照る照る坊主と叫び声
「茜!帰ろう?」
チャイムが鳴り響く放課後。
そう俺に声を掛けてきたのは幼なじみの総司だ。
「あぁ。」
俺、須藤茜は出入口で待つ彼、中山総司のもとに歩み寄る。
「もう僕はお腹ペッコペコだよ。」
まだ4時だと言うのに総司の胃は食物を欲しているらしい。
・・・・大食い野郎が・・。
俺は適当に受け流し、1−3の教室を出た。
「にして明日が楽しみだよね。」
帰宅途中でそんな事を言ってきた総司。
「・・明日?」
・・・何かあったか?
すると総司は勝ち誇った表情になった。
「雪降るんだって。」
心底嬉しそうに笑う彼が俺には羨ましい。
季節は冬。
吐く息は白く、気温が低いことを物語っている。
「よかったな。」
冬が嫌いな俺はまたもや適当に答えた。
「今年こそはかまくら作りたいなぁ。」
九州じゃ無理だ。
ちなみに毎年同じ事を言ってますよ総司さん・・。
何度無理だと言っても彼は理解しないので──
「まぁ頑張れ。」
適当に応援した。
「うん。・・・そうだ!」
右拳を左手の平にポンとのせる。
・・・閃くな・・。
「照る照る坊主逆さにすれば沢山降るかな?」
本当に俺と同じ高校生?
考えが幼いぜ。
その後も総司を適当に相手していると俺の住む年期の入ったアパートに到着した。
「あれ?隣の家・・。」
とうとう売れたみたいだ。
引っ越し屋がせっせと家具を中に運んでいる。
「じゃ僕は帰るから。」
「また明日な。」
手を振る総司を数秒見送り、アパートの階段を上り、部屋の前に到着。
ドアを開くとお世辞でも広いとは言えない大きさだが慣れた俺にはどうともなかった。
帰宅後、玄関にある写真に向かい俺は毎回こう言う。
「ただいま。」
返事はもちろんない。
あるはずがない。
だって───。
《ピンポーン♪》
チャイムの音がしたので取り敢えず扉を開く。
そして開いた先に居たのは・・・・大きな布やら長い紐やらを手に持っている笑顔100%の総司。
「一緒に」
《バタン!ガチャ・・・》
しっかり鍵まで閉めておく。
毎日思うがあの男はバカか?
「開けてよぉ!一緒に作ろうよ!?」
えぇ〜い、バンバンとドアを叩くな!
無視を決め込み耳を押さえる俺。
静かになったのはそれから30分後の事だった。
・・・粘りすぎだ。
「・・ったく・・・げっ!」
そして俺が驚愕したのはその数十秒後だ。
1度ドアを閉め、また開く・・・がやはり変化はない。
「・・・メンドくさ・・。」
ほぼ空の冷蔵のドアを再び閉めると立ち上がった。
財布と携帯をポッケに入れ、家から出る。
急ぎながらも写真に『行ってきます』と言うのを忘れなかった。
階段を素早く下りていき、自転車に跨る。
目指すは近所で有名の格安スーパーだ。
約3日分の食料を調達し終えた再度自転車に跨り、来た道を戻る。
思いの外、早めに買い物が終了したため、ある程度ゆっくりと自転車を漕ぐ。
風を感じながら俺の瞳にはいつもの景色が映る。
閉店したタバコ屋・・。
コンビニ・・。
幼稚園・・。
公園で木に登る女・・・。
木に登る女??
「・・なんだ??」
自転車を止め、奇妙な光景を見つめる。
俺の視線の先には白のワンピースを身に纏った女が必死になって木に登ろうとしている。
「・・・・。」
登ろうとしているが全く登れていない。
だが女は諦めずに登ろうとする。
「──。」
微かに聞こえた。
その瞬間、理解できた。
俺は自転車を置いて、女の横まで移動する。
女は俺に気づかない。
「どいてろ。」
そう言うと女は目を丸くして俺を見てきた。
「あ、あの・・。」
「どけと言ってる。」
俺は早く家に帰って晩飯を作るというミッションが待っているんだよ!
その思いが通じたのか・・・・通じる訳ないか・・・・。
ともかく女は木の前から一歩横にずれた。
「よっ・・と。」
なるべく太い枝を手足を使い登っていく。
「結構シンドいな・・。」
呟くと同時に目標発見!!
ゆぅぅぅうっくりと近づく。
「よっ。子猫ちゃん。」
「にゃ〜・・・。」
そう・・・・あの女はこの子猫を助けるために木を登ろうとしていたのだ。
それに気づいてしまったのは仕方がないので取り敢えず代わりに救出に向かったわけですわ。
「頼むから動くなよ?」
右手で枝を掴み体を支える。
空いている左手を使い子猫を抱こうと伸ばす・・・・成功!!
「もう大丈夫だぞ?」
「にゃ〜。」
しっかりと左手で子猫を抱き、木をどう降りようかと思考を巡らせる。
飛び降りれないこともないが・・・・この状態では──え?
「危ない!」
下から女の声がする。
今の俺の状況。
木から落ちている真っ最中。
てへ♪
「げほっ!」
「大丈夫ですか?!」
い・・息ができねぇ!
結論、背中から落ちた。
「あ、あぁ大丈夫だ・・。」
「あ・・。」
両腕の中にいる子猫を女に見せる。
女は子猫を抱き上げる。
俺の瞳にはその姿が子をあやす母親のように穏やかに写っていた。
「その猫はアンタのか?」
「いえ・・・偶々鳴き声が聞こえたので・・。」
「そっか。」
立ち上がり、付着した砂を払う。
「っで?どうすんの?」
「家で育てようかと思います。」
「ふ〜ん・・・。あ!!」
「え!?どうかしたんですか?!」
今気づいたんですけど・・・部屋の鍵しめたか?
脳内リピート開始。
冷蔵庫開く→驚愕→行ってきます→家出る→自転車に乗る。
閉めてない・・・。
「ヤッバァァァイ!!」
「にゃ?!」
女と子猫はもう俺の瞳には映ってなどいない。
ダッシュで公園から出ると自転車に乗り、音速でペダルを漕ぐ。
泥棒勘弁!
今のは四文字熟語じゃないからな!
「よし着いたぁぁあ!!」
荷物を手に持ちドアの前まで移動する。
ドアノブを握ると同時に・・
──ガタン
音がしたぁぁあ!!
泥棒か?!
「くっ・・・捕まえてやる!」
軽く2、3回深呼吸をする。
ギュッとドアノブを握りしめ・・・。
「この泥棒がぁぁああ!!」
叫びながらドアを勢い良く開いた。
「おかえり。」
部屋にいたのは泥棒などではなく大きな布を持った総司だった。
「・・・・。」
「茜?照る照る坊主作ろう♪」
数秒後、町内に総司の悲痛な叫び声が木霊した。