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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第1章 異世界のご主人様と5人の奴隷娘
9/60

初魔法習得(後編)

 

「でもよく、神子の俺が魔導書を借りられるようになったな。今日読めるやつは、巫女しか駄目なやつなんだろ?」

「その件に関しては、こちらの事情も含めて受付の人に誠心誠意・・・・、気持ちを込めて説得しました」

「説得の内容が気になるが、さすがアイネスだな。頼りになる」

「お任せ下さい。旦那様が巫女服を着る様になった経緯では、受付の人も涙を流して同情するような言葉を頂けたので、そこが功を相したのでしょう」

 

 えええええ!?

 

「どんな話をしたんだよ……」

「聞きたいですか?」

 

 ものすごく良い笑顔で俺に振り向いたアイネスに、激しい悪寒を覚えたので「心の準備が出来た時に教えてくれ」と言って、その場は聞かないことにした。

 アレは悪魔の笑みだ。どうせ碌な事を話して無いんだろう?

 

「さて、第一関門は突破しました。次の第二関門を突破できれば、後は魔導書を読むだけです」

 

 なんだよ、第二関門って……。

 何が待ってるんだよ。

 

 アカネと一緒に、アイネスに案内される形でギルド内を移動してると、とある通路に辿り着く。

 アイネスの話だと、魔導書を閲覧する為の特別な部屋がギルド内に有るらしい。

 魔導書は基本的に持ち出し禁止で、盗難防止の為に細工をされた部屋が存在する。

 通路の先に少し開けた部屋が有り、部屋の隅に置かれたテーブル席に迷宮騎士団らしき外装の女性2人が座っていた。

 

 その内の1人である目つきの鋭い女性が立ち上がり、こちらに近づいてくる。

 女性は俺達に近づくと、俺を見てからなぜか口の端を吊り上げて、意味深な笑みを浮かべる。


「また君か」


 え? あれ?

 どっかで見た気がするけど、誰だっけ?

 

 肩まで伸ばした銀髪と銀の切れ長の鋭い瞳。

 頭からは、アカネと同じような銀色の狼耳が生えている美人のお姉さん。

 あれー? こんな美人の狼耳お姉さんの知り合いなんていたっけ?

 首を傾げる俺に何か気付いたのか、テーブルに置いてた兜を装着する女性。


「あっ!?」


 巫女服を着ている時は、アイネスに男とばれないように余計なことは喋るなと言われていたが、思わず言葉が出てしまった。

 なぜ、昨日迷宮前で受付をしていたお姉さんがここにいるの!?


「普段使っていた耳を出せる獣人用の兜は、修理に出していてな。間に合わせで、この兜を使ってるんだ」

「昨日は、受付所にいましたよね。なぜ、こちらにいるのですか?」


 アイネスの疑問に、昨日は受付をやっていたお姉さんが説明をしてくれた。

 ここに保管されている魔導書は、教会がこれから巫女をする人を募集した魔導書なためか、新人の巫女が多い。

 万が一のトラブルを回避するために、探索者ギルドが迷宮騎士団を雇っているとのこと。

 基本的には巫女・・か付き添いの女性・・しか、部屋に通さないらしい。

 

「ここと受付所の担当は交替制なんだ。たまたま今日は、私がここになっただけだ」


 俺達が駄弁ってるのを遠巻きに見ていたもう1人の女性が、テーブルの席を立ち上がってこちらに近づき、声をかけてくる。


「サリッシュ。この子達、知ってる子?」


 髪は短くボーイッシュな中性的雰囲気を持つ女性が、俺に探りを入れるような視線を向けてくる。

 顔だけ見ると男性に見えそうになるが、鎧が女性特有の胸の膨らみを強調してるデザインだから女性なのだろう。

 髪と瞳は深緑色。頭からは灰色の垂れた犬耳が生えている。


「昨日言っていた、例のお嬢さん(・・・・)パーティーだよ」

「あー、君がねぇ……」

 

 サリッシュさんの返答を聞くと、途端にもう1人の女性がニヤニヤした表情で俺を見る。

 何? その笑みはどういう意味ですか!?

 

「神子だから問題無いだろ? カリアズ」

「神子だしなー、まあいっか。僕は、知らなかったことにするよ」

「心配するな。探索者ギルドが彼らに鍵を渡してるってことは、探索者ギルド公認だ」

 

 意味深な視線のやりとりをした後、アイネスが探索者ギルドで渡された3枚の栞のような物を見せると、快く(?)通してくれた。

 

 扉を開けて中に入ると、もう一つ部屋が有り、奥にまた扉がある。

 机や椅子がいくつも置かれており、雰囲気的に待合室な感じがする。

 

「扉が閉まってるので、先に誰かが入ってるのでしょう。しばらく、ここで待ちましょう」

 

 アイネスに言われて、席の1つに座って待つ事にする。

 

「ひとまずは、第二関門も無事突破できましたね。おめでとうございます、旦那様。後は、魔導書を読んで魔法を覚えるだけです」

「あれが第二関門かよ。たまたまあの人がいたから何とか通れたけど、他の人だったら男だとばれた瞬間に止められたかも知れないじゃないか……」

 

 かなり危ない作戦で、ヒヤヒヤしましたよ。

 

「その時は、探索者ギルドに公認されてると話をして、押し切る予定でした」

「あいかわらず、強気だな」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

 いや、褒めて無いんだけどね。

 

「心臓に悪いであります」

 

 第二関門を突破するまでは、何も喋るなとアイネスに言われてたアカネがようやく口を開く。

 だよな? アカネもそう思うよな。

 

「私からすれば、アカネの大食いの方が心臓に悪いわよ。昨日なんて、皆のお代わり分まで食べ尽くすなんて、どんな胃袋してるのよ」

「アイネス殿の料理が、美味し過ぎるのがいけないでありますよ」

「むー。そう言われると、ちょっと反論しにくいわね」


 作る側からすると、作った料理を食べ尽くしてくれるのは嬉しいことではある。

 しかし、アカネの見ていて気持ち良いくらいの食べっぷりに、気付けば皆のおかわり分も全部アカネにあげてしまったのが、アイネス的には失敗だったらしい。

 

 しかし、1人で一角兎7匹分にあたる7皿完食は多過ぎるだろう。

 俺ですら、1皿でちょうど良い感じに腹が膨れたというのに。

 もともとは皆のお代わり分も含めて、昨日は一角兎を捕まえていた。

 だが、結局アカネ以外はお代わりの皿に手をつけることはできなかった。

 

 昨日捕った12匹の一角兎の半分以上が、アカネの腹の中に収まってる計算になる。

 食いすぎである。

 

「たしかに、アカネの大食いには驚いたな」

「まだまだいけるでありますよ」

「しばらくは、保存食を捕るのは難しそうですね」


 アカネの台詞に、アイネスが困惑したような表情を見せる。


「大丈夫であります。身体が元の状態に戻ったら、今の半分の量に減るはずであります。父殿からよく言われたでありますが、『我が一族は狼の野生本能で、危機的状況から身を守る身体を作る為に、食べ物を強く欲する』らしいでありますよ。小さい頃、ご飯が取れなかった時には、よくあったことであります」

「なるほどな」

「それはアカネには早く、元の状態に戻ってもらわないと困るわね」

 

 俺達がアカネの底無しの胃袋談義をしていると、部屋の扉が開いて待合室に誰かが入ってくる。


 サリッシュさんが警備していた側から来た、1人の女性。

 女性は部屋に入ると周りをキョロキョロと見回した後、こちらにやって来る。

 

「相席しても宜しいかしら?」

「どうぞ」

 

 アイネスの許可が出たので、俺達がいるテーブル席に来た女性は、空いてる椅子に座る。

 俺と似たような白い巫女服を身に纏い、透き通るような蒼い瞳のお姉さんが俺達を見回す。

 

「お若いようだけど、探索者さんかしら?」

「そうです。探索者です。私はアイネス。こちらにいる方が、私達のご主人様であるミコ様とあちらにいるのがアカネ」


 女性の口から探索者という台詞が出たのは、恐らくアカネのいかにも探索者風な皮装備を見たからだろう。

 俺の紹介が微妙だが、ハヤトと紹介すると男とバレる可能性があるから仕方ないところだな。

 予定外の事態だが、アイネスが同席を許可したのだから、うまくごまかしていくつもりなのだろう。

 とりあえずは、無言を貫き観戦モードに入るとする。

 女性は俺をチラリと一瞥だけして、アイネスの首輪に視線を移す。

 一瞬だけ暗い顔をした後、すぐに笑顔を作って口を開く。

 

「そうですか。私はマリン。最近、教会の巫女になったの」

「教会の巫女ですか。それでは、今日は巫女の魔法を覚えるためにここに?」

「そうよ。成人の儀も終わって、前からやりたいと思ってた巫女になってね。それで今日は教会の方から言われて、こちらに魔法を覚えるために来たのよ」


 マリンはテーブルに肘をついて頬杖を突くと、なぜか大きくため息をつく。

 

「どうされたのですか?」

「現実は思ってたのと違うなぁと思ってね。新人教育で先輩巫女について回ってたんだけど、お布施がもらえなければ傷を癒しては駄目だって言うし、治療を求める人が教会に来ても無料で診察をしては駄目だって言うし……」


 ふーん。

 教会って言ってもボランティア活動では無いんだな。

 どちらかと言うと病院に近いイメージなのかな?


「何をやってもお金、お金。はぁー、予想以上に厳しい世界だなーって思って」

「教会が治療費を取るのは普通ですよ」

「そうなんだけどねー」


 不満そうにマリンが口を尖らせる。

 しばらく口を閉ざし何やら悩むような仕草をした後、マリンが口を開ける。

 

「私ね、小さい頃に大怪我をしちゃってね。その時は、教会に行こうにも家が貧乏で、治療費が払えなかったんだけどね。近くを通りがかった巫女さんに助けてもらったの。でも、治療費は払えなくて困ってたんだけど、お金はいらないって言ってその場を立ち去って行ったの」

「素晴らしい人ですね。もしかして、それがきっかけで巫女になろうと?」

 

 アイネスが尋ねると、マリンは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「正解。あの人にはすごく感謝してるし、いつかあんな風に困った人に手を差し伸べれる巫女になりたいなーと思ってたんだけど、現実はねぇ……」

「厳しいみたいですね」

「そういうこと」

 

 そう言うと、マリンはテーブルに両腕を伸ばして突っ伏す。

 しばらくそのままの姿勢でいると、顔だけを上げて俺を見る。

 

「どうして、あなたは巫女になろうと思ったの?」

 

 突然の振りに、予想をしてなかった俺は硬直してしまう。

 な、なんて答えたら良いんだ!?

 俺の中味は男で、女装した神子ですって話したら、途端に罵倒されそうなイメージしか思い浮かばないんだが……。

 

「……」

「……」

 

 無言で見つめあう俺とマリン。

 しばらくするとマリンが首を傾げる。

 

「なぜ、ご主人様が身の安全が保障された教会ではなく、奴隷である私達を雇って危険な迷宮に挑んでいるのか。理由は簡単です。マリンさんと同じように、教会のやり方に疑問を持ち、自らの手で救いを求める人達に手を差し伸べる為です」

 

 アイネスの言葉に、マリンの目が見開かれる。

 同時に俺の目も見開かれる。

 何だ、その謎設定は!?

 

「ご主人様はマリンさんと同じように、とてもか弱いです。早急に、沢山の回復魔法が使えるレベルになりたいのですが、魔物達がいる迷宮に1人で潜るのは大変危険です。しかし、男性が多い探索者達とパーティーを組むのでは、万が一という恐れがあります。次にご主人様が考えたのが、自分の身を命懸けで守ってくれる女性の奴隷達です。しかし、雇うお金には限りがあります。成人奴隷を買うにはお金が足りません。そして、選ばれたのが私達である未成年の女性達」

 

 水を得た魚の如く、アイネスの口から俺の知らない謎設定が語られていく。

 

「ご主人様は奴隷商会で私達に頭を深く下げて、涙ながらに言いました。私は貴方達のような奴隷も平民も関係なく、沢山の人達を救いたい。でも、今の非力な私には誰も救えません。だから、力を貸して下さい!」

 

 すまん、アイネス。

 誰だ、そいつは?

 少なくとも俺じゃないよな?

 

「私達は戸惑いながらも、ご主人様に言いました。私達は子供です。成人でも無い私達では、貴方様をお守りできません」

 

 えーっと、その台詞はだぁれ?

 

「するとご主人様は、私達の手を握って言いました。いいえ、私には分かります。貴方達は、私が命を預けても安心できる強い戦士達です。私には見えます。貴方達が遠く無い未来に、誰よりも強く、誇り高い戦士になってる姿が。今は小さな戦士達よ。どうか、私に力を貸して頂けませんか? 共に救えるはずの命を救う、仲間となっては頂けませんか?」

 

 もはや何も言うまい。

 ていうかマリンの目が、若干ウルウルしてるんですけど!?

 マリン、騙されるな!

 目の前にいる奴は、兎人の皮を被った悪魔だ!

 

「その時、私達は決心したのです。奴隷となり、人として扱われなくなった私達を、誇り高き戦士と呼んでくれるのはこの人だけだと……この人こそが、私達が守るべき人だと!」

 

 アイネスが拳を握り締め、一度も聞いた事の無いような台詞を高らかに宣言する。

 とてもじゃないが、いつも笑顔でご主人様にメイスを振り下ろしてるアイネスと同一人物とは見えない様相に、俺は唖然とする。

 

「ご理解頂けましたか?」

 

 最後にアイネスが、見る人が見れば幸せそうな、優しげな笑みを浮かべる。

 マリンの涙腺防波堤も決壊し、涙がボロボロと零れている。

 

「私達は強制されて、ご主人様の奴隷になったわけでは無いんです。自らの意思で、ご主人様の夢を叶えて差し上げる為に、奴隷ではなく仲間として、共に歩む道を選んだのです」

 

 お分かり頂けただろうか?

 これが俗に言う、う詐欺人と呼ばれる種族である。

 みんな騙されないように気をつけよう。

 

 巫女服の袖で涙を拭うマリンが何か言おうとすると同時に、扉が開く音が耳に入り、部屋の中から出てきた女性達の会話が聞こえてくる。

 

「ご主人様、行きましょう。マリンさん、申し訳ありませんが、私達は先を急ぐ身なのでこれで失礼しますね」

 

 アイネスの言葉に、マリンは何かを言いたそうな目をしながらも口を閉ざし、首を何度も縦に振る。

 

 俺は妙に後ろ髪を引かれる思いをしながらも、アイネス達と共に魔導書のある部屋に入って行った。






   *   *   *






 先にいた人達が部屋から出てきたので、入れ替わりで足早に部屋へ入った。

 扉が閉じると同時に、大きく息を吐く。

 

「いつの間に、あんな話を考えてたんだよ」

「適当にその場で思いついたことを話しただけですよ」


 飄々とした様子で、サラリと爆弾発言をするアイネス。

 マジかよ。


「今までで、一番心臓に悪かったでありますよ……」


 さっきの席で、何も話してないはずのアカネもひどく疲れた表情を見せる。


「さあ、魔法を覚えてさっさと迷宮に潜りましょう。時間は無限では無いんですよ?」

 

 とびっきりの笑顔で、俺達に先を促すアイネス。

 本当にアイネスは14歳か?

 アイネスの中味は、本当に悪魔か何かじゃないだろうな?


 何もやってないのにひどい疲労感を感じながら、部屋の奥に足を進める。

 部屋の中は、細かい石がキラキラ光る石壁で囲まれた不思議な所だった。

 

「これは何? 変わった部屋だな」

「魔吸石を砕いて混ぜた特殊な石ですね。魔法を使おうとすればこの壁の石に魔力が吸収されて、魔法が使えなくなると聞いてます。この部屋では、特定の魔法以外は使えないようになってるようですね。おそらく、魔法を使った盗難対策のためでしょう」

 

 石壁を見つめているとアイネスが説明をしてくれた。


 部屋の奥に行くと石でできた台座が有り、底の深い窪みの中に分厚い本が置いてある。

 ハードカバーがごつい国語辞書みたいだ。


「ん? 開かないぞ、アイネス」

「その魔導書は、普通のやり方では開くことができません。開くための鍵が必要になります」

「鍵?」


 そういえば、さっきのサリッシュさん達の会話の中で、鍵がどうこう言ってたな。

 

「旦那様。少しそちらに寄って下さい。魔導書に、鍵を嵌めます」

 

 寄れと言われたので、横にずれる。

 アイネスが3つある栞のような物の1つを、魔導書のハードカバーの表面にある長方形の窪みに置く。

 すると、魔導書の表紙に鈍い光を放つ不思議な紋様が描かれ、魔導書が勝手に開かれる。

 

「ほぅ。これは奇妙ナリ」

「この開かれた所が、旦那様が今回覚える魔法を修得するための呪文が書かれている所です。座って読んでみて下さい」

 

 アイネスに言われて、石の台座の前にある椅子に座って、本の内容に目を通す。

 あいかわらずミミズがのたくったような、英語の筆記体のような意味不明な文字の羅列が書かれているが、読もうと思って目を通すと文字の読み方が自然と頭に入ってくる。

 この感覚にはもう慣れたけど、いつもながら不思議な感じである。

 

「目で読むだけでは駄目ですよ。口に出して詠唱をして下さい」

「へいへい」

 

 目読じゃ駄目だとアイネスに怒られたので、本に書かれた文字を口に出して読む。

 まるで、結婚式の賛美歌のような、これで歌い方はあってるのか的な雰囲気で読んでいく。

 あれって、知ってる人が声を出して歌ってくれないと、音楽とかが流れても普段から賛美歌なんか歌わない人はどうしろと? って感じになるよな。

 なんてことを思いながら、ページの最後の所まで読みきる。

 

「読み終わったぞ。ん?」


 読み終わった後はどうすれば良いのかをアイネスに尋ねようとしたら、身体に奇妙な感覚を覚えて、首を傾げてしまう。


「どうやら修得はできたようですね。昨日の魔力を出す感覚を思い出してください。おそらく、昨日とは違った違和感が現れるはずです」

 

 アイネスに言われて魔力を出そうと意識すると、確かに昨日とは違った感覚が現れる。

 俺がその妙な感覚を探ってると、アイネスがいつの間にか背負い袋から取り出した携帯ナイフを使って、指先をナイフで傷つけていた。

 

「先程、魔導書を読んだ感覚でその違和感がある物を使ってみて下さい。詠唱は必要ありません。ただ、使いたいと思ってこの傷に向かって魔法を使ってみて下さい」

 

 とりあえずはアイネスに言われるがままに、さっきの魔導書を読む感覚を思い浮かべながら、アイネスの傷口に手をかざしてみる。

 すると、アイネスの傷口の周りに、白くて小さな複数の粒子が浮かんで光り、自分の中で何かが抜けていくような感覚が現れる。

 

「傷口は塞がったみたいですね」

 

 指先を舌でペロリと舐めて、アイネスが俺達の前に指を差し出すと、血が止まった状態になっていた。

 

「成功ということか?」

「そうです。成功です。ついに魔法を修得しましたね」

 

 うーん。

 何というか、アイネスの攻撃魔法みたいな派手さがないからしっくりこないが、魔法は無事に修得成功したようである。

 

「今、覚えたのが光魔法の小回復。縫わなくて良い程度の傷なら回復できます。切り傷の回復には役立つでしょう」

「ちょっと気になったんだが、アイネスは火の球を出す時に魔法名を叫んでたよな。あれは必要ないのか?」

「本来、魔法を使う時には詠唱は必要ありません。私が魔法名を叫んでるのは、周りのパーティーに私が魔法を放つ事を警告するためにやってることです。まあ言うなれば、パーティー戦の暗黙の了解事項の様なものです」

「なるほどね」

 

 これから魔法を使うぞと警告しておけば、周りも意識して避けてくれるから、仲間に被弾することを避けられるということか。

 

「さて、後2つ覚えて欲しい魔法があります。旦那様はまだレベルが低いので使うことができませんが、せっかく無料で修得できるのでこの際修得しておきましょう」

「ほいさ」

 

 アイネスに言われて、俺は残りの2つの魔法も魔導書を読んで修得した。






   *   *   *






「お待たせー」

「ふぁーっ。……おかえり」

 

 欠伸を噛み殺すような声を兜の中から出しながら、見た目だけは凶悪戦士装備のアズーラが俺達を出迎える。

 

「立ちながら昼寝するとか、器用な奴だな」

「俺の特技は、どこでもどんな体勢でも昼寝できることだ。実を言うと、趣味も昼寝だったりする」

「見事に昼寝ばかりだな」

「ちなみに坊ちゃんは知らないかもしれないが、俺の好きな物は酒だ」

「いや、知ってるよ。まだ寝ぼけてんのか?」

 

 今のは、寝ぼけとボケをかけたネタなのか?

 それとも本当に寝ぼけてるのか?

 何というか、マイペースな不良牛娘だな。

 

『ハヤト様、お帰りなさいませ』

「あいあいあー」

 

 アクゥアとエルレイナも出迎えてくれる。

 

『悪いな。待たせて』

『いいえ、大丈夫です。無事に魔法は、修得できたのでしょうか?』

『うむ。回復魔法が使えるようになったぞ』

『素晴らしいです。さすが、ハヤト様ですね』

 

 胸を張って自慢する俺をアクゥアが褒めてくれる。

 アイネスに同じ事を言ったら、「だから? ご褒美にメイスで殴れば宜しいのですか?」と笑顔で言われて凹んだので、アクゥアの言葉は素直に嬉しい。

 ていうか、ご褒美にメイスって俺はドMかよ!

 相変わらずご主人様に対する対応がなってない、腹黒兎娘である。

 

「何か言いましたか?」

「何も言ってません。メイスを構えないで下さい」

 

 アイネスが、残念そうな顔をしながらメイスを下げる。

 俺はドMじゃないからな!

 

「とりあえず用事は終わったから、迷宮に行くか?」

「そうですね」

「晩御飯を、取りに行くであります!」

 

 昨日の晩飯に味を占めたのか、やる気満々なアカネが吠える。

 アズーラが昨日持ってた大きめのクーラーボックスを、わざわざ自分で担ぐと言い出したくらいなので、並々ならぬ決意なのだろう。

 ただし、晩御飯を取るのは二の次で、経験値稼ぎが主目的だからね。

 その辺をアカネは、きちんと理解してるのかがすごく心配だ。

 

「まあ、ご飯を取りに行くのも大事な目的ですから……」

 

 アイネスが俺を見て苦笑する。

 だぶん、俺と同じ気持ちを抱いたのだろう。

 

『レイナ、行きますよ』

『はい、お姉様!』

「!?」

 

 エルレイナが、シャベッタァアアアア!


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