一話《壊し壊されその命》
俺は目を開いた。
「何ぼーっと突っ立ってんのよ!」
女の子の声が聞こえた。
それは俺の彼女、峰紀惠梨の声だった。
「ああ。ごめん。」
俺は再び歩き出した。
今俺は東京区外の坂道を歩いている。
「にしても暑いねー。」
「ああ、異常だ。」
今年の夏はかなり暑い。
梅雨明けも例年より早かったらしい。
まああまり外に出ることのない俺にとってはどうでもいいことだったのだが......。
だがそんな俺のインドアな生活も彼女が出来て一変した。
なにせ彼女はアウトドア部に入っているくらいだ。
何故こんなやつと付き合うことになったかはあまり覚えていない。
嫌なことはすぐに忘れてしまうたちなのだ。
と言うと付き合ったことが嫌なことのように聞こえてしまうが、至ってそんなことのない普通のカップルだ。
「─────ねぇ、聞いてる?」
「えっ?あ、うん。まあ......。」
俺は曖昧に答える。
「じゃあ決定でいいね!」
「えっ?ちょっ、待て!何の話だ!」
「もうっ!来週の土日にキャンプに行くって話!」
「いや、そんないきなり言われても......。」
大体なぜこのタイミングでキャンプなのだ?
ちょっとは現実を見てほしいものだ。
「拒否権無し!」
「はぁ!?ちょっとま────」
その時。僕の彼女が歩み寄ってきてこう耳打ちした。
「あの事......バラしてもいいの?」
「.........。」
俺は立ち止まって唇を噛み締めることしかできなかった。
前言撤回だ。何が普通のカップルだ。
「はぁ......。」
俺はため息をついた。
「ほらほらっ。早く行くよ〜。」
向こうで俺の彼女が手を振る。
俺は駆け足で坂道を登った。
今日のデート、とても楽しめそうにない。
「はいっ。これも持って!」
そう言って彼女はビニール袋を俺に渡してきた。
中には服やらなんやらが入っている。
「うわっ、結構買ったなー。」
「まだまだ買うわよー。て言うかそっちはもう買い終わったの?」
「俺?俺は買いたいものは全部買ったぜ。まだ買うんだったらそこら辺うろちょろしてるわ。」
「あ、そう。まあ買うって言うかほぼ盗みだけどね。」
「今更それを言うなよ.....。」
「んじゃ、買ってくるね。いや、盗んでくるね?」
「ほいほーい。」
彼女は今度はアウトドア系の店に入っていった。
なんだかんだ言ってオシャレよりそっちの方があいつっぽい感じがする。
で、現在俺は店の外で待たされている。
ショッピングモールというだけあってなかなか色々な店が並んでいる。
俺はベンチに座った。
「......臭いな。」
あれから3ヶ月が経つ為もう臭いすら残っていないだろうと思っていたが完全に染み付いてしまっているらしい。
というかむしろこれは普通に生ものの腐った臭いだ。
1階の生鮮食品売場からしているものだろう。
俺は空を見上げた。
天井はほとんど剥がれ落ちていて建物の中だというのに青空を眺めることが出来た。
当然例の魔法陣も見えた。
本当に一瞬の間に何もかもが塗り変わってしまった。
今日までたったの五ヶ月間である。
そうだ。五ヶ月前といえば家に引きこもってはゲームだの動画だの眺めて過ごしていたっけ。
そしてそんなある日に突如奴らが現れたのだ。
最初はアメリカ、続いて中国、ロシア、日本、オーストラリアと.....。
気付けば太平洋の真ん中には楽園が出来ていた。
最初は数体を落とせば終わりだったが、だんだんと戦況は泥沼と化していった。
奴らは空を飛ぶ。故にこちら側は戦闘機を使わなければならなかったが、先日レーザー砲が完全配置され、敵もそう簡単には攻め入れなくなってきた。
だがそんなもので奴らが怯むはずもないだろう。
なにせ奴らは神の遣い即ち[天使]なのだから。
「祐也〜!これ追加〜!」
アウトドアの店から出てきた俺の彼女は、はちきれんばかりのビニール袋を持って俺に手を振っていた。
俺は立ち上がった。
「........はいはい。」
俺は再びビニール袋を持つと彼女の場所までかけていった。
「はい、これっ!」
笑顔でビニール袋を差し出してくる。
「少しは自分で持てよ.....。」
「か弱い少女にそんな重たい物を持たせるなんてサイテー。」
「お前の方が俺より力あるくせに。」
「問題はそこじゃないの!レディに荷物を持たせるなんて有り得ないってこと!」
「あのなあ.....レディって言うのは────」
と、言いかけて俺は寒気を感じた。
「─────はいはーい。それ以上言ったら心臓くり抜くわよ。」
気付くと俺はサバイバルナイフを背中に突きつけられていた。
いつの間に出しておいたのだろうか。
いつもの俺ならそんなことにびびったりもしないはずなのだが、こいつの場合は別だ。
なにせ前科があるのだ。
因みにその時の傷は今でも俺の右腕に残っている。
「.....に、荷物は全てお持ちいたします。」
俺は震え声でそう言った。
「それでよろしい。」
彼女は笑顔でそう言うとナイフをしまった。
彼女といる時は油断してはいけない。
もしかしたら奴らよりも怖いかも知れない。
そんな事を考えながら俺は荷物を受け取った。
「にしても随分買ったよな.......。」
おかげで俺は今スーパーから出てくるオバサンのような格好になっている。
「あら、あなたこそ結構買ってたじゃない。」
確かに買った。
後から買いすぎたかと思う程買った。
だがそれも今では全体の一部でしかない。
「腕時計、充電器、電池、あと.......割り箸とか干し椎茸、あと干物やら何やらだったかな。」
「へー、なるほどねー。そういう食べ物もあったのね。」
「缶詰は全部無くなってたからな。自衛隊とやらが持ってったんじゃねーか?」
「そんな感じでしょうね。ランタンや寝袋も無くなっていたわ。」
「他に何か買ったっけ。」
漫画とラノベとゲームとかグッズも少々買ったがここでは言わないでおこう。
「それと漫画、ラノベ、ゲーム、グッズもでしょ?」
「そうそう。そんなものも少しだけ買ってたなー。」
ほぼ棒読みで俺は言った。
こいつは人の心を読む力でもあんのか?
「あ、ちょっとあたしトイレ行ってくる。」
「あ、そう。どうせ水止まってるから流せねーけどな。」
「まあそうね。」
彼女はトイレに向かって行った。
俺は改めて周りを見渡してみた。
床一面に広がるガラスの破片。
至るところにある血の塊。
そして風に吹かれる真っ白い羽根。
これらは当時の有様を伝えてくる。
奴ら[天使]はたくさんの命を奪っていった。
神は何を考えているのだろうか。
俺はまた思い出した。
俺の街を襲ったたった一体の[天使]を。
4つの顔と羽、いくつもの目に覆われた体。それはまるで悪魔だった。
奴はたった一体で大阪を攻め落としたという。
それからも数多くの街に出現しては破壊していったが、あれからあの個体の目撃情報はなく、ましてや撃退したというわけでもない。
でも出来ることなら俺はこの手で奴を殺したい。
奴は俺の全てを奪っていったのだ。
家族も平和も日常もパソコンも一番大事だったあのフィギュアも......。
あ、ダメだ。
せっかくいい雰囲気出してたのに台無しだ。
と言うかこの手で殺すとかクラスで一番運動音痴だった俺に出来たらもうとっくに奴ら全滅させてるよ.......。
「あー、平和がほしい。」
俺はそう呟いた。
1話をお読みいただき誠にありがとうございます。
なんかグダグダ感が出てしまいました。
すみません。
いきなりショッピングモール編はきつかったと後から感じました。まだ舞台的な設定が全部しきれていないので謎だらけですが、そのうち安定してくると思います。