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眩い光で、海別ザクロは目を覚ました。
ぼんやりとした頭で、最新の記憶を検索した。意外にも早く、検索は終了した。
そうだ。自分は家に帰る途中、何者かに襲われたのだ。ナイフが体に刺さり、血が流れ、ああ痛いな、と思いながら意識を失ったのだ。
ならば、ここは病院だろうか。自分は助かったのか。意外と人間は頑丈にできているな、などとザクロが考えていると、不意に声が聞こえてきた。
「えっと……、海別ザクロさん。お目覚めですかー?」
女性の声だ。声だけで判断すれば、若いように思われる。
看護婦だろうか、とザクロは考えた。しかし、ここでザクロは自分がベッドに寝ていないことに気付いた。肌に触れるその感触から、ごく一般的なリノリウムの床の上に自分はいるのだとわかった。さらに、刺された箇所からは全く痛みを感じない。
何かがおかしいと思いながら、ザクロは声がしたと思われる方向に頭を持ち上げた。
どこかの企業の社長が使っているような立派なデスクを挟んで、スーツ姿の女性がザクロの方を見つめていた。一般的な見解からいえば、看護婦ではない。大企業の社長秘書のような装いである。
しかし、その装いとは裏腹に、彼女の見た目はとても幼いものであった。
肩のあたりで切り揃えられた髪の色はやや茶色く、癖のない真っ直ぐしたものだった。顔立ちも全体的に幼くはあるが、平均よりは遥かに整っているといえる。どちらかといえば「美人」というよりは「かわいい」という言葉で形容されることが多いだろう。
健全な年頃の男子であるならば、その美しい容貌をとりあえずは記憶しておくことだろう。
言うべき言葉が思いつかないザクロを見つめながら、その女性は話し始めた。
「お、やっぱり目覚めてますね。おはようございます、海別ザクロさん。私は、天送課所属の白砂四葉です。あなたの担当をさせて頂くことになりました。よろしくお願いしますね」
そう言って、たったいま白砂だと自己紹介してきた女性は微笑んだ。
天使のような微笑み。この微笑みを向けられたら、男女関係なく、心を奪われてしまいそうな、そんな微笑みだった。おそらく、一生のうちに一度でも、その微笑みを向けられた者は、大変な幸運だろう。
しかしザクロは、その幸運を華麗に見逃した。
白砂の、ツチノコ並みに貴重な微笑みを前にしても、ザクロはその微笑みに関しては、特に特別な感想を抱かなかった。ザクロもまた、ツチノコ並みに貴重な男であった。
ただザクロは、白砂の発した言葉には、多少なりとも興味を持っていた。
「テンソウカ……? それに、担当って?」
驚き、焦り、興奮、喜び、悲しみ。ザクロから発せられる言葉の中に、彼の感情が分かるような成分が含まれていることは非常に稀である。ザクロは、意識してそのように話しているわけではない。それが彼のデフォルトなのだ。
それに加えて、ザクロには、驚いたり、悲しんだりといった、感情の起伏がほとんどない。大体において、平坦なのだ。心電図で自分の感情を観測したなら、間違いなく死人のそれだろうとザクロは思う。
しかし、この時のザクロの言葉には、非常に微量ながらも、驚きの成分が含まれていた。電子顕微鏡で観てやっと分かるぐらいに微量に、ではあったが。それでも、ザクロが驚くということは非常に貴重なできごとである。
これは珍しいな。ザクロは自分の感情を分析した。
「あれ? 全然驚いてない? 珍しいですねー。ここに来た人は例外なく驚くんですけどねえ……」
白砂は呟く。ザクロに向かってというよりは独り言のように思えた。彼女では、ザクロの言葉に含まれている驚きの成分を発見できなかったようだ。
「まあ、いっか。それじゃあ、説明しますね、海別さん」
しばらくの沈黙の後、白砂は、ザクロを驚かせようという魂胆が見え見えの口調と声量で、叫んだ。
「海別ザクロ、お前は死んだのだー!」
ドラマや映画であったなら、豪勢な効果音と共に、ザクロの驚きと戸惑いの表情が、画面いっぱいに映されていることだろう。
しかし、これはドラマでも、ましてや映画でもない。
ザクロは驚くことも、戸惑うこともない。
ただ、じっと、白砂のほうを見つめているだけである。
「…………」
「…………」
二人の間に、気まずい沈黙が流れた。




