3
ザクロと白砂は今、大通りを二人で歩いている。
白砂が一方的に話し、ザクロは時々気の抜けた相槌を打っているだけだ。
あれから、『天送室』というプレートが掲げられた部屋を後にした二人は、この先、ザクロが暮らすことになるアパートへと向かっていた。
天送室が収まっていたビルはとんでもない高さで、ザクロは少なからず驚いた。白砂に尋ねたところ、800階建だということだった。
パライソにきてから、ザクロは驚くことが多い。このことには、ザクロ自身が一番驚いていた。
「車っていうものはないんだな」
ザクロは独り言のつもりで言ったのだが、律儀に白砂が返答する。
「この世界では、肉体的な疲労というものはないですからねー。しかも、ビルもいくらでも高くできるので、生活範囲は至極狭いです。ってことで、みんな歩いて移動してるんですよ。遠くに行きたい時は、転送装置もありますし。転送装置というのは、いわば瞬間移動装置ですね。パライソの住人たちは、長距離の移動の時にはこの装置を使用するのが一般的です。実は、天送室がある階から、一階に下りる時に、私たちが使用したのもそれですよ」
確かに、エレベーターのようなものが見当たらず、どうやって下に降りるのだろうかとザクロが考えていると、いつの間にか出口の前にいた。
「んー、なんていうか、パライソもムンドも基本的には何も変わりませんよ。みんな死んでるってことぐらいで。街並みも、ちょっとビルが高いだけで、大体同じ感じじゃないですか?」
白砂としては、ザクロに尋ねたつもりだったのだろうが、残念ながら、ザクロからの返答はなかった。
歩くこと約十分。ザクロは、自らがこの先暮らすことになるアパートへと到着した。500階建てのアパートで、ザクロの部屋は396階ということだった。
「家具とかは、全部揃ってますからね。壊れたりすることも無いんで、好きに使っちゃってください。」
そう言いながら、白砂は、ザクロのために部屋の扉を開けた。
キッチンやトイレ、風呂等はなく、生活するための部屋しかない、ワンルームの部屋だった。家具は、ベッドとテレビとローテーブル。それに大きめの本棚がひとつあるだけのシンプルな部屋だった。
「キッチンや冷蔵庫がないけど、飯は外で食べるか、買ってこいってことか?」
部屋を見渡しながら、ザクロは尋ねた。
「ふふふ。ザクロさーん。あなたは、死んだんですよ? ご飯なんて食べなくてもオールオッケーってことですよー。あっ、でも、わしは死んでても飯が食いたいんじゃー! っていうことなら、レストラン的な施設が街にありますんで、勝手に行っちゃってください」
「へえ。食べる必要がないのに、レストランなんてあるのか? それって無駄なんじゃ?」
「いやいや。意外と、必要がなくてもご飯が食べたい、って人は結構いるんですよ。私も、月に一回くらいは、食べに行きますしね」
「さてさて、それじゃあ、色々と説明していきましょうかねー」
ベッドに腰掛けて、白砂が話し出す。ザクロは床に座って、窓から外を眺めている。
「まずはじめに、ザクロさんには肉体年齢を決めてもらいまーす」
「肉体年齢?」
窓の外に顔を向けたまま、ザクロが尋ねる。
「はい、肉体年齢です。これは、パライソでの自分の肉体を、何歳の時のものにするかを決めてもらいます。何歳の時のものでも結構なんですが、死んだときの年齢より後の年齢には設定することができません」
「おれなら、0~19歳ってことか?」
「はい、そうなりますね。これは、いったん決めると、変更する時とても面倒なので、よーく、考えてくださいね。あっ、ちなみに、オプションとして、背中に羽を生やしたり、頭の上にリングを乗っけたりできますよ」
「19歳で。オプションは、いらない」
即答するザクロ。
白砂が言い終わってから、ザクロが返事をするまでの間は一秒もなかっただろう。よーく考えた、という印象を白砂に与えるには、あまりにも短すぎる間であった。
「はい……分かりました。あなたは、そういう人ですよね。だんだん私も、ザクロさんに慣れてきましたよ。じゃあ、19歳で。これは、また後日、役所に登録しに行きますので、その時までに気が変わっても、問題無しですよ」
それから、パライソの世界についての様々な説明を白砂はしていったが、ザクロが白砂の方へ顔を向けることはなかった。見方によっては、照れているという解釈もできるが、この男の場合はそんなことはありえないだろう。そういうわけで、白砂は、若干の虚しさを感じつつも、説明の中でも、かなり重要な部分にあたる話を始めた。
「で、次はパライソでの職業についてです。この話は重要なんで、ちゃんと聞いといてくださいね」
そう言って白砂はザクロの方をちらりと見たが、彼の視線は相変わらず、窓の外へ向けられたままだった。
「いくら死んだからといって、働かなくていいなんてことはありません。ここ、パライソでも、ムンドと同じように、仕事をしなくてはなりません。職種は、大体ムンドと同じですね。会社員だったり、シェフだったり、科学者だったり。もちろん、パライソならではの職業もあります。私の仕事なんかも、まさにパライソならではですね」
ここでようやく、ザクロは景色を眺めるのをやめて、部屋の中へ顔を向けた。しかし視線は、白砂の方を見ることはなく、ベッドの横にあるテレビを見つめていた。
「で、肝心な職業の決め方ですけど、これは、私たちで勝手に決めさせてもらいます。もちろん、全く適正のない職業に就かせるということはないので、安心してください」
「随分と勝手なんだな。まあ、別にいいけど。で、おれの職業はいったい何なんだ?」
ようやく白砂の方を見て、ザクロが当然ともいえる質問をした。
自分のことを見てくれたことが嬉しいのか、白砂の表情が明るくなる。
「はいはい。当然の疑問ですよね」
ここで、わざとらしく咳払いをする白砂。
そして、ザクロの方を指差して、声高らかに言い放った。
「海別ザクロ、お前の職業は、ベールだー!」
なんだか、前にもこれと似たようなシチュエーションがあったような気がしたザクロだったが、そのことは言わないでおいた。




