6. 食欲のために、人は鬼になる
今後の人生方針が固まったものの、いまだ和希は森の中である。
鬼を消滅させてからは魔力チートを活用しつつ進んだ。
とはいえ、森を進みやすくする魔法などさっぱり思いつかないので、暗くなったら灯りをつけて、魔物たちを牽制するぐらいだ。
発想力がないって、つらい。
一昼夜歩いた今、お腹がすきすぎて倒れそうだが、食べられるものはなにもない。
「ご飯、出てこい!」と叫んだが、さすがに出てこなかった。まあ、それができたらさすがにチートすぎるか。そんなことができたら今すぐ肉を食べ尽くして、人生の未練がゼロになってしまう。それはそれで嫌だ。
森の木に生っている果物なんかを食べたいと思いつつも、そのあまりに毒々しい色に手が出せない。
「南に来るべきじゃなかったかなぁ。案外、北に行ったら30分で街に出れてたりして」
杖をつき、よろよろと歩きながらぼやく。
と、そのときだった。
何かがゆったりと前を横切っていく。途中で、こちらに気付いたらしく、ゆっくり顔をこちらに向ける。
「こ、これは!」
見慣れた白と黒のホルンスタインではなく、全身茶色だが、これは間違いなく――
「お牛さまだー!!」
叫んだ和希に、こころなしか牛がビクッとする。
一歩踏み出すと、牛が一歩逃げるように身を引いた。
その一瞬のうちに、和希は考える。
生きている牛になど出会ったことなどない。ましてや、それを捌いて食べたこともない。手にしたことがあるのは調理済みのものか、スーパーの精肉用にカットされたものだ。
そんな自分が、生きている牛を殺して食べることなどできるのだろうか。
――うん、食べられる。
和希は深くうなずいた。
自分の命がかかっている。そうでなくても、おいしいものが食べたい。ここは遠慮なくいかせてもらおう。その代わり、誰かが自分を殺して美味しく食べても恨まないようにしよう。もちろん、その時には徹底抗戦をさせてもらうが。
和希の怪しい視線に気づいたのか、牛が猛ダッシュを始めた。
「待てー!」
和希も追いかける。
「えーっと、えーっと、あんまり生々しいのは苦手だから……」
走りながら考えているので、自然と速度が落ちる。これ以上時間をかけると逃げられてしまいそうだ。
これまでの経験だと、ある程度、魔法の理論というか、そこに至る流れのイメージができないと成功はしないようだ。
樹を倒したり、鬼を吹っ飛ばしたりは、なんとなくイメージができた。食事を出せなかったのは、「無から有」を生み出すイメージができなかったからだろう。
「ということは……牛の心臓を止めれば……」
手を牛に向かって、意識をそこに集中させる。
「ハートストップ!」
手から白い何かが飛び出し、ちょうど牛の胸の部分に吸い込まれていった。
呪文はなんとなくのイメージだ。
と、走り続けていた牛がビクッと身体を震わせる。
やがて牛の脚がもつれ、横にどおっと倒れ込んだ。
生命の命を奪ってしまったことに罪悪感を感じながら、恐る恐る近づく。
牛はまだピクピクと動いていたが、やがてその動きを止めた。
「さて……」
直視はしづらいが、このまま目をそむけていては、ではお腹がすきすぎて死んでしまう。
「ここは……ちょっと無駄にしちゃうけど、許してもらおう」
なにぶん牛の解体などやったことがない。試してみようにも和希はひ弱な現代人だ。下手をすれば死体の生々しさに倒れる可能性がある。
和希は牛の肩から背中あたりに視線を向けた。たぶん、このあたりが「ロース」だったはず。
一度、掌をそちらに向け、それから思い直して、人差し指と中指を二本だけそちらに向けた。
「カッティングレーザー」
もう一度言うが、呪文はなんとなくのイメージだ。
指からレーザーみたいな細い線が出る。
それは和希の指の動きにあわせて、牛を切り裂いていく。
やがて、ロース肉(一部、皮つき)が完成した。
それを手元にもってきて、再度カッティングレーザーで皮の部分を切り落とす。
近くの木の枝を魔法で鋭く整えて、肉を刺す。
その後、枯葉と枝を集め、「ドライ」とつぶやいて、水けを飛ばす。乾いた枯葉と枝に向かって同じく魔法で火をつけると、そこに肉をかざした。
やがて肉の表面がやけていき、香ばしいにおいがあたりに広がった。じわじわと出てくる肉汁が、また食欲をそそる。
涎が出そうだ。
「そろそろ、いいかな……」
ちょっと焼きすぎなぐらいに焼いてから、和希は肉を火から離した。
久しぶりの食事。しかも、数年ぶりの牛肉の塊。
「お牛様、おいしくいただきますので、成仏してください――いただきます!」
豪快にがぶりとかみつく。
弾力のある食感と、じゅわっと口中に広がる肉汁。
「おいしー!!!!」