表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

九野衣更着に明日はない NO.2



衣更着が毎日のように利用しているこの通学路は、最寄りの駅まで十分そこそこの道のり。

駅に近づくと、一本の街道に差し掛かる。

この街道、さほど広くはないものの、かなり車通りが多い。

よって、信号もなかなか変わらず、これのせいで、毎日、遅刻者が続出している。

それを避けるために、生徒たちは信号は赤でも車通りが止んだ頃合いを見計らって、街道を渡る。

故に、当然のことながら多い。

昨年、強豪であるバスケ部のレギュラーメンバーである先輩が車に撥ねられ、目の前で鳥のように空を舞ったのは記憶に新しい。

おかげで、九年間続いた全国大会出場の記録が、十年目を目前に潰えた事は、県内の新聞にそこそこ大きな記事として掲載された。

まあ、例え、悪いのは信号を守らない生徒だとしても、通学路にこのような危険な障害があるというのだから、私立学校で、保護者から掃除機のように掻き集め、吸い上げているその学費を、広い歩道橋の一つや二つの建設に、ここぞとばかりに注ぎ込んで欲しいばかりである。

まあ、只今、正午前、放課後故に急ぐ必要はない。

なんなら、これから始まる夏休みか終わる二ヶ月先まで急ぐ用などないのだ。

ハッハッハ。

ハッハッハッ、ハァーハァー。

笑うことも、ましてや息をするのさえ、厳しい程に暑い日だな。

まったく。

おっと、そんな噂をしていれば、例の街道だ。

何だか、今日は増して車通りが多い気がする。

目の前で青だったはずの信号が赤に変わる。

おいおい、立っているだけで汗が滲み、ぶっ倒れそうになるこの炎天下の中、俺は永遠にも感じるこの赤信号を待たねばならないのか。

死んじゃうよ、これ。

されど、俺は待つよ。

当然じゃあないか、さっき急がないと決めたばかりだし。

汗で目が沁みるぜ。

そんなぼやけた視界の隅に黒い影が見えた。

何かと思い、目をこすり、それを確認する、

それは、蝶だった。

それはそれは、美しい黒い大きな蝶。

怪しく、不気味であるものの、何故かな、とても惹きつけられる。

見とれていると、その蝶は、フラッと車道の方に飛んで行った。

車通りが多い車道へ。

時の流れが遅くなるのを感じる。

ーーーーあっ。

ーーー死んでしまう。

ーー車にぶつかり潰れてしまう。

そんな事を、思った瞬間だった。

俺の左側から少女が現れた。

その娘は、その黒い蝶を追っていた。

周りなど見えているはずもない。

その女の子は、夢中で、無我夢中で赤信号である横断歩道に飛び出した。

咄嗟に手を伸ばす。

届く、そう思った瞬間、右の視界にトラックが映った。

初めて感じる、目前に迫る、圧倒的な死。

俺は、無意識のうちに少女を助けようとする事を諦めていた。

無意識といっても、助けようとしている自分さえも死に直面したことに対する、本能的な恐怖からだろう。

目の前の風景、いや、光景は衣更着の人生において、最も衝撃的と言っても過言ではないものだった。

走ってきたトラックと少女が衝突するシーン。

遅い時の流れ、当然声など出ない。

気づけば、少女は十メートルほど跳ね飛ばされていた。

転がっていた。

そして、少しも、二度と動く事はなかった。

即死だった。

みるみるうちに少女の周辺が、彼女の血で赤く染まる。

急停止したトラックから運転手が飛び出してきて、少女に駆け寄る。

悲痛な叫びを上げる観衆。

泣き始める子ども。

急ぎ、救急車を呼ぶ若い母親。

この日、衣更着は初めて人の「死」というものを知った。

死った。

そして、それは同時に、ずっと夢見てきた人の命を救うこと、すなわち、「本物のヒーロー」になるチャンスを自ら棒に振ったという事を表していた。

事故現場の少し上を、あの美しい黒い蝶が飛んでいた。

あの死神のような蝶が、まるで、死んだ少女の魂を天に召しているかのように舞っているのであった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ