1.叫んだとたん、世界は変わる。
その日、和希はスーパーの肉売り場で、険しい顔つきをしていた。
刺々しいまなざしの先にあるのは、国産和牛特売の値札「100g480円」である。
高い、高すぎる!
和希は自他ともに認める貧乏女子大学生である。
両親は和希が小学生のころに離婚。父親に引き取られたものの、愛情もお金もさっぱりかけてもらえなかった。
早々に再婚した父親は、それこそ和希を邪魔者扱い。
さみしさのあまり一人お小遣いを握りしめ、母親のもとに行ってみれば、若い男とイチャついていた。当然、門前払いである。
仕方がないので、高校入学とともに一人暮らしを敢行。
新聞配達をしながらどうにか卒業をし、今は奨学金で大学に通い、バイトに明け暮れる日々である。
そんな和希は、生粋の肉好きである。
つらいときにも悲しいときにも、肉を食べると元気が出る。
幼いころから和希を支えてくれたのは、父の愛でも、お金でもない。
「肉」である。
だが、悲しいかな、和希は貧乏大学生。
普段買える肉は、鳥胸肉100g41円のみ。
いや、鳥胸肉が悪いわけではない。
鳥胸肉は素晴らしい。
ヘルシーだし、おいしい。
ピカタにしても、唐揚げにしても、塩焼きにしてもおいしい。
だが、やはり肉好きの名にかけて、それ以外の肉も時には食べねばならんのだ!
というわけで、バイトの給料日のこの日、和希は財布をしっかと握りしめ、スーパーにやってきたのだった。
今日こそ、「牛肉さま」を買ってやる! と決意を胸に。
だが、「牛肉さま」は所詮、高嶺の花だった。
100g480円。
買えない価格ではない。
だが、これで鳥胸肉1Kgが買えるとなると……
和希に生活苦がのしかかる。
(せ、銭湯を3回我慢すれば、300gぐらいは買える……)
しかし、花の女子大生が3回もお風呂をパスしてもいいものだろうか。
肉を食って、風呂を我慢する―ー女子として大事な何かを切り捨てているようだ。
だが、やはり肉は食べたい……
煮詰まった和希は頭をかきむしって叫んだ。
「高い! 高すぎる! どうして牛肉はこんなに高いのー!!」
次の瞬間、和希の足もとがぽっかりと空いた。
え? と思った時には、穴から出てきた何者かに、和希は引きずりこまれていた。
『文句があるなら、自分でお肉を流通させればいいんじゃない?』
そんな言葉を聞いたのを最後に、和希の意識は失われた。