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そらのそこのくに せかいのおわり vol,10 < chapter 01 >

挿絵(By みてみん)




 朝礼の後、隊長室に呼び出された俺は一通の指令書を受け取った。

「単独任務ですか?」

「いや、それで三人分だ。まずは目を通してくれ」

「はい」

 指令書の表紙に記載されているのは特務部隊の取り扱い番号のみ。表向きの案件であれば、この番号とは別に総務部との連絡に用いる共通番号が割り振られている。なにも記載されていないということは、これは『秘密のお仕事』ということになる。

 俺は指令書に目を通しながら隊長の説明を待った。俺たちは特務部隊の中でもかなりド派手な戦闘を得意とするチームである。この手のシークレットケースには向いていない。その俺たちを指名するということは、この案件は相当危険な戦闘が予想されるということだろう。

 しかし、指令書のどこを見てもそれらしい記述は見つからない。

「……あの、隊長? この案件、本当に俺たちに……?」

「ああ。お前たちでなければ解決できない案件であると考えている」

「これが……ですか?」

「そうだ」

「伯爵夫人のブラジャーが立て続けに六枚も盗まれた事件の解決に、俺たちが?」

「うむ、まあ……それも解決できれば良いのだが、どちらかと言えばそれはオマケのようなものだ。一番解決してもらいたいのはこちらだ」

「……?」

 隊長から差し出されたのは西部の港町レス・パーチェ行きの乗車券だった。中央からは夜行列車で一本のはずだが、券面に印字されたルートは特急列車を二本も乗り継ぐルート。所要時間は夜行列車の倍以上だ。この後すぐに出発せねば、明日の朝までに現地入りできない。

「どういうことです?」

「詳しい説明は、今ここではできない。とにかくこのルートでレス・パーチェに向かってくれ。絶対にこのルートだぞ」

「はあ……このルート、ですね?」

「そうだ。このルートだ」

「分かりました。行ってまいります」

「健闘を祈る」

「吉報をお待ちあれ」

 拳と拳をコツンとぶつけ、俺は隊長室を出た。

 実際には何ひとつ分かっちゃいない。それでも、行けと言われたら行かねばなるまい。おそらくは指定されたルートの途上で、何者かが接触してくる手はずになっているのだろう。そういう任務はこれまでにも何度かあったし、詳細はその人物から聞かされた。今回もそういうことだと解釈し、俺たちは荷物をまとめて出立した。




 乗車券に印字された乗換駅は西部の主要都市ル・パロム。午前九時に出発しても、到着予定は午後三時である。特急列車の中で六時間も過ごすことになる。俺とアスターは売店で雑誌や飲み物を買い込み、先に乗り込んだ兄さんを探した。

 なんとも不親切なことに、この乗車券は座席指定券ではない。自由席券のほうが安いのは分かるが、まさか王立騎士団の花形である特務部隊が、空席を探して車内をさ迷い歩くことになるとは。

 苦笑交じりに雑談しながら歩くこと六両、俺たちはようやく兄さんと合流することができた。

「お前ぇら遅えっての。メロンソーダは?」

「そんなの駅の売店にはないよ。はい、ミネラルウォーター」

「えぇ~、マジかよぉ~」

 水のボトルを受け取り、兄さんは一つ奥の席に移動する。四人掛けのボックス席は通路側に座って向かい側に足を伸ばしていないと、すぐに残りの席を取られてしまう。女性や子供が場所取りをしていると、その足さえまたいで窓側の席を取られるほどだ。価格の安い自由席は、利用者の民度もそれなりということである。

「よく空いてたね、帰省シーズンなのに」

「いや、全然空いてなかったぜ?」

「え?」

「前にぶっ潰した『ナインテール』ってファミリーあったろ? あそこの構成員だった奴がいたから、譲ってもらった」

「あの、それって……」

「すっげー勢いで降りてったけど、ホームですれ違わなかったか?」

「お兄チャン、すげえ……」

「いきなりやらかさないでよ……」

 せっかく私服で来ているのに、まったくもって意味がない。自分から裏社会の連中にご挨拶してどうする。これではもう、『メリルラント兄弟がル・パロム行きの列車に乗り込んだ』という情報はあっという間に回ってしまうことだろう。

 溜息を吐く俺を見て、兄さんはわざとらしく笑って見せる。

「気にすんじゃねえって。ホーネット隊長がどういうつもりかは知らねえが、俺たち三人を中央から出す時点で一波乱あることくらい覚悟してるって」

「ま、それはそうだろうけどさぁ……」

「レクター、気にしすぎジャン?」

「アスターは気にしなさすぎなんだってば」

 能天気な従兄弟たちの様子に溜息を吐いている間に、発車時刻になったらしい。列車は滑るように動き出し、車窓の景色を押し流していく。

 しばらくはどうでもいい雑談を続けた。けれども発車から十分もしないうちに、俺たちはそろって口をつぐんだ。

 任務のことも、中央の不穏な情勢も、今はどうだっていい。

 確認しておきたいことがある。

「……なあ、二人は、『どの時点』の記憶をもっている?」

 エリック兄さんは視線を外した。これは兄さんの癖だ。アスターに先にしゃべらせたいとき、必ずこうする。

 アスターは、少し迷ってからこう答えた。

「三回死んだジャン」

「ル・パロム駅で?」

「うん。三人揃って一回。駅構内で襲撃されて、避けきれずに一回。次は、その攻撃を避けた先でお兄チャンの攻撃で崩れた天井の下敷きになって」

「じゃあアスターにとっては、ここは『四回目のトライ』なのか」

「そうなるね。レクターは?」

「アスターが瓦礫に埋まったあとの世界を四パターン経験して、それから本部を出発する『スタート地点』からやり直した。だから、俺にとっては『七回目のトライ』ってことになる」

「てことは、俺が二回目に死んだ時間軸が一パターン目で、それと別に三パターン試して……?」

「瓦礫の下敷きになっても、アスターは生きていると思ってたんだ。だから現場で短時間のリセットを繰り返してたんだけど、四パターン目で『敵』を倒した後に掘り出してみたら、さ……」

「あー、うん、俺、とっくに死んでたと思うジャン? 下敷きになった直後で記憶が途切れてるし……」

「だから、アスターが生きていた時間軸からやり直した。それが今この世界……だと思う。エリック兄さんが他にトライしていなければの話だけど……」

「お兄チャン、何回トライしたジャン?」

 エリックは頭をボリボリ掻きながら、押し殺した声で答える。

「悪い。俺は何もできなかった。お前が巻き添えになった後は、頭ン中、グッチャグチャでよぉ……」

「らしくないジャン? あれは俺のミス。レクターがリセットかけてくれたから結果オーライだし? お兄チャンが気にするようなこと、全然ないジャン」

「阿呆。んな簡単に割り切れるかよ。てめえのせいで弟が死んだってのによ……」

「ホント、らしくないよ、兄さん。反省会やるには早すぎる」

「って、言われてもよ……」

 エリック兄さんは暗い顔で外を見る。

 忌々しいほど晴れ渡った青空に、うっすらと見える透明な歯車。雲よりも高い場所に浮かぶそれは、いったいどれほどの大きさなのだろう。ゆっくりと回る歯車は音もなく『世界』を動かしている。

 あれが何か、俺たちは知っている。

 運命の女神フォルトゥーナの『ホイール・オブ・フォーチュン』。世界の運命を操作する力があると聞いていたが、彼女は人間の運勢を上向かせるだけでなく、過去に干渉する能力も持ち合わせていたらしい。

 今いるこの世界の時間は535年の8月。もといた時間、552年の8月から17年も時間をさかのぼっている。そしてこの時間軸で、俺たちは同じ状況を何度も繰り返し、あの『敵』を完全攻略する手段を探しているのだが――。

「あ、おい! 弟! 従弟! あれ見ろよ!」

「え?」

「なになに?」

 兄さんの声に、俺たちは窓の外を見た。

 列車と並走するように飛ぶ一羽の鳥。それは《雲雀》という通信魔法で作り出された疑似生命体である。普通の生き物ではないため、《雲雀》は特急列車の速度にも楽々と追い付いてみせる。

 その鳥は窓のそばまで体を寄せて、けれども車内に飛び込んで来ようとはしない。鳥の足には、短く切ったリボンが結び付けられている。

「……この色は……」

 リボンの色は光沢のある深い青。正確に色名を言えば、ピーコックブルーだ。

 鳥はそれだけ見せつけると、空気に溶けるようにスゥッと消えてしまった。

「……ピーコックもこの時代に飛ばされてきやがったか……」

「味方が増えるのはありがたいけど、ピーコックかぁ……」

「てゆーかこの時代、あいつまだ特務じゃないジャン? 応援要員としては期待できない系?」

「あー、確かに。右腕も移植していないと思うし……」

「クソの役にも立たねえ男だな」

 ひどい言い草だが、事実である。この時代のピーコックは地方支部所属。右腕にバンデットヴァイパーを移植したのはもっと後のことだし、『情報部エース』と呼ばれるほどの幻術使いになるのは移植手術からさらに数年後のことだ。この時代のピーコックは、特筆すべき能力を何一つ持たない『その他大勢』のうちの一人だった。

「……現場に向かうのが俺たち三人だけじゃあ、あの『敵』は完全攻略できねえ。それは間違いねえけど……他に誰を呼べるかって言うと、な……」

 兄さんの言葉に俺たちは頷く。

 最初は三人だけだった。ホーネット隊長も俺たちにこんな任務を割り振らなかったし、誰からも、何の説明もなかった。俺たちは自分が17年前の時間に戻されていることも気づかず、夢の中にでもいるような感覚で、『懐かしい時代』の本部の様子を眺めていた。

 そこに飛び込んできた一報。


 ル・パロム駅に正体不明のモンスター出現。


 モンスターの特徴を聞き、闇堕ちだと直感した。そしてその瞬間、ここが思い出の中でも夢の中でもないと気付いた。

 俺たちは17年前の時間軸をやり直している。しかし、『未来の記憶』を持っているのは俺たち三人だけ。この時点ではホーネット隊長も、レノも、ロンも、『この時間軸の記憶』しか持っていなかった。

 混乱している俺たちの耳にフォルトゥーナの声が飛び込んできて、導かれるままにル・パロム駅へと向かったが――なにしろ到着まで六時間だ。間に合うはずがない。

 人間を食らい続けたモンスターは巨大化していて、もう俺たち三人の手に負える大きさではなくなっていた。

 セトも、ゴリラも、モリイノシシも、全員全力で戦っていた。それでもあのモンスターには歯が立たなかった。


 三人揃って食い殺されて、ハッとした時には朝だった。


 その日の朝礼からやり直し。少なくとも、俺たちはそうだった。

「二回目のトライ以降、ホーネット隊長は俺たちよりも少し前の時間軸から『この時代』に飛ばされている。この乗車券を用意できるんだから、昨日の午後六時、中央駅のチケットセンターが閉まるよりは前の時点。それは間違いないよな?」

 兄さんの話に、アスターが続ける。

「これから何が起こるか、フォルトゥーナから聞かされてるはずジャン? それでも俺たち以外の人員を手配できなかったんだから、俺たち以外の対闇堕ち戦力が見つからなかったんジャン?」

「だろうね。間違いなく戦力になりそうなのはロンとレノだけど、一昨日からずっと東部だし……17年も前だと、ベイカーたちはまだ小学生だしさ」

「アークとセレンでさえ高校生だぜ。もしも『未来の記憶』がある状態でも、片道六時間もかかるような長距離移動は不可能だ」

「だよね。騎士団員養成科って、夏休み無いし……」

 夏季休暇がない代わりに中間考査、期末考査の直後は必ず一週間程度のまとまった休みがあるのだが、地方都市から出てきた学生の中には実家への移動に片道二日かかる連中もいる。せっかくの休暇を移動だけで終わらせるなんてもったいないので、地方出身者ほど寮に残って中央市内で遊ぶ奴が多い。逆に、帰省に時間のかからない中央近県出身者は親からの『帰ってこいコール』に抵抗しきれず、仲間たちと遊びに行くことはできないのだ。あれはなんともおかしな考査休暇だった。

 高校時代を思い出して、なんとなく笑ってしまう。

「あのさ、俺、この時代でやりたいことがあるんだけど、言っていいかな?」

「あ? なんだよ?」

「何するつもりジャン?」

「あのモンスターを倒したあと、もうちょっとこの時間軸に留まっていられるのなら……俺、じいちゃんに会いに行きたい。特務に昇進してから忙しくて、それっきりだったからさ。どうかな」

「あー……うん。いいぜ、行こう。ちょっとおっかねえけども」

「ボケる前のばあちゃんにも会わなきゃジャン」

「だな。砂糖とかコーンフレークとかがぶち込まれてない、まともな味付けのスープ作ってもらおうぜ!」

「あ、うん、あれはヤバかったよね。あそこまで認知症がひどいとは思わなかった……」

「老化現象マジ怖いジャン……」

 17年後の世界ではもう会えない家族に思いを馳せ、俺たちはなんとか気力を保つ。

 運命の女神がそんな優しさを持ち合わせているとは思えないのだが、大好きなじいちゃん、ばあちゃんに会えると思って頑張らないと、心が折れてしまいそうだった。

 倒すだけならどうにかなる。

 けれど、誰か一人でも死んでしまったら『その先の未来』が丸ごと書き換わってしまう。

 戦って、勝って、みんなで揃って未来につなぐ。

 たったそれだけのことのために、俺たちはあと何回、この時間軸で『やり直し』を続けるのだろう。

 途切れた会話の合間に、三人そろって見上げる空。

 そこでは相変わらず、馬鹿みたいに大きな歯車が世界の何かを回していた。


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