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まじんのあしあと  作者: 全力投球
第一章 まじんさんとわたし
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第四話 まじんさんとわたし。

魔人は雨の中、森の奥へと走り出した。

ここからさっきの場所へはそれほど遠くない。あの場所からさらに少し進んだところに赤い実はあったはずだ。

途中、なんどかぬかるみに足を取られ転んだ。木が思った以上にしなり、身体を吹き飛ばした。

それでも何度も立ち上がり、魔人はなんとか赤い実なる木の前までたどり着いた。

魔人は力を振り絞り、木を思いっきり叩く。敵を倒せなくなったとはいえ、その力は健在で、木はバキバギッという音をさせ、根元から倒れた。

両手いっぱいに赤い実を回収し、魔人はまた走り始めた。急いで戻らないともう体が持ちそうにないからである。


雨は容赦なく魔人の体を穿つ。

魔人は自分の体から力が抜けていくのを感じていた。こと右腕に関してはもう感覚もない。さっき抱えていた赤い実が落ちたのもわかっている。

それでも、それでも魔人は走り続けた。


魔人の墓場まで戻ったとき、魔人の足は動かなくなり、勢いよく倒れた。最後の一個になってしまった赤い実が左腕から飛び出しコロコロと転がっていく。


あぁ、こうなってしまったか……。


雨はやみ始めていた。

もう少し待っていれば、この天気の中ならこんな風にならずに戻れたかもしれない。

後悔の念が魔人の頭を占める。


「ぐおおおおお」魔人が叫び声をあげる。

その音すらも次第に出なくなっていく。溶けた泥が音を発生させる器官を侵しているのだろう。


魔人にとって後悔するということは初めてであった。

今までは指示に従い、人の考えをなぞって行動するばかり。もしも失敗してもその指示をした人が悪かったのであり、自分は何一つ悪くない。そう考えていた。

しかし今回は違う。自分で判断し、自分で実行したのだ。

後悔という言葉は知っていても実際に味わうと想像以上のものであった。なぜあの時、もう少し考えなかった。すぐに出るにしても葉っぱで身体を覆うとか、他に手があったんじゃないか。

そんないまさらなことばかり考えてしまう。


いや――


魔人は首をふり、今の考えを捨てる。

あの時自分は思ったじゃないか。

『どんな結末が待っていようとも、こんな形で少女の命が消えていくのは許せない』

そのときの自分の気持ちまで後悔するわけにはいかない。自分の意思で選んだのだ。


魔人は瞳を閉じた。

全身が徐々に地面と一体化していくのがわかる。

戦争でたくさんの人間を殺したことを、自分は正当化しようとしていた。自分の意思ではない、命令されたから仕方がないのだと。

なぜあの時、町で見つけた少女を殺そうとしたときに戸惑ってしまったのか。少女が何かして、自分を縛り付けたのだと思っていた。しかし違ったようだ。

自分の心を縛り付けていたのは自分自身だったのだ。もう人を、殺したくないと、自分の心で考えてしまったのだ。


魔人は戦い以外のことを始めて自分で考え、納得することができた。

そんな罪を重ねた自分であるからこそ、この結末は当然のものである。

しかし、あの少女、フリージアだけは救われるべきだ。もう自分は動けないけれど、どうか――


「……んさんっ……。」

声が聞こえる。


「まじんさん……!!」

それは洞窟で眠っているはずのフリージアの声だった。


目を開く。とけた自分の泥が目に入り、よく見えない。

「まじんさん!死なないで!!」

フリージアが魔人の右腕をつかむ。

「一緒にいて!一緒にいて……一緒に旅して、一緒に景色を見るの……!」

それはなんと甘美な誘いであろうか。戦うことのできない自分の存在を、求められていることがとても嬉しかった。


魔人はフリージアの手の暖かさを感じていた。魔人には温度を感じる機能などない。それでもフリージアの手の暖かさは感じることができた。

きっとフリージアはまだ病気を完治させていないだろう。魔人はありったけの力を込め、左手で落としてしまった赤い実を拾い、フリージアに差し出す。


「まじんさんっ……!ありがとう……。」

フリージアが赤い実を受け取った瞬間、ついに左手からも力が抜け落ちる。

「ぐ……あ……」

魔人は声を振り絞り……そして完全に動けなくなってしまった。


「まじんさんっ!!!」

魔人の意識が薄れ始めた。きっとこれで終わり。神様というものが存在するのであればなんと寛大なお方であろう。最後にフリージアに会わせてくれた。彼女の赤い実を渡すことができた。これできっと彼女の病状はよくなる。


目はもう見えないが、フリージアが泣いているのがよくわかる。涙は雨と違い、とても熱かった。


今にして、あの戦争で敵の兵隊達が言っていた言葉を思い出す。

「死にたくない!」

皆、一様にそう言っていた。


聞いていなかったのではない、ただ、聞いていないふりをしていただけだったのだ。

そしてその気持ちが今になってよくわかった。

フリージアと一緒に生きていきたい。彼女が終わる、最後のときまで。

『まだ、死にたくない……。』魔人は願った。


すると不思議なことが起こった。


完全に力が入らなくなっていた右腕に力が入ってきたのだ。続いて左腕にも。


原因はフリージアであった。

フリージアが近くの元魔人であった土の砂を必死に魔人にかけていたのだ。

微量の魔力の残った砂は魔人の一部となり、力を回復させた。次第に身体にも力が入り、なんとか上半身を起こすことに成功する。


「まじんさん!」

フリージアが勢いよく抱きついてきた。

まだ下半身が完全に回復していなかったため、フリージアを抱きとめる形で魔人は後ろに倒れた。


まっすぐ空を見上げると、雨はすっかりやみ、雲の隙間から薄く日が差している。もうすっかり夜は明けはじめていた。

「よかった……!よかった!!」

二人は少しの間、そのままでいた。


一週間後、二人は洞窟を後にした。

フリージアの風邪はあれから2日で治ったのだが、魔人の身体はなかなか治らず、結果、フリージアに看病される体たらくであった。

魔人は申し訳ないと思いつつも、フリージアの楽しそうな様子を見て満足していた。

体の土は他の魔人のものを使っていたのだが、苔の生えた土まで使っているため、体の色は茶色一辺倒ではなく、ところどころ緑色が混ざっていた。


「ねぇ、まじんさん」

フリージアは尋ねる。

「わたし、海が見たいの。だから海に向かおうと思う。まじんさんもそれでいい?」

魔人にとってはフリージアと一緒にいることが大事なのだ、目的地はどこでもかまわない。

「うが」

溶けた泥のせいで小さくなってしまった声帯を震わせ、少し大げさ気味にうなずく。そしてフリージアを持ち上げ、自分の肩に座らせた。

「ありがとう、まじんさん。じゃあ行こっ。まずはこの森をまーっすぐ。抜けないと」

そうしてまじんは歩き出した。


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