第二話 ずっとずっと昔の記憶。
戦争のさなか、自分は誕生した。
生まれて初めて聴いた言葉は「おはよう」という女性の声だった。
声から女性と判断できるものの、頭から全身をすっぽり隠す布をまとっており、肌の色ひとつ見えない。
女はクククと笑いながら手に持っていた本を開いた。
自分はその女からするべきこと、考えるべきことを教わった。
味方の言うことに従うこと。敵を倒すこと。雨や水は避けること。とても簡単であった。
数日の学習期間を経て、ついに初陣の時が来る。
周りには自分と同じような風貌の魔人がたくさんいる。
会話できるわけではないが、皆が皆、同じ考えをし、グオーーーーー!とけたたましい叫び声をあげながら敵兵に向かって突き進む。
敵は人間、どんな屈強な軍人であれ魔人と比べると力も硬さも雲泥の差である。
腕を振るえれば近くにいる敵は全員吹き飛ぶ、敵が剣を突き立ててこようととも土である自分に痛みはない。
逃げようとする人間に向け、叫びを上げると腰を抜かしその場に倒れこむ。あとは簡単だ、一気に接近し、上から拳を振り落とす。
敵はあっという間に全滅した。何か言っていた気もするが聞いてなどない。自分のするべきことに敵兵の言葉を聞くということは含まれていないのだから。
その日の戦闘は一時間もかからず終わった。
魔人は眠らない。ただ、次の出撃を城の地下にて待つだけだ。
次の日も、そのまた次の日も、戦闘は行われた。
人に言われるがまま生きるとはなんとも簡単なんだろう。そう考えていた。
その日の戦闘は兵士だけではなかった。業を煮やしたパール帝国の皇帝は手っ取り早く相手国をつぶすために民間人を手にかけ始めたのだ。
夜になると魔人達は村へ進行し、逃げ遅れた人々に拳を振るい始めた。
兵士と違い、立ち向かってくるものはほとんどおらず、自分達を見て腰を抜かし、神に祈り始めるものがほとんどであった。
村の掃討はあっという間に終わろうとしていた。
他の魔人達は作業を追え、帰ろうとしていが、自分はまだ帰るわけには行かなかった。
村の隅、雑木林の入り口にあたる場所に逃げ出そうとしている少女を見つけたのである。
自分は魔人達の列から抜け出し、少女を追いかけた。
少女はその小柄な身体を生かし、木々の間を縫って走る。
しかし魔人には関係ない。邪魔な木々はなぎ払っていけばいいからだ。
魔人には体力という概念はない。いかに少女が早かろうと、体力に限界のある人間に逃げ切れるはずもなかった。
そして自分はついに少女を追い込む。
壁に背を向け、少女が怯えたように魔人を見上げる。
今、何をすればいいか。簡単だ。敵を倒せばいい。
そう思い拳を振り上げる。
少女は今までの村人と同じように腰を抜かし、何かに祈り始めた。
次の刹那、魔人の拳が振り下ろされる――
ことはなかった。
自分は拳を振り下ろすことができなかった。
「お父さん……助けて……!」
少女の祈り声を聞いて、体がそれを拒んでいるようだった。
何者かが自分の体を縛っている。そう判断し、一歩前進、体を振り回すが、少女に拳をぶつけることができない。
少女はその間に力を振り絞り逃げ出した。
自分は追いかけることもできないまま、その場を後にした。自分を縛っている何かは未だ纏わりついていた。
翌日も、翌々日も戦争は続いていた。しかし自分は完全に戦えなくなってしまっていた。
敵を攻撃しようとすると、何者かに行動を縛られる。何度戦おうとしても身体が動かない。
戦えない魔人に価値はない。自分は魔人の墓場へと棄てられたのだった。
それからずっと、自分は何をすればいいのかを考え、空を見て待っているのだ。
誰かが自分に意味をくれることを。