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まじんのあしあと  作者: 全力投球
第一章 まじんさんとわたし
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第三話 二人で一緒にいたい。

雨はやまず、自分の身体を少しづつ蝕んでゆく。

眠らない魔人はもちろん夢を見ない。しかしその気持ちはわかるような気がする。

この森に長くいて、何度か雨にも打たれた。そのたびに何か懐かしい気持ちになるのだ。

魔人の身体が溶け、次第に地面に還っていく。魔人が感じている懐かしさは、自分がもともと土くれだったがゆえに感じるものかもしれない

雨脚は弱まることをせず、ここに来て最大の降雨量を記録している。

あぁ、これは今度こそおしまいだな。と魔人は感じていた。

生まれ変わるのであれば次は鳥がいい。いや、でも雨というのも心地いいものだ。やはり魚かな。などと魔人は考えた。

しかし雨音は強まっているのに体はあまり溶けていないように感じる。魔人は目を開き、自分の身体を見た。


魔人の体には1メートル四方はある大きな葉っぱが全身を覆うように大量に乗っていた。この巨大な葉っぱが雨露から身を守っていてくれたようだ。

しかしこの葉っぱは一体どこから?


あたりを見回すと、ちょうど先ほどの少女が同じ葉っぱを持って歩いてきていた。

「あっ、起きたんだね。」

フリージアは手に持っていた葉っぱを地面に落とし、小走りで駆け寄ってくる。

「こんなところで寝てると風邪引いちゃうよ。」

魔人である自分は寝ることもないし、風邪も引かない。この少女はそんなことも知らないのだろうか。

「葉っぱだけじゃ濡れちゃうからあっちに行こう?雨風防げそうな洞窟があるんだよ」

そういってフリージアは魔人の指をつかみ、引っ張ろうとする。が、魔人の手を引っ張ることができず、逆に魔人に向かって倒れこんでしまう。


魔人は倒れてきたフリージアを抱え込む。意識を失っているようだ。顔は赤くなっており、時々苦しそうな咳もでている。魔人である自分には病気のことはわからないが、これが異常事態であることは理解した。


どうすればいいのか、今の魔人には理解できなかった。

フリージアが敵ではないことはわかっている。味方の指示はない。

雨は自分のみならずフリージアの身体にも降り注ぐ。このままだと危険なことは火の目を見るより明らかだ。


先ほどフリージアが指を指していた方向に洞窟があるに違いない。

魔人はフリージアを抱きかかえ、走り出した。

森の中のため、周りの木々が鞭のようにしなり、魔人の体に傷をつける。魔人はフリージアに傷をつけないように身体を抱え込み、勢いよく駆け抜ける。


その洞窟は壁に穴があいた程度のもので、天井までの高さは5メートルほどあるが、奥まではさほど広くもなく、4メートルほどで行き止まりになっていた。

魔人は急いで駆け込み、自分の身体にへばりついた葉っぱを数枚剥がし、布団代わりに地面に敷きつめ、その上にフリージアを寝かせる。

フリージアはいまだ荒い息遣いをしており、このままではよくなりそうもない。

彼女の着ているマントはかなり水を吸っており、ずっしりと重くなっていた。


魔人がフリージアのマントをはずすと、彼女の腕や足が露出する。

そこには無数の生々しい傷が残っていた。こけた程度の傷ではない。例えば高いところから落ちたような、獣に襲われたような。そんな傷だった。

「あはは、ばれちゃった……」

意識を取り戻したフリージアが息苦しそうに言う。

「わたしね。身体が弱いから……捨てられたの」

人間も、不要になると捨てられるものなのだろうか。

魔人は一緒だな。と感じていた。


「お父さんも、お母さんも、身体の弱い人はいらなかったみたい……。身体の丈夫な弟が生まれたからもういいやって……。崖の上から投げられて……。」

自分より優秀な魔人が他にたくさんいるから崖の上から捨てられた。


「落ちてる最中に崖に何度かぶつかって……木に引っかかって……なんとか生き延びちゃった。」

自分も地面に散乱する他の魔人の残骸。やわらかい土山の上に落ちたため、壊れることなく、生き延びた。


「たくさん怪我しちゃったから落ちてたマントで傷を隠してたの……。それでどうしようか考えていたら歩いてたらまじんさんを見つけたんだ……。」

そうだ、自分もどうしようか、ずっと考えていたんだ。ここに落ちて、毎日ずっと。空を見上げながら。


「まじんさんもわたしと同じ顔をしてた……。ずっと何か考えて悩んでるように見えたの……。だから仲良くしたいなって思って話しかけたんだ……。」

彼女はきっともう一人の自分なのだと、魔人は思った。

生みの親から存在の価値を否定され、生きることを否定され、最後にはただ死ぬことでさえ否定されて。


「まじんさん、泣いてるの……?」

もちろん魔人が泣くはずはない。外で浴びた雨水が目の横を伝って落ちたに過ぎない。

だがフリージアにとって――魔人を無機物とみなさず、人と同列に扱う彼女にとってはそれは涙に見えたであろう。


「泣かないで……まじんさん……。体調がよくなったら一緒に行きたい場所に行こう……。」

フリージアは状態を起こし、魔人の手を握る。

「一人は嫌だよ……。だからずっと一緒に……。」

そういうとフリージアはまた意識を失った。そうとう無理をしたのであろう。今度は何をしても起きそうにない。

再びフリージアを横にすると魔人は考え始めた。自分の意思で、敵を倒す以外のことを。


雨脚は弱まらないまま夜を迎えた。フリージアの体調は一向によくなる気配がない。

人間は食物を摂取することで栄養を摂取し、生きているということを魔人は知っていた。しかし魔人には人間の摂取するものがどのようなものかが分からなかった。

魔人は自分の記憶を辿り、周りの人間が摂取していたものを思い出す。


あの戦争の時、長期戦になるときは決まって人間の司令官も一緒にいた。

そして夜はテントを張り、その周りを魔人張り巡らせ、人間の司令官は何か赤い実を食べていた。あれが人間の食物のひとつなのだろう。

同じものをこの森の中で見たことがある。


魔人は立ち上がり、洞窟の入り口から空を見上げる。この雨の中取りに行って、まともにここまで戻って来られるか怪しい。

どうするべきか悩んでいる間に時間は刻一刻と過ぎてゆく。雨脚は弱まる気配もない。魔人は決心した。

どんな結末が待っていようとも、こんな形で少女の命が消えていくのは許せないと思ったのだ。


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