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「あなた、死んだんですよ? くたばったんですよ? 昇天ですよ? なんで驚かないんですかー!」
白砂の悲痛な叫び声が部屋に響き渡る。
「いや、だって。死んだと思ったし」
「思ったし。じゃないんですよー! もっとこう……、色々あるでしょう!」
「色々って?」
「だからあ……、どっ、どこだここは!? とか。嫌だー! まだ死にたくないんだー! とかあ。ふっ、地上最強の生物であるこのおれがあの程度の攻撃でくたばるはずがな……」
そこでいったん白砂の言葉を鼓膜から遮断し、ザクロは部屋の観察を始めた。
広さは中々のものだった。ザクロが下宿しているアパートの部屋の三倍くらいはあるように思えた。蛍光灯のような物は見当たらないが、部屋は充分に明るい。
部屋の形は、ドームのようなかんじだろうか。壁の色は白く、家具のような物は白砂の前にあるデスクと、彼女が座っている椅子しかなさそうだ。デスクの上にはネームプレートが置いてあり、「白砂四葉」と書いてある。他には、ペン立てと、たくさんの書類と、電話がデスクの上に乗っている。お世辞にも綺麗とは言えない状態だ。
そのデスクの向こう側には白砂とかいう女性。今もまだぶつぶつと、ザクロの態度に対する不平不満の数々を吐き出している。とりあえず彼女の言葉は完全にシャットアウトしておくことにする。
部屋の観察はそこでいったん中断し、ザクロは自分の体の状態を確かめてみることにした。
服は、最後の記憶の時に着ていたものと同じ。刺された脇腹のあたりに痛みは感じない。服に血も付いていなければ、穴も開いていない。念のため肌に直接触れて確かめてみたが、傷らしきものはない。どうやら自分は死んだらしいので、痛みがないのは当たり前かもしれない。足はある。靴も履いている。体も透けていない。一般的なイメージの幽霊とはかけ離れている。
そんなことを考えながら、ザクロは、白砂の言葉が自らの鼓膜を再び震わすことを許した。
「……は、ドッキリか? ドッキリでしょ! とかあ。死……死んだ? やばい! 今すぐおれのパソコンのハードディスクを破壊してくれ! とかとか。とにかく、色々ですよ!」
ようやく白砂の話はひと段落したようだ。
それを見計らって、ザクロは彼女に問いかけた。
「で、テンソウカとか、担当とかって、何?」
相変わらずの感情ゼロの口調でザクロは言う。
「もう……諦めました。あなたは驚かない人なんですね。死の宣告をした時にする、色々なパターンの反応をみるのが好きだったのに」
白砂は地獄の底から悲しそうな声で呟く。
しばらくザクロの方を恨めしそうな目で睨みつけながら、小さく、よしっ! と呟いて、白砂はザクロに、彼が置かれている状況と、彼が今いる世界についての説明を始めた。
「じゃあ、気を取り直して、説明しますね! さっきも言ったように、海別ザクロさん、あなたは死にました。死因は……、大量出血による失血死。死亡日は、西暦2012年7月27日。享年19歳。プントは8。よって、パライソへの入国が許可されます。ここまでで何か質問はありますか?」
そこまで言って、白砂はまた、あの極上の微笑みをその顔に張り付けた。
先ほどのザクロの質問は完全に無視されている。その質問はまた後ですることにして、ザクロは今の言葉の中で気になったことを質問した。
「プントと、パライソって?」
「はい、当然そこ、気になりますよね。プントっていうのは、ザクロさんがこれまでの人生でどれだけ悪事を働いたかを表す数値です。この数値が低ければ低いほど、悪事を働いた回数が少ない、ということになります。ちなみに、プントの平均は約30なので、ザクロさんはかなり低い数値ってことになりますね。ザクロさん、良い人!」
恐らく、もう何度もこの台詞を言っているのだろう。かむことも、詰まることもなく、スラスラと白砂は話した。
「次に、パライソについてですが、これはムンドの言葉で言うところの『天国』のことです。あっ、ちなみに、ムンドっていうのは『現世』のことです。プントが一定値以下ならば、晴れて、このパライソに入国することが許可されるのでーす!」
そこまで言うと、白砂は、自分の胸の前でパチパチと小さな拍手をした。
非常に可愛らしい仕草ではあるが、ザクロには全く関心がない。
「そのプントっていうのは、どうやって計算されてるんだ? それに、そのプントが高かったらどうなる?」
「はいはい! 良い質問ですよー! ザクロさん、調子が出てきましたね!」
ザクロの、全く関心のなさそうな話し方にも負けず、楽しそうに白砂が話す。ザクロの態度や話し方に、彼女もだんだん慣れてきたようだ。
「まずは、プントの数値が高かったらどうなるか、からお話しますね。ムンドでの生涯で悪事ばかりを働き、プントの数値が高かった方は、残念ながらパライソに入国することはできません。即、転生させられてしまいます。しかし、あまりにもプントが高く、転生するのがはばかれる人が、時にはいます。そういう、超極悪人は、インフィエルノという監獄に、収容されることになります。まっ、いわゆる『地獄』ってやつですね」
白砂は肩をすくめ、少し怖そうな表情を見せる。
「で、そーんな重要な、プントの計算方法ですが、これは結構シンプルなんです。実は、ムンドで生きている人、一人ひとりに、『ベール』という担当官がついてます。このベールは生まれてから死ぬまで、ずっと、自分の担当の人間を観察しています。そしてそこで、自分の担当の人間が悪事を働いたな、と思えば、その人間のプントを加えます。『悪事』というものに、特に基準のようなものはなく、判断はベールに一任されています。ですので、厳しいベールが担当の人は、結構プントが高くなることがありますね」
「なるほど……」
なんとなくではあるが、ザクロは自分が置かれている状況を理解できてきた。
そこで、先ほどから再三無視されてきた質問を、もう一度してみることにした。
「で、テンソウカと、あんたがおれの担当だっていう意味を教えてくれないか?」
ザクロの質問を聞くと、白砂は一瞬、あっ!という顔をしたが、その表情を瞬時に隠し、いつもの微笑みを顔に浮かべた。
「はいはい、もちろん。今から説明しようと思ってたんですよ! 忘れてたわけじゃないですからね!」
そこでひとつ間を置き、小さくい咳払いをしてから、彼女はまた話し始めた。
「まず、天送課っていうのは、私が所属している、部署のことです。天に送る課って書きます。私たちは、まあ、いわゆるパライソへの水先案内人ってとこですね。で、私がザクロさんの担当っていうことはですね、これから一週間、私が、ザクロさんにつきっきりで、この世界の仕組みを、きっちりと、完璧に、完全に、抜け目なく、説明します。つまりは、そういうことですね」
そう言って白砂はにっこりと微笑む。どことなく、嬉しそうな感じである。
「えっと、よく意味が分からなかったんだけど、つまりは、これから一週間、あなたがつきっきりで、この世界のことをおれに教えてくれるってこと?」
「はい。そういうことですね」
「つきっきりって、どの程度?」
「もちろん、一週間の間は、常にザクロさんの傍にいますよ」
そして満面の笑みを浮かべる白砂。
もし、白砂四葉にこんな台詞を言われたならば、ふつうの男だったら、一撃ゲームオーバー。残機ゼロ。一瞬で、彼女に恋してしまうことだろう。そして、これからの一週間はどうなるのだろうと、期待で胸を破裂させてしまうだろう。
しかし、海別ザクロという男に限って言えば、そのようなことは断じてない。彼はそう簡単にはやられない。
そればかりか、なんとザクロは、白砂とのこれからの一週間を想像して、非常に嫌な気分になった。彼は、他人と長い間、時間を共有するということが苦手なのだ。たとえ相手が、非常に可愛らしい少女だったとしても。
そんなことは全く知らない白砂は、誇らしげに、右手の人差指を立て、相変わらずの満面の笑みで、こう付け加えた。
「私は、ザクロさんの担当ですから」




