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遠くから、チャイムの音が聞こえてくる。授業の終わりを告げるチャイムだ。時間からして、本日最後の授業が終わったのだろう。ザクロが過ごした高校生活と同じならば、この後はホームルームのようなものがあり、それが終われば、部活にいくもの、帰宅するもの、そのまま教室に残り友と語らうものと、生徒たちは各々の放課後を過ごすことになるだろう。
しかし、ザクロたちは、本来ならば学校の中で聞くはずのこのチャイムを、学校からは少し離れたところで聞いていた。というのも、あの後しばらく保健室で読書を続けていた葵であったが、唐突に読んでいた本を閉じると、そのままそれを学生鞄に突っ込んだ。そして、宮之浦に別れの挨拶を告げるやいなや、まだチョークの音が鳴りやまない教室を横目に、足早に学校から出ていってしまったのだ。
鹿鳴高校の校門を出て東へ向かうと、門野大路通りと四丈通りからなる、門野大路四丈という交差点がった。深夜と早朝以外は、常にたくさんの車が行きかっているであろう、かなり大きな交差点だ。葵はその交差点を超え、さらに東へと歩みを進めている。その少し上方から、ザクロたちは彼女を見守っていた。
通りには、それほど人は多くない。葵は標準の人よりも歩くのが早いほうらしく、次々と人を追い越しながら進んでいる。
「さっき保健室に向かう時から思ってたんだけどさ」
顔は葵の方に向けたまま、ザクロが不意に呟いた。言葉の調子からして、ひとりごとではないので、その言葉は必然的に、白砂へ向けて発せられたことになる。
「なんですか?」
白砂は、少し不思議そうな顔をした。ザクロの方から話しかけてくるのは珍しいからだろう。
「おれたちって飛べるし、建物もすり抜けられるんだよな?」
「はい、もちろん。死んでますからね」
なにをいまさら、とでも言いたげな顔で白砂が答えた。葵からは目をはなし、律儀にザクロの方を向いて話しているが、ザクロは相も変わらず、白砂の方を見向きもしていない。
「ならなんで、さっきはわざわざ学校の中を通って保健室まで行ったんだ? 校舎の外から直接、飛んで入ればよかったのに」
ザクロは、先ほどから気になっていたことを、白砂に尋ねた。
「そこは、まあ気分ですよね。それに私、高校ってところに一度入ってみたかったんですよ」
両手を顔の前で組み、シスターが祈りを捧げる時のようなポーズをして、遠くを見つめながら白砂が呟く。いかにも狙いすぎな感があるポーズではあるが、白砂がすると、どこか様になっている。
ここで、ようやくザクロは白砂の方へと向き直った。そして唐突に、特に意図していないにもかかわらず、踏み込んではならない領域へと、足を踏み入れてしまう。
「なんだ、高校いってないのか。ってか、あんたっていったい何歳なんだ? 見た目は若いけど、それは自在に変えられるんだろ」
刹那、ザクロは自分が恐るべき質問をしてしまったことを悟る。本来ならば目に見えるはずがないであろう殺気が、なぜか見える気がした。そしてそれは、間違いなく、目の前の華奢な少女の体から放たれていた。
「え? いま何か言いましたか、ザクロさん?」
先ほどまでいた、慈愛に溢れるシスターはどこかへ消え去ってしまったようだ。今、ザクロの目の前にいるのは鬼だ。地獄からやってきた悪魔だ。自分は天国にきたのだと思っていたが、本当は地獄に落ちてしまっていたようだ。
さすがのザクロも、一般人ならまず間違いなく、一生感じることのないであろう殺気を目の当たりにして、少なからず戦慄した。
「あ、いやー、その、なんというか……」
ザクロがどうにか取り繕おうとしている時、葵が改札を超えて、駅の中へと消えていった。電車に乗ってどこかへ行くつもりらしい。券売機で切符を買っていたようなので、普段は電車を使わないのだろう。つまり、このまま家へ帰るというわけではなさそうだ。
「あいつ、電車に乗るみたいだな。おれたちも駅の中へ入ろう。見失うと、困るしな」
言うが早いか、ザクロはそそくさと駅の方へ向かっていくと、屋根をすり抜けて、葵の後を追っていった。白砂は、そんなザクロを怒りの目線で捉えつつも、後について駅の中へと入っていった。




