九野衣更着に明日はない NO.1
ヒーローになりたい。
格好良く人助けをしたい。
九野衣更着の幼い頃からの夢であり、目標である。
保育園の時に見始めた「仮面ライダーシリーズ」。
特に、親の影響で好きだった、仮面ライダー龍騎。
そんな、ヒーロー達の正義が悪を成敗する姿(仮面ライダー龍騎は、その限りではない。)は、当時、5歳であった衣更着少年の幼心に、幼いその眼差しに、これでもかと言わんばかりに焼き付けられたのであった。
それから高校生の今に至るまで、どんなに小さな人助けでも喜んで請け負ってきた。
そんな自己犠牲とも言える、衣更着の精神は、褒められたいが故の行動だと、周囲に卑下される事が少ないとはいえ、無かったわけでもないし、テレビの中のヒーローの様に、巨大な敵が現れ、それを倒す、そんな憧れのシチュエーションが現実世界で起こりえない事も衣更着はわかっていた。
つまり、幼心に憧れたなりたいヒーロー像には、多少近づく事は出来ても、それに成る事は決して叶わない。
それでもなお、言い方が悪いかもしれないが、懲りずに人助けを好き好んで続けた理由は、人を助ける自分がどうしようもなく好きだから。
こう言うと、語弊があるが、衣更着少年の好きだった仮面ライダー龍騎だってそうだ。
正義のためではなく、あくまでも、自分の正義のために戦う。
結局、どんなに格好つけたヒーローも本質的にはこれだろう。
捻くれているかもしれないが、なんの見返りも求めず、心の底から、ただ、人を助けたい、なんて出来た人間は恐らくこの世界にいないだろう。
ーーーーはずだ。
その点、衣更着はヒーローの本質をついているのかもしれない。
しかし、その、ずっと求めてたチャンスは突然に、唐突に訪れたのだ。
夏休みはもう目前、期末試験最終日である。
私立故に、他の高校に比べ、わりかし早い段階で期末テストが行われる。
つまり、夏休みに突入するのもその分早い。
期末テストを終えた、それは、明日から夏休みが始まる事を意味する。
男子校故に、お祭り騒ぎするその様は、戦国時代、戦に勝った男達さながらである。
当然、衣更着も浮かれていた。
ニヤケていた。
高校二年の夏。
セブンティーン。
人生の春。
彼女と、どんな所へ出かけようか。
どんな事をしてやろうか。
どうしたものか。
足取りはもう軽すぎるくらいだ。
この点を見ると、もはや、こいつはヒーローとはかけ離れに離れすぎてる。
けれども、何せ、学生において、期末試験からの解放、それは、この上なく何にも代え難い開放感を与えてくれる。
禿げるほど勉強し、目が真っ赤になるまで寝ずに夜を明かす。
もともと、勉強が得意ではない衣更着は、そうでもしないと周囲について行けないのだ。
しかし、そんな悩みも、夏休みが終わる二ヶ月先まで考えずに済む。
そんな夏休みの始まり。
まるで、天国へ向かうかのように、なんならスキップしながら通学路を駅の方に向かっていた。
そう、その歩む道のりが、本当に天国へと向かっているともつゆ知らずに。