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「確かに、その書類に載っているものたちは超がつくほどの極悪人たちだ。間違いなく、今後も転生されることはないだろう」
ザクロたち三人は、那須が用意したコーヒー入りのカップをそれぞれ手にしている。ザクロは死んでから初めて口に物をふくんだが、きちんと苦みと熱さを感じた。
「それで、その極悪人たちの書類をおれに渡してどうするつもりだ? まさか任務って、刑務官でもやれって言うのか?」
「いやいや、そういうわけじゃない。さきほど君は、彼らをインフィエルノに収監されている大犯罪者だと言ったが、それは少し違う」
そう言うと、那須はコーヒーの入った自分のカップを持ち上げた。先ほど、驚くほどの量の砂糖がカップへと入れられるのをザクロは無感情な目で見つめていた。白砂は大量の砂糖のことを思い出したのか、那須がカップを口へと運ぶのを見て顔をしかめた。
「どこが違うんだ?」
ザクロが尋ねた。
「そこに載っているもの全員、今現在はインフィエルノに収監されていない。脱獄したよ」
那須が、カフェで雑談でもしているかのような気軽さで語る。
「へー、それは大変だ。こっちでも脱獄なんてものがあるんだな」
そう言ったザクロの声にも、焦りの色のようなものはみえない。
「ザクロさん、こっちでは脱獄なんて前代未聞の出来事ですよ」
白砂が神妙な面持ちでそう応える。先ほどまでとは打って変わり、那須と白砂の顔に緊迫した色が浮かんだのをザクロは読み取った。
「これまでに、インフィエルノから脱獄したものはただの一人もいなかった。ムンドで悪事の限りをつくし、悪知恵も働くやつらが収監されていたにも関わらず、な。それが今回破られた。脱獄したやつらは、相当に頭がキレるということだろう」
那須が大きく息を吐いた。
「なるほどな。それで、こいつらとおれにどんな関係があるんだよ」
「ああ、君には白砂くんと組んで、そいつらを捕まえてもらいたいのだよ」
さらりと言ってのける那須に、白砂が苦い顔をする。
「捕まえるって、おれにそんなことできるとは思えないけどな。喧嘩さえしたことがないぞ」
ザクロが淡々と言う。
「君が弱いとは思えないがな。しかし、安心したまえ。君は補助役だ。捕まえるのは、白砂くんがやってくれるだろう」
那須のその言葉に、思わずザクロは白砂の顔をみた。果たして、このような少女に犯罪者を捕まえるなどといったことができるのだろうか。しかも、相手はただの悪党ではなく、超一級の極悪人だという話だ。
「ザクロさん、私にできるのか? って顔ですね」
ザクロの疑問を読み取った白砂が、悪戯っぽい顔をザクロに向ける。
「こう見えても、私はなかなか強いのですよ。ご心配にはおよびません」
そう言って白砂は、右手の人差し指を立てたお得意のポーズに自慢げな顔を添えてみせた。しかし、その顔にどこか寂しげなものがあるのをザクロは見逃さなかった。
「それで、白砂が強いのはいいとしても、どうやってその脱獄したやつらを探すんだ? よくは知らないが、このパライソだって決して狭くはないだろう?」
「うむ、確かにこのパライソも狭くはない。手がかりもなしに探し出すとなれば、なかなかに骨が折れるだろう。しかし、心配には及ばんよ」
そこで、那須はいったん口を閉ざした。よく見れば、口角を上げにやりと笑っている。
どうやら脱獄者の居場所には心当たりがあるようだ。それならば、このパライソにあるのかはわからないが、警察のような組織をそこに送り込めばいいのではないか。
ザクロがそのように考えていると、不意に那須が立ち上がり、さあ驚けとでも言わんばかりの声量で再び口を開いた。
「脱獄者どもは下に逃げた! かつて悪事の限りを尽くした凶人たちだ! 今、ムンドはかつてないほどの危機にさらされている。この危機を救うため、君は選ばれたのだ! さあ覚悟を決めたまえ! 海別、ザクロっくーん!」
真っ直ぐに自分に向けられた那須の人差し指を、ザクロは感情のない目で見つめている。
なるほど、脱獄者たちが潜んでいるにしては、このパライソの空気は平和すぎるような気がしたがそういうことだったのか。しかし、ムンドに逃げたとして、何ができるのだろうか。まさか、生きている人間に憑りついたりといったことができるのだろうか。
ザクロの意識の中に、もはや那須という人物は存在していなかった。
那須は立ち上がったまま、助けを求めるように白砂のほうに目を向けた。
しかし白砂は那須のことなど全く気にかけていないようで、ただザクロを心配そうに見つめている。
ザクロに向けた腕をおろし、再び椅子に腰かけた那須は、不服そうに鼻から息をもらした。