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そらのそこのくに せかいのおわり vol,10 < Chapter 03 >

 王立高校本校舎二階、男子便所。

 午前中に四枠ある授業のうち、三枠目が終わった後のことである。

「お前、さっきのなんだよ。何チョーシこいてんだ? あ?」

 胸座を掴まれ、壁に押し付けられる。『さっきの』とは、『行動計画』の授業で行われた模擬会議のことだ。

 五人一組の班を作り、ある条件下での作戦を立案する。それをクラス全員の前で発表し、最も優れた作戦を提案した班がその状況下での出撃権、つまりは評価点を獲得できる。班内で打ち合わせに使える時間はわずか二分。発表に使える時間も一班につき二分しか与えられていない。班の代表が二分間のプレゼンを行うか、一人当たり二十秒ずつ平等に意見を表明するか、それも二分間の打ち合わせの中で決める必要がある。

 これは実際の事件現場を想定した訓練であるため、いかなる理由があろうと途中でストップウォッチが止められることはない。班のメンバーはランダムに決められ、気心の知れた友人と同じ班になるとは限らない。現場で組んだ即席チームでも各自の能力を最大限生かした行動計画案を提示できなければ、指揮官としては使い物にならないからだ。

 即断即決力とプレゼン力が問われるこの授業は、非常に点の取りづらい実技科目とされている。日頃から仲良くしている仲間と組めるとは限らないため、その日の組み合わせによっては学年一の優等生でも一度も出撃権を獲得できないこともある。困ったことに、今日の授業でもそんな番狂わせが発生したのだが――。

「放してください。私はルールに則って発言しました。あれは実際の現場を想定した模擬会議です。他に出撃に適したチームがあるのならば、そちらに任せるという判断もあります。実際私には『正しい判断をした』との評価点がつきました。出撃権を取ることだけがあの授業の『正答』ではありません」

「答えを知ってたなら、なんで俺たちに何も言わなかったんだよ! お前が教えてくれてたら、俺たちのほうにも点が入ったのに!」

「出撃権が取れなかったせいで、俺たちには一ポイントも入ってねえんだぞ⁉」

「お前のせいで俺たちの評価が下げられたらどうしてくれるんだよ! ひとりだけ評価点取るなんて卑怯だと思わないのか!」

「俺たちを引き立て役に使いやがって! この裏切り者!」

「……っ!」

 腹を蹴られた。悲鳴は上げられない。さすがは騎士団員養成科というべきか、絶妙なタイミングで口元にタオルが押し当てられている。

 状況は四対一、相手は人間を拘束するための実戦格闘技を習得している。常識的に考えればこの状況から抜け出す術はないだろう。

 しかしこの被害者の場合、少々事情が違っていた。

(ちょっと! ツクヨミ!? これってどうするべきかしら!? 次の授業が始まるまでにお尻に気合注入してあげられるのは、どんなに頑張っても二人が限度よね!?)

(いやいや、セレン? 穏便に行こう、穏便に。まだ我々がこの時代に戻されてしまった理由も分かっていないのだから、ここは大人しくやり過ごすべきだよ?)

(穏便に……って言われても、このままじゃ一方的にボコられて終了なんですけどぉ~?)

(私がガードしているんだ。ダメージは無いだろう? 腹は立つだろうが、ここは抑えてくれ。授業が終わってからなら、サイト君たちとも合流できるだろうし……)

(も~っ! 目の前にぷりっぷりの男子高校生のお尻があるのよぉ~っ? なんもしちゃダメってどぉ~ゆぅ~コトなぁのよぉ~っ!)

 心の声でとんでもない雄叫びを上げながらも、彼は痛みに耐えるようなそぶりを見せて相手の嗜虐心を満足させてやることにした。彼ら四人は学年でトップクラスの優等生たち。次の授業に遅刻するほど長引かせる気はないだろう。

 適当に演技を続けること五分。無抵抗のクラスメイトをいたぶって満足した四人は、記憶するに値しない凡庸な捨て台詞を残して男子便所を後にした。一人便所に残された少年、この当時十七歳・高校二年生のグレナシンは、制服の埃を払いながら鏡を覗き込む。

「ったく、ホント頭悪いわよね、あいつら。次の模擬会議でアタシが何も発言しなかったとしても、あいつらの評価が上がるワケじゃないのに」

「それは言っても始まらないさ。彼らはいつ、いかなる時も自分自身が一番でなくてはいけないと教えられてきたのだろう。彼らのような『優等生』が他の価値観を理解するには、経験と挫折が必要だ」

「でもあの連中、たしかに今は優等生っぽい成績だけどさ? アタシ、高校出てからあいつらの顔見た覚えがないわよ? 順当に昇進してたら、支部長会議に随伴する補佐官くらいにはなってるはずよね?」

「ああ、そう言えばそうだね? 支部長会議であの顔は……?」

 十七年後のグレナシンは騎士団の組織図で上から四段目に名前が記されている。一番上は騎士団長、二段目に副団長と医務長、三段目に特務部隊長と情報部長官、四段目に事務長と特務部隊副隊長、各方面の国境警備部隊長と治安維持部隊長である。特務の代表として『隊長会議』にも『支部長会議』にも何度も出席しているが、同窓生はおろか、直接面識がある上二学年、下二学年の先輩後輩とも顔を合わさない。

「ひょっとしてアタシが在学してた頃って、ハズレ人材の宝庫だったのかしら?」

「かもしれないね。特務に昇進できたのも、君とアーク君だけだったものね?」

「ま、それもマハ家のコネと生贄枠だけどね。ったく、ホントまいっちゃうわ。いきなり高校時代に戻されるなんて。アル=マハ隊長に接触したくても、今日は貴族連中と授業枠も被ってないし……放課後まで待つしかないのかしら?」

「それが無難な選択だろう。誰と誰が『未来の記憶』を保持しているのか、私たちには把握できていない。今すぐ会いに行っても良いが、アーク君に『過去に飛ばされた』という自覚が無ければ……」

「『は? 何お前?』って顔されるだけよねぇ?」

「大人しく教室に戻ろう。仲間との合流はすべての授業が終わってからだ。次の枠は特殊重機の運転講習だろう? 早く行かないと遅刻してしまうよ?」

「わぁ~ってるわよぉ~」

 だらけた返事をして、グレナシンは最後にもう一度鏡を見た。

 まだ何も知らない無垢な少年の顔――と言いたいところなのだが、この頃の自分は上級生たちに使い勝手のいいオナホ扱いされていた。鏡に映る色白女顔、華奢な体の少年に、グレナシンは心の中でエールを送る。


 隠しカメラと盗聴器の設置スキルだけは磨いておきなさいよね――と。


 それからグレナシンは何事も無かったかのように授業に出て、見事な腕前で重武装自走車、一般に『戦車』と呼ばれる乗り物を乗りこなし、先ほどの優等生たちに圧倒的な差をつけて一発合格を決めてみせた。彼は特務部隊の副隊長として常日頃から特殊車両を運転している。王立高校に教官としてやってくる下っ端騎士団員より、乗務経験は上である。

「あー……君、操車と同時に索敵と砲台の角度調節をしていたようだけれど……まだそこまで教えていないよね? というか、一人でどうやって……?」

 教官役の若い騎士団員が首を傾げるのも無理はない。本来ならば三人一組で乗り込み、一人が運転、一人が索敵、一人が砲撃を担うのだ。しかし特務部隊は非常に少ない人数で現場に出て、常識の通用しない相手と交戦することが多い。三人一組でチームを組んでも戦車に乗り込むのは現場リーダー一人。あとの二人はステルススーツを着込んで敵に突っ込んでいく。つまり戦車を運転する『司令塔』は前線の二人に最新の情報を送りつつ敵の注意を引き付けて囮役をこなし、援護射撃も入れなければならないのだ。アクセルペダルを踏みながら体を伸ばして斜め後ろの席の操作パネルをブラインドタッチし、同時に音声操作で索敵コマンドを入力することなど日常茶飯事だ。

「図書館で東部国境警備部隊のジェイク・フェンリオン隊長の記録を読みました。一人で操縦する場合に備え、すべての操作をこなせるようになったほうが良いと書かれていたので……」

「いや、その、なんと言うか……あの人に関する記録はどれも超・上級者向けに書かれているから! 学生がやると怪我をするようなことしか書かれていないので、その資料で知ったことは綺麗さっぱり忘れるように! 次からは、教えたところだけやればいいからね!」

「はい、わかりました」

 東部国境無敵の守護神ジェイク・フェンリオン。百年も前の国境警備部隊長だが、この名前を出せばたいていの無茶は納得してもらえる。なにしろ科学も魔法学もまだまだ未発達な前世紀に、現代人でも再現不能な『全属性同時使用』や『一秒間に《火炎弾》五十連射』、『各属性最強呪文への完全防御カウンターアタック』などを実現してみせたのだから。

 伝説的英雄でありながら能力が突出しすぎていて『悪いお手本』にしかならないという、なんとも厄介な人物。そんな人物の子孫と日常的に顔を合わせてはいるものの、残念ながら、今回彼の援護は期待できそうにない。

 フェンリオン家直系の男子、ケント・スターライト。十七年後の世界では『ラピスラズリ』というコードネームで呼ばれるあの男も、この時代はまだ地方支部所属の平隊員だ。

 ラピスラズリと同じ情報部所属のピーコック、シアン、ナイルらも、それぞれ各地の支部で地道に実績を積んでいた時代である。相手に『未来の記憶』があるかどうかわからないこの状況では、うかつに《雲雀》を送るわけにもいかない。それとなくこちらの存在をアピールする方法があれば良いのだが、グレナシンには良い手が浮かばなかった。

(……ホント、この時代で頼れそうな相手ってアル=マハ隊長以外いなかったのよねぇ……)

 ため息交じりに肩をすくめ、『優等生』たちの下手糞な運転を眺めながら退屈な授業の終わりを待った。




 どうにかこうにか午前の授業をやり過ごし、昼休みに入ってすぐのことである。いつもならば和やかな空気が流れるこの時間に、ひどく騒々しい校内放送が鳴り響いた。


〈に、にに、二年一組のセレンゲティ・グレナシン君!

 直ちに学長室へ来るように!

 繰り返す!

 二年一組のグレナシン君は、今すぐ学長室へ!

 急ぎなさぁ~いっ!〉


 学長自らが校内放送を入れるとは珍しい。それも最後は完全に声が裏返っていた。さてはよほどの緊急事態だなと思うと同時に、どちらだろうかと考える。

(アタシにご指名が入るってことは、ベイカー隊長が来たのかしら? それともアル=マハ隊長が何かやったとか?)

(アーク君ではないと思うよ? ほら、ご覧?)

 ツクヨミに言われるままに視線を動かすと、校庭脇に植えられたライラックや椿の木から精霊たちが抜け出し、なにやらキャアキャアと盛り上がっている。その様子は街中でイケメン俳優に遭遇してしまった女子高生そのものだ。

(……ベイカー隊長のほうね。間違いないわ……)

 八歳児の姿でも女からモテてモテて仕方がないらしい。あの女っ誑しは天性の才能だと再確認しながら、グレナシンは学長室へと急いだ。

 渡り廊下を越え、教員たちのいる学務部の棟屋へ。公立小中学校や小規模な高校では『職員室』と呼ばれる部屋が一つあるだけなのだろうが、ここは特殊学科の集まる王立高校である。授業科目も非常に多く、それらを教えられる大人は各分野の専門家に限られる。そのため一人の講師が複数の科目を受け持つことはなく、科目ごとに専任の講師が雇われている。臨時講師を含めればその数は三百名以上。校舎と別に棟屋を建てねば人数分のロッカーの置き場すら確保できない。

 階段を上り最上階へ。学長室前で軽く息を整え、重厚な樫の扉をノックする。

「騎士団員養成科二年一組、セレンゲティ・グレナシンです」

「入りたまえ」

「失礼します」

 学長室に足を踏み入れると同時に、グレナシンは何かに飛びつかれた。

「わぁ~いっ! セレンお兄ちゃんだぁ~! このあいだはどうもありがとう~!」

「へっ⁉」

 子供特有の甲高い声。とんとジャンプして大人の上体に抱き着けるのだから、子供としては驚異的な脚力だ。確実に動物系種族の子供である。

「え、えーと……?」

「えっへへ~、来ちゃったよ~♪ ビックリした~?」

 声だけでは誰だか分からない。明るい茶色の髪と頬に触れるモコモコの狼耳で、これが七歳当時のロドニーと気付く。

(川で溺れていた俺を助けたってことにしてあります。それらしい場所に外出した日付を教えてください。何か訊かれたら、その日に知り合ったということで話を合わせましょう)

 特務部隊流の無声会話でそう伝えてくるロドニー。ロドニーが無言で頬擦りしているように見せかけるため、足元ではベイカーとマルコが大げさに飛び跳ねて学長の気を引いている。

「もう、ロドニー君ってば、急に抱き着いてきたら転んじゃうよぉ~。今日はどうしたの? 学校見学?」

「うん! セレンお兄ちゃんが通ってる学校、どんなところか見たくって!」

「こっちのみんなはお友達?」

「そうだよ! サイト兄ちゃんとマルコとキールとデニス!」

「はじめまして、セレンゲティ・グレナシンです。セレンって呼んでね~♪」

 子供をあやすように優しい声色を作ってそう言うと、学長は満足げな顔で頷いた。

 自校の生徒が子供の命を救ったというだけでも大変誇らしいことなのに、なんとその子供とはハドソン伯爵家の跡取り息子であった。それもその子供はお礼を兼ねて学校見学に来て、あの大富豪サイモン・ベイカーの長男を連れてきた。それ以外の三人も王室御用達の超有名ジャム屋の長男坊、王立大学で教鞭を振るうロットン教授の一人息子、クエンティン子爵家の次男坊という顔ぶれである。『鴨がネギを背負ってきた』なんてモノじゃあない。極上の美酒と調理器具一式、食器セットと調味料セットまでついてきたような、これ以上ないほどの大チャンスである。ここでこのお坊ちゃまたちのご機嫌を取っておけば、その父親たちと直接言葉を交わす機会などいくらでも作れよう。

 学長は欲に目がくらんだ笑みのまま、午後の授業に五人を参加させると説明した。そしてそれまでの時間、グレナシンに子供たちの面倒を見るようにと言いつけた。

「この子たちも、君と一緒にいたいようだからね。校内を軽く案内して差し上げなさい」

「あの……軽く案内と言われましても、これから昼食なのですが……?」

「彼らもまだ昼食を摂っていないそうだから、まずは食堂に行きなさい。食堂のスタッフには私のほうから連絡を入れておくから、君も子供たちと一緒に食べるといい。北ではなく、南の食堂に案内するんだよ?」

「しかし学長? 私は平民ですから、南のほうには……」

「君は自治区の出身だろう? 法的には士族と同等だ。何の問題もない」

「は、はあ……学長がそうおっしゃるのでしたら……」

 法的には『そういうこと』になってはいても現実は違う。少数民族の自治区は被差別部落のようなもので、ことあるごとに難癖をつけられる。同格のはずの士族からは格下として扱われ、平民からは『特別扱いされやがって』と妬まれ、疎まれ。士族と貴族の子弟が使う南側の食堂には、自分の座れる席など無いと思うのだが――。

「お兄ちゃん! 早く行こ! 俺、お腹空いちゃった!」

「食堂のご飯っておいしい? ねえ、おいしい?」

 無邪気な子供のようにそう言うロドニーとベイカーの目は、確実にこう言っていた。


 安心しろ、ヘイト野郎は発見次第即刻潰す。


 ちょっとやめてよ、アタシこの頃か弱い美少年だったのよ? 将来に備えて週三ペースで『証拠映像』撮り貯めてた時代なんだから、余計なトラブル起こさないでくれない!?

 目だけでそう訴え返してみたが、好戦的な肉食獣を止めることは出来ない。

「行っくぜ~!」

「わ~い!」

 右手にロドニー、左手にベイカー。両手をしっかりと掴まれたグレナシンは、半ばヤケクソでこう言った。

「も~! 廊下は走っちゃダメだよ~っ!」

 意訳すれば「静まれクソガキども」である。三人の後ろに続くキール、マルコ、デニスの耳には、なぜかその意訳が正確に聞こえていた。




 食堂に入って最初に浴びたのは、想像通りの言葉だった。

「なんで自治区の奴がこっちに来てんだよ。平民用の食堂はあっちだろ?」

「なんか臭えな。飯が不味くなるぜ」

「あいつ、『希少生物』って意味で大切にされてんだって理解できてないんじゃないか? 頭も動物並みだから」

「あはは! だろうな! 人間の言葉分かんねえんだよ!」

 直接言ってくるわけではない。複数名のグループで、わざわざこちらに聞こえるように大声で話をするのだ。

 グレナシンは彼らを無視して食堂のスタッフに声を掛け、一番奥のテーブルに案内される。観葉植物で区切られた奥のスペースは学生用ではなく、生徒の保護者や視察に訪れた高官が通される席になっている。

「え? あ、おい……あいつ、どうして……?」

「なんか小学生連れてるよな?」

「どこの家の子だ……?」

 食堂スタッフの態度を見ても、その子供たちが非常に高い身分である事が分かる。

 なぜ自治区出身者が貴族の子供を案内し、同じテーブルで食事することになるのか。

 その理由を考え、グレナシンに罵声を浴びせていた連中は一斉に口をつぐんだ。

 もしかするとあの『希少生物』は、自分たちが知り得ないとんでもない人脈を持っているのかもしれない。だとすれば、これはかなりまずい状況だ。後ろに大貴族がついている奴に喧嘩を売って、「ごめん」で済んだ話は聞いたことがない。

 なんとも言えない緊張感に包まれた食堂の中で、グレナシンたちはおとなしく席について料理が運ばれてくるのを待つ。

 食堂のスタッフがテーブルのそばを離れても、ロドニーとベイカーの後ろにはそれぞれの家の執事がついている。グレナシンはオカマ言葉が出てこないよう注意しながら、できるだけ普通の会話に聞こえるように話を振る。

「ロドニー君はどうして騎士団に入りたいと思ったのかな? まだ進路について考えるには早い気がするんだけど……?」

 ロドニーに十七年後の記憶があるのは間違いないが、この状況の主導権を持っているのかどうかは分からない。なぜ十七年も前の時点に戻されたのか、その理由を知っているかどうかを確認したい。

 話しながら、執事たちからは死角になるように作戦行動用の略式ハンドサインを出す。


〈こちらに情報はない〉


 グレナシンのサインを受け、ロドニーは無難に子供らしい理由を述べつつ同じサインを返す。ベイカー、キール、マルコも同意を表す親指を立てるサインを出している。このサインは特務部隊式であるため、この場ではグレナシンとデニスが直接やり取りすることは出来ない。が、何か事情を知っていたら、ここに来るまでに他の四人に説明しているはずだ。グレナシンは、この五人には状況の主導権が無いものと判断した。

「ねえねえ、セレンお兄ちゃんはどうして騎士団に入るの? お兄ちゃんも正義の味方になるの? お兄ちゃん、強いの?」

「ん~、強いかどうか聞かれるとなぁ……?」

 特務の面々はグレナシンが騎士団に入った理由を知っている。村に留まれば宗教儀式で生贄に使われることが分かっていたから、ツクヨミによって自治区の外に連れ出されたのだ。

 それを知った上でのこの質問。グレナシンはロドニーの意図を正確に読み取った。


〈戦力数、二。コンディションに問題なし。行動可能〉


 こちらには万全な状態のツクヨミが憑いている。そう示したグレナシンに、それぞれ自分の状態を報告していく。

〈残存戦力無し。戦闘不能〉

 ベイカーにはタケミカヅチも他の女神も憑いていない状態らしい。戦闘不能ということは、身長百十センチの子供の体では剣も上級攻撃魔法も使えないという判断だろう。

 続いてキールが出したサインはこうだ。

〈戦力数、一。身体機能に問題あり。魔法の使用は可能〉

 女神の加護は無い。子供であるためいつものような肉弾戦はできないが、魔法は問題なく使用できるということだ。

 ロドニーとマルコは二人同時に同じサインを出した。

〈戦力数、一。行動可能〉

 オオカミナオシ、玄武、サラはいない。それでもマルコは防御と回復が主軸となるため、魔法が使える状態ならば子供の体でも十分な活躍が期待出来る。ロドニーは体が小さい分動きが軽く、素早くなっている。パワー不足を速度で補えば大人と同等に戦えると判断したようだ。

 問題は最後の一人、デニスだが――。

「えーと……その、君の肩に乗っている鳥は、なんていう種類の鳥? 見たことがない鳥だけど……?」

 戦力をハンドサインで示す必要はない。デニスに憑いている神獣、鳳凰ははじめからそこにいる。

「コンニチワ! ボク、ホーちゃんです!」

「オーちゃんです!」

「うわー、言葉覚えてるんだー、この鳥……」

「たまに変なこと喋りはじめるけど、あんまり意味はないから気にしないでね!」

「へー、変なことって、どんなこと?」

 グレナシンが『ホーちゃん』に話しかけると、ホーちゃんは鳥特有の仕草で首を傾げ、それからこう言った。

「リセット、分からなイ! ホーちゃん、知らなイ!」

「オーちゃんモ! オーちゃんモ!」

「ワカラナーイ! ワカラナーイ!」

「シラナーイ! シラナーイ!」

 みょーん、みょーんと縦に伸び縮む金色の鳥は、何も知らない人間が見れば言葉を覚えた大型インコのように見えただろう。しかし、これは神獣だ。青龍や玄武と並び立つ伝説上の存在であり、国家の興亡を決めてしまうほどの恐るべき力を有している――はずである。

「ホーちゃん、貴重ナ戦力!」

「オーちゃんモ!」

「サア、供物を捧げヨ!」

「この愚民どモ!」

 ウケケケケ、という鳥特有の笑い声を上げるこの神獣は、本当に戦力となるのだろうか。自分で自分を貴重と言い出す奴にろくな人材はいないのだが――。

「ん~、鳥の『そのう』の最大容量ってどのくらいだったかなぁ~?」

「そんなに食いたいって言うなら、限界まで食わせてみようぜ!」

「よし、乾燥ワカメを腹いっぱい食わせてから水を飲ませよう」

 グレナシン、ロドニー、ベイカーの発言に、鳳凰は黙って顔を見合わせた。


 こいつらは本当にやる。


 相手の思考を読むまでもなく、彼らはそれを本能的に察知したらしい。

「むかシむかシ、あるとコロにィ~」

「おじイサんと~」

「おばあサんが~」

「桃を洗濯にィ~」

「オニ!」

 出鱈目に覚えた昔話を語るインコの物真似で、必死に話を変えようとしている。やはりこの鳥は戦力でも何でもないようだ。

 それから六人は『副音声的会話』を中断して、運ばれてきた料理を味わうことに専念した。育ち盛りの小学生と高校生の体は、大人以上に腹が減るのである。




 一通り食べ終わって、そろそろ席を立とうとしたころだった。

「セレン! ここに居たのか! 探したぞ!」

 息を切らして食堂に駆け込んできたのは同じ二年一組の生徒、当時十七歳のアーク・アル=マハである。クラスが同じでも貴族と平民では選択科目が異なるため、曜日によってはホームルーム以外で顔を合わせることがない。今日は月曜なので、朝のホームルーム終了後は一度も会わずに放課後を迎える日だ。

「そんなに慌ててどうされました? 私に何の御用でしょうか?」

 ベイカー家とハドソン家の執事がいる手前、空々しくこう尋ねるしかない。しかしアル=マハのほうは遠慮する気が無いようだ。

「この顔ぶれということは、全員記憶がある状態だよな? 原因は誰だ?」

 グレナシンは肩をすくめながら答える。

「アル=マハ君? 何の話ですか?」

「あー……その胡散臭い喋り方、どうにかならないか? 後ろの執事どもは気にしなくていいぞ。ヘファイストスが適当に五感を操作しているから、いつも通り喋っても大丈夫だ」

「あら、そうなの!? やっだもう! 先に言ってよ!」

「あ、いや、今操作しているのは主に聴覚だから、その手のフリはやめておけ。誤魔化しきれない……」

「いやぁ~ん! なんであんたっていつもそーゆー中途半端なコトすんのよぉっ!」

「なんでと言われても……」

 オカマ言葉と体の動きが連動しているところまで読み切れと言う無茶な要求には、さすがのアル=マハも辟易した。助けを求めるような目でベイカーに話を振る。

「ベイカー、状況を報告しろ」

「はい。今この時間軸にいる味方はツクヨミと鳳凰のみです。俺たちは子供なので、満足に動くことが出来ません。そしてリセットの原因は俺たちの誰でもありません。現在ご報告できるのはそこまでです」

「なるほど。ということは、俺たちは誰かのリセットに『巻き込まれただけ』ということか……」

「そういうことになるでしょうね。それと、本当に時間が巻き戻されたなら、俺たちは未来の記憶を保持できないはずです。おそらく今の俺たちは精神体だけで、一時的に過去の時間軸に飛ばされているのだと思います」

「リセットを実行したヤツに合流してこの時間軸の問題点を修正すれば、それで帰れる……と、いいんだがなぁ……?」

「他に良さげな手もありませんし、さっさと解決してしまいましょう」

「そうだな、早く終わらせよう。これ以上高校生レベルの射撃訓練なんか受けていたら発狂する」

「安全装置の外し方ですか?」

「いや、もう少し先だ。残弾数ゼロになってからの再装填訓練」

「なるほど。それは面倒ですね」

「生温すぎて死ぬかと思った」

 ハンドガン二丁でマフィアの拠点を壊滅させた英雄様のお言葉である。現場で残弾ゼロになったら、自分が殺した人間のポケットをまさぐって粗悪な密造弾を補充するのだ。正規品の装填に手古摺る高校生のレベルに付き合っていられないのも当然だった。

「ああ、そうだ。良いことを思いついた。サイト、お前、こっちの選択科目を見学したいと言え。次の授業は戦闘訓練だが、俺はこの時点で師範代試験に受かっている。お前に指導するという名目で二人だけの状況が作れる」

「でしたらマルコも一緒に。二手に別れて行動すれば、情報収集力は二倍になります。いざというときのバックアップとしても、そのほうが機能的であると考えますが」

「そうだな。みんな、それでいいな?」

 全員同時に頷いた。いくらツクヨミが万全であると言っても、何かあった場合、子供五人を同時に守れるとは限らない。自力で身を守れるマルコとほぼ無力なベイカーがヘファイストス側につくことで、ツクヨミとグレナシンの負担を大幅に軽減できる。

 七人は簡単な打ち合わせを済ませ、食堂を後にした。

 そんなグレナシンらの背中を無言で見送った士族・貴族の子弟らの表情は、一人の例外もなくみな同じだった。あえて言葉にするならば『ヤバい』の一語である。なぜなら昼食を摂り終えるころには、あの子供たちのうち二人がベイカー家の長男とハドソン家の跡取り息子であることが知れ渡っていたからだ。そして最後に合流したのは南部の大貴族マハ家の一人息子、学年首席のアーク・アル=マハであり――。


 あれはイジメの標的にしてはいけない相手だったのではないか?


 そう思った彼らは知らない。そんなビッグネームの後ろ盾がなくとも、彼らは既に暴行や恐喝、同性に対する強姦現場の証拠映像を撮られている。昇進や結婚といった人生の節目ごとにそれらの映像が上司や嫁の実家に送りつけられるという、非常に残念な未来が待ち構えているのだ。

 自分たちの人生計画がとうの昔に破綻していることに気付かぬまま、彼らは必死にリカバリー方法を考えていた。


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