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九野衣更着に明日はない NO.3



ヒーローになりたくて、憧れて仕方がなかったのに、ふと湧いたチャンスを自ら投げ捨て、棒に振ってしまった、なんて、格好つけた事を言ってるけれど、手の届き、届かせれば百パーセント救えたはずのその命を、一瞬、自分の身が死の危険に晒されたからと言って、無慈悲にも、無責任にも救う事を諦める。

その結果、幼く、可能性に満ち満ち溢れた、将来、キラキラし、満ち満ちした人生を歩むはずだった少女の命が無残にも失われる事となった。

これって、ヒーローとかそれ以前に、殺人、人殺しなのではないのだろうか。

目の前で人が撥ねられ、死んだ光景を見て、その今までになかった経験を受け入れることができなかった衣更着は、一時的に放心状態に陥っていた。

それから、どうにか落ち着いた時、こんな事を考え始めたのである。

撥ね、殺したのは、間違いなく車であり、その運転手である。

ただ、死なせてしまった、という点から見ると、原因は、俺にあるんじゃないだろうか。

死なせてしまった。

つまり、それは、イコール殺してしまったという事になり得る。

たった十七年間の短い人生だが、生まれてこの方、人の死と直面した事は無く、これが初めてなのだ。

その、「初めて」という部分が、衣更着を大きく混乱させる。

思考をよくない方向に進めさせる。

トラックの運転手が少女を跳ねたのは意図的ではない。

事故なのだから。

しかし、俺はどうだろうか。

これを一部始終見られていたとして、意図的に命を見捨てたと責められても、全くその通りだ、と、言い訳の一つも浮かんでこない。

数分前まで、迫る夏休みにウキウキしていた衣更着青年。

事後、この真っ青になり、今にも泣きだしそうな顔を見ると、本当に人生何が起こるかわからない。

とにかくその場を離れようと、警察や救急車が来る前に、事故現場を立ち去る。

そそくさと、逃げるように。

少し歩き、着いたのは、駅近くの人気のない公園だった。

時刻は午後一時を過ぎたくらい。

衣更着は、その後、何も考えず、動かず、只々、ベンチに座り続けた。

何も考えたくなかった。

忘れたかった。

驚くことに、気がつけば時計の針がもうすぐ七時を指そうとしていた。

かれこれ六時間も公園のベンチに腰掛け、ぼけーっとしていた事になる。

側から見れば、女の子に振られた後、凹んでいる男子校生とでも見えてたのだろうか。

やっと、落ち着いて物事を考えられる状態になった衣更着は、事故後、初めて泣いた。

やっと泣けた。

撥ねられた少女の遺体、死相を思い出し、只々、泣いたのだった。

何に泣いたのかと問われれば、亡くなった少女に対してでもなく、ましてや、トラックの運転手を思っての事でもない。

取り返しのつかない事を犯してしまった、自分に対しての涙だった。

結局のところ、人間は自分が一番大切なのだ。

涙が引いてきた頃には、七時半を回っていた。

日は当然のことながら、完全に落ちていて、辺りは真っ暗だ。

公園の街灯も、切れかかっていた為、より、暗く感じる。

まるで、自分の心中のように。

その時、そんな時に、街灯の下に突然それは現れた。

こういう言い方をすると、さも、無かったものが突如、出現したかの様に聞こえてしまうかもしれないが、まさに、そうなのだ。

静まり返る公園の暗闇から、突然、街灯の光の下にそれが現れた。

不気味だと、そう思った。

恐怖も感じた。

姿形は人そのものではあるのだが、顔も髪型も見えない。

見えない、という表現が一番しっくりくる。

見ようとしても見えない。

ただ、身長はおそらく、百八十センチ程あるように感じた。

しかし、男だ、とは断言できなかった。

男にしては肩幅が狭く、華奢だったから。

女だ、と言われても、「ああ、そうなのか」と、納得してしまう。

中性的、という言葉を具現化したようなそれ。

形は人の見た目をしているが、何だか、この世のものではないような気もする。

それは、こちらに向かって、どんどん近づいてくる。

怖かった、恐ろしかった。

不気味で不気味でならなかった。

本当に今日は、付いていない、そう思った。

座っている俺の目の前まで来たものの、やはり、顔が見えない。

見えない恐怖。

分からない不安。

すぐそこまで来ると、その不気味さからなのか、予想よりも遥かに大きく見える。

そのせいなのか、はたまた、全く関係ないのか分からないが、身体が硬直して動けない。

それは、見下ろしながら、中性的な、男とも女とも取れない声で、俺に向けてこう言った。

言い放った。

ーーーーーやあ。

ーーーー今晩は、衣更着君。

ーーー少女を殺した、九野衣更着君。




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