手紙
『美沙子さんへ
こちらからだと、携帯が使えないようなので、手紙を書くことにしました。
まずは、長いこと連絡をしなくて、すみません。
実は今、自分は日本にいません。
田中の家へ行く道中で、知り合った方とお話をしてるうちに意気投合して、そのまま日本を出ることになってしまいました。
こちらでの仕事はコスプレという、いろんな衣装を着てライブ活動を行う、コスプレイヤーのマネージャーみたいな仕事をしています。
いろんな所を巡るツアーなのと、会社がコスプレイヤーさんの個人情報を漏らすのを禁じてるため、あまり詳細な事を書けません。
すみません。
でも、自分は元気でやってるので心配しないで下さい。
皆がよくしてくれるお陰もあって、手紙を送るくらいの余裕もできました。
オフの時に、職場の人達と撮った写真を送ります。
写真で自分が巫女の衣装を着てたりしますが、仕事の為に仕方なく着てるだけですので、気にしないで下さい。
隼人より』
何度めになるか分からない、隼人くんから送られた手紙を読み終える。
就職先を探す為に、田中くんの家に行ったはずが、何処にいるか分からないと聞かされて1ヶ月近くが経つ。
まさか、事件に巻き込まれたのではないかと心配してたが、郵便受けに入ってた手紙を読んで心の底から安堵した。
「このメイド服を着た子、すっごい美人だね~。海外のモデルさんは、やっぱりレベルが高いな」
隼人くんから送られた写真を手に取り、優さんが楽しそうな表情で眺めている。
「ほら見て、美沙子さん。これ、くのいち」
「くのいち?」
「忍者だよ。女の子の忍者。日本の忍者って、海外でも凄く人気なんだよ。ジャパニーズニンジャ! ってね」
「へ~」
あまりコスプレの事とか知らないから、子供のように大はしゃぎして写真を眺める優さんの反応には、少し困るものがある。
渡された写真を覗いてみれば、確かにテレビで見た事あるような、忍者の格好をした少女が映っていた。
その子以外にも、不思議な衣装と言うか、動物の耳や尻尾をつけた少女達が、楽しそうな表情でこちらを見ている。
「海外とか言葉が通じないのに、大丈夫なのかしら? 隼人くんって、英語は苦手だって聞いてたけど」
「美沙子さん。海外のコスプレマニアを舐めちゃいけないよ。特に忍者好きの子なんて、海外で放送してる日本の時代劇を見て、日本語を覚えちゃうくらいだからね」
「そうなの?」
「そうだよ。僕の予想だとね。この髪を黒く染めた、くのいちさん辺りが、日本通なんだと思うよ。片言の日本語でも喋ることができれば、隼人くんが英語できなくても、問題無いしね」
「ふーん。確かに」
海外のコスプレ事情などは知らないが、なぜかそっち方面に詳しい優さんの話を聞いてると、納得してしまうところもある。
「でも、向こうの連絡先くらい、教えてくれてもいいじゃない。会いに行くのは難しいかもしれないけど、手紙くらいは送りたいわ」
「美沙子さん、海外のニュースとか見た事ないのかい? 海外のモデルさんのストーカーって、こっちよりも過激なんだよ。だから、事務所がそういう事を、余計に厳しくやってるんじゃないかな?」
「ふ~ん」
口を尖らせながら、不満気な返答をしてしまう。
「こんな美人さんとか、絶対ファンがいっぱいいるはずさ。モデルをやるような可愛い子達に、毎日囲まれる職場とか、隼人くんがホント羨ましいね」
「そうなの。じゃあ、優さんも行ってくれば?」
「ちょっ、美沙子さん。僕はそういうつもりで言ったんじゃ」
慌てた様子で弁明を始める優さんに、思わず苦笑する。
もちろん、本気で怒ってはいない。
隼人君と長いこと連絡が取れなくて、不安な毎日を過ごしていた間も、私を安心させる為に励まし続けてくれて、優さんには本当に感謝してるしね。
「外国人の恋人か~。隼人くんも、意外な才能があったんだねえ」
「え? ちょっと優さん。気が早過ぎない? そもそも相手はモデルさんでしょ? 恋人なんて、ムリに決まって」
「いやいや、分からないよ~。僕は意外とこの子とは、できてるんじゃないかと睨んでるんだよね。隼人くんみたいな大人しいタイプの子には、こんなアクティブそうな感じの子が相性良さそうだし」
優さんの持っていた写真を素早く奪うと、じっくりと観察をする。
健康的な小麦色に焼けた肌と、牛みたいな角を頭から生やした女性が、隼人君と腕を組んでる写真だ。
「これって、どう見てもデートだよね?」
「さぁ、どうかしら? マネージャーさんだから、無理矢理に買い物を付き合わされてるだけじゃないの?」
ていうか、何でこの子は『酒』とか日本語で書かれた酒瓶を持ってるのかしら?
隼人君の向こうでの交友関係を想像して、思わず眉間に皺が寄る。
「不良の彼女なんて、私は絶対に認めませんからね」
「あれ? 美沙子さん。もしかして、隼人くんが取られて、怒って、あいたっ!」
訳の分からないことを言う、優さんの額にデコピンをしておく。
「ニャ~」
遠くから猫の鳴き声が聞こえて、玄関の方へ振り返る。
「あら? 帰って来たのかしら?」
玄関の扉を開けると、大人しくお座りをして、こちらを見上げる黒猫が目に入る。
「クロ。お帰り」
「ニャ~」
外を歩き回った足で、中に入られると部屋が汚れて困るので、濡れタオルでクロの足を拭いてあげる。
大人しく私のされるがままになったクロの足を拭き終ると、クロを抱き上げて部屋に連れて行く。
台所でクロを下ろすと、冷蔵庫の中を覗いて目当ての食材を探す。
「おやつでも食べる? ん~と……モヤシで良いわよね?」
「ニャ~」
後ろへ振り返ると、黒い尻尾を左右に振りながら、クロが私を見上げていた。
以前はキャットフードを入れていた器へ、クロ用に保管していたモヤシを入れてあげる。
器に全て入れ終ると、早速とばかりにシャリシャリとクロが勢いよく食べ始めた。
「ご主人様がいなくなって、クロも寂しいわよねー」
食べるのに夢中な黒猫の背中を撫でながら、クロがこの家にやって来た時を思い出す。
1年くらい前だったかしら?
隼人君が日課にしていた散歩に出掛けた時に、たまたま見つけて撫でてたら、そのまま家まで一緒についてきたのよね。
首輪はないけど、野良猫にしてはえらく人懐こいし、もしかしたらどこかの飼い猫が、たまたま家に遊びに来てるだけなのかもしれないけど。
えらく隼人君に懐いてからは、家まで上がり込んでモヤシを食べたり、昼寝をしたりしてすっかり家の子みたいになっちゃたけどね。
「ニャ~」
「あら、もう食べたの?」
器の中がすっかり空になっており、満足げな表情でゲップをしたクロが、私を見上げていた。
居間に移動しようとすると、私の足元をうろつきながら、クロが後について来る。
居間に行くと、優さんが相変わらず楽しそうに写真を眺めていた。
座布団へ腰を下ろすと、クロも隼人君がいつも座っていた座布団へと腰をおろす。
毛繕いなのか、身体を舌でペロペロと舐め終えると、丸くなって昼寝を始めた。
ご主人様がいつ帰って来るかも分からないのに、呑気なものね。
頬杖を突きながら、テーブルに並べた写真から一枚を手に取った
隼人君が撮ったのか、五人の女性が並んでる写真を見つめる。
「それで。本命は、どの子なのかしら?」
息子を取られたような、複雑な気分になりながらも、巫女服を着た不思議な格好をした隼人君の写真を横に置く。
向こうの仕事は大変そうみたいだけど、元気そうな隼人君の写真を飽きることなく眺め続けた。




