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まじんのあしあと  作者: 全力投球
第一章 まじんさんとわたし
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第一話 魔人が一人、山の上。

昔、世界は美しかった。

争いがなかったわけではないし、悪政にあえぐ者もたくさんいた。それでも世界は美しかった。

貧困であれ、人々は希望を失っていなかったからである。


しかしそんな日々は終わりを告げる。


事の発端はある国が鉱山から発掘した神が創ったといわれる”願いを叶える聖杯”であった。

その聖杯求め、数多くの国々が衝突したのだ。


そしてその戦争はとどまることを知らず、ついには異形なる存在を生み出す。

それは土と魔法から作られた兵隊。通称『魔人』。

魔人はゆうに5メートルはある巨人で頭に赤い目が一つだけついていた。

恐怖を感じさせる赤い目の効果はかなりのもので、屈強な軍人であっても睨みつけられ、全身から発せられる叫び声ともいえる音を聞かされるとたちまち戦意を喪失し、逃げ出すほどであった。


はじめは威勢よく立ち向かっていった兵士たちもいたが、その強大な力に圧倒され、降伏を余儀なくされていった。

ただの巨大な兵器であれば戦略を練って挑めばなんとかなったかもしれない。しかし魔人は人間の言葉を喋る事こそできないが、自分の意思を持ち、ある程度自分で考えて行動をする。

いくら対策を練っても数体倒したとしても、残りの魔人にあっという間に突破され、返り討ちにあうのが関の山だった。それほどまでに圧倒的な力を有していたのだ。


そして戦争は終結する。

その戦争は、数多くの美しいものを奪っていった。



戦争から1年が過ぎた。

戦争に勝利したパール帝国は聖杯を使うのではなく抑止力として保持し、今でも国々のトップに立ち続けている。今では小さな小競り合いこそあれど、大きな戦争に発展することはなくなっていた。


魔人は土を魔力で固めて動かしているため、破壊されるとただの土の塊に戻る。戦争で破壊された魔人たちは手厚く葬られることもなく、町のはずれにある崖の下へと棄てられていた。

魔人の墓場といえるその場所は森の中にあるのだが崖上からたくさんの残骸を落としたため、木々をなぎ倒し、小さな山を作っていた。

そんな何百体とある残骸の上に、一体だけ生きている魔人が座っていた。

他の魔人と比べると少し体は小さく、3メートルほどしかないその魔人は何も考えず、ただ空を見つめていた。

この日の天気はあまり良くはなく、夕暮れ時だというのに雲は太陽を隠し、辺りは暗く静まり返っていた。


「ねぇ、こんにちは」

近くから女の子の声がした。

魔人は空を見るのをやめ、大きな目を下に落とす。すると目の前に小さな女の子がこちらを見上げていた。

「まじんさん……だよね?こんにちは!わたしの名前はフリージアっていうの!」

フリージアは青い瞳を輝かせ、嬉しそうに口元をほころばせ、話しかけてくる。

少し身だしなみを整えればどこかの国のお姫様といっても過言ではないほどに可愛いらしい10歳くらいの少女であった。

しかし当のフリージアはそんなことを気にするでもなく薄汚れたマントを何枚も羽織っており、腰ほどまでに伸びた綺麗な黒髪もところどころ外にはねていた。

フリージアは魔人の反応を待つようにじっと見つめている。


魔人には自分の意思もある。しかしそれはこと戦いにおいてのみにしか発揮されない。敵ではない自分に話しかけてくる人間に対して何をすればいいのか、魔人にはわからなかった。

フリージアと魔人の間に沈黙が流れる。

当然ともいえる結果だが、先に沈黙を破ったのはフリージアであった。

「ねぇ、どうしてこんなところにいるの?」

魔人は答えない。

「退屈じゃないの?」

答えない。

「お空見てたの?」

そういわれて魔人はまた空を見上げる。つられてフリージアも空を見上げる。


先ほどより天候は悪くなっており、いつ雨が降ってもおかしくなかった。

なぜ自分は空を見上げていたのだろう、いつから見上げていたのだろう。魔人には思い出せなかった。

「天気、悪いね。雨降っちゃいそう。」

フリージアがそういうとポツリ、と雨が降り始めた。


魔人は土でできているため、雨や水に弱い。かつての戦争の際にはわざわざ雨の日は戦いを避け、雨が降った際にはどんな状態であれ、雨を防げる場所に退避するように命令されているほどである。

「まじんさん、雨降ってきたよ。あっちに行って雨宿りしない?」

フリージアは近くの森を指差し、魔人に話しかける。

しかし魔人は動かない。この天候の中、動かないということは自死を意味するというのに、である。


雨脚は次第に強くなっていく。

この調子だと今回の雨で魔人は完全に溶けてなくなってしまうかもしれない。

反応がないのを見て、フリージアは諦めて森の方へと走り出してしまった。

あぁ、これでいい。魔人は目を閉じる。ザーザー降る雨の音だけが聞こえる。


普段からこの辺りに人が来ることはない。普通の人は魔人の残骸があるというだけで恐れてこないし、残骸を調べたところで作り方がわかるわけでもないので他国からのスパイも来ない。

それにただでさえここは樹海の奥、正面から入ろうとすればすぐに道に迷ってしまうだろう。崖上から直接降りれば来れない事もないが、一歩間違えば落下してお陀仏である。

そんな場所だからこそ先ほどの少女が気にかかった。もしやこの樹海に住んでいる人がいたというのだろうか。

……いや、考えても仕方がない。魔人は意識を遠くへ飛ばす。まるで夢を見るかのように昔のことを考えていた。



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