奴隷牛娘の覚悟
牛人ばかりが住む家が並んでる中で、バカみたいにデカくて目立つ家を見上げる。
こういうのって、テータクとか言うんだっけか?
何を倒したら、こんなに稼げるのかね?
とりあえず門の前までは来たけどよ、こっから入る気がおきねぇなー。
「はぁー。よりにもよって、ここへ戻って来るとは思わなかったぜ……」
「黒牛鬼、こんな所で何をしている? ヴァスニア様の家に、何の用だ」
「あーあ。ハヤト絡みじゃなかったら、絶対ここには来なかったのになー」
「さっきから、何をブツブツ言ってる」
やんなっちまうなー。
伯母さんにだけは、絶対に会いたくなかったんだけど……。
でも、アクゥアが負けちまうくらいの凶賊が相手だと、流石に俺達だけでハヤトを助けに行くのは厳しいからなー。
「あー、めんどくせぇー」
「おい、無視をするな! お前、本当にマトモな会話ができないのか?」
「あぁあ?」
「ッ!」
兜の隙間から覗こうとしたのか、顔を近づけてきた牛人の女を睨みつける。
ていうか、さっきからコイツは、何をゴチャゴチャと……。
「……あん?」
後ずさりした女の後ろをよく見れば、どっから集まったのか知らねぇけど、俺と似たような年の牛人女達が固まって、ヒソヒソと喋りながらこっちを見てやがる。
コイツのツレか?
不審者を見るみてえに、ジロジロこっちを見やがって。
見世物じゃねぇぞ。
「や、やるのか!?」
たぶん、俺と同じくらいの年だと思うが、目の前にいる女が闘牛術の構えを作って俺を睨む。
こっちは最悪な気分なのに、いきなり意味分からん喧嘩を売られると、流石に腹立つな。
「邪魔だ。潰すぞ」
「ヒィッ!」
……なんだよ。
ちょっと声色変えて脅しただけで、ビビッてんじゃねぇかよ。
そっちから喧嘩売ってきたくせに、完全に腰が引いてるぞコイツ。
「い、言っておくが。私は、この街の成人してない牛人の中では、一番強いんだからな! ヴェランジェさんだって、私を認めるくらいだぞ!」
……知らんがな。
ていうか、加護持ちの俺と喧嘩して勝つ気かコイツ?
あ、いや、待てよ……。
今の俺が、加護持ちなことを俺も含めて他の奴らは、知らないことになってるんだっけ?
後のことを考えたら、あんまり好き勝手に暴れない方がいいのか?
メンドクセーけど、ハヤトに面倒かかるのはマズイからな……。
とりあえず一発もらったら、アカネが言ってたセイトー何とかになるだろうから、それで蹴り返しとくか?
「やめときな、アデッザ。お前じゃ、黒牛鬼には勝てないよ」
「ヴェランジェさん!」
「……」
声のする方に振り返れば、門の向こうに見たくもない顔が見えた。
従姉が門を開けると何が可笑しいのか、ニヤついた顔で俺達を見ている。
コイツもコイツで、やっぱ腹立つな……。
「か、勝てないってどういうことですか! やってみなくちゃ、そんなこと」
「そう言えば、アデッザ。お前、サイクロプスを1人で倒せるようになったかい?」
「ま、まだです。姉貴には、まだレベルの低い私じゃ無理だって……。でも、成人したら姉貴みたいに、すぐに私も」
「そいつは、もう1人で倒してるんだよ。しかも、魔眼を無傷で持ち帰ってる。つまり、そういうことさ」
「……え?」
信じられないと言わんばかりの顔で、アデッザとかいう女が俺を見つめている。
ラウネを放り込みたくなるくらいに、口が開いてるぞ。
「入りな、黒牛鬼。門の前じゃ、いろいろと話しにくいだろ?」
「……」
気は乗らないけど、とりあえず中に入ることにした。
呆け顔のままのアデッザを素通りして、広い庭を歩いて行く。
ここに顔出すのも、いつぶりかね……。
懐かしさと嫌な記憶を思い出しつつ、家に入ると部屋の中を見渡す。
「飲み物を出すから、適当に座りな」
「……ん?」
座ろうかと思ったら、食卓に置かれた器が目に入る。
飲みかけが、2つ?
誰かいたのか?
「まさかお前が、自分から帰って来るとは思わなかったよ。家出娘のアズが、今日は何の用だい?」
「……なんだよ。気づいてたのかよ」
「さっきのアデッザの態度を見れば、分かるだろ? この街に住んでる牛人の子供で、私にそんなエラそうな態度を取るのは、お前しかいないよ。まあ、本当のことを言えば、サリッシュさんが教えてくれたのを、お袋伝手で聞いただけなんだけどね」
おいおい、黙っといてくれって頼んだのによ。
口が軽いぜサリッシュ。
「さっきのサイクロプスの話も、もしかしてサリッシュからか?」
「そうだよ。……言っておくが、サリッシュさんを恨むなら、筋違いだぞ。お前がこの街で、目立つことをいろいろとやらかしてくれたから、気を利かして教えてくれたんだ。仮にもサリッシュさんは、この街の治安を守ってる迷宮騎士団の副団長だからね」
「……分かってるよ」
まあ、そんなことは正直どうでも良いんだよ。
それよりも……。
「お袋なら、いないぞ。夏月の闘牛祭が近いから、強化合宿の遠征で若い連中と一緒に、リスバーナ山へ出掛けたからな」
「え?」
「今回は、ワイバーンを相手に特訓をするらしいよ。あーあ、私も行きたかったね」
「……あっ! そうか、忘れてた」
あちゃー……。
そっか、もうそんな時期か。
ハヤトのことで頭いっぱいで、すっかり忘れてたぜ。
やらかしたなー。
「そういえば、アズ。お前が家出してから、私のお古装備が倉庫から1つ無くなってるんだけど、何か知らない?」
「知らん! ていうか、ヴェラ。おめぇは、遠征に参加しなかったのかよ」
「お袋に用事を頼まれてね。今回は、遠征には参加しないで、留守番をしてるのさ」
俺の分の食器を持って来ると、ヴェラが椅子に座る。
伯母さんがいないのなら、いっそコイツにでも……。
いや、駄目だ!
コイツに頼るくらいなら、他の牛人に頼んだ方がマシだ。
「帰る」
「もう帰るのかい? 一杯くらい、飲んでいきなよ」
何が楽しくて、コイツと茶をしばき倒さなきゃいけねぇんだよ。
思わず鼻で笑う。
「断る」
「ご主人様が、誘拐されたんだって?」
「……」
玄関に向かおうとしてた足が止まる。
「さっき若い子が、教えに来てくれたんだよ。市場で、派手な喧嘩があったらしいじゃん。しかも、巫女服着た若い子が、妙な連中に連れて行かれたってさ」
「……」
「サリッシュさん達に頼らず、此処へ来たってことはさ。迷宮騎士団が合同訓練に出掛けて、当てが外れたんだろ? いいのかい? 私に助けを求めてなくて」
「チッ」
舌打ちしながら、後ろへ振り返る。
ヴェラが頬杖を突きながら、意地の悪い笑みを浮かべて、コチラを見ていた。
「酒にしか興味無さそうだったお前が、随分とご執心じゃないか。さて、そんなお前に、残念な報せがもう1つ」
「……?」
「他の迷宮騎士団が合同訓練で出掛けて、留守になってる城を守ってた第5騎士団が、謀反を起こしたらしいよ……。謀反って分かる? 要は、国を裏切ったんだよ」
「……は?」
いきなり、何言ってんだコイツ?
迷宮騎士団が、国を裏切っただと?
「迷宮の心臓が盗まれたのも、身内の誰かが手引きしたんじゃないかって噂があったんだけど、やっぱりそういうことだったみたいだね。ヴァルディア教会と、裏で黒い繋がりがあった貴族達と一緒に、城から逃げ出して目下逃走中。中級者迷宮に逃げ込んだらしいけど、今頃街は大騒ぎになってるかもねー」
「それ、本当の話かよ?」
「そうだよ。私もついさっき、聞いたばかりなんだけどね。もうビックリだねー」
腹立つぐらい落ち着いた様子で、ヴェラが紅茶をのんびり飲んでいる。
どこがどうビックリしてるんだよ。
全然、落ち着いてるじゃねぇか。
「サリッシュさんの話だと、私の知らない間にアズは随分と強くなったらしいけど。流石に、今のお前でも分が悪いと思うよ? 仮にも、迷宮騎士団の騎士が1200。そいつらがウヨウヨしている中を突っ切って、更に凶悪な凶賊達も倒して、麗しのお姫様を救わないといけない。この最悪の状況で、お前は私に頼らず、ご主人様を助けに行くつもりかい?」
「……行くよ」
「ピュー」と口笛を吹くと、何が可笑しいのかヴェラがニヤニヤと笑う。
気持ち悪い顔だな。
「頼りない奴だけど。俺にとっては、大切なご主人様なんだよ」
「確かに、この前会った時も凄く頼りなさそうに見えたけど。それでもアズがそこまで夢中になるご主人様に、私はちょっと興味が湧いてきたよ……。でも、残念だねー。私に土下座をして、頼み込むアズが見られなくて」
「ねーよ。おめぇに頼むくらいなら、探索者ギルド行って、マルシェルに頭下げるっつぅの」
「あー。なるほどねー」
「じゃあな……!?」
手を上げてサヨナラをした瞬間、突然の破壊音が耳に入る。
それと同時に、回転する扉が目の前を通り過ぎて行った。
窓を突き破って、扉が外に飛んで行ったのを確認すると、さっきまで扉があった場所へ振り返る。
「アズ。あたしは感動したよ!」
「ば、ばっちゃん!? 何でココに……ッ!?」
暴走したサイクロプスを思い出す勢いで、俺に向かってばっちゃんが突進して来た!
身の危険を感じて、咄嗟に横へ避ける。
俺が避けた場所を、もの凄い速さでばっちゃんが通り過ぎて、後ろにあった何かへ激しくぶつかった。
「しばらく見ない間に、牛人の女らしくなって! あたしの顔を見たら、酒のことしか言わなかったのが、嘘みたいだよ!」
後ろへと振り返ると、ばっちゃんがむせび泣きながら、何かを抱きしめてる。
どうやら飾りとして置いてた全身鎧を、俺と勘違いしてるみたいだ。
うわー……。
中身が空の全身鎧が、異様な音を出しながら、みるみる変形していく。
いやな予感がしたから、避けて正解だったぜ。
「ばっちゃん。それは俺じゃねぇよ」
「え?」
背中から折れ曲がった全身鎧を、ばっちゃんが見つめる。
中に人がいたら、死んでるだろコレ……。
不思議そうな顔で俺を見つめ、次に抱きしめてる全身鎧を見つめ、俺と全身鎧を何度も交互に見つめる。
「……!? アズが2人!」
んなわけあるか!
どうしたらそうなるんだよ!
溜め息を吐きながら、兜を外した。
「本物はコッチだよ」
「おお! アズー!」
目を大きく見開くと全身鎧を放り投げ、ばっちゃんが俺に向かって飛んで来た。
俺を抱きしめると、何が嬉しいのか頬ずりまでしてくる。
暑苦しいな、もう……。
「モモイ様に預けて、本当に正解だったよ!」
「モモイ様? ……やっぱり、ばっちゃんとモモイ様が絡んでたのかよ。お陰様で、いろいろと酷い目にあったんだぞ?」
「フフフ、悪い悪い。お詫びに、ご主人様を助けに行くのを協力してあげるから、それで許しておくれよ」
「え? ホントか、ばっちゃん!」
ていうか、ばっちゃんが協力してくれるなら、かなり助かるぞ。
サイクロプスと素手で殴り合うばっちゃんが助っ人してくれるなら、百人力じゃねぇか。
俺と目を合わせたばっちゃんが、嬉しそうに何度も頷く。
「アズに黙ってたのは、本当に申し訳ないと思ってるよ。アズの才能をどうしても潰したくなかったから、モモイ様に相談して預けることにしたんだよ。奴隷になったと聞いて心配してたけど、思ったより元気そうじゃないか」
「まあ、良いご主人様を見つけたからな。ていうか、いるならいるで最初から顔出せよ、ばっちゃん。何でコソコソ隠れてんだよ」
「ちょうど知り合いと、隣の部屋で連絡を取ってたんだよ。アズの声が聞こえたから、驚かそうと思ってこっそり聞いてたんだけど、つい我慢できなくて出てきちゃったのさ」
「あーあ、酷いありさまだね。片づけが大変だよ。……ん? 大丈夫だよー! いつものことだからー!」
外から誰か、心配して声をかけてきたのだろうか?
壊れた窓から外に向かって、ヴェラが大声で喋っている。
「とりあえず、部屋の片づけをしてからだね。ヴァス達も、そろそろ街に戻ってるだろうから、探索者ギルドで合流しようかね。闘牛祭で優勝目指すような連中に協力してもらえば、騎士くらいどうにでもなるさね」
「……え? あれ? 伯母さんは、リスバーナ山へ遠征に言ってるて、さっきヴェラから聞いて」
「今回の件は、モモイ様も既に把握済みさね。ヴァス達には、ヴァルディア教会の監視がついてるみたいだったから、リスバーナ山に入って訓練をしてるように見せかけて、中にある秘密の転移門から、街の近くへ戻って来てるはずさ。だから、もう街にはいるはずだよ」
「おい、ヴェラ。さっき、伯母さんはいないって」
「家にはいないよ。街には、戻って来てるかもしれないけどね」
「コイツ……」
アイネスみたいに、妙な言い訳をしやがって。
これだから変に頭が良くて、口が上手い奴は苦手なんだよ。
紅茶を美味しそうにすすりながら、スカした顔をしやがって。
下手すりゃ、無駄に土下座することになってたじゃねぇか!
やっぱりコイツ、ムカツク!
「牛人は良い男が見つかると、良い女に変わるって言うけど、本当に見違えたよ。うんうん」
「なに? 男だと? アズ、私は聞いてないよ」
「おめえには関係ない話だよ」
「なんだって? ……否定しないってことは、本当に男ができたのか?」
返事の代わりに、舌を出してやる。
「べー」
「コイツ……」
頬をヒクつかせながら、ヴェラが俺を睨んでいる。
さっきのお返しだよ、バーカ。
奴隷になったりとか酷い目になったけど、酒を好きなだけ飲ませてくれて、加護持ちな文句無しの男を見つけたんだ。
誰がお前なんかにやるかよ。
せいぜい牛人の男だと思って、勝手に勘違いしてろ。
「まあまあ、その話は置いといて。今は、アズのご主人様を助けに行くのが先だろ?」
「私も行くよ。アズの男やらにも、興味があるからね」
「おめえは来なくていいよ」
「別にアズの意見は、聞いてないよ」
不機嫌そうな顔のヴェラと睨み合う。
まあ、いないよりはマシか。
探索者ギルドで待ち合わせする約束をして、家へと急ぐ為に庭を走り抜ける。
「ん?」
思わず足が止まった。
誰かの強い視線を感じて、後ろへ振り返る。
屋根に誰かが……アクゥア?
いや、違うな。
アクゥアと似たような黒い忍装束を着てるが、アレは……。
「心配いらないよ。アレは、味方さね」
庭に転がる扉をばっちゃんが肩に担ぎながら、俺の近くにやって来た。
屋根の上を見上げると、ばっちゃんが手を振る。
「さっき言ってた、連絡を取り合ってた子だよ。モモイ様の代わりに、いろんな情報を集めてる優秀な忍者の一族らしいよ」
「へぇー」
黒い忍装束を着た猫族がこちらをしばらく見た後、身軽に屋根から飛び越りた。
そしてそのまま、どこかへ消えて行った。
「おっと、いけね。じゃあ俺は仲間のとこに行くぜ。このことを教えてやって、早く安心してさせてやらねぇと」
「あいよ。じゃあ、後であっちで合流さね」
「おう!」
最悪の状況だったけど、運がコッチへ向いてきた。
これなら何とかなりそうだな……。
待ってろよ、ハヤト。
すぐ助けに行くからな!




