、化粧の剥がれた道化師だ。安っぽい笑みの下に隠し続けたボロボロの本音が顔を出し、何の救いもない現実を突きつける。
「……ひでえツラだな。それでも情報部エースか? なあ、ピーコック……?」
仲間のために運命を変えた今、自分が消える未来は確定した。
そうなることは知っていた。何もかもフォルトゥーナから説明されていたし、運命の分岐に関わらずに生き残る方法も教えられていた。それでも自分は、自ら進んでその役目を引き受けた。自分がこの選択をすることで、最も『理想に近い世界』を作れると思ったからだ。
後悔はない。無いはずなのに、どうしてだろう。涙が止まらない。
バンデットヴァイパーが移植されていない右腕。自分はこの状態のまま死んでいくのだから、『死んだら結婚しよう』というプロポーズも、何もかもなかったことになるのだろう。
「……ごめんね、サマエルちゃん。ホント……勝手すぎる男で、ごめん……」
まだここにいない彼女、出会うこともない彼女に謝罪する。
すべての望みが断たれたわけではないが、最後の望みは限りなく小さく、遠い場所にある。
誰にも気づかれぬまま、数ある可能性の中に埋もれていくかもしれない。けれど、絶望する気持ちと同じくらい、妙な確信もある。
あの連中なら、必ずそれを見つけ出す。
頼みの綱があんな阿呆どもだなんて、悪い冗談にもほどがある。
止まらない涙を拭いもせず、彼は笑う。
「さあ、やってやろうぜピーコック。いや、ケイン・バアル。バンデットヴァイパーなんかなくたって、お前は『神』の子孫だろう? 演じてやろうじゃないか、世界の終りまで、徹頭徹尾、ピエロとしての生きざまを!」
鏡の中で男が笑う。
真っ赤に腫れた目の中に、静かな炎が燃えていた。