プロローグ1
けたたましい警報音が街全体に響き渡る。街の各所に設置されているスピーカーからは、同じフレーズが何度も繰り返されている。
“インフィエルノに収容中の囚人、数名が脱獄しました。住民のみなさんは、直ちに帰宅し、戸締りを完全にしてください。決して家から出ないでください。繰り返します……”
大勢の人間たちが、慌ただしく住宅街へと向かっていく。川の流れのように、みな同じ方向へと、足早に歩いている。先ほどからの放送の効果か、人々の表情からは焦りがうかがえる。
そんな中、人の波に逆らって歩いている少女がひとり。
歩く方向は逆だが、少女の表情にも同様に、焦りの色が浮かんでいた。
普段の三倍の時間をかけて、少女は目的地へとたどり着いた。
「ちょっと、ちょっと! どういうことですか! さっきから何回も流れてる放送、聞いてます? 脱獄ですよ! 囚人ですよー?! さっさと家に帰って、鍵を全部閉めて、ドアと窓の前にバリケード作らなきゃいけないのに! それなのにそれなのに、今すぐ会社へ来いってどういうことですかー!」
少女の悲痛な叫びが、部屋全体に響き渡る。部屋には少女の他に、彼女の上司にあたる人物がひとりいるだけだ。必然的に、その少女の訴えは、上司に向けて発せられたこととなる。しかし上司は、少女の訴えに対して顔色一つ変えることなく、話し始めた。
「囚人たちは、下へ逃げた。だから、こっちは安全だよ。あの放送も、じき止むだろう」
上司のその発言は、少女をさらに慌てさせた。
「し、下へ逃げたあ!? やばいじゃないですか! 大問題じゃないですかー! そもそも、どうやって囚人たちは脱獄なんてできたんですかー!」
「それについては現在調査中だ。そんなことより、お前を呼んだ訳だが……聞きたいか?」
上司は意味ありげな視線を、少女に向ける。
「あっ、いいです。聞きたくないです。嫌な予感しかしません。聞かないから、もう帰ってもいいですか?とりあえずこっちが安全なら、私も安心して家で熟睡できますし……」
「脱獄した囚人を捕まえるの、お前だから」
…………。
突然の上司からのカミングアウトに、少女は言葉を失った。もしかしたら、もう喋れないかもしれない。それほどまでに、上司からの、死の宣告にも等しいその言葉は、少女を驚かせた。
口をだらしなく開けたまま、少女はしばらくの間、動くことができなかった。