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5分ほどで、電車は瓦町駅へと到着した。ここが終点でもある。結局、先ほどの男はあれからザクロたちの前に姿を見せなかった。もしかしたらと、電車が走っている時に白砂が両隣の車両にまで確認しに行ったが、無駄骨に終わってしまった。
葵は地下にある駅から階段を上がり地上へと出た。「瓦町商店街」と書かれたアーケードをくぐり商店街へと入る。5分ほど歩くと、かなり大型書の店へと入っていった。看板には、「富士山書店」とあった。そこで30分ほどかけて小説を吟味し、3冊をレジへと運んだ。
その後はどこにも寄ることなく瓦町駅へと戻ると、再び電車へと乗り込み、斎院駅へと向かった。斎院駅を出るとそのまま東へと向かい、住宅街へと入っていった。
そして今、葵は一軒の家の前で立ち止まっている。恐らくは、そこが彼女の家なのだろう。表札にははっきりと「赤城」と書いてある。
ごくありふれた、2階建てのこじんまりとした家だった。葵はしばらく家を睨みつけていたが、意を決したように扉を開けた。
「ただいま」
すぐ傍にいるザクロたちにさえ聞こえるかどうかという声量で、葵が自らの帰宅を告げた。
手早く履いていた靴を脱ぐと、すぐに階段の方へと向かっていく。葵の部屋は2階にあるようだ。ザクロたちも後について階段を上ろうとしたところで、廊下の奥からの声が三人の足を止めた。
「葵、帰ったの? ちょっとこっちへきなさい」
母親、だろうとザクロは思った。廊下の奥にある部屋にいるようだ。その声にはどこか、怒りが含まれているようだった。
葵はややためらいながらも、階段へかけられた足をそっと戻し、声のした部屋へと向かっていった。
奥の部屋のドアを開けると、女性がひとり、椅子に座って葵を出迎えた。どうやら食堂のようである。中央にはザクロの腰の高さほどの食卓が置かれていて、その周りには椅子が4脚配置されている。女性は、そのうちのひとつに座っていた。
女性はやはり葵の母親であるようだった。顔のつくりがどことなく似通っており、雰囲気も同じようなものを纏っているようにザクロは感じた。葵が高校生ということから、それ相応の歳であるはずだが、見た目は非常に若い。彼女の眼からは、間違いなく怒りが読み取れた。
「なに? 部屋で本を読もうと思っているのだけど」
葵は明らかに母親の視線を避けていた。怒りの理由が自分にあることを察してのことだろうとザクロは考えた。
「本なら、後で読みなさい。今は、私と話すの」
有無を言わせぬ口調の母親に、葵は観念したのか、鞄を机に置くと母親と向かい合うようにして椅子へ座った。
「あなた、今日も授業には出なかったようね」
責めるような口調で、母親が葵へと問いかけた。
「学校には、行ったわ」
「学校には、ね……。今日は授業に出るっていう約束じゃなかったかしら?」
「別に授業なんて受けなくても勉強は……」
「言い訳はいらないの!」
母親は、激しく拳を机に叩きつけた。かなり怒っているようで、叩きつけた拳が震えていた。
そんな母親を葵は悲しげな表情で見つめている。部屋には、重苦しい空気だけが存在感を放っていた。
「ごめんなさい」
そう言い残して、葵は乱暴に鞄を掴んで部屋から出ていった。ひとり残された母親はしばらく動かなかったが、大きく息を吐くと、葵が出ていったのとは別のドアを開けて、部屋を出ていった。
母と娘。ふたりの眼には、涙が浮かんでいたように見えた。