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神子の奴隷  作者: くろぬこ
最終章 試されし者

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58/60

血の繋がった家族

 

 家の近くにあるスピーカーから、唐突に音楽が流れ始める。

 お昼の12時を報せる音楽が耳に入って、顔を上げた。

 

「お? ……昼か」

 

 腹減ったなー。

 そういえば美沙子さん、お昼は焼き飯を作るとか言ってたよな。

 

 軍手を外し、首元にかけたタオルで汗を拭う。

 まだ夏にはなってないとはいえ、日差しの照り付ける中で作業をしてると、大量に汗をかく。

 しばらくここには帰らないからと、両親の墓掃除をしていたのをやめて、家路に着いた。

 

 空気の入れ替えをするためにと開かれた窓からは、美味そうな匂いが漏れていた。

 物置小屋に道具を片づけると、玄関から家に入る。

 

「ただいま」

「お帰りなさい。ごはんできてるわよ」

 

 エプロン姿の美沙子さんが、部屋の中を忙しなく歩いている。

 テーブルの上には、予想通り皿にのせられた焼き飯が置いてあった。

 お昼御飯は既にできてるようだけど、また何か作るつもりなのだろうか?

 椅子に腰を下ろし、両手を合わせる。

 

「いただきます」

「はい、どうぞ」

 

 スプーンですくった焼き飯を口に運びながら、美沙子さんの様子を伺っていると、クッキーを焼こうとしてるのが分かった。

 どうやら今日のおやつを作っているらしい。

 美沙子さんの美味しい手料理を食べ終えると、食器を台所に片付ける。

 

「隼人君。掃除は、終わったの?」

「うん。終わったよ……。あっ、美沙子さん。言い忘れてたけど、午後に宅急便を頼んでるから」

「あら、そうなの。荷物は、詰め終わったの?」

「うん。もうすぐ終わるから、大丈夫」

「そう……」


 美沙子さんがどこか寂しそうな表情を見せながらも、様々な形に型を取ったクッキーを電子レンジに入れる。

 自室に入ると、最後の荷物チェックを行う。

 椅子に座りながら、片づけも既に終わった部屋を見渡す。

 

 この家に来て、10年も経つのか……。

 早いもんだなと思いつつ、古い記憶を辿る。

 

「隼人君……。ごめんね。私のせいで……」

 

 親父とお袋の遺影の前で、啜り泣きがら俺に何度も謝る美沙子さんが脳裏に浮かぶ。

 正直な話、美沙子さんに非はないと俺は思ってる。

 親父とお袋が亡くなったのは、不幸な事故だ。

 

 あの日、親父とお袋に温泉旅行を勧めたのは美沙子さんであるが、まさか旅先の交通事故で亡くなるなんて、誰も予想ができない。

 美沙子さんが街の福引で当たった旅行券を、日程が合わないからと親父とお袋に譲ったのは確かだが、だからと言ってそれが美沙子さんのせいにはならないと思う。

 田中の家へ泊まりに行ってる時に、親父とお袋が亡くなった事を電話で告げられた時は、本当にショックだったけど……。


 むしろ責めるべきは、飲酒運転による不注意で飛び出してきた相手の方だ。

 責任を感じて親戚の反対を押し切って、俺を両親の代わりに育ててくれた美沙子さんに感謝はすれども、恨むようなことはひとつもない。

 

「すみませーん。宅急便でーす!」

「はーい。隼人君、宅急便が来たわよー」

「あっ、はい!」

 

 荷物を詰めたダンボール箱を、玄関に持って行く。

 送付先に田中の住所を記入すると、宅急便のお兄さんに荷物をお願いした。

 部屋に戻ろうとして、美沙子さんの携帯が鳴ってることに気づく。

 

「もしもし? え? ……うん。大丈夫よ。おやつのクッキーを焼いてるけど、間に合うわ。……うん。ええ、そうね」

 

 おそらく電話の相手は、藤島さんだろう。

 しばらくして、クッキーの焼ける香ばしい匂いが家の中に漂ってるのに気づく。

 

「隼人君。クッキー焼けたから、食べない?」

「あっ、はい。いただきます」

「田中君にも、持って行ってあげなさいね」

「あむ、んぐ……。うん」

 

 できたてのクッキーを口の中に放り込みながら、悪友への土産として袋に詰めようとする。

 すると、なぜか美沙子さんが大きく溜息を吐いた。

 

「隼人君がいなくなると、寂しくなるわね……。こっちで仕事を探すのだと、駄目なの?」

「うん……。田舎だと、仕事が少ないし。とりあえずは都会に行って、しばらく様子見かなー。あっちの方が、求人が多いみたいだし」

「それはそうなんだけど……」


 この話は散々してきたが、美沙子さんとしては未だに納得はいってないようだ。

 

「田中君に、御迷惑が掛からないかしら?」

「いや。いつ来るんだって、催促のメールがいっぱい来てるから、大丈夫だよ」

「良い仕事が、都会にしかないのは分かるけど、やっぱり心配ねー」

「田中の所にしばらく世話になる予定だから、そこまで心配する必要ないよ。就職先が見つかったら、家賃を折半するつもりだし、1人暮らしするよりは家賃が浮くしね」

「うーん……。でも、ねー」


 娘が独り暮らしを始めるわけでもないのに、美沙子さんは少し過保護すぎる気がする。

 面倒見が良いのはありがたいが、自分の幸せを犠牲にしてまで、俺にかかりっきりにはなって欲しくない。


「美沙子さん。時間、大丈夫なの? 藤島さんと出かけるんじゃないの?」

「……え? あっ、大変!」


 慌てた様子で、美沙子さんが出かける準備を始める。

 その姿を見て思わず苦笑しつつ、自室へと戻った。

 

「……」

 

 やっぱり、この家から自分は出ていかないと行けないと思う

 美沙子さんと波長が合う人だからか、藤島さんも良い人そうだし、このまま上手くいって欲しい。

 この前、藤島さんと三人で食事に行った時、「僕は、三人で暮らすのでもかまないよ。隼人君は、どうかな?」と話を切りだして、美沙子さんが慌てた様子でその話を中断させようとしたことから、結婚の話も既にでてるんだろう。

 

 勝手な推測だけど、直接の子供でもない俺が一緒にいても、お互いにいろいろと気を遣うだろうし。

 たぶんその事を気にして、美沙子さんは藤島さんとの結婚に踏み出せないでいるんだと思う。

 俺が独りでもやっていけると分かれば、少しは安心してくれるんじゃないかとは思ってるんだけど……。

 チャイムの音が聴こえて、部屋の中をドタバタと走る音が響く。

 

「優さん。ちょっと待って! 後、5分で終わるから!」

「はいはい。大丈夫だよ」

 

 玄関に顔を出すと、ニコニコと笑顔で待っている藤島さんがいた。

 挨拶を交わして、美沙子さんの準備が終わるまでの時間を潰すお手伝いをする。

 

「隼人君。今日、出るんだってね。隼人君、メロン好き? これ、お土産なんだけど。食べるかな?」

「あっ、わざわざすみません」

「いいよ、いいよ。気にしないで。美沙子さんには、内緒だよ?」

 

 嫌な予感がして、ビニール袋の中を覗く。

 えっと……。

 箱に高級メロンとか書いてる気がするんだけど。


 うーん……。

 これは断るのも、アレだよなー。

 たぶん、藤島さんの性格的に、気を遣ってくれてるんだと思うけど……。

 

 美沙子さんに見つかると「またそんな高いものを買って!」とか、またいろいろ言われて藤島さんが虐められそうだから、美沙子さんには黙って食べるしかないよな。

 ニコニコと笑う藤島さんと目が合い、笑みを交わす。

 悪い人では、ないんだよな……。


 背後からドタバタと走る音が聞こえて、美沙子さんが玄関に顔を出す。

 耳にイヤリングを付け終えると、腰を下ろして靴を履き始めた。

 

「隼人君。出かける時には、戸締り宜しくね」

「はい」


 美沙子さんが立ち上がると、不意に俺を抱きしめる。


「向こうでも、頑張って来なさいね。なんかあったら、すぐに電話してね」

「はい、大丈夫です」


 名残惜しそうに俺を見つめると、藤島さんの後を追って玄関の扉を開けた。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

「いってらっしゃーい」

 

 折角のデートなんだから、俺の事ばっかり気にしなくてもいいのにと思いながら、美沙子さんを玄関で見送る。

 居間に戻って椅子に腰を下ろすと、テーブルの上に置かれたパソコンを起動する。

 このパソコンは美沙子さんと共用で使ってるので、向こうへ持って行けないのが少々残念である。

 田中のパソコンを借りてばっかりなのもアレだし、就職できて給料が貯まったら真っ先に買いたいね。

 

 高級メロンを箱から取りだすと、小皿の上にのせる。

 スプーンで実を取りだすと、口の中に放り込む。

 

「うわー、うまっ」

 

 予想以上の味に驚きつつ、マウスでパソコンを操作して、なんとなくメールソフトを起動する。

 1人分に切り分けられたものとはいえ、良い値段はしてるだろうなーと思いつつ、実をほじくり続けた。

 

「ん?」

 

 誰かから、俺宛にメールが来てる。

 スプーンを咥えながら、首を傾げた。

 送信者不明のメールに不信感を抱きつつ、ウィルス対策ソフトも入ってるから、たぶん大丈夫だろうとメールを開くことにした。






   *   *   *






「思えばアレから、いろいろとあったなー」

「旦那様、何か言いましたか?」


 ソファーに背を預けながら呟くと、隣に座る兎耳メイドが反応する。

 俺の顔を見ながら、紅茶の入ったティーカップに、アイネスが口をつけた。

 サクラ聖教国へ向かう転移門が使えるようになるまでの間、応接室で待っている間の暇潰しに昔の記憶を辿っていると、様々な記憶がよみがえる。


「んー。この街に来てから、いろいろあったなーと思って」

「確かに。旦那様と出会ってから、ここまで短期間に眩暈がしそうな程、いろいろな事があったのは初めてですね」

「だよねー」

「おまけに、神獣であるモモイ様から直々に、サクラ聖教国への招待ですか」


 テーブルの上に置かれた招待状を、アイネスが手に取ると俺に見せる。

 招待状を裏返すと、サクラ聖教国では王族にあたるユキサクラ家とやらの家紋が、裏に描かれていた。

 

「本当は、サクラ聖教国の王族でしたと言われても、私はもう驚きませんよ」

「いや、それはない。そもそもサクラ聖教国に、知り合いなんていないし」

「……」

「……たぶん」

 

 疑いの眼差しを向けられて、思わず言葉を濁しそうになった。

 うーん、知り合いはいないはずなんだけどなー……。

 昨日が初対面だったエンジェさんも、「モモイ様に会えば、クロミコ様の疑問に思ってる事は、全て解決します」と意味深なこと言ってたから、気にはなってるんだけどね。

 

「……」


 なおもアイネスが、目を細めながら横目で俺を見つめ続ける。

 とても何か言いたげな視線で。


「アイネス。まだ、怒ってる?」

「いいえ。別に」


 ふてくされたというか、不満気にも見える表情で俺から視線を外すと、アイネスが再び紅茶に口をつけた。

 たぶん本気で怒ってはないと思うけど、昨日から妙に態度がおかしいというか、何を考えてるのか分かりづらいアイネスの態度に困惑する。

 アイネスが本気で怒ってる時は、俺に触れるのも嫌とばかりに距離を置くけど、3人は座れるソファーに、今はわざわざ俺とすぐ身体が触れる距離で座ってるしね。

 

 まあ、こんな態度を取るようになった原因はうすうす分かってるけど、俺を責められても困るものがあるしなー……。

 アイネスの隣にある空いたスペースへ置かれた鞄に、チラリと目を移す。

 昨晩アイネスに渡した例の書類は、あの中にあるんだろうかね。

 

 ソファーの肘掛けに肘を置いて、思わず小さなため息を吐く。

 横からアイネスの視線を感じながら、昨日のことを思い出す。

 サクラ聖教国のカルディアさんが用意してくれた結界を外された後に、あの場に駆けつけて来たアイネスには、出会い頭に滅茶苦茶怒られたよな。

 

「私達が、どれだけ心配したと思ってるんですか! なんで、そういう大事なことを、私に相談してくれないんですか!?」

 

 握り締めたメイスを振り回しながら、感情的に喚き散らすアイネスに、間に取り入ってカルディアさんが経緯を説明してくれたから、その後は大人しくなってくれたけど。

 まあ、例の契約書を渡されてから、その内容を読んだアイネスが再び身体を小刻みに震わせて、俺を睨んでいたのが少し怖かったんですがね。

 何か言いたげな表情で、涙目になって俺を上目遣いで睨むアイネスに、黙っていろいろやっちゃったことに罪悪感がわいて、何となく思わず謝ったんだけど。


「本当に、心配したんですからね! 馬鹿!」

 

 と言われてしまいましたが……。

 アイネスの着衣が珍しく乱れていた事に気づいたが、アズーラ達の話だとかなりの強行軍で、俺の元まで駆けつけてくれたらしい。

 メイド服が汚れていたのも、焦るあまりに足をもつれさせて、こけたせいのようだ。


 実際は、凶賊に誘拐された事になってた俺は、安全な場所で待機してただけなんだけどね。

 まさか、今回の俺の誘拐事件自体が、神獣のモモイさんがアクゥアに課した修行の1つだったとは、誰も予想できないよな。

 

 サクラ聖教国の巫女さんに連れられて、アクゥアとエルレイナと一緒にサクラ聖教国の聖堂に行ったんだけど。

 ニコニコと笑みを浮かべる大司教のカルディアさんとエンジェさんに迎えられて、いきなりアクゥアの修行に協力する話を聞かされて、俺も凄く困惑したんだぞ。

 

「もちろん、タダでお願いするわけではございません。クロミコ様に協力して頂いた場合、モモイ様からこちらの話をするよう言われております」

 

 丁寧な態度で、エンジェさんから差し出された書類に目を通して、思わず唸ってしまった。

 なにしろこの話に協力すれば、モモイ様とやらから個人的な報酬として、アイネスに課せられた借金一億セシリルを、援助してくれるという話だったから。

 俺のする事と言っても、凶賊に変装したアクゥアのお母さん達の部隊に、攫われるだけの簡単なお仕事だったしね。

 

 実際に、アクゥアのお母さん達が強襲して来た時は、「これって、本当に演技なのか?」と思わんばかりに、アクゥアとエルレイナがガチの激戦を繰り広げていたが。

 多勢に無勢な上に、サクラ聖教国でも最強の部隊らしい集団にアクゥアが気絶させられ、巫女服の俺は攫われたお姫様の如く誘拐されたわけで……。

 契約書に俺のサインをして、すぐにアクゥアの修行が始まったから、アイネス達に相談する間もなかったんだよな。

 家に戻ってからもアクゥアと一緒に謝りながら、その事を皆に再度説明したが、アイネスは契約書をじっと見つめながら、ムスっとした表情で無言のままだった。

 

「ふぅー」

 

 肩を落として、再び小さく溜息を吐く。

 背中にチクチクとしたアイネスの視線を感じながら、視線を別の場所へ動かす。

 椅子に深く座ったアカネが、ご機嫌な表情でお腹をさすっていた。

 

「げぷっ。満足であります~」

「食い過ぎだろ」


 頬杖を突きながら酒を飲むアズーラが、呆れた表情でアカネを見ている。

 アカネの前にあるテーブルには、空になった大量の皿が並んでいる。

 転移門の使用までにまだ時間があるからと、サクラ聖教国の巫女さんが、昼食の出前を取ってくれたのだが。


「食べれるだけ、好きな物を注文して下さいね。費用は、こちらでもちますので」

「本当でありますか!? じゃあ、これとこれと、あれにそれと……」


 アカネに絶対言ってはいけない台詞を言った巫女さんには、同情するしかない。

 メニュー表に載ってるものを、全て注文しようとしていたアカネに、巫女さんの笑みが完全に引きつってましたからね。

 「本当に、一人で食えるのか?」と、疑いの眼差しを投げかけていた巫女さんの心配が杞憂に終わるくらいに、皿に載せられた大量の料理があっという間に、アカネの胃袋に収まったからな。

 中華料理屋でよく見かける円卓テーブルが、急遽アカネの前に用意されたんだけど、回し台を忙しくなく回転させながら、いつもの一人大食い選手権をやってたしね。


「あいあいあー! あいあいあー!」


 奇声のする方へ目を向ければ、新しい玩具に目敏く気付いたウホウホ野生児が、円卓テーブルで遊んでいた。

 先程まで大量の皿が載っていたテーブルの上には、色とりどりの半笑いラウネ達が並べられている。

 回転寿司のお店も真っ青になるくらいの高速回転で、ラウネ達が盛大に転げ回ったり、テーブルから転げ落ちたりしていた。

 そんなカオスな遊びを眺めていると、応接室の扉を叩くノック音が聞こえる。

 

「ふむ。どうやら、間に合ったようだな」

「サリィ! サリィ! あいあいあー!」


 あっ、サリッシュさんだ。

 いつもの騎士鎧に身を包んだサリッシュさんが、笑みを浮かべて軽く手を上げた。

 ドアの前まで転がっていたラウネを拾うと、駆け寄って来たエルレイナに渡す。

 剣の師匠であるサリッシュさんに頭を撫でられて、エルレイナが尻尾を左右に振って、ご機嫌な笑みを見せた。


「サリッシュさん、仕事は終わったんですか?」

「いや。アカネが向こうへ行く前に、どうしても顔合わせをしたいと言ってる者がいてな、仕事を急遽抜けて来た」

「……ふぇ? 私でありますか?」

「失礼します」

 

 声の方向に顔を向けると、頭をぶつけないように少し前屈みになりながら、部屋へ入って来る女性騎士が目に入る。

 ツアングさんを連想させるような、190cmはあるだろうと思われる犬族の女性。

 俺の前まで歩み寄ると、壁が迫って来たように感じる程の大柄な女性が、目を細める。

 

「団長。先に、クロミコ様に挨拶をした方が宜しいのでは?」

「……」

 

 長身の女性騎士が見つめる先に顔を動かすと、いつの間に部屋へ入ってたのか、見慣れぬ女性騎士がアカネのすぐ傍で、ジロジロと観察をしている。

 覗き込むように、顔が触れそうなくらいの至近距離で見つめられて、アカネが直立不動で固まっていた。

 

「お嬢」

「……ん?」

 

 苦笑するサリッシュさんに肩を叩かれて、もう1人の女性騎士がようやく顔をこちらへ向ける。

 団長と呼ばれた女性騎士が兜を外すと、お世辞にも綺麗な切り方とは言えない金色のショートヘアと、犬族特有の耳が現れた。

 

「失礼しました。オーズガルド第13騎士団を指揮してます、騎士団長ルイネス=ファルシリアンです。副団長のサリッシュから、貴方の活躍はよく聞いております」

「あっ、はい」

 

 手を差し出してきたので、慌てて握手を交わす。

 この人がサリッシュさんの話に出てきた、アカネ並みに大食いな、ファルシリアン家のお嬢様なんだろうか?

 一緒にやって来た、第1大隊長であるセレイム=ファルシリアンさんも紹介されたが、セレイムさんと並ぶとルイネスさんは、随分小柄で細く見えるね。

 アカネに似た青い瞳が、俺の顔をじっと見つめる。

 

「なるほど。モモイ様に、よく似ておられますね」

「……え?」

「申し訳ないですが、ヴァルディア教会の後始末に追われていて、時間があまりありませんので、用件だけを先に済まさせて頂きたいと思います。アカネを、少しお借りても宜しいでしょうか?」

「あっ、はい。どうぞ」

 

 俺から視線を外すと、ルイネスさんがアカネの前に歩み寄った。

 騎士団長を前にして、緊張した様子のアカネが、背筋を伸ばして立っている。

 互いに無言で見つめ合う。

 

「……できることなら。貴方の両親には、また生きて会いたかったわね」

「父殿と母殿を、知ってるでありますか?」


 アカネが驚いたように、大きく目を見開く。

 それを見たルイネスさんが、なぜか苦笑する。


「目元は、カネリアにそっくりね……。ええ、知ってるわよ。二人とは、良い思い出も、悪い思い出も、沢山あるわ。……言いたかった事も沢山あったけど、それがもう言えないのが、とても残念ね」

 

 首元に手を動かすと、胸元からペンダントのような物を取り出した。

 

「貴方が凶賊に奪われた物は、もう取り返すのは難しいみたいだから……。これを、貴方にあげるわ」


 紫色の石に紐が繋がれており、それを首元から外すとアカネの前に差し出す。

 アカネが慌てた様子で両手を差し出すと、その上に紫色の石を載せる。


「その石に、魔力を流してみなさい」

「え?」

「いいから。魔力を流してみて」

「りょ、了解であります!」


 アカネが真剣な表情で紫の石を見つめていると、石が突然に青く輝き始めた。


「これは絆石と言ってね。結婚を約束した恋人達が、互いの血を流しこむ事によって完成された、記念品なの」

「……」

「私が魔力を流せば赤く輝き、アドルが魔力を流せば青く輝く」

 

 何か言いたげな視線で、アカネがルイネスさんを見上げるが、何も言わずルイネスさんの話に耳を傾ける。


「絆石に血を流しこんだ本人達の魔力によって、石が反応するのは当然だけど。本人達との血の繋がりがあれば、親族でも石は反応する。今の貴方みたいにね」

「……」


 ルイネスさんを見上げていたアカネの視線が、青く輝き続ける絆石へと移る。

 真剣な表情で絆石を見つめると、その石を握り締めた。


「私の言いたいことは、分かるわね?」

「あ、あの……」

「今度は、なくさないようにね」


 渡された石を握り締めたまま、困惑するアカネをよそに、団長が身体を俺に向ける。


「それでは、失礼します」

「……あっ、はい。どうも」


 団長が軽く頭を下げたので、俺も一礼する。


「お嬢、いいのか? アレを渡して」

「うん。もう私には、必要ないから」

「そうか……」

 

 退室しようとする団長にサリッシュさんが声を掛け、立ち止まった団長と言葉を交わす。


「ここか、ツアング!」

「父上、お待ち下さい!」


 応接室の扉の向こうから、何やら大きな声で叫ぶ会話が聞こえる。

 扉に視線を向けると、応接室のドアが突然に大きな音をたてて開いた。

 

「ツアング! 扉が小さいぞ!」

「いえ、父上。父上が、大き過ぎるだけです」

「そうか。ガハハハハハ!」


 大きく前屈みになりがら、巨漢の男性が室内に入って来る。

 今まで会った狼人の中で一番大きな男性に続いて、なんだかお疲れな様子のツアングさんが顔を出す。

 横に並んだツアングさんよりも更に大きく、2mは超えてるかもしれない。

 髪や目だけでなく、顎から生えた髭までも金色で、なかなか目立つ容姿の人だ。

 

「姉上、諦めるしかないですよ。こうなったら、父上は話を聞きませんから」

 

 騎士鎧を着た見慣れぬ青年の狼人が、ツアングさんの後に続いて現れると、苦笑いを浮かべている。

 ツアングさん達の会話から察するに、この豪快な狼人はツアングさんの父親なのかな?

 

「おお、ルイネスじゃないか! 久しぶりじゃの」

「お久しぶりです。ゼアンおじ様も、お元気そうですね」

「ガハハハハハ! 好きな物をすきなだけ食べる。それが長生きの秘訣じゃわい!」


 顎から生えた長い金色ヒゲを撫でながら、巨漢の狼人が室内に視線を移す。


「ツアング。あの子か?」

「ええ、そうです」


 紐にぶら下がった紫色の石を眺めていたアカネの周りに、ツアングさん達が歩み寄る。

 金色の大柄な狼人達に取り囲まれ、再びアカネが驚いた表情で固まっていた。


「ふむ……。絆石のようじゃが、それはお前のか?」

「ああ、それは私のですよ。ゼアンおじ様」

「ルイネスのか?」

「はい。先程、アカネに私があげました」


 団長の台詞に、金色の顎ヒゲを生やした狼人が驚いた表情を見せる。

 周りにいたツアングさん達も、信じられないと言った驚愕の表情で、笑みを浮かべるルイネスさんの方を凝視していた。

 ツアングさんの父親が再びアカネに視線を移すと、アカネの持っている石へと手を伸ばす。

 

「あっ……」

「心配するでない、取り上げたりはせん」

 

 大きな指で、ルイネスさんから貰ったアカネの絆石を摘まむ。

 しばらくすると、紫色の絆石が青く輝き始めた。

 

「……え? え?」

 

 突然に石が青く輝き、困惑した様子のアカネの背後から手が伸びる。

 アカネの背後に立っていたツアングさんの手と、もう1人の狼人の青年が手が絆石に触れた。

 すると、先程までより眩しい青い光を放ち、絆石が輝く。


「ツ、ツアング殿?」


 何が起こってるのか理解できないとばかりに、アカネが皆の顔を落ち着きなくキョロキョロと見渡すと、震え声で後ろへ振り返る。

 

「アカネ、紹介しよう。お前の目の前にいるのが、アドルの父親。つまり、お前の祖父だな」


 アカネが顔を上げると、目の前にいる巨漢の狼人が、白い歯を見せて満面の笑みを浮かべた。


「その隣にいるのが、アドルの弟の」

「クェイズです。宜しくね、アカネ。できればおじさんでなく、お兄さんと呼んでくれると嬉しいかな」


 狼人の青年騎士が、優しげな表情で微笑む。

 

「本当は、アドルの兄もこちらに来てたから、ついでに紹介をしておきたかったが……。今は、ヴァルディア教会の前教皇であるデイレン殿の護衛を任されていてな。また後日、改めて紹介をすることになるだろう」

「……あっ」

「どうした?」

「いえ、何でもないであります」

「……?」


 一瞬、何か思い出したような顔を見せたアカネに、ツアングさんが首を傾げる。


「そして、最後に私だが……。お前の父であるアドルの妹。つまり、お前の叔母にあたるわけだな」

「叔母殿で……ありますか?」


 再び手元に戻って来た青い光を放つ絆石を、アカネがじっと見つめる。


「すまないな。うちの馬鹿な兄のせいで、姪のお前にいらぬ苦労かけさせてしまった」


 アカネを背後から抱きしめると、ツアングさんがアカネの頭を撫でる。


「初対面でお前に違和感をもった副団長の計らいで、お前と会って私もすぐに確信をした。歯痒い気持ちでお前の所へ様子を見に行っていたが、助けてやりたくても、証拠も無しにファルシリアン家の者である事を、認めるわけにはいかなかったんだ」

「……」

「でもな、お前もお前だぞ。ファルシリアン家の私を紹介してもらったのに、一番大変な道を選ぼうとしよって。まったく、良い所も悪い所も兄に似るとわな。どうせお前の事だ。自分の秘密を誰にも相談せず、墓まで持っていくつもりだったのだろう?」

「……」


 俯いたアカネの頬に、一粒の滴が流れ落ちた。

 ツアングさんが、アカネの身体を自分に向き直させると、アカネの目線の高さになるよう腰を落とす。


「我慢するのも良いが。お前はまだ子供なんだから、これからはもっと周りの大人を頼れ。私達は、血の繋がった家族なんだからな」


 アカネの両肩を掴むと、剣術を教えてる時の厳しげな表情でなく、子供を諭すような優しげな笑みを浮かべた。

 無言で俯いたまま、アカネが肩を震わせる。


「私には……」

「ん?」

「まだ……血の繋がった、家族が……」


 目に涙を一杯溜めて、震え声のしわくちゃ顔で、アカネがツアングさんを見上げた。


「いたで、ありまじゅかぁ?」

「そうだ。お前は、ファルシリアン家の娘だ」


 鼻水を盛大にすすると、ツアングさんの胸に飛び込む。

 

「叔母どにょぉおお」

 

 ツアングさんの抱きつくと、堰を切ったように大粒の涙がいくつも零れ落ちる。

 

「それと、モモイ様にも後できちんと礼を言っておけ。奴隷になったお前のことを知ってから、モモイ様がいろんな伝手を使って、お前の身分を証明するのために、尽力してくれたのだからな」

「うっ、うぅ……あぐぅ……」


 むせび泣くアカネの頭を撫でながら、ツアングさんが微笑む。

 

「……グスン」

 

 ハンカチをポケットから取り出すと、隣に立っていたアイネスへ差し出す。

 俺のハンカチを受け取ると、アイネスが目元を拭き取る。

 

「すみません。こういうのに、すごく弱くて……」

「ウシシシシ。良い話じゃねぇか」

 

 アズーラが人差し指で鼻を擦ると、嬉しそうに白い歯を見せる。

 確かに、イイハナシダナー。

 

「あいあいあ?」

『レイナ、アカネさんのご家族が、見つかったそうですよ。良かったですね』

『はい、お姉様!』

 

 本当に分かってるのか怪しい所ではあるが、エルレイナが満面の笑みを見せた。


「血の繋がった、家族か……」


 不意に、もう会えなくなった人達の顔が脳裏に浮かぶ。

 少しアカネが落ち着いたところで、丸太程もあるアカネお爺ちゃんの腕で、軽々と担ぎ上げられた。


「おー。爺殿、力持ちであります!」

「ガハハハハ! アカネが、軽過ぎるんじゃわい。もっと食わんと、ワシみたいに太らんぞ!」


 えーと、お言葉を返すようですがお爺様。

 アカネさんは食べ過ぎなくらい、普段から食べまくっております。

 うちの家計を担当してる兎耳メイドが、頭を抱える程にね。

 こっちを見て、俺達の家庭事情を知ってるツアングさんが、苦笑しながら顔をアカネの方へ向ける。


「アカネには、豪腕の血による暴走の件もある。食費的な意味でも、流石にアレをハヤト達にさせる訳にもいかんだろう。モモイ様の許可が出れば、うちへ遊びに来ると良い」

「姉上、アレをするんですか? それだと食費は、誰持ちで?」

「ワシが出してやろう!」

「父上。その台詞、忘れませんよ?」

 

 ツアングさんが、意地の悪い笑みを浮かべた。

 わいわいと楽しそうに会話するツアングさん達の中心で、祖父に肩車をされたアカネが、俺達の方へ視線を向ける。


「家族が……いっぱい増えたであります」


 涙を拭うように手で目元を擦ると、照れ臭そうにアカネがはにかんだ。


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