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そらのそこのくに せかいのおわり vol,10 < Chapter 04 >

 西部の主要都市、ル・パロム。面積、人口共に小規模ながら、ここは『西部の最大都市』とも呼ばれる。それがなぜかは、駅に降り立てば五分で理解できる。

「ベアトリーチェ・フリーマン主演『オベリスク』! S席団体客のキャンセルが出たため、急遽当日券を販売しております! 今なら最前列でベアトリーチェの名演をご覧いただけます! チケットセンターでのお取り扱いはございません! 劇場窓口にて直接お求めくださいませ!」

「本日公開新作映画『モジラvs.メカモジラ』! 午後七時からの監督舞台挨拶のライブビューイング上映は当館『シアター・パロム』にて! まだお席がございます! お急ぎください!」

「ご当地アイドル『PLM48』専用劇場はこちらになりまーす。本日初回と三回目の公演はソールドアウトでございまーす。二回目チームLの公演回のみ当日券を販売しておりまーす」

「ル・パロム興行組合公式チケットセンターはこちらでございます。お目当てのオペラ、コンサートの前に、小一時間ばかりお笑いライブはいかがでしょうか。ロックやジャズ、人形劇、トークショーや社交ダンス体験会のチケットもこちらでお求めいただけます。公式チケットには市内の飲食店でお使いいただけるお得なクーポン券、馬車鉄道や自転車タクシーの乗車券もお付けしております。まずはこちらの公式チケットセンターにお立ち寄りくださいませ!」

 プラカードや幟、小型のアドバルーンを体にくくり付けた呼び込みたちが駅に降り立つ観光客にチラシを配って回る。そしてそれを受け取る観光客のほうも、嫌な顔ひとつせず、とても楽しそうにチラシに目を通している。

 ここは国内一の映画・演劇・音楽の街。ル・パロム市の主な収入は観光客が落としていく消費税と劇場が納める興行税、飲食店からの酒税やホテルの宿泊税など。それらが桁外れに多いからこそ、ル・パロムは『西部の最大都市』と呼ばれているのだ。

 差し出されたチラシを反射的に受け取ってしまい、エリック兄さんは困った顔で呟く。

「相変わらずスゲエな、ここは……」

 同じく何枚ものチラシを受け取っている俺とアスターも、その内容を確認しながら溜息を吐いた。

「ユキオ・ハーシーのコンサート、十二剣士物語のミュージカル、アイスカービングアーティストのライブパフォーマンス、アイドルスカウトキャラバン……ちゃんと全部違うジャン? 一人一枚じゃなくて、一グループ一枚で渡してる?」

「え、それすごいな。ちゃんと相手見て配ってるんだ?」

「それも絶対に拒否できないタイミングで」

「達人だよね、あの人たち。いつの間に間合いに入られてたんだろう……?」

 まだ駅の構内だというのに、各人既に十枚以上のチラシを受け取っている。このまま相手のペースに乗せられ続けたら、いったいどれだけのチラシを受け取ることになってしまうのだろうか。まったくもって、先に進むのが恐ろしくなるような街である。

 俺たちは改札付近を離れ、柱の陰のちょっとしたスペースに入り込んだ。

 ここは前回のトライでも最後まで崩れなかった場所。落ち着いて観察してみれば、古い駅舎と新しい駅舎との接合部で、ほかの場所より柱と梁の数が多い。

「前回お前が埋まったのが、改札前の案内板のとこだよな?」

「うん。こうして見るとあっちの駅舎、柱の数とか全然足りてないジャン……」

「そりゃあ崩れるよね……」

 俺たちは前回までの戦闘の流れを確認する。

 一回目はモンスター出現の一報が入ってから現場に向かったため、到着したころにはモンスターは移動していて、すでに町の半分が火の海と化していた。

 二回目は今回同様、朝からル・パロム駅へと向かい、モンスターの出現前に現地入りすることができた。けれども俺たちには、それがいつ、どこに現れるのかわからない。三人そろって古い駅舎のほうにいて、不意打ちのように一撃目を食らったのだ。それでアスターが死亡し、駅に到着した直後からやり直しとなった。

 三回目はモンスターの攻撃こそ防げたが、古い駅舎があれほど脆いとは思ってもみなかった。崩れた壁や天井に阻まれて三人は散り散りになり、気付いた時には、アスターは瓦礫の下敷きになっていた。

 四回目、五回目、六回目は、瓦礫の下でアスターが生きていると思っていたからこそのコンテニューだった。俺か兄さんか、どちらかが致命傷を負う直前からのやり直し。けれども六回目、モンスターを倒した後にアスターの状態を確認して、俺たちははじめからやり直す必要があると知った。

 今は七回目。六回目の時点でモンスター自体は倒している。倒し方は分かる。あとは兄弟三人、いや、一般市民にも犠牲者が出ないよう、モンスターの出現前にどれだけの人間を避難させられるかということだ。

「今は十五時八分。モンスターの出現は十五時三十分ちょうどだったよね?」

「ああ。古い駅舎側の、あのあたりから飛び出してくるんだよな?」

 兄さんが指し示すのは、改札の真正面にある古い時計だ。モンスターは時計の横の時空間を切り裂いて出現し、駅舎を破壊しながら人間を捕食し始めた。それを見たエリック兄さんが反射的に雷撃を放ち、天井が崩れ、アスターが生き埋めになったわけだが――。

「この場所から狙いをつけていれば、出現と同時に集中砲火を浴びせられる。その程度で死ぬような奴じゃねえが、床に転がすくらいはできるはずだ」

「そこを俺とセトが《緊縛》と《防鳥ネット》で絡めとって……」

「俺とお兄チャンがフルボッコ」

「いけそうな感じじゃない?」

「だな。主力は俺、弟はサポート。従弟は離れた場所から封じ込めに専念。場合によっては援護射撃も入れる……って感じでどうだ?」

「賛成」

「それなら絶対勝てるジャン」

「ヤバそうなときは全員で一斉離脱。体勢を立て直してから再アタックをかける。いいな?」

「OK」

「分かった」

「そんじゃ、まずは……」

 俺たちは便所に移動し、特務部隊の制服に着替える。即時戦闘可能な武装を整え、便所から飛び出すと――。

「市民の皆さん! 我々は王立騎士団特務部隊です! この駅には爆弾が仕掛けられています!」

「すぐに駅舎の外に避難してください! ここは危険です! 建物の外へ移動してください!」

「これは映画の撮影でも、ミュージカルショーのプロモーションでもありません! この駅には本物の爆弾が仕掛けられています!」

 何事かと驚く一般市民たち。しかし、すぐに逃げ出すことはない。中央市ではおなじみの特務部隊も、特急列車で六時間もかかるような街では知名度が低いのだ。治安維持部隊の物とは異なる制服に、『本当に騎士団の人?』という目を向けている。

「どうされました? 何の騒ぎです?」

 俺は駆け寄ってきた駅員に身分証を見せる。

 騎士団のIDカードには最上級魔法による特殊加工が施されていて、偽造は非常に難しい。日頃から痴漢や暴力事件の通報に慣れている駅員は、すぐにこれが本物の身分証であると納得してくれた。

「この駅には爆弾が仕掛けられています。これは確かな筋からの情報です。ですが、爆弾が仕掛けられた場所も、数も、威力も、何も分かっていません。最悪の事態を想定し、この駅の中を完全に無人の状態にしていただきたいのです。ご協力いただけますね?」

 駅員は動揺しつつも即座に行動を開始し、職員総出で避難誘導を行ってくれた。さすがは国内最大の興行都市と呼ばれるだけのことはある。ル・パロム駅の職員には、非常時の対応マニュアルが徹底周知されていた。

「え、おい、マジか。まだ五分くらいしか経ってねえぜ? もう避難終わったのかよ。なんだこの手際の良さ……」

「大物俳優も移動に使う駅だからね。狂騒状態の群衆の誘導は日常茶飯事なんじゃないかな?」

「ひゃ~……観光地の駅員、タフすぎるジャン?」

 あとは便所や授乳室にいる数人と、バックヤードの職員が避難すれば完了だという。

 口の悪い兄さんとノリの軽いアスターはこの手の話し合いには向かないため、騎士団側の代表者として俺が駅長と話をする。

「国家機密にかかわることですので、詳細はお話しできません。ですが、非常に危険な組織によってこの駅に爆弾が仕掛けられた事……それだけは確かです。その爆弾が化学式か魔法式か、それ以外の何らかの呪法によるものか、それは分かりません。被害の及ぶ範囲がどの程度の規模かも、何も分かっていないのです。ですので、我々は最悪の事態を想定しています」

「最悪の事態とは、具体的には……?」

「駅舎が丸ごと吹き飛ばされるような大量破壊兵器、または広範囲に呪いを振りまく呪殺兵器が設置された可能性を視野に置いております」

「それは……駅どころか、街にまで被害が及ぶのでは?」

「はい、その可能性があります。そのくらい危険なことをしでかす組織が、この駅を標的にしたと宣言してきたのです。そして、『最初の爆発は十五時三十分だ』とも言っています。もう時間がありません。駅の外に避難した人々を、可能な限り駅から遠ざけてください。お願いします」

「わ、分かりました。どうぞ、お気をつけて!」

「ありがとうございます」

 駅長に頭を下げ、俺たちは誰もいない駅の中に残る。

 先ほどまでの活気と喧騒が嘘のように、シーンと静まり返った大空間。今なら針が落ちるほどの小さな音でも明瞭に聞き分けられるだろう。

 時刻は十五時二十七分。俺たちは配置につき、その時を待つ。


 やけに長く感じる三分間。張り詰めた無音の世界に、ついにそれは現れた。


 改札正面、大時計の真横の空間。

 稲妻にも似た黒い亀裂が、世界という名の殻を破る。

「行くぞ! ゥオラアアアァァァーッ!」

「食らえエエエェェェーっ!」

「はあああぁぁぁーっ!」

 打合せ通り、出現と同時に浴びせる《雷霆》の総攻撃。亜空を渡ってこちらの世界に出現した者は、こちらの状況を把握するより先に地に落とされる。

 俺たちは便宜上、これを『モンスター』と呼んでいた。しかし、今の姿に怪物という呼称は似合わない。

 薄手の生地越しに見える華奢な身体は、胸のふくらみこそないものの、おそらくは女性だろう。簡単に折れてしまいそうな細い手足、長いまつ毛に縁どられた大きな瞳、高すぎない鼻と形のいい唇など、十人中十人が『美女』と形容する容姿をもち合わせている。

 髪は頭頂部が黄色、毛先に近づくにつれて黄緑色、緑色へと変化していく。それは人の髪というよりは鳥の羽のような質感で、実際に数か所、鳥の羽根そのものに見える部分もある。

 背中には翼。この翼によって、これが元は天使だったと理解できる。

 髪と同じ色の翼は煤にまみれたようにあちこちが黒ずみ、そこから少しずつ、少しずつ、黒い霧のようなものが滲み出していた。


 堕天使の名前はサハリエル。二階堂という男のバディだと聞いている。


 サハリエルはこの時代、地球でもネーディルランドでもない亜空間の中で天に召されようとしていた。それを二階堂が直前で邪魔したことは知っている。だが、まさかそれがこちらの世界の、この場所に繋がっていようとは。

 フォルトゥーナは詳しくは語ってくれなかった。どうやらわずかな可能性をつなぎ合わせてくことで、『本来の歴史』とは異なる世界が作り出せるらしい。クロノスという神も一枚噛んでいるらしいが、彼らにとってここは何周目で、何回目のトライになるのだろう。俺たち以外にも別の時代、別の現場でリトライを繰り返している連中がいることだけは教えてもらえたが——。

(セト!)

(ああ、今だ!)

 床に叩き付けられた後、堕天使は翼を動かして起きあがろうとする。腕より先に翼を動かすのは天使の身体構造上、お決まりの動作となっているようだ。

 羽ばたいた翼がかすかに体を浮かせた瞬間、俺は《緊縛》の鎖を伸ばす。同時に俺に憑くレタスの神・セトは頭上に《防鳥ネット》を展開し、堕天使の体を上下から雁字搦めにする。

 俺たちが堕天使を絡めとっている間に兄さんとアスターは《雷装》と《バスタードドライヴ》を使用し、突撃準備を整えている。

「OK!」

「行きなさい!」

 俺とセトの合図に、兄さんとアスター、ゴリラとモリイノシシが攻撃を開始する。

 全身に雷の鎧を纏った二頭の雷獣と、自然神としての後光を纏った猛獣たちだ。破壊力は抜群――というより、破壊力しかない。戦うことだけに特化しすぎた二人と二柱は、動きを封じられた堕天使をボコボコに殴りつける。

 しかし、こんな攻撃で堕天使がやられるはずがない。

「く……なんて力だよ! 引っ張られる……!」

「そう長くはもちそうにないな……エリック、アスター! 雷撃だ! 打撃よりも光を浴びせなさい!」

 セトの言葉に、兄さんは《雷陣》、アスターは《遠雷》を使う。《雷陣》は雷の呪陣を出現させ、陣の内部を無差別攻撃する範囲指定魔法。《遠雷》は印をつけた場所に雷を落とす座標指定魔法だ。

 二人は兄弟であるため、魔力の波長が限りなく近い。二人で同時に別の魔法を使うと、それぞれの効果が混ざったり、上乗せされたりする。今回の組み合わせの場合、アスターが付けたターゲットマーカーにエリック兄さんの雷撃が全弾命中するという、究極のチート技が発動する。

「ぐあああああぁぁぁぁぁーっ!」

 数百発の雷撃を浴びながら、堕天使は悲鳴を上げた。

 しかし、これは苦痛の叫びではない。俺たちはこの声を知っている。この声は、この堕天使が『さらなる闇に堕ちる合図』だ。

「兄さん! アスター!」

「分かってる! 弟!」

「OKジャン!」

 二人は俺の《緊縛》の鎖を掴んだ。俺とセトは全力で鎖を引き、同時に《防御結界》を構築する。

 魔力の波長がほぼ同じなのは従弟の俺も同じこと。赤の他人は弾かれてしまう最上級の《防御結界》であっても、俺たち三人の場合、誰が構築した結界にも自由に出入りできてしまう。

 二人の体が結界の内側に収まったのと、堕天使の体が爆発したのは同時だった。

 周囲にふりまかれる『負』の感情。肉体という見栄えの良い入れ物を失ったそれは、醜さも汚らしさも丸出しにして、己の欲望のままに喚き散らす。

 罵詈雑言を叫ぶ黒い霧。それは触れれば即座に心を支配される、悪魔のような存在だった。前回のトライではこの状態を経てからもう一度実体化し、不気味でいびつなモンスターの姿に変わった。体の再構築までは数分。その間、この黒い霧に攻撃しても大したダメージは与えられない。

 ひどく騒々しい黒い霧の中、俺たちは小さな結界内に身を寄せ合い、次のアタックチャンスを待つ。

「ねえ、兄さん。これ、なんて言ってるのかな? 声が重なってて、よく聞き取れないけど……」

「あんまり聞かねえほうがいいんじゃねえか? どうせろくなこと言ってねえよ……」

「聞いたら呪われそうジャン?」

「神の耳なら、聞き分けられたりするのか……?」

 ゴリラもイノシシも語学堪能とは思えない。となれば、必然的に視線が向けられるのは――。

「ふむ、我を通訳に任命する気かね? まあ、『言霊』を拾えば一応は聞き取れるのだが……『嘘つき』『裏切り者』『どこに行った』『僕を捨てたのか』『呪ってやる』『殺してやる』『絶対に許さない』……といったような趣旨の発言を繰り返している。それらの言葉はすべて、特定の一人に向けられているようだ」

「二階堂か?」

「そういうことになるだろう」

「てめえのカノジョにここまで恨まれる男ってのも、相当なクソだよな……」

「何をどうすればこんなに憎まれるのか、逆に聞かせてもらいたいよね」

「そもそも女なんてどこがいいのか、よくわからないジャン……?」

 あ、そういえば俺以外はゲイだった。

 今更そんなことを再認識し、ふと思った。

(なあ、セト? ひょっとして、二階堂は天使とセックスしちゃったのかな?)

 心の声で問いかけると、レタスの神はさも当然のように答える。

(したに決まっている。主に禁じられた交わりであったからこそ、サハリエルは罪悪感に耐えられず堕天使になった)

(天使を腕力で押さえつけることはできないわけだから、合意の上だったんだよな? それで『裏切り者』とか『僕を捨てたのか』とか言ってるってことは……)

(結婚を約束したか、あるいは、ともに堕ちると誓っていたか……)

(それなのに、二階堂は土壇場で気が変わって逃げだした……と。うん。フォルトゥーナが俺をここに送り込んだ理由が分かった気がする……)

(婚約した以上は彼女を裏切るようなことはするな、という強烈なメッセージを感じるな。肝に銘じておきたまえ)

(無責任ヤリ逃げ野郎にだけはなりませんってーの)

 俺は心の声での会話を切り上げ、爆発した堕天使の残骸に目をやる。

 体の大部分は霧状になって宙に滞留している。しかし頭部だけは元の美しい顔のまま、床に転がって何かを呟き続けていた。

 ゴリラとイノシシはザラキエルの肉を食らった際、このような状態でも天使が平然と口を利く様を目撃している。だから生首が喋り続けること自体は問題ない。人間の理解を超えた現象ではあるが、そういうものだと割り切って対処すればいいだけの話だ。


 いま問題となるのは、前回はこうではなかった、ということだ。


 前回のトライでは、爆発した後に生首なんか残っていなかった。完全な霧状になった体は数分後に実体化して、不気味なモンスターとなって襲い掛かってきた。

 けれども今回は違う。

 堕天使の首は、ただひたすらに何事かを呟き続ける。

 すでに前回以上の時間が経過しているのに、堕天使の体は黒い霧のまま、当たり前のように宙を漂い続けている。

 俺たちは目配せし合う。


 あの首を攻撃してみるか?

 爆破呪符か何かで霧を吹き飛ばしてみるか?

 それともこのまま、状況の変化を待ち続けるか?


 三人とも、健康状態にも装備品にも問題は発生していない。ひとまず『撤退』以外の三つの選択肢から選ぶことになるのだが――。

「なんで前回と違うんだろうね……?」

「違うと言えば……前回、移動中にピーコックの《雲雀》は出てこなかったよな?」

「ないね。絶対になかった」

「あと、もうこの時点で俺は死んでたジャン?」

「ってことは、やっぱりアレか? 役者が増えた分、シナリオが変わっちまったのか?」

「ひょっとして、あの時点でピーコックに連絡しておくのが『正しい選択肢』だったとか……?」

「え? もしかしなくても、もう詰んでる可能性もある? これ以上やり直すの面倒ジャン……?」

「え~と……じゃあ、連絡してみるか。今からでも」

「うん、そうだね。ダメもとで……ピーコックだけじゃなくて、十七年後に『神の器』とか『憑代』とかになってる連中全員に」

「俺、ジルチに回す」

「それなら俺はシアンたちに」

「俺はベイカーたちに……って言ってもあいつら小学生ジャン……?」

 結界の外は相変わらず黒い霧。

 霧も、サハリエルの生首も、相も変わらず二階堂を呪う言葉を吐き続けている。

 俺たちはそれぞれ《雲雀》の魔法を使い、小鳥を大量出現させた。向こうに十七年後の『未来の記憶』があるかどうか分からない。ピーコックがしたように、こちらが何者か分かるような目印をつけて送り出す。メリルラント家の紋章がプリントされたオレンジ色のリボンなら、騎士団関係者で知らない者はいない。足にリボンを付けた小鳥は全国各地の『未来の仲間たち』へと散っていく。

 反応を待つこと三分少々。

 最初に返事をくれたのはシアンだった。

「すまないレクター。この時代の俺はダンビット遺跡の警備兵だ。ル・パロムまでは丸一日以上かかる。それにこの時点では、まだ俺はアシュラの『器』になっていない。闇堕ち相手に有効打を入れる手段がない」

 予想通りの返答である。

 次に反応を返してくれたのはナイルだ。

「ル・パロムまで最短で三十分。ただし鉄道が動いていればの話。馬車ルートだと二時間以上かかる。ゴーレムだけなら参戦できるけど?」

 手品師ナイルのゴーレム部隊が加勢してくれるなら、これ以上頼もしいことはない。俺は一も二もなく応援を要請した。

 次に来たのはレインからの返事だった。

「ル・パロム駅の三つ先の、ティーダシア市民キャンプ場にいます。六歳児ですので、どう頑張っても一人ではキャンプ場外に出られません。コニラヤさんだけそちらに向かいました」

 神が加勢してくれるのはありがたいが、この時代のコニラヤはまだ半堕ち状態のまま。『進化の力をつかさどる神』として、まともに戦えるとは思えない。いや、それどころか、足手まといになるのではなかろうか。

 いやな予感に包まれた俺たちの耳に、さらに嫌な知らせが続々と届く。

 ハロエリスが、オニプレートトカゲが、オジロスナギツネが、ライオンが、すでにこちらへ向かっているという。

「珍獣さん大集合ジャン……」

「ボスウェリアは木だから行けねえってよ」

「木だから行けないって、なんか斬新な断り方だね?」

 情報部のラピスラズリは距離の問題で参戦不可能。

 ピーコックからは何の応答もないが、列車内から見た雲雀の挙動を思い出せば、勤務中は外部との通信ができないことを知らせようとしていたのかもしれない。

 その他の連中とも連絡がついたのだが、うっかりポールあてに飛ばした小鳥が前世のポールらしきヨボヨボの老人に届いてしまったのはちょっとした笑い話である。

「ベイカーたちも、こっちに向かってるって言ってたけどよぉ……?」

「どうやって来るんだろうね……?」

「可能性としては、あれジャン……?」

「あれ?」

「って何だ?」

「この前の、あの飛行場……ツクヨミがイザナギの分身なら、あれ、使えるはずジャン……?」

「あー……あれか……」

「それ、そんなにすごい飛行場だったの?」

 話には聞いているが、俺自身は現物を見ていない。いまいち実感がわかないのだが、セトは大げさに溜息を吐いている。

「大和の神々は簡単に常識をぶち破ってくるからな。いますぐその辺の壁を戦車で破壊しながら現れたとしても、我は何もおどろかな……」

 と、言っている最中に大爆発が巻き起こった。

 防御結界の中にいるので、俺たちにダメージはない。大打撃を食らったのは歴史ある瀟洒な駅舎だ。

「こーんにーちわー! コニラヤ・ヴィラコチャだよー! たすけにきーたよー! ぼく、たすけにきーたよー!」

 幼児のような自己紹介をしているのはご存知、インカの神である。ただし、この時代のレインに合わせて六歳児の姿だ。もともと武神や軍神ではないが、これは少々頼りない。

 コニラヤは『未来の記憶』を保持した状態で半落ちになっているようで、その挙動は実に危なっかしい。自分で破壊した壁の残骸に躓いて転び、背中に括り付けた荷物の重さで起き上がれず、数秒間亀のようにジタバタしたのち、紐をほどいて荷物を下ろす。

 いったい何を背負ってきたのかと疑問に思った俺たちの前で、コニラヤは唐突に解答を示した。

 荷物から取り出したのは1リットルのガソリン缶。キャンプ場で発動機を動かすために用意していた携行缶だろう。それを放り、漏れだしたガソリンに向けて火のついたライターを投げる。


 爆発、炎上。


 堕天使の生首は炎に包まれ、その光によって強制浄化されていく。

 燃え盛る炎の揺らめきの向こうで、徐々に形を失っていくサハリエルの首。すると、ここでようやく前回と同じことが起こり始めた。

 黒い霧が渦を描くように流れ、一か所に集約されていったのだ。

「来た!」

「やっと実体化か!」

「何これ!? 気持ち悪いジャン!?」

 初見のアスターは心底驚いている。そう、これはとても気持ちの悪い怪物なのだ。

 人のような二足歩行に見えるが、よく見ればそこに生えているのは『両腕』だ。しかも左右が逆についている。では足はと探してみれば、背中にそれらしきものが存在する。だが人の足というよりは、鳥の足に近い形状である。

 本来腕が生えているであろう場所には真っ黒な翼。顔はどことなく爬虫類じみていて、表情はない。頭髪や体毛は存在せず、体表には血管が浮き出てドクドクと脈を打っている。

 モンスターは唐突に内臓らしきものを口から吐き出し、ゆらゆらと上体を揺らす。すると、空っぽになって凹んだ胴体がポキリと折れた。そしてそのまま、人間であれば臍に当たる部分から二つに分かれてしまう。

 上半身と下半身、吐き出した内臓の『三体』に分かれたモンスターは、それぞれが自立した意思を持つらしい。防御結界の外にいるコニラヤを見つけ、予測不能な挙動で襲い掛かる。

「コニラヤ! 避けなさい!」

「あぇ……?」

 反応できず、コニラヤはモンスターに丸のみにされた。

 一瞬のことだった。

 目の前で起こっていることが理解できず、俺たちは棒立ちになる。

 聞こえてくるのはグチャグチャと汚い咀嚼音と、噛み砕かれる骨の音。インカの月神コニラヤ・ヴィラコチャは、ほんの一撃で、あっさりやられてしまったらしい。

「……おい、嘘だろ……?」

「食われちゃった……ジャン?」

「……え? これって、もう一度リセットして、やり直さないといけないんじゃ……?」

 理解が追い付かない俺たちの前で、さらに理解不能な現象が起こる。


 コニラヤを丸のみにした『上半身』が、突然苦しみだした。


 体中から赤黒い液体を噴出させ、痙攣している。

 そしてしばらくすると、『上半身』はドロドロに溶け始め、徐々に形が失われていくではないか。

「……セト? これ、何が起こって……?」

「コニラヤがカウンターアタックを仕掛けている」

「へっ!? カウンター!?」

「レインの種族特性を思い出しなさい。不定形生物シーデビルは体を液化させることで物理ダメージを無効化する。コニラヤはそのオリジナルだ。自身の体の一部を切り離して独自進化させたものがシーデビルなのだから、オリジナルのコニラヤに同じことができないはずがない。今は消化液を分泌し、モンスターを捕食し返しているところだ」

「あー……闇堕ちモンスターなんか捕食して、大丈夫なのかな……?」

「駄目だ。だから避けなさいと言ったのに……」

 セトが特大の溜息を吐いた理由はすぐに理解できた。

 液化したコニラヤは『下半身』と『内臓』の足元に流れるように移動し、触れた個所から消化していく。モンスターも咄嗟に逃げようとはするのだが、なんといっても海洋生態系の頂点に君臨するシーデビルの『オリジナル個体』なのだ。液化していた体を部分的に固体化し、触手で絡みついて動きを封じる。


 形勢逆転。今はコニラヤの一方的な攻撃ターンだ。


 呆然と眺めること一分少々、前回のトライであれだけ苦戦して倒した三体のモンスターは、いともたやすく食らいつくされてしまった。

 だが、闇堕ちモンスターを食らったということは――。

「気をつけなさい。どうやら今回のトライで我々が戦うべき相手は、完全な闇堕ちと化したコニラヤ・ヴィラコチャのようだ」

「いや、おい、それ……」

「嘘だろ」

「無理ジャン?」

 俺たちは顔を見合わせ、それから運命の女神フォルトゥーナにリセットを要求した。前回も、前々回も、俺の「もう一度やらせてくれ!」という声は彼女に届いていた。だからフォルトゥーナさえその気になれば、リセットはいつでもできるはずなのだが――。

「……? リセットされねえな?」

「ってことは、今回はこれがベストな話の流れ……なの?」

「最悪ジャン……」

 不定形生物シーデビルとの真っ向勝負。正直、そんなものに挑みたいとは思えない。

 コニラヤは堕天使だったモンスターを取り込んだことで、何らかの変調をきたしているらしい。ブクブクと泡立ち、膨らんでいく。そして全体の大きさに反比例するように気泡は徐々に小さく、細かく、よくホイップした生クリームのようにトロリとした質感に変わっていき――。

「えーと、これ……?」

「ホイップクリームモンスター、って感じじゃねえか?」

「ケーキ屋の看板に描かれてそうジャン?」

 高さ三メートル強、丸っこくふわふわしたピンク色のモンスターが、俺たちのほうをギロリと睨む。

「に……げ、て……」

 その言葉の直後、コニラヤは大量の消化液を撒き散らした。

「やばい! 結界が!」

「俺が代わるジャン!」

 俺が張った防御結界の内側にアスターがもう一回り小さい結界を構築する。俺は結界を解除し、アスターの魔法に別タイプの防御魔法を重ね掛けして強化を図る。

 防御結界の一部を溶かしてしまうということは、物理的な酸性物質ではない。おそらくこれは錬金術に類する分解能力だ。

「おいやべえぞ! これ、もしかして『錬金分解水』……っ!」

 兄さんの言葉に、俺とアスターは頷き合う。

「《バスタードドライヴ》発動!」

「防御結界拡張! 爆散!」

「《緊縛》!!」

 俺は魔法の車輪を出現させ、シーデビルに背を向けて全力で駆け出す。

 アスターは結界を解除する際の衝撃と反動を利用し、こちらに迫りつつあったコニラヤを撥ね飛ばした。

 エリック兄さんはアスターの胴を抱え込み、俺に向けて魔法の鎖を伸ばす。

 俺とセトは鎖の先端を掴み、二人の体を引き寄せようとした。しかし、それより早く崩壊が始まった。

 シーデビルの消化液が駅の床材を溶かし、大穴を開けたのだ。

「兄さん! アスター!」

「おうよ! なんとか生きてるぜ!」

「でも! ゴリさんとイノシシが落ちたジャン!」

「それは後で考えよう! 今引き上げる!」

「縁には触れないようになさい。消化液が付着しているかもしれない」

「わかった。できるだけ慎重に……」

 俺とセトは鎖を引き、二人を引っ張り上げた。巨大な穴の縁に引っかかるようにぶら下がっていた二人は、一応は無傷だった。しかし、ひどく焦燥した顔をしている。

 穴の底はピンク色のホイップクリームのようなコニラヤで満たされている。ゴリラもイノシシも見当たらない。

「……この穴、どんどん深くなってるジャン……」

「もともと地下空間があったにしても、せいぜい二階層くらいだろ?」

「もうこれ……十五メートル以上あるよね……?」

 この駅には地下室がある。電力供給設備や上下水の配管などを通すための共同溝のようなものだが、その設備があったフロアをぶち抜いて、どんどん地面を溶かしている。

「……ゴリさん、食われちまったぜ……?」

「イノさんも、泡の中にドボンしてたジャン……」

「堕天使一体と自然神二柱を食ったか……さて、困ったな。レタスの守護神の手には負えない事態なのだが……」

 それはそうだろう。もう除草剤や防鳥ネットでなんとかできるレベルを突破しすぎている。

 コニラヤの消化液は『錬金分解水』とほぼ同じ物質とみて間違いない。『錬金分解水』は三十数年前、とある錬金術実験で偶発的に生み出された禁忌の物質である。それは万物を溶かし、万象を解かす。物理的に存在するものも、しないものも、魔法も呪詛も、何もかもを跡形なく溶かしてしまう強烈な分解能力を持つ液体だ。

 当然、実験用のガラス容器など耐えられるはずもない。

 実験に使われた騎士団の施設は半径二キロ、深さ百メートル分の地面と共に消失。砂漠地帯のど真ん中であったため民間人への被害はなかったが、施設内にいた騎士団関係者百名弱が溶けてなくなった。

 コニラヤの穴を見る限り横に拡張している感じはない。下へ、下へと掘り下げられていくだけのようだし、その速度も遅い。溶解能力は『錬金分解水』よりも低い。

 しかしながら、これは厄介だった。堕天使以上に面倒なものになってしまった。俺たちは駄目で元々、ホイップクリームモンスターに雷撃を撃ち込むのだが――。

「……俺たちの魔法、溶かされてたよな?」

「触れた瞬間に消えてたね……」

「全然効かないジャン……」

 打つ手なし。今度こそこの時間軸の『やり直し』が必要だと感じるのだが、運命の女神は時計の針を動かさない。

 それはなぜなのか。

 次は何が乱入してくるのか。

 俺たちは何とも言えない嫌な予感を抱えたまま、次なる『想定外』を覚悟した。


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