奴隷豹娘の試練
アカネさんから預かった書筒を握り締めると、顔を上げる。
『ナンデモアルネ雑貨店』と書かれた看板が目に入った。
当然のように、ここまで一緒について来たレイナと店の中へ入る。
『ごめんください』
「あいあいあー!」
店内に入ると、様々な商品が目に入る。
骨董品屋と呼んでもいいように、サクラ聖教国でもあまり見ないような、不思議な商品ばかりが置かれている。
雑多に置かれた商品の隙間を通り、そろばんをはじく音が聞こえる方へと足を運ぶ。
店の奥へと向かうと、受付台で作業をしていた胡散臭い風貌の店長が、顔を上げる。
私の顔を見るなり、くすんだ丸眼鏡をかけた狐人が、怪しげな笑みを浮かべた。
「おやおや、お客さんネ。シャッチョーさんがいないのは、珍しいネ!」
『これをお願いします』
書筒の中から1枚の紙を取り出し、受付台の上に置く。
丸眼鏡を上にずらし、店長が紙を覗き込むと1つ頷いた。
『了解しました。例モノは、店の奥に』
店長が丁寧なニャン語で返答すると、店の更に奥へと案内された。
商品棚の並ぶ部屋に入ると、空の容器ばかりが置かれた棚を1つずらす。
ふむ……。
これは、隠し部屋の入り口ですかね?
店長が懐から鍵を取り出すと、床にある鍵穴へと差し込んだ。
重々しく頑丈そうな扉を開けると、予想通り地下室への入り口が目に入る。
店長に招かれるまま、地下室への階段を下りた。
貴重品でも入ってそうな宝石箱が棚に置かれていたり、魔装具の類と思われる全身鎧が立て掛けられている。
どうやら、高価な品ばかりを保管している地下倉庫のようだ。
そして、部屋の中心に見覚えのある物が。
『これですね』
『はい。モモイ様から、預かっていた品です』
木製人形に、黒い忍装束が着せられている。
目的の物を木製人形から取り外すと、着ている装備を脱ぎ始めた。
着替えを始めた私を、レイナが不思議そうな顔で見ている。
店長は探し物でもしているのか、奥から物音がする。
『正直な話。これを着る機会は、当分ないと思ってましたが……』
「あいあいあ?」
この忍装束は、山賊の根城を潰した際に、お師匠様からご褒美として貰った物だ。
今着てる忍装束よりも生地が良く、裏地にヤミサクラ家の家紋が刻まれている。
聖銀を細くして編み込まれた鎖帷子を中に着ると、黒い忍装束に袖を通す。
自分の身体に合わせた特注品なので、着心地に問題はない。
『レイナ、どうですか? 似合いますか?』
『はい、お姉様!』
レイナに尋ねると元気な声で返事をして、何度も頷いた。
『おー。良くお似合いですよ。それとこれはヨウコ様から、エルレイナちゃんに渡すよう言われた品です』
『レイナにですか?』
「あいあいあ?」
日本刀よりも短い2本の刀を、店長から渡される。
桜の花弁が散る絵が描かれた鞘から剣を抜くと、美しい刀身が現れた。
『これは……。忍刀ですか?』
『はい。名を、百合姫。サクラ聖教国の一流職人が製作した、業物だそうです。今回の任務の為に、ヨウコ様が用意したものだそうです』
忍刀は通常の刀より、機能性と携帯性に重きを置いた刀。
確かに今のレイナには、こちらの方が都合が良いかもしれませんね。
『流石、サクラ聖教国の鍛冶師。良い仕事をしますね……。レイナ。ヨウコ様から、貴方にだそうですよ』
「ヨウコ! ヨウコ! あいあいあー!」
自分の物だと気づいたのか、レイナが目を輝かせる。
いつも帯剣してるシミターを外すと、忍刀へと取り替えてあげた。
店の外に出ると、レイナが新しい刀を楽しそうに振り回して、具合を確認する。
店長に礼を言うと、一通り素振りをして満足気な笑みを浮かべたレイナを連れて、店を後にした。
『ここからは、ヤミサクラ家としての仕事です。レイナ、行きますよ』
『はい、お姉様!』
任務遂行の為に装備を整えると、アイネスさん達との待ち合わせ場所へと向かう。
探索者ギルドに到着すると、転移門のある地下2階をうろつく。
通路を歩きながら部屋の中を覗いてると、見覚えのある人影を見つけて、部屋の中に入った。
『すみません。お待たせしました』
「あいあいあー!」
「お? 何かいつもと、雰囲気が変わってるじゃねぇか」
「2人とも、どこかに寄ってたでありますか?」
「雑貨屋に行ったはずだけど……。あの変な店長と、また何か交渉したのかしらね?」
皆と一緒に待合室へ入ると、椅子に座る牛人が数人。
それと、会いたくもない人の姿も見えた。
私と目が合うなり、燃えるような赤髪の豹人が立ち上がる。
『やっぱり、おチビがいたにゃ~』
『……』
視界には入ってたが、あえて無視をしていた人物が、私に声をかけてくる。
ニャン語で話しかけられては、さすがに無視をするわけにはいかない。
面倒だとは思いつつも、目出し帽を外す。
『お久しぶりですね。クエンさん。てっきり、奴隷商会に残ってると思ってました』
『暇だから、出て来たにゃ~』
『脱走ですか? それとも、奴隷商人を脅迫して?』
『失礼だにゃ~。ちゃんと手続きをして、出て来たにゃ~』
それはどうですかね。
クエンさんの実力であれば、あのような施設など簡単に抜け出せますから。
『最初に選ばれたからって、調子に乗らないことにゃ~。どうせすぐに音をあげるにゃ~。今のうちに、優しい先輩が代わってあげるにゃ~』
『ご心配無用です。私の方は、とても順調です。新しいご主人様にも、親切にして頂いてますので』
満面の笑みを浮かべて、クエンさんを見上げる。
すると、私を見つめていたクエンさんの目が鋭いモノに変化した。
『エンジェに似て、やっぱり生意気にゃー。お前だけは、何があっても絶対に助けてやらないにゃー』
『その言葉、そっくりお返しします。私のような子供に助けられるような、無様な敗北だけはしないで下さいね。いずれ貴方に勝利した時に、怪我をしてたからと言い訳されても困りますので』
『……姉弟子は、敬えと教わらなかったにゃー?』
『エンジェさんには、クエンさんのことは姉弟子と考えなくても、問題無いと言われてます』
『ぐぬぬぬ。また余計なことを……』
白い歯を剥き出しにして、私を睨みつけてくる。
私も負けじと睨み返す。
「アイツら、何を話してんだ?」
「うーん……。私の聞き間違いかもしれないのだけど、悪口を言いあってるような感じなのよねー」
「は? アクゥアがか? それはねぇだろ。毒を吐いてばっかの誰かさんじゃあるまいし」
「アズーラ。誰かさんって、誰のことですか?」
「さあね。俺は知らねーよ」
「でも、あんまり仲が良さそうには、見えないでありますよ?」
アイネスさんの紙をめくる音が耳に入り、宿敵を前にして感情的になっていた自分に、ようやく気付く。
ここでボロを出して、自分の素性を知られる発言をするのは、あまりよろしくはない。
『私には大切な任務がありますので、それでは……またどこかで』
軽く頭を下げると、レイナの腕を引っ張ってその場を離れる。
「ウーッ!」
『心配いりませんよ、レイナ。今は逆立ちしても勝てない相手ですが、いつの日か……』
威嚇するレイナを宥めながら、クエンさんの後ろ姿を一瞥する。
「クエン。あの子、知り合い?」
「すごく知り合いにゃー」
「ふーん。何を話してたんだい?」
「どっちが早く競争に勝って、ご褒美を手に入れるかを、話してただけにゃー」
「へー。何だか楽しそうだね」
『紅牛鬼』の2つ名を持つヴァスニアさんのご家族と一緒に、転移門へ入る。
どうやらハヤト様を捜索する私達の護衛役として、付いて来てくれるようだ。
正直な話、裏切り者の騎士達がうろつく迷宮内で、アイネスさん達を連れ回したくなかったが、かつてエンジェさんもパーティーを組んでいた『紅の騎士団』の2人がいれば、問題無いだろう。
以前、私に闘牛術を指導して頂いた方も、なぜか一緒に同行してますしね。
アズーラさんの祖母らしいが、黒い全身鎧を着たアズーラさんが、兜を撫でられてブツブツと文句を言っている。
私が渡した、ハヤト様のいる場所が描かれた地図を眺めながら、ヴァスニアさんが悩ましげな顔をする。
「うーん。これはちょっと、距離があるねー。このまま行くと途中で、騎士と鉢合わせるかもね」
「騎士はどこにいるにゃ~?」
「数が多いから、たぶん1階層の広い入口から入ってるとして……。城から逃げ出してから、時間が結構経ってるけど、大勢で動くとなると進みは遅いはずさね。となると、5階層から始めた私達が、急ぎ足で行くとしたら……」
「誰かいるであります!」
何かの気配に気付いたアカネさんに導かれて、迷宮を進む。
すると、全身鎧の騎士達と遭遇した。
「貴様らそこを止ま、ぐわぁ!?」
「うにゃあー! うにゃにゃにゃにゃにゃあー!」
誰かが止める間もなく、クエンさんが数人の騎士達に突撃した。
奴隷商会の生活がよっぽど退屈だったらしく、いきなり飛び蹴りを当てると、好き放題に大暴れしている。
その光景を気にする様子もなく、ヴァスニアさんが地図を再び眺める。
「もう、ここまで来てたか……。となると、アズのご主人様とやらがいるとこまでの道のりは、時間掛かるかもねー」
「エメナスさんから教えて貰った情報だと、ご主人様と一緒にいる凶賊達と合流した後に、街の外に繋がる入口から逃亡を図るつもりらしいです」
「早く行かないと、不味いでありますよ」
「エメナスから渡された情報なら、確実な情報だと思うけど、時間的にかなり厳しいね」
クエンさんが倒した騎士を魔樹の蔦で縛り上げ、その辺に放置して先を進む。
しかし、この階層にはかなりの騎士がいるらしく、次々と迷宮の奥から騎士達が現れた。
身軽な私とレイナが走り回り、全身鎧の騎士達を翻弄していると、アズーラさんの舌打ちが耳に入る。
「流石に数が多いな」
「このままだと、先頭にいる騎士と貴族達が、アズのご主人様をさらった凶賊達と、合流しちまうね。オルァ!」
「ギャッ!?」
ヴェランジェさんが強烈な回し蹴りを放ち、全身鎧を着た騎士を蹴り飛ばす。
皆と協力して、騎士を蹴散らしては行くが、思ったよりも進みは遅い。
クエンさんが騎士の斬撃を容易くかわし、騎士に飛び掛かる。
腕を掴んで投げ飛ばすと、倒れた騎士へ馬乗りになる。
「うにゃ~ん。それじゃあ、この腕をもらうにゃー」
「あぐぅ……ギャァアアアア!?」
楽しそうな表情で尻尾を左右に振りながら、容赦なく騎士の腕をへし折った。
「糞! 何だコイツらは。団長へ報せに……!?」
騎士の集団の後ろにいた者が、奥へ立ち去ろうとした瞬間、黒い人影が舞い降りる。
「な!? コイツ、どこから?」
黒い忍装束を着た者の篭手から、銀の刃が飛び出す。
騎士が剣を横薙ぎに振るうが、それを軽々とかわし懐に飛び込む。
そして、鎧の隙間に刃を突き刺した。
「グゥッ……」
鎧通しと思われる細長い刃を引き抜くと、黒い忍者が騎士から離れる。
騎士が膝から崩れ落ちると、身体を痙攣させながら動かなくなった。
おろらく刃に、痺れ薬でも塗ってたのだろう。
近くにいた騎士達を全て沈黙させると、黒い猫耳を生やした忍者が、私のもとへ駆け寄る。
黒い目出し帽を外すと、見知った顔が現れた。
『アクゥア、久しぶりね。元気にしてた?』
『クイナさん。どうして、こちらに?』
『早く先に進めなくて困ってるだろうから、手を貸してあげようと思ってね』
確かクイナさんは、お師匠様のお屋敷の門番をしてるはず。
クイナさんまでがここに駆り出されているとなると、一族総出でこちらに来てるようですね。
私にとって都合の良い情報が手に入ったので、クエンさんに声を掛ける。
『クイナさんが、近道を知ってるそうなのです。ですが、身軽な者でないといけない険しい道なので、私とレイナだけはそちらを使います……と、皆さんに伝えて下さい』
『しょうがないにゃ~』
渋々ながら、クエンさんが他の人達に通訳してくれた。
「俺達だと、アクゥアの足でまといにしかならないから、しょうがねぇな。アクゥア、頼むぜ」
『アクゥア。ご主人様、救出、お願い』
『承知』
申し訳なさそうな顔で見送るアイネスさん達と別れると、クイナさんに道案内を頼む。
とても広い大部屋に辿り着くと、エルレイナが突然に走り出した。
「あいあいあー! あいあいあー!」
「レイナ! 遅いわよ!」
声が上からしたかと思えば、銀色の巨体が落ちて来る。
銀色の体毛に覆われた銀狐に、レイナが突撃した。
レイナが嬉しそうに飛び跳ねると、互いの鼻を左右に擦り合わせる。
『クイナさん。近道というのは、もしかして』
『そうよ。彼女達に、運んでもらいなさい』
「レイナ姉さん!」
上を見上げれば、大きな穴からもう1匹の銀狐が顔を出していた。
2匹の銀狐とエルレイナが、仲良さげにじゃれ合うのをしばし見守り、落ち着いたところでクイナさんが声を掛ける。
「前に来た時に、下見はやったからね。一番早い道を通れるわよ。その代わり、振り落とされないように、しっかり捕まりなさいね」
『助かります。宜しくお願いします』
クイナさんに通訳してもらい、ここからハヤト様のもとまで、銀狐に運んでもらうことにした。
早速とばかりに、銀狐のセツナさんの背中へレイナがよじ登る。
私も銀狐のチトセさんの背中へよじ登り、聖銀の鎧に腰を下ろすとしっかり捕まる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! あいあいあー!」
「!? ……レイナ。今、何て言ったの?」
動揺したような声で、セツナさんがレイナに何かを尋ねている。
セツナさんの背中に乗ったレイナが、楽しそうにはしゃぎながら、何度も前へと指を差す。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! あいあいあー!」
「私が……私が、お姉ちゃんよぉおおおお!」
『……え?』
「お姉ちゃん、ずるい!」
セツナさんが突然に咆哮をすると、聖銀の鎧を中心にして、魔法陣が展開される。
大きさから察するに、上級魔法を発動させたのだろう。
私が乗ってるチトセさんの周辺にも、魔法陣が展開された。
さも当然のように上級魔法を扱えるとは、さすが神獣の眷属と呼ばれるだけのことはありますね。
『アクゥア。頑張ってね』
『はい。行ってきます』
手を左右に振るクイナさんに見送りをされて、私も頷く。
聖銀の鎧が緑色に輝くと、突然に視界が激変した。
『ッ!?』
「あいあいあー! あいあいあー!」
しっかりとしがみついてなければ、間違いなく振り落とされていただろう。
風魔法で急加速した銀狐達が、地面や壁を縦横無尽に駆け回り、目に映る風景が目まぐるしく移り変わる。
この乗り心地は、もはや暴れ騎竜とかいうレベルではない。
「あいあいあぁあああああ!」
前方から、レイナの楽しそうな奇声が聞こえる。
なるほど……。
これが、レイナの見ていた世界なのですね。
このような体験を遊びの一種として、幼少時代から過ごしていたのなら、動体視力もよくなりそうです。
もしかしたら、レイナの反応が良い理由の1つが、これにあるのかもしれませんね。
レイナの幼少時代に思いを馳せていると、銀狐が足を止めた。
もう目的地に到着したのだろうか?
銀狐の巨体では通れそうにもない、小さな入口が目の前にある。
「レイナ。この先に、凶賊がいるわ。獲物には、静かに忍び寄るのよ」
地面へ降りたレイナに、セツナさんが小声で何かを囁いている。
無言でレイナが頷くと、私の方へ振り返った。
レイナが人差し指を、口元に当てる。
『シー』
レイナに忍び足を指示する時に、私がよくやる仕草を見て、私も頷く。
となると、ここからは静かに行けということなのだろう。
確かに、この先から何かの気配を感じる。
『ありがとうございました』
ここまで運んでくれた銀狐に軽く頭を下げると、小声で礼を言う。
忍び足をするレイナと一緒に、細い通路の先へと向かう。
しばらく用心深く歩き続けると、開けた場所へと繋がった。
周りを警戒しながら、通路からゆっくりと顔を出す。
『これは……』
目に映る幻想的な光景に、思わず息をのむ。
それは部屋を遮るように広がった、巨大な虹色の結界。
色が変化する度に、神獣を模した動物の絵が浮き上がり、まるで結界の上を走り回ってるようにも見える。
『超級魔法ですか』
これ程の強力な結界は、我が国が他国から攻め込まれた際、王族を守る時などにしか使われないはず。
世界でも有数の強国であるサクラ聖教国が、この結界を使った記録は、指で数える程しかないとお師匠様も言っていた。
ならばこの向こうにいる御方が、王族に並ぶ御仁であることは間違いない。
視線の先に見慣れぬ人影がおり、私達にも気づいてない様子で、結界を見上げている。
彼らが、おそらく例の凶賊なのだろう。
『どうやら、間に合ったようですね。行きますよ、レイナ』
『はい、お姉様!』




