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れびびーる  作者: 真草
第三章
15/15

 とりあえず今日は家でゆっくり休んで、明日からベールの仕事と並行して脱獄者たちの捜索にあたってくれと那須に言われ、ザクロと白砂はオフィスを後にした。


 このまま一人で帰れるかと白砂に問われ、もちろん帰れるとザクロは即答し白砂と別れた。今朝通った道順を思い出しながら、部屋へと向かう。


 日は既に落ち、黄昏時を迎えていた。


 白砂と歩いた時よりもゆっくりと歩き、パライソの街並みを観察する。通りに並ぶ店は白砂の言った通り、現世のものとほとんど同じようだ。


 すれ違う人々も同様に現世と変わりないように見える。


 しかし、淡く光る街灯と店から漏れる灯りとに照らされる顔は、パライソの住人たちのもののほうが生き生きしているように思えた。


 しばらく歩くと、小さな公園があった。散策も兼ねて、その公園へと足を踏み入れる。見える範囲に人影はない。


 そういえば、ここまで子供の姿がほとんど見えない。ひょっとすると、子供はすぐに転生されるのかもしれない。それとも、幼い頃の姿をあえて選ぶ者は少ないのだろうか。


 ザクロがそのようなことを考えながら歩いていると、どうということはない、小学生程の背丈をした影が前方からこちらへと歩いてきている。たまたまこれまで出くわさなかっただけで、やはり子供の姿をした者もいるようだ。


 そこでふと、ザクロは違和感を覚えた。前方の小さな影が、自分の顔をじっと見つめているような気がしたのだ。


 いったいどういうことだろうか。まさかこのような場所で知り合いというわけでもあるまい。そう思いながら、ザクロは構わず歩を進めた。あと数歩もいけば、あの影は街灯が放つ光の環に入る。そうすれば、顔を見ることができるだろう。


 あと三歩。


 二歩。


 一歩。


「海別ザクロさん」


 光の環まであと一歩というところで影は立ち止まり、はっきりとザクロの名を呼んだ。暗闇に飲み込まれたままのその顔は判別することができない。


 不意の出来事に、思わずザクロも歩みを止める。まだ相手の位置からでは、ザクロの顔も確認できないはずだ。


「心配しなくても、あなたが海別ザクロさんだとわかって話しかけていますよ」


 ザクロが黙っていると、大人びた口調とは釣り合わない、変声前の高い声で影が再び話しかけてきた。


 身長は、ザクロの腰ぐらいまでだろうか。


 黒塗りのそのシルエットからでは、男女の区別がつかない。


「そうか。それなら、そちらの名前も教えてほしいものだけどな」


 ザクロも影に話しかける。


「私の名前は、そうですね。とりあえずはカインとでも呼んでもらいましょうか」


「カイン? 聖書に出てくるあのカインか?」


 ということは、目の前の影は男性なのだろうか。カインとは聖書に出てくる兄弟の兄にあたる人物の名前だったはずだ。


「そうです。世界で最初の殺人を犯した者。私が唯一尊敬する人物です」


「殺人者を崇拝とは、パライソにいるにしては随分と物騒な奴だな」


 ザクロの言葉を受け、カインと名乗った影は愉快そうに肩を揺らし、くすくすと笑った。


「むしろ聖書に出てくる人物を尊敬している私こそ、最もこの世界にふさわしい人間だと思いますがねえ」


 そう言ってさらに笑うカインを見て、ザクロは直感的にこの人物は危険だと判断した。パライソにおいて、悪の成分を持つ者、異質な存在というものを初めて目にした気がした。


「それで、その聖人さまがおれに何の用だ?」


 敵意を帯びた声で、ザクロがカインに尋ねる。


「ひとつお願いがありましてね。ザクロさん先ほど、那須に会いましたよね?」


 この発言は、ザクロの思考回路を強制的に稼働させた。


 どういうことだ? 那須のことを知っている? ということは、カインも天送課と何か関係があるのだろうか。


「沈黙、ということはどうやら当たりのようですね。まあ、あなたと白砂がビルに入っていった時点で、そうだろうとは思っていましたがね」


 やられた、とザクロは思った。単純なかまかけに引っかかってしまった自分が情けなくなる。


 しかし、カインは白砂のことまで知っているようだ。しかも自分たちがビルに入るところまで見られていたとなると、思っていたよりも前からこちらをマークしていたということだろう。


 ザクロの中で、目の前の人物に対する警戒心がさらに強まった。


 押し黙ったままのザクロをよそに、カインが再び話しはじめる。


「それでお願いというのはですね、簡単なことなのです。今日、那須から言われた仕事、全力で取り組んでほしいのです」


「意外だな。てっきり、その仕事から手を引けと言うのかと思ったが」


「いやいや、何を言うのです。脱獄した極悪人たちを捕まえてほしいと言われたのでしょう? 善良な一市民である私としては、彼らが野放しになっているなどただ恐ろしいだけですからね」


 そう言って、カインは肩をすくめてみせた。その口調からは、恐ろしいなどと考えてはいないことがひしひしと伝わってくる。


「善良な市民なら、顔ぐらい見せてもよさそうなものだけどな」


 ザクロはそう言って、カインに向けて一歩足を踏み出した。


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