1億セシリルの奴隷
「……」
部屋の中を、重々しい空気が流れている。
俺の手元には、アイネスから渡された紙がある。
自分の昔話を終えたアイネスは、食器を片づけるために台所へ行ったまま、戻って来る気配がない。
アイネスが奴隷になった時に、国から渡されたと言う紙を凝視しては目を逸らし、また凝視するを繰り返す。
とりあえず湯呑を手に取って、お茶を飲む。
熱いのを淹れてくれたはずだが、お茶はすっかり冷たくなっていた。
「冷たいお茶も、美味しいなー。……はぁー」
現実逃避をしてみても、紙に書かれた金額は変わらない。
桁を何度数え直してみても、記載されている返済額はやっぱり『1億セシリル』だ。
それにしてもアイネスさん、桁が少し多過ぎじゃないですかね?
貴族の大切な物を壊した罰だと聞いたけど、国に1億の返済を求められるとか、どんだけ凄い物を壊したんだよ……。
これがそのまま俺の借金になると言われたら、のんびりお茶も飲めないくらいのパニック状態になりそうだが、この借金はアイネスが平民に戻るための返済額だ。
アイネスの場合は、刑期を満たしたら平民に戻れるタイプじゃなく、国への借金を返済しないと一生奴隷のままだと聞いている。
借金の返済めどはついてると聞いてたが、アイネスの計画としては大金を稼げる人物かを判断した後に、切り出すつもりの話があったようだ。
「私の借金1億セシリルを払ってくれるのなら、私にも性奴隷として勤める覚悟はあります。一生を性奴隷として終わらす気はありませんが、10年くらいならやり切るつもりです。私は処女ですし、ホーキンズも兎人の私なら、それくらいの価値はあると言ってました……。しかし、それすら払えないケチな豚野郎に、抱かれる気はサラサラありません」
渡された紙と睨めっこしてる時に、アイネスが言った何とも生々しい台詞が、未だ耳に残っている。
冗談には見えない、真剣な表情でそれだけを言うと、席を立って台所へ消えて行った。
このタイミングでその話をするということは、きっと本気なんだろうな。
1億払えるなら、俺の性奴隷になっても良いと言うことだろう。
俺の下ネタをアイネスが過敏に反応してたのは、もしかしたらこの事が関係したのかもしれないな。
アイネスの事情を知らなかったとはいえ、ちょっと反省……。
しかし、これを今すぐ俺に払えと言われても、到底払えるような金額じゃないよなー。
「美人の性奴隷はとても高いネ。そっちが目的なら、娼館に行った方が、可愛い子といっぱい出会えるネ!」
この世界に初めて来た時もアイヤー店長に、性奴隷は金の無駄遣いだからオススメしないと言われた記憶がある。
性欲を発散する目的で安く買いたいなら、容姿はあまり気にしてはいけないらしい。
むしろ家事がきちんとできて、一生の面倒を見てくれる家内奴隷を買った方が、老後の心配もしなくてすむからオススメとか言ってたっけ?
まあ、そのこともあったから、あの時はアイネスも一緒に買うのもありかなと思ったんだよな。
ちなみに美人で有名な兎人の女性は、自分の価値の高さがよく分かってるからか、自らを売り込んで性奴隷になろうとする者もいるらしい。
でも、大抵が下手な貴族よりも金持ちな、商家の大富豪の愛人とかになってるようだ。
要は性奴隷でありながら、勝ち組というやつである。
アイネスも、おそらくそのポジションを狙っていたのだろう。
でも、美女を性奴隷として買う貴族の方が稀で、最初は家内奴隷として安く買って、その後ゆっくりと愛人になってくれるよう交渉するのが一般的らしい。
もう、普通に恋愛して結婚しろよって感じだよな。
ネット小説とかだと、性奴隷は美人でも安く買える世界が多いが、ここは割とその辺はシビアな世界らしい。
世の中、そんなに甘くはないということですね、分かります。
……あれ?
じゃあ、あの紅豹の女性を性奴隷として買った場合の値段は、かなり安いんじゃないか?
それとも、やはりあの異常な安さの値段には、裏があるということか?
今回のアイネスの件もあるし、やっぱり買わなくて正解だったのかな。
まあ、ぶっちゃけ今は、そのことはどうでもいいんだけどね。
それよりも……。
「どうしたものかな……」
頭を抱え込みながら視線を下に落とすと、アイネスがいつも肌身離さず持っていた物が置かれている。
テーブルの上に置かれた、俺のギルドカードを手に取って眺める。
あの谷間からいつか取り出してやると夢見ていたが、実際に手元へ戻って来ても、今の俺には何の感情もわかない。
冷たくなったギルドカードに結ばれた紐を首にかけると、お茶が入った湯呑に口をつけた。
* * *
「あいあいあー!」
「……ん?」
夢か……。
寝起きだからか、頭がぼーっとする。
身を起こして周りを見渡せば、大きな桜の木が目立つ、見慣れた裏庭が目に入る。
激しく金属がぶつかる音に目を移せば、奇声を上げるエルレイナとアクゥアが裏庭を駆け回って、真剣を使ったいつもの訓練をしていた。
おー、激しい。
皆と昼飯を食った後、敷布へ横になったまま考え事をしてたら、いつの間にか寝てしまったようだ。
口許に垂れる涎を手で拭うと、気だるげに伸びをする。
身体を動かそうとしたら、足に重みを感じた。
訓練に疲れたのか、不良牛娘がいつものように俺の膝へ頭をのせて、昼寝をしてる。
「ハッハッハッ……」
荒い息遣いが耳に入ったので、そちらへ目を移す。
すると狼娘が、濡れたタオルを目元に被せた状態で、大の字になって倒れていた。
アカネの傍には、ツアング大隊長から借りた模擬戦用大剣が転がっている。
口から舌を出して、犬みたいな荒い息遣いをしてるので、さっきまでアクゥア達と訓練をしてたのだろう。
浅層を突破して、更に魔物が強くなる中層への挑戦が始まるからか、最近いつにも増してアクゥア先生の訓練が激しくなってるような気がする。
今朝なんて、サリッシュさんとアクゥアのコンビとエルレイナが2対1で戦うとか、それは流石に無理だろう的な特訓もしてたしな。
素人目に見ても、桁外れに強い副団長の容赦ない斬撃の嵐とアクゥア先生の挟撃に、予想通り野獣姫もてんてこ舞いな状態だった。
エルレイナも2人の攻撃を避けたり剣で防御するのに必死で、地面を激しく転んだりもしてたから、迷宮で魔物と戦う以上にすり傷や泥だらけになってたけど。
まあ、結果的に本人は嬉々とした表情で2人の猛特訓を受けてたから、別に良いんだけどね。
俺としては、エルレイナが強くなる分には全然問題無いし。
それよりも、今の俺がやらないといけない最優先事項は、騎士団の警戒が解かれた後の迷宮探索再開までに、アイネスの問題を何とかしないといけないことだからね……。
「1億セシリルねー」
「俺は反対だけどな」
「え?」
不意に声をかけられて、視線を落とす。
すると半目を開けた不良牛娘が、下から俺を見上げていた。
「起きてたのか?」
「さっき、ハヤトが起きた時にな。……で、どうするんだ?」
「どうするって?」
「アイネスの事に、決まってるだろうが。他に何があるんだよ」
アズーラが上体を起こすと、口を尖らせて俺を見つめる。
俺も立ち上がり、木製テーブルの横にある木の椅子に腰かけた。
湯呑に冷えたお茶を入れると、乾いた喉を潤す。
「喉がカラカラでありますぅ~」
大の字になって倒れていたアカネも起き上がり、フラフラとした足取りでこちらへやって来る。
それを見たアズーラが、テーブルに置かれた別の湯呑みに、お茶を注いであげる。
「ほら、アカネ」
「申し訳ないでありますぅ~。……んぐ」
アズーラから湯呑みを渡されたアカネが、それに口をつける。
喉を鳴らしながら、氷でよく冷えたお茶を勢いよく飲み始めた。
「で、どうするんだよ」
「んー、悩み中……」
「……」
木の椅子に腰を下ろした不良牛娘が、頬杖を突きながら俺に再び問い掛けて来た。
アイネスの爆弾発言以降、俺が決断を保留したままにしてるからか、不満顔のアズーラが俺を見ている。
不良牛娘の隣では、お茶を飲み干したアカネが、気まずそうな顔で湯呑みを見つめていた。
アクゥア達の訓練を眺めながら、アイネスの件も含めた皆のこれからのことを考える。
「あっ……。そう言えば、アズーラにも聞いてみたいことがあったんだよな」
「……?」
2人に視線を戻すと、訝しげな表情をしたアズーラと、不思議そうな顔をしたアカネがこちらを見ていた。
「皆、奴隷生活が終わったら、平民に戻るだろ? アカネは刑期が長いから、まだアレだけど……。アズーラ達3人は、来年にはいなくなるだろ? 俺も探索者生活以外で稼ぐ方法を、そのうち考えないといけないなーと思って……。アズーラは平民に戻ったら、何かする予定があるのか?」
「……」
アズーラとアクゥアとエルレイナの3人は、住民税を払わずにスラム街で不法滞在していた罪で、奴隷になっているとホーキンズさんは言っていた。
今回は3人共が初犯であり罪は軽い方なので、奴隷になって1年の無償奉仕活動をすれば、その後は平民に戻れると聞いている。
うちの主力3人が抜けた後は、流石に迷宮で稼ぐのは難しくなるだろう。
「俺は平民になっても、ハヤトと離れるつもりはないからな」
「え?」
「おめぇは弱いから、ほっとくと死んじまうだろ」
ひどい言われようだな……。
アズーラがそう言うと、隣にいるアカネが納得したような顔で頷いてた。
おい……。
「平民に戻ったら、もちろん迷宮で稼いだ分の金は俺にも貰えるんだろ? 酒が飲めるなら、別にこのままで良いぞ、俺はな」
この不良牛娘は、結局酒さえあれば問題無いのな。
白い歯を見せて、満面の笑みを浮かべるアズーラを見て、思わず苦笑してしまう。
この前も、アイネスに黙って高い酒を注文しようとしてたしね。
まあ、アレはアイネスへの悪ふさげのつもりで、わざと嘘をついただけだったらしいけど。
本当は後で、ちゃんと俺達に相談して、次の酒はもう少し良い物を注文して貰うよう、交渉するつもりだったらしい。
部屋にまだ飲んでないお酒は隠してあるとネタばらしをする前に、アイネスの爆弾発言が投下されたわけだが……。
「そうか……。アカネは、しばらく俺と一緒にいることになるけど、平民に戻ったらツアングさんの所に行くんだよな?」
「まだ、考え中であります……」
おや、意外な答えが。
難しそうな顔で、アカネが湯呑みを見つめている。
「アクゥアには、まだ聞いてないのか?」
「丁度良い機会だから、それも聞こうかなって、思ってるんだけど……」
『……?』
「……あいあいあ?」
俺達の視線に気づいたのか、エルレイナとの訓練をやめたアクゥアがこちらを見て、首を傾げた。
エルレイナも不思議そうな顔で、アクゥアと俺達の方をキョロキョロと顔を動かして見ている。
『アクゥア。今、ちょっと良い?』
『はい。レイナ、休憩にしましょう』
『はい、お姉様!』
全身汗だくになりながらも、ニコニコとご機嫌な笑顔を見せるエルレイナと一緒に、こっちへやって来た。
アカネから冷えたお茶を受け取ると、お礼を言いつつ席に座る。
エルレイナは、テーブルの上に置かれた半笑いの白ラウネを手に取り、地べたに座ると勢いよくかぶりついた。
『ハヤト様、何でしょうか? アイネスさんの件ですか?』
『まあ、それも含めて、皆のこれからの話かな』
真剣な顔で会話をしてる俺達を見て空気を読んだのか、まだ何も言ってないのにアイネスの名前が出てくる。
あえてその話題に触れてこなかったが、折角だからと皆の意見も聞きつつ、これからのことを話し合うことにした。
* * *
「うーん……」
昼間に皆と話したことを含めて、いろいろと考え事をしつつ台所に顔を出す。
中を覗くと夕食の食器を片づけながら、踏み台にのった小さな幼女メイドへ、熱心に何かを教えてる兎耳メイドがいた。
「アイネス、今良いかな?」
「え? あ、はい。何でしょうか?」
「うーんと、ちょっと2人だけで、話したいことがあるんだけど……」
6歳児のロリンには、ちょっと難しい話だからな。
「分かりました。ロリン、後は私がやっておきますから、貴方は少し席を外しなさい。そうね、先にお風呂でも入ってなさい」
「はい、侍女長。分かりました!」
お風呂と聞いてロリンが嬉しそうな表情で頷き、早足気味に台所を出て行く。
ロリン家だと濡れた布で身体を拭くだけだから、石鹸を使って身体を洗ったり、湯船に浸かることができないしな。
そんな反応になるのも、仕方ないのだろう。
侍女見習いのロリンには、金銭での給料を出してない。
でも、貴族と同じ食事や風呂にも入れる職場なので、ご両親にも相当羨ましがれていると、アイネス経由で聞いた気がする。
俺が居間で待っていると、アイネスが遅れて顔を出す。
「旦那様、何のお話でしょうか?」
「うん。この前の話の続きかな? 皆にも、そろそろ何とかしろって言われてるしな」
アイネスの借金問題が発覚してから、アズーラは特にそうだが、女性人達との溝ができてる気がする。
そろそろ、俺なりの答えを出さないといけないのだろう。
今のギスギスした状況のままだと、皆と協力して迷宮探索はできそうにないしね。
「……」
テーブルを挟んで俺の正面に座ったアイネスが、姿勢を正して口を閉ざす。
他の皆は席を外して2階に行ってるので、居間には俺とアイネスの2人だけしかいない。
「アイネスが、1億の借金を抱えてるって話を聞いてから、最近ずっと考えたんだ……。昼間に皆とも、少し話をしたんだよ」
「はい……」
アイネスが真剣な表情で頷き、相槌を打つ。
口を一文字に締めて、本人に尋ねずとも緊張してる様子なのが分かる。
テーブルに置かれた湯呑みを手に取り、乾いた喉を潤す。
お?
……茶柱が。
「……旦那様?」
「別に良いってさ」
「え?」
茶柱が綺麗に立ってる湯呑みから視線を外すと、アイネスを見つめる。
兎耳メイドが、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「皆、アイネスの借金返済を、手伝うってさ」
「……え? え?」
言ってる意味が分からないとばかりに、アイネスが困惑した顔で俺を凝視する。
まあ、そんな反応にはなるよな。
「アズーラは、今よりちょっとだけ高い酒が飲めるなら問題無いって言ってたし。アカネは、今と変わらずアイネスの美味しい御飯が食べれるなら、それで良いと言ってたな。アクゥアは、俺の意見に従うっていつもの感じで、エルレイナは喋れないから、アレだけど……」
「……」
ていうか、ある意味アクゥアが一番謎だよなー。
昼間に聞いた時も、平民に戻ってからも俺の護衛を続ける予定なので、それで雇って下さいとか言ってたし。
俺としては願ったり叶ったりなんだけど……。
でも、アクゥアくらい優秀な人材だったら、もっと給料高い所で雇って貰えそうな気がするんだけどね。
もしかしたら、ヴァルディア語を通訳してくれる俺が近くにいる方が、アクゥア的にはこっちで活動するのに都合が良いのかもしれないけど。
「えっと……。旦那様、私を奴隷商会に、返却するという話ではないのですか?」
「……え? 何で?」
「何でって……。私の借金の返済額は、1億セシリルですよ?」
「そうなんだよなー。その件も含めて、アイネスには知恵をいろいろ借りたいんだよ……。昼間に皆といろいろ話してたんだけど、どうにも短期間で上手く返済する方法が思いつかなくて……アイネス?」
何かがテーブルにぶつかる音がしたと思ったら、なぜか兎耳メイドの頭がテーブルの上に落ちていた。
もしかして、おでこをぶつけた音か?
「フフフ……。ええ、分かってましたよ。旦那様がそう言う人だっていうのは……。でも、徹夜でいろいろと考えてた、私の苦労も……」
テーブルの上に突っ伏したアイネスが、ブツブツと何かを呟いている。
大丈夫か?
頭痛でもするのか、なぜかアイネスがこめかみを抑えながら顔を上げる。
「旦那様……。もう一度確認しますが、本気で私の借金返済を、手伝うつもりですか?」
「手伝わないと、奴隷商会に戻るんだろ?」
「ええ、もちろんです。私の目的は、平民に戻る事ですから」
「でもさ、1億の借金返済を手伝ってくれるご主人様って、そんな簡単に見つかるの?」
「それは……」
その後の言葉が続かず、アイネスが俯いたまま口を閉ざす。
どうやらアイネス自身も、簡単に見つかるとは思ってないらしい。
まあ、「私の1億の借金を、一緒に返済して下さい!」と頼まれても、よっぽどのお人好しじゃないと、他人の借金返済を協力するわけないしな。
「私の借金返済を手伝っても、無駄にお金が掛かるだけで、良い事は1つもありませんよ?」
「なんで? 上手い御飯が毎日食べれて、家事には困らないし……。それに迷宮探索も、攻略の効率が良くなるように、いつもアイネスがいろいろ考えてくれて、俺は楽してるし」
「迷宮攻略については、もう少し旦那様も真剣に考えてもらうと、助かるのですが?」
「あ、すみません……」
藪蛇だったか。
頬を膨らませたアイネスに睨まれて、思わず謝ってしまう。
「でも、今はアイネスに頼らないと困ることが多いから、抜けられるとすごく困るんだよなー」
「はぁー。アカネの食費に然り、アズーラの大酒飲みに然りですね……」
我が家の家庭事情をよく理解してるからか、なぜかアイネスもため息を吐く。
「ただ、うちの稼ぎは凄く良いとはいえないから、アイネスの望むような給料は、あまり出ないかもしれないけど」
「確かにそうですね」
アイネスがおもむろに、テーブルの上に置いていた家計簿を手に取る。
紙束をパラパラとめくると、ふと止めた場所の紙を見つめながら算盤を弾く。
しばらくすると、肩を落として溜め息を吐いた。
「今のままですと、高給取りにはなれそうにないですね。これは気の長くなりそうな、話ですね」
「1億セシリルだからな……」
「まあ、でも。奴隷としてではなく、侍女として扱ってもらえる職場と考えるなら、そちらの方が気楽かもしれませんけどね」
そう言うと、アイネスが急須と空になった俺の湯呑みをお盆に載せて、台所へ消えていく。
……アレ?
お茶もう切れてた?
しばらく待ってると、お茶を淹れ終わったらしい兎耳メイドが戻って来る。
お盆から湯呑みをテーブルの上に置くと、急須からお茶をゆっくりと注ぐ。
「後悔するかもしれませんよ?」
「何に?」
アイネスのお茶を注ぐ動作が止まる。
「私に、1億セシリル支払うことにですよ。……もしかしたら、私はアズーラの言ったように嘘をついて、旦那様からお金を搾り取ろうとしてるのかもしれませんよ?」
「え? アレって、嘘だったの?」
「そんなわけないでしょ。本当です!」
「じゃあ、問題ないじゃん」
「……はぁー。私が言うのもなんですが、旦那様は人を信用し過ぎです。私は違いますが、前にも言ったように、世の中には人の良心に付け込んで、他人を騙すような輩が沢山います」
深いため息を吐くと、アイネスが再び湯呑みにお茶を注ぐ。
そしてなぜか、説教のようなものを俺にしながら、お茶の入った湯呑を俺の前に置いた。
アイネスにお礼を言いつつ、熱いお茶に息を吹きかけて冷ます。
「1億の借金返済を手伝って頂けるのは、私としては確かにありがたいと思いますが、善意でやるような額ではありませんよ」
……お?
また茶柱が。
「旦那様、聞いてますか!」
「偽善でも、それで救える人がいるなら、俺はそれで良いと思うけどね」
「……え?」
茶葉の良い香りに鼻孔をくすぐられながら、お茶に口をつける。
「お? アイネス、茶葉変えた?」
「……茶葉は変えてません。以前、とある御方に出していた、美味しいお茶の淹れ方を思い出したので、それをやっただけです」
「ふーん。凄く美味しいね」
「私が淹れたのです。美味しいのは当然です」
相変わらずの自信満々な表情である。
アイネスから預かっていたギルドカードを渡すと、受け取ったギルドカードをいつもの素敵な谷間へ埋めた。
俺のエロイ視線に気づいたのか、兎耳メイドがこちらを睨んだので、慌ててお茶を飲んで視線を逸らす。
問題ごとが1つ解決したおかげか、今日のお茶は一段と美味しかった。




