4. 走馬灯の先にあるものは
異世界トリップをしたと思ったら、森にたった一人。やがて訪れたのは5メートル級の鬼。
和希、絶対絶命の危機である。
「どーしろっつーのよ。えーっと、うーんと、物語の中では……」
必死で走りながら、読み漁ったネット小説を思い返す。
そう、だいたい物語ではトリップ直後に魔物に襲われ、絶対絶命の危機だと思ったら――神様にもらった不思議な力で、圧倒的勝利!
「そ、そうだ! とりあえず立ち向かわなくちゃ!」
和希は足を止めると、くるりと振り返った。
が、足を木の根に取られ、たたらを踏んだ後、しりもちをついてしまう。
その瞬間、本来、和希が立っていた場所を、何かがものすごい勢いで通り過ぎた。
ほぼ同時に、轟音が鳴り響き、地面がえぐれる。
ぎぎぎ……
ロボットのような動きで、和希がそちらを見る。
和希が本来いた場所は、鬼の持つぶっとい丸太で打ちのめされていた。
「マジか……」
頬が痛い。
おそらく、飛び散った小石が、和希の頬を傷つけたのだろう。
「これ、まずいんじゃない……? はは……」
思わず乾いた笑いをこぼしてしまう。
ネット小説なんか思い出している場合じゃない。これは命が懸かった戦いなのだと、理解せざるを得なかった。
すぐ目の前には、涎を垂らした鬼。青い皮膚は固そうで、和希ごときが殴っても、手を怪我するだけだろう。こいつが手にした丸太をちょっと和希のうえに落とすだけで、簡単にペチャンコにされてしまう。
これまで貧乏でも必死に頑張って生きてきたのに、こんなところで鬼に殺されてしまうのだろうか……
つらかったこと、悲しかったことが走馬灯のように流れていく。
これで人生終わり?
バイトと勉強に明け暮れて、食べるものにも苦労して?
「ジョーダンじゃない」
この先、就職すれば楽になると思ってた。
だからこそ今は我慢の時だと信じていた。
食べたいお肉だって、ずっと指をくわえてみているだけだった。
「ジョーダンじゃないよ……」
和希は両手を前に突き出した。「気」を掌に集め、鬼をキッと見据える。
「お肉をお腹いっぱい食べるまで、死んでたまるかー!!!」
掌から白い光が、轟音とともに飛び出していった。