初迷宮探索(下)
「スンスン……アイネス殿。ラウネがあるであります。持って帰るでありますか?」
「そうね。葉の部分だけを刈って頂戴。実はいらないわ」
「分かったであります」
何かに気付いた狼娘のアカネが、兎娘のアイネスの指示を受けて走り出す。
「ラウネって何?」
「簡単に言うと、歩く白野菜です」
は? 歩く白野菜? どういうこと?
俺がアカネに視線を移すと、アカネが何やら地面から生えた緑の葉っぱのようなものに近づき、先端を掴んで手に持っていた鎌で刈り取る。
なぜ、アカネは迷宮を潜るのに鎌を持って来ているのだろうと思っていたが、その為かね?
「見ていて下さい。そのうち実の方が動き出します」
刈り取った葉を背負い袋に入れるアカネに近づき、アイネス達と一緒に観察をしてみる。
「朝に見かけた一角兎が、迷宮の作る餌である食用肉を担当し、ラウネが食用植物を担当します。これで、肉食の魔物と草食の魔物の両方を迷宮に呼び寄せるのです」
迷宮さんパネー。
どっちにも対応できるとか。
頭良いッスなー。
「ちなみに、さっき刈った葉は朝のスープに入ってたものですよ。きちんと食べれます」
「なるほど。俺も普通に食ってたな。これも初級探索者が節約生活の為に通る道なんだな?」
「そのとおりです」
お金が稼げないうちは、迷宮でおかずを捕獲して自給自足というわけですな。
そうこうしているうちに地面が突如盛り上がる。
そして、中から何やら白い物体が現れる。
「たしかに、白野菜だな」
ていうか白カブだなコレ。
地面から出現した白カブが俺を見上げる。
目が光ってるんですけど、そしてなぜか半笑い。
「顔付きかよ。キモイ」
全身を出した白カブもどきが、複数の足か根か分からんようなものを使ってトコトコと俺達から逃げていく。
どこへ行こうと「あいあいあー!」
「あっ、エルレイナに蹴られた……」
「いうのかね?」を脳内で言い終わる前に、狐娘の攻撃を受けた白カブもどき。
すぐに追いついたエルレイナが、楽しそうにラウネをサッカーボールのように蹴り上げて、白カブもどきが宙を舞う。
しばらくの間、エルレイナの玩具と化して地面と壁をバウンドし続けた後、あいあいあーに捕獲されてしまった。
ついには身動き一つしなくなったラウネ。
それをエルレイナが両手で持ち上げて、こっちに向かって歩いてくる。
「おい、エルレイナが食ってるぞ。アレって食えるのか?」
「食べようと思えば食べれますが、実の部分はおいしくありませんよ? 普通は食べる人はいないと思いますが」
だが、我がパーティーの野生児ことエルレイナは、白カブもどきをモシャモシャと齧りながらこっちに向かってくる。
「あい!」
『えっと……』
すでに4分の1は齧られてしまった白カブを、嬉しそうな顔のエルレイナに渡されて困惑する黒猫娘のアクゥア。
助けを求めるように、こっちを見られましても……。
何と言いますか、おままごとをしてる幼稚園児が泥団子を作って、「お団子ですぅー」って渡された時の心境に近いな。
「ありがとう!」って言って食べた真似をするべきか、適当に別のことに気を逸らして見えないとこで泥団子を潰すべきか、判断に迷うよな。
「よし、俺が食ってやろう!」
そして今回は、興味本位と若干のカッコつけで、あえて食べるという選択肢をしてみる俺。
お? アクゥアが尊敬のまなざしで俺を見ているぞ。
まずいとはいえ、食えないことはないんだろ?
俺にまかせたまえ。
うー、まずい! もう一株! くらいのネタはやってやるさ。
アクゥアから白カブもどきを受け取り、半笑いの顔を無言でひっくり返して、エルレイナが食べてない所を齧ってみる。
「まずっ! にがっ! ぅおえ!?」
なんじゃこりゃ!?
まさかこれ、腐ってないですよね?
人が食うもんじゃないですよコレは!
予想以上の不味さに、思わず吐き気をもよおしてしまった。
「だから不味いですと言いましたのに、はい、水です」
こうなることを既に想定していたのか、慌てた様子もなくアイネスが携帯水筒を渡してくる。
慌てて口をゆすいで吐き出して、ようやく生きた心地を実感する。
「い、痛みを伴ってこその経験だからな」
格好良く決めようとしてひどい醜態をさらしたので、口元を手で拭いながら一応ごまかしてみる。
「私はてっきり、旦那様が珍味を好むかたかと思ってたのですが、ただの格好つけだったのですね? すごく無様でしたよ」
俺の浅はかな心を見事に見抜いた腹黒兎が、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべて毒を吐く。
兎娘がご主人様をいじめるよー。
もう俺、帰って良いかな?
とりあえず、エルレイナの味覚はおかしいということは充分に理解した。
「なんとなく、エルレイナの私生活が垣間見えた気がするな。エルレイナは迷宮でも普通に生活できそうだな」
「味の方はアレですが、ラウネの実はそれなりに栄養がありますしね。この不味いラウネをおやつ感覚で齧れるのならば、迷宮でも普通に生きていけますね。やっぱり、今まで迷宮で生活してたのでしょうか?」
さすが野生児エルレイナ!
適当に捕まえた一角兎とラウネを食べ歩きしながら、迷宮を歩く狐娘の姿が容易に想像できるぜ。
アイネスも俺と同じ結論に至ったのか、エルレイナ迷宮生活説を呟く。
案外、間違いじゃないかもしれんぞ?
「スンスン……アイネス殿。また、ラウネがあるであります。今度は2つあります。2つとも持って帰るでありますか?」
「そうね。葉の部分だけを刈って頂戴。後、実験したいことがあるので、皆さんは刈った後に離れて下さい。旦那様、エルレイナがラウネを追いかけるかもしれないので、アクゥアに捕まえておくように、言ってもらえますか?」
「分かった」
アイネスが、何やら白カブもどきを使った実験をするようです。
アクゥアにアイネスの指示を伝えて、アクゥアがエルレイナの身体を後ろから抱きしめて捕まえる。
エルレイナが何かの遊びと勘違いしたのか、キャッキャッと楽しそうにはしゃいでいるが、アイネスの邪魔さえしなければ良い。
アカネが葉を刈り取るのを確認した後、少し離れてアイネスの実験とやらを観察する。
「アイネス、何をするんだ?」
「魔法を使います」
おおー。
でましたファンタジー世界の定番、魔法!
魔法使いって職業なんだから、当然使えますよね。
ワクワクで、ドキがムネムネです!
しばらくした後、地面が盛り上がり始める。
1つ目のカブもどきが地面から出て、トコトコとお決まりの逃走劇を始める。
「火球」
アイネスが身体の前に差し出した手の平の上に、野球ボールくらいの火の玉が現れる。
火の玉を出現させると、それを野球ボールを投げるかのような動きで、腕を振ってラウネに投げつけた。
見事に火の玉がラウネに直撃し、火達磨になってゴロゴロと転がる。
「おおー! すげぇー、魔法ですよ」
「魔法使いなので、魔法が使えるのは当然です」
当然ですよ的な顔をしてるが、微妙に誇らしげな表情をするアイネス。
何気に自慢入ってますか?
良いなー。
俺もいつか魔法を使いたいなー。
「ですが、今回の実験はこれでは無いのです。本命はコッチです」
「指輪?」
アイネスがそう言って、右手の人差し指に嵌めている赤い指輪を、俺に見せるように前に出す。
指輪には、何やら文様のようなものが描かれている。
「『標的の指輪』と言う魔道具です。用途は……これから見せます」
アイネスが説明をしようとした時に、もう一つのラウネが地面から這い出してトコトコと逃げ出した。
それに気付いたアイネスがラウネに姿勢を向き直す。
さっきとは違い、今度は指輪が前面に出るように手を握った状態でラウネに向ける。
「ターゲット!」
アイネスが台詞を言ったタイミングで、赤い糸のような物が出てラウネに付着する。
そして今度は、指輪を嵌めてる腕をなぜか天井に向ける。
赤い糸はまだ指輪からラウネにつながったままだ。
「火球!」
「「「おお!」」」
驚きの光景に思わず皆で声を出してしまった。
アイネスの手から放たれた火の玉は天井に向かって飛ぶのではなく、指輪から出ている赤い糸の軌跡をなぞるように移動して、最後には白カブもどきに衝突した。
「こんな感じです。火球は、術者の腕力に合わせた距離にしか、飛ばすことがきません。飛距離も含めて、術者の動きにさえ注意すれば、意外と避けられるものなのです。魔法使いになる者は、体力の無い者が多いですからね」
「それを避けられないようにするのが、その指輪ってわけか?」
「そうです。魔力糸が出ている間は、魔力を流し続けるので長い間は使えませんが、私の攻撃魔法の射線を確認することができるので、パーティー戦で誤って仲間に被弾させる確率を減らせます」
パーティーに登録されたら味方の魔法は当たりませんよ的なご都合主義は、さすがに無いみたいですね。
「これから先は乱戦も予想されます。そのような場合は、目の前の敵に集中するあまりに、私の放つ魔法の射線に入ってしまう可能性もあります。その可能性を減らすために、旦那様も含めて皆には私の『標的の指輪』の射線に触れた時の感覚を覚えて、反射的に避けれるようになるまで身体に刷り込む特訓をしていこうと思います」
「なるほどな、場合によっては見る暇も無い場合があるからな。ちなみにどんな感覚がするの?」
「ターゲット」
アイネスが、右手の指輪から赤い光の糸を反対の手のひらに放って付着させる。
「お、ちょっと熱いね」
赤い糸に触れてみると、熱をもった何かに触れる感触がする。
「指輪自体に火属性が付与されてますから、魔力を強く込めればそれだけ熱く感じます」
皆で赤い糸に触れて、その感触を身体で覚える。
後は実際の戦闘の中で、繰り返し練習していくしかないな。
「しばらくは私も火球を放つことはしないですが、魔法を放つ時期を確認するために、頻繁に『標的の指輪』を使用します。アクゥア、エルレイナについては特に激しい動きを要求する役割なので、意識をして行動するようにして下さい」
俺はアイネスの言葉をアクゥアに訳して伝える。
「問題はエルレイナだな」
そう言って俺は、目をキラキラさせて真っ黒コゲになった焼き白カブもどきを、転がして遊ぶエルレイナに視線を移す。
いつもは生白カブしか見たこと無いからか、焼きカブにえらく興味津々です。
おっ、やっぱり齧った。
「さっき、私が実験していたことを見ていれば、私の指から出る赤い糸は危険なものだと判断して、近づかないようになると思います。しかし、こればっかりは実践で様子を見ていくしかないですね。アクゥアには、赤い糸に触れた時は大げさに避けるように指示してもらえませんか」
なるほどな、言葉で伝えなくてもエルレイナに危険な物と認識させれば問題無いか。
俺はアイネスの指示をアクゥアに伝える。
『エルレイナさんに、赤い糸に触れると危険だと分かるように、私が見本を見せれば良いのですね?』
『魔物の牽制だとか、言葉の分からないエルレイナの指導とかいろいろ大変だと思うが、頼まれてくれるか?』
『大丈夫です。まだ初級者迷宮なので、周りを見ながら行動する余裕があります』
『助かる』
魔法使いがいればそれだけで楽になるかと思ったが、意外とめんどくさい面もあるんだな。
「魔法を使える者がいると遠距離からの攻撃も可能となるため、パーティーの戦略の幅が増えます。ただし、弓を撃つ人の射線に仲間が入れば矢が当たるように、危険な面もあります。当分はこの面子で迷宮攻略をすることになりますので、ゆっくり覚えていきましょう。連携のとれた優秀なパーティーとは、一朝一夕では成らないものです」
おっしゃるとおりです。
「多少、高い買い物になりましたが、この『標的の指輪』を使って特訓すれば、この未成人パーティーでも何とかなるでしょう」
「え? ソレ高かったの? ちなみにいくらするの?」
「フフフ、旦那様から預かった残金では支払いきれなかったので、後払いにしておきました」
しゃ、借金したんすか?
アイネスの笑顔が素敵過ぎて、値段が怖くて聞けない。
「大丈夫ですよ、旦那様。借金の1つや2つ、大した事無いですよ。私の知り合いの兎人なんて、貴族の大切な壷を割って億単位の借金をして奴隷に売られたりしてますからね。それに比べれば安い買い物ですよ」
「億単位! その人は大丈夫なのか?」
なんて不幸な人なんだ。
億単位なんて、奴隷になって返せるんだろうか?
「安心して下さい。最近、ちょっと変わった所がありますが、将来有望で優しいご主人様を見つけたそうなので、しばらくはその人につきまとうそうです。すごく情にもろい人らしいので、最悪は泣き落としで借金をその人に押し付ければいいですしねと言ってました」
「えー」
何ソレ、怖いよ! 全然、安心できないじゃないか!
大丈夫か、そのご主人様は。
その兎人は信用してはいけませんって、教えてあげたほうが良いんじゃないのか?
やっぱり兎人は可愛い顔して腹黒なのが多いのか?
なんだかそのご主人様が、アイネスに苛められてる姿がすぐに想像できてしまうよ。
きっと同じ苦労を持つ者同士、良い酒が飲めるだろう。
その後、ゴブリンを数匹程相手に『標的の指輪』を使った練習を含めた戦闘を数回行なった。
正直、まだまだ連携がなってないが、最初はこんなもんだろう。
ていうか俺とガリガリのアカネは、後ろで皆が戦闘しているのを見てただけなんだけどね。
初日だということで、今日は早めに切り上げたので日が暮れる前には帰ることができた。
「疲れたー。足が痛い」
「後ろで眺めてただけの癖して、どれだけ貧弱なんですか」
はい。今日は歩いてただけのご主人様です。
うー、一日歩きっぱなしていうのはなかなか無いから、きついのぉー。
「もう、歳かな?」
「馬鹿言わないで下さい。繰り返し迷宮探索していれば、1日歩き通せるくらいの足の筋肉はすぐにつきますよ」
相変わらず冷たい兎娘のアイネスである。
そんな性格じゃ、嫁の貰い手を無くすぞ?
「何か言いましたか?」
「何も言ってません」
お前はエスパーか。
俺の心の声を拾うなよ?
「顔に書いてますよ。誰が嫁の貰い手を……」
「ふ、風呂に入ってくる」
「お湯を溜めますので少しだけ待って下さい」
毒舌でエスパー疑惑のあるアイネスだが、ご主人様へのご奉仕には熱心な性格であるので、それを利用して辛くも追撃をかわすことに成功した俺。
風呂の準備を始めるアイネスから逃げ出し、忌々しい巫女服を脱いでラフな格好になる。
2階に上がるのはめんどくさいので居間に移動し、適当に巫女服をその辺に放り投げて横になる。
他の面々も装備を脱いでラフな格好になった後、空いたスペースに座ったり、横になったりしている。
皆さんお疲れ様です。
アクゥアだけはまだ元気なのか、自分の装備や他の人の装備の点検をしているようだ。
真面目だねー。
しばらくまったりした時間を過ごした後、アイネスに風呂の準備ができたことを教えられて、風呂に向かう。
サクラ聖教国製の石鹸を使い、手で泡立てる。
この世界には素晴らしいことに石鹸というものが存在する。
ただし、製法がサクラ聖教国独自のもので、他国も似たようなものを作ってるがサクラ聖教国に比べると完成度が低いらしい。
必然的に石鹸といえばサクラ聖教国製の物を買うというが一般的らしいが、数が少ないため貴族しか買えないらしい。
だが、我らには『ナンデモアルネ雑貨店』という、サクラ聖教国との独自ルートを持つ怪しげな店長と仲が良いので、ちゃっかり融通してもらってる。
前回、『オッパイが、ばいんばいん事件』でアイヤー店長の評価はアイネスの中で底に落ちたらしいが、貴族にしか売らないサクラ聖教国製の石鹸をお詫びに売ってくれるということで、アイネスの評価は良い商人にランクアップしたらしい。
さすが、アイヤー店長。
逆境に追い込まれても、すぐさま女性の好感度を上げる提案をするとは、腐っても商人である。
ついでに、例の事件でアイヤー店長と同時に底に落ちたらしい俺の評価もぜひランクアップさせて欲しいところなのだが、何も提案する物が無い俺はまだまだ難しそうである。
腐ってもアイネスのご主人様なのに……。
体を洗い終わり、今日の疲れをゆっくり癒すために湯船に入る。
だがしかし、俺に休まる時間はなかった。
カラカラとすり硝子の扉がスライドする音がしたかと思うと、まさかの闖入者達が……。
「うぇー、もう汗でべとべとだぜー」
「あいあいあー!」
またお前らかよ!?
お前達には、学習能力が無いのか!
せめて身体を布で隠すとかしろよ。
裸で当然のように入るな!
「おー、坊ちゃん。俺達のことは気にしないでくれ」
その発言もどうなんだとツッコミたいところだが、まず、男が入ってる所に女が普通に入ってくるな!
「ここは、混浴では無いんですが」
「混浴? まあ、細かいことは気にするな」
なんという男前な発言!
だがしかし、問題はそこでは無い。
俺がいるうちにお前らが入ってくると、なぜか後でアイネスに怒られるのは俺なんだぞ!
しかし、今日の俺の悲劇はそれだけではすまなかった。
またしても、カラカラとすり硝子の扉がスライドする音がしたかと思うと、予想外の新たなる参戦者が……。
黒い猫耳をペタンとふせて、身体に布を巻いて恥ずかしそうに風呂に入ってきた黒猫娘のアクゥア。
って、アクゥアさん、何やってはるんですかッ!?
『すみません、ハヤト様。他の皆さんがエルレイナさんの体臭を気にしてるようなので、私が石鹸で洗うのを手伝おうかと思いまして……』
なるほど、確かにエルレイナはお湯をかぶって遊ぶだけの雑な洗い方だし、石鹸を使おうなんて発想は浮かびそうにないから、誰かが手伝う必要がある。
サクラ聖教国製の石鹸は香りにもこだわりを持っており、使ったほうが良いに決まっている。
特に女性陣には大好評なのでね。
アイネスなんかは侍女時代に仲の良かった貴族から、わざわざ石鹸の一部を分けてもらってから、その石鹸の虜になったらしい。
奴隷になってからは、二度と使う機会がなくなって悲しい思いをしていたようです。
それが再び使えるようになってかなり嬉しかったらしく、昨日も風呂上りは鼻歌を唄うほどの上機嫌だった。
是非ともエルレイナにも石鹸を使って汚れを落とす習慣をつけてもらい、素敵な香りのする女性になって欲しい。
だからこそ、アクゥアの言わんとする事は分かる。
分かるんだが……。
『やっぱり、ハヤト様の入浴中にお邪魔したのは、ご迷惑でしたでしょうか?』
俺が考え込んでるのをあまり良くない状況と悟ったのか、上目遣いで不安そうな表情で俺を見つめるアクゥア。
その顔は反則です。
すごく断りづらいです。
『いや、俺だとさすがにエルレイナの手伝いはできない。だからアクゥアにお願いするよ。なるべく、そっちは見ないよう湯に浸かるから……』
『申し訳ございません』
うーん、悩ましい状況だね。
アクゥアさんがとても真面目な性格ということは存じ上げておりますが、これはまたアイネス大魔神のお怒りフラグが立つ気がしますよ?
昨日、アズーラとエルレイナを風呂に誘ったという誤解をようやく解いたのに、また繰り返しですよ。
今日なんて、いつの間にか女性3人と風呂に入ってるので、むしろ悪化しましたよ!
遠まわしにご主人様を死地に追い込んでいるのを、ご存知、ないのですか!?
俺は緑髪の女性が歌ってる映像を妄想しながら、現実逃避をすることにした。
脳内で誰かが「あきらメロン!」って言って空を飛んでる映像が浮かんだが、無視をした。
「おい、坊ちゃん。ちょっと足をずらしてくれ。俺が入れん」
「ちょっ、アズーラ!?」
俺ッ娘こと、男前な牛娘がさも当然なように湯船に入ってきた。
ていうか前を隠せ! 一応、お前は女なんだからな!
「ん? 別に見るのはかまわねぇよ。見られても減るもんじゃないしな」
なぜ俺が顔を真っ赤にして、視線を逸らさねばならんのだ!
未成年とはいえ、牛人のお前はすでに大人の女性の身体なんだよ!
減るとか減らないとかの問題じゃないんだからね!
「まあ、手を出した場合は命までは取らないまでも、腕の一本や二本は覚悟してもらうけどな」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、アズーラが脅しをかけてくる。
いやいや、ゴブリンをヒャッハー言ってボコボコにするような人に、手を出すわけねえだろ。
裸の女性達が周りでキャッキャッウフフしてるのに、手も出せないで見てるだけって完全な生殺しじゃねーか。
未成年の女性達に手を出す気はないが、目のやり場に困るこんな状況だと、全然ゆっくりできねーよ!
激しい疲労感を感じて湯船を出ようかと思ったら、狙ったかのように予想外のアクシデントが発生する。
「むー! むー! あいあいあー!」
『キャッ!』
早く湯船に入りたいエルレイナを強引に泡まみれにしてるせいか、ついに我慢できずに暴れだしたアホ狐。
そのはずみでエルレイナが、アクゥアの身体に巻いた布の一部を剥ぎ取ってしまう。
綺麗な白い肌と、少女特有のかわいらしい2つの膨らみが俺の視界に収まる。
エルレイナと同じくらいのサイズなんですね?
ここでまさかのアクゥアのポロリイベント!
これは、エルレイナさんグッジョブ! と言うべきなのか、死亡フラグを増やすなバカヤロー! と怒るべきか。
一瞬、何が起こったか理解できずに呆けていたアクゥアだが、俺の熱視線にハッと気付いて自分の胸元に視線を移す。
『キャァアアアア!』
悲鳴を上げながら、腕で胸を隠してしゃがみこむアクゥア。
全裸少女が2人に半裸少女が1人という、もはやポロリなのかモロリなのか判断のつかないカオスな状況に、ついに奴が参戦した!
すり硝子の扉をガラッ! と勢いよく空け、冥土服を着た撲殺天使が風呂場に入場する。
当然ながらメイスは標準装備だ。
ていうか、あれはアズーラが使ってた棘付きメイスの方じゃねぇか!?
緑の血がメイスから滴り落ちてますよ!
兎耳撲殺天使が風呂場のカオスな状況を一瞥した後、ニコニコと笑顔を絶やさずに俺を見つめ続ける。
もちろん目は笑ってない。
おかしいなー。
今のアイネスを見てると、なぜか背後に巨大な般若の顔が幻視できるんですが。
「ターゲット!」
アイネスの台詞に、訓練された奴隷娘達は射線から外れるように隅に逃げだす。
今日の特訓の成果が活かされてるね!
気のせいでしょうか?
アイネス様の『標的の指輪』から放たれた赤い光の糸が、俺とつながっているのですが。
えーと、このままだと次は俺に魔法が飛んで来るよね?
後、額にターゲットがロックオンされてますが、これは顔面直撃コースですか?
「一応、言い訳は聞いてあげますよ。豚野郎?」
底冷えするほどの声色に、暖かいはずの風呂場の体感温度が一気に下がった気がした。
なるほど。
昼間の迷宮探索は俺にとって、あくまで前哨戦。
風呂という名の最終迷宮から無事に生還することで、本日の迷宮探索終了というわけか……。
おそらく、今まで生きてきたなかで最も激しい戦いが予想されるだろう。
だが、逃げるわけにはいかない。
たぶん逃げたら、俺がもっと酷い目に遭うから!
俺は風呂から上がり、今考えられる限りの言い訳を脳内に浮かべる。
死地に向かう勇者になったような気持ちで、兎耳魔王に向かって俺はゆっくりと歩を進めた……。
俺の本当の戦いは、これからだ!
「ざんねん!!はやとの ぼうけんは これで おわってしまった!!」(某ゲーム風)
『GAME OVER』
続きが気になるよって思われたかたは、ハヤト君の為に
『次の話 >>』(コンテニュー)ボタンを押してあげて下さい(笑)