第一話
放課後の図書室は、静寂が支配する。ページを捲る音でさえやけに大きい。昼休みの賑やかさとは打って変わって、人影は少ない。部活動に勤しむ生徒ばかりで、図書館になんて見向きもしない。
調べ物をしているグループや、少数の常連そして司書。これが全てだ。全員合わせても十数人程度だろう。常連の生徒は、ほぼ毎日やって来る者もいる。
吉崎詞乃もその一人だ。他の常連がそうであるように、いつも決まった席に座っている。入り口から一番離れた机の、窓側。夕日で緋色に染まる様は、なかなか絵になる。紅い空に気づくと、帰る準備を始めるのもいつものことだ。
「貸し出し手続き、お願いします」
アルトの心地良い声。『彼女』と同じ響きだ。
「それと…真田先生。この手紙に覚えはありますか?」
少し黄ばんだ封筒。便箋には右上がりの文字…。
宛名は――。
「それは……」
甘酸っぱい、というには夢を見すぎだった過去の証人。
「ロマンチストですね」
ぐっ。
「若かったんだよ……昔の話だ。」
「姉には見つけてもらえなかったみたいですね。その妹に発見された心情を、今度聞かせてください。」
すでにいたたまれないのに、これ以上墓穴を掘る前に、と送り出すことにした。
「さあ暗くなる前に帰りなさい。最近は物騒だからね」
吉崎が、不敵に笑った。
「そんな真っ赤な顔して。先生、可愛い」
なっ――。
「な、何言って…」
反論する前に、吉崎は本と手紙を手にして扉の前に立っていた。
「遅くなる前に帰ります。最近、物騒ですからね」
一瞬、振り返った吉崎は、満腹の猫のように目を細めて笑っていた。
(悪魔に魅入られた気分だ……)