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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第7章 亀裂

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夢占い

 

 魔眼を傷つけることなく手に入れたことに、大喜びで抱き合うアイネスとアカネを横目に見ながら、仰向けで地面に倒れているアズーラに近づく。

 

「お疲れ様」

「ハァ……ハァ……。きっつ……」

 

 悪魔兜を外した顔から、大粒の汗が大量に流れ落ちている。

 よっぽどの激闘だったのか、アクゥアと激しい訓練をした後のように、疲労困憊な表情が見てとれた。

 

「今回も、賭けは私の勝ちのようだな」

「連敗続きですか……。やはり先見の明では、副団長にかないそうもありませんね」


 聞き覚えのある声に振り返ると、狼人の女性騎士達がこちらへやって来る。

 アイネス達はマルシェルさんと副ギルド長に指導されながら、さっそく魔眼を取り出す作業を始めていた。


「まず先に、昇級試験合格おめでとうと言っておこうか」

「あっ、合格したんですか?」

「うむ。道中の魔物もしっかり対処していたし、魔眼を傷つけることなくサイクロプスも倒した。浅層を踏破する実力者としては、申し分ないだろう」

「ですね。まったく、ハヤトのパーティーには驚いてばかりだな。よくもまあ、これだけ優秀な人材を集めたものだ」


 腕を組んだツアングさんが、呆れたような表情でサイクロプスの魔眼を解体しているアカネ達を見つめている。


「アクゥア達が参加した時に、サイクロプスの魔眼を割って倒すと予想していたのだが……。副団長の予想通り、アズーラ達が倒すとはな……」

「うむ。しかし、初戦で魔眼を割らずに倒すのは、流石の私も予想してなかったぞ。アズーラは、明日からが大変だな」

「なぜですか?」


 俺の問いかけに、サリッシュさんが口の端を吊り上げて、いつもの意味深な笑みを見せる。


「若手の牛人の探索者パーティーが、親から譲り受けた全身鎧を着て、腕試しの為に魔眼を狙わずサイクロプスを倒すというのはよく聞く話だ。しかし、アズーラは未成年ながら、たった1人でサイクロプスを倒したんだ」

「最後に仕留めたのは、アカネですがね。しかし、副団長の言う通り、周りから見れば黒牛鬼という牛人は、それほどの実力者と見なされるだろう。以前、魔狼の亜種を倒したという情報を、探索者ギルドが流してしまってますしね。はぁー、闘牛祭が近いこの時期にまったく……。その話を耳に入れた牛人の女達が、これから黙ってないだろうな。明日からは、街の警備を増やした方がいいですかね?」

「まあ、大丈夫だろう……。ヴェランジェが最近、黒牛鬼と顔合わせをして、若い子達に手を出さないように指示を出したと聞いてる。ヴェランジェが直接手を出すまでは、睨み合いだけですむはずさ」


 ツアングさんが真剣な表情で、部隊の再配置をサリッシュさんに提案するが、サリッシュさん的には問題の無い範囲らしい。

 でも、睨み合いって言葉がすごく気になるんですが……。

 明日から、黒牛鬼と牛人の女性達で、ガンの飛ばし合いが始まるってことですか?

 意地悪そうな笑みを浮かべて俺を見ていたサリッシュさんが、急に真剣な表情になる。


「それよりもだ……。さっきの戦いで、少々気になることがある。サイクロプスが暴走状態になった時に、アズーラの身体能力も異常に上がったように見えたが……。アズーラ、何をした?」

「それは私も気になりました。黒鉄製の全身鎧を着ながら、あれだけの素早い動きができるのは、拳闘士くらいかと思ってましたが」

「拳闘士?」

「牛人に、人気の中級職業だよ……。うー、だりぃ……。ハヤト、膝枕してくれー」


 どうやら立ち上がる元気も無いらしい。

 俺が地面に腰を下ろすと、不良牛娘が這いずって来て俺の膝の上に頭をのせる。

 アイネスに見つかったら、「またアズーラを甘やかして!」と目を吊り上げて怒られそうだが、今は魔眼を取り出すことに夢中なので、たぶん大丈夫だろう。


「別に、大したことじゃねぇーよ。サリッシュも、よく知ってるやつだよ。えーと……あれ? 何だっけ? やしの血、だったかな?」

「あー、分かった。夜叉の血か」

「それそれ」

「はぁああ!? 夜叉の血だと!」


 何かに気づいたように頷くサリッシュさんに対して、ツアングさんは大きく目を見開き驚いている。

 口があんぐりと開いてますな。


「そうか、ツアングには教えてなかったな。コイツはあの紅牛鬼の姪だ。その辺の牛人と、一緒に考えん方が良いぞ」

「その若さで、もう夜叉の血が使えるだと?」


 心底呆れたとばかりに手を額に当てて、宙を見上げるツアングさん。

 それに対してサリッシュさんは、「なるほど、なるほど。どうりでな……」と納得したように頷き続けている。

 俺の膝に頭をのせ、ご機嫌そうな表情をするアズーラを見つめる。


「アズーラ、夜叉の血って何?」

「アカネのゴーワンと似たようなヤツだよ。すんげー強くなるやつ。でも、俺が使うと今みたいに、後ですんげーしんどくなるんだけどな……」

「はぁ……」


 なるほど……さっぱり分からん。

 こういう時、丁寧な解説役をしてくれるアイネスが欲しいところだが、当の本人は魔眼の取り出し作業で忙しそうだ。


「『夜叉の血』と言うのは、『古き血』の力の1つだ。ファルシリアン家の親族にしか目覚めない『豪腕の血』とは違い、優秀な獣人であれば稀に目覚めることがある力の俗称だな。先ほどのサイクロプスの暴走状態が、良い例だ。好戦的な感情が異常に高くなると同時に、魔力以外の全ての能力に倍近い補正がかかるのさ。アズーラ、それが目覚めたのはいくつの時だ?」

「えーと、6ぐらいだっけかなー? ばっちゃんに無理やり稽古を付けられた時に、『アズは、目が良いな』って褒められたことがあってな。その頃からしつこくばっちゃんに稽古をつけられまくってよぉ。必死に逃げまくってた時に、なんとなく妙な感じがして、それを気にしながらやってたら、時々急に身体が軽くなったりし始めたんだっけか?」

「6歳からだと……。それを覚醒したいがために、自分を心底追い詰めて、鍛え続けている獣人達がどれだけいることか……。私ですら、25の時にようやく目覚めたというのに……」

「私は、10の時だったかな……。なるほど、神童と言われた理由が分かるな。これほどの逸材が訓練もせず遊び呆けてると聞けば、ヴァスニア達がひどく嘆いてた理由もよく分かるな」


 よほどショックな話だったのか、ツアングさんが肩をひどく落として項垂れている。

 逆にサリッシュさんは、ニヤニヤと楽しそうな笑顔を見せる。


「目覚めてるのは片眼までか? お前は利き腕が右だから、右目か?」

「そうだよ。赤くなるのは右目だけ。でも、今みたいにすんげーしんどくなるから、いつもは使わない。今日はサリッシュ達がいるし、俺が倒れても何とかしてもらえると思ったから使っただけだ。あのボケが、ハヤトにあぶねーもん投げようとして、無茶苦茶ムカついたしな」

「どうやら、器がまだ未完成のようだな。もっと身体を鍛えろ。夜叉の血の発動に耐えられる器になっていれば、いちいち倒れることもないはずだ」

「これでも少しマシになった方なんだけどなー。ヴェラん時は、半日くらい動けなくなったんだよなー。あの馬鹿従姉がさ、手加減なしで稽古つけてきやがってな。腕の骨を折られた時はすんげームカついてさ、お返しに肋骨へヒビ入れてやったんだよなー。いやー、その時のアイツの顔が超面白くてよー、爆笑したぜ。俺の足もついでに折れたんだけどな! ウシシシシ」


 いや、笑えねーよ。

 骨が折れるとか、どんな激しい稽古だよ。

 アズーラとヴェラさんがこの前探索者ギルドで睨み合いしてる時に、他の若い探索者達が逃げ出した理由が、その話を聞いて少し分かった気がするよ。

 これから牛人同士が喧嘩してる時には、絶対近づかないようにしよう。


「片眼でも、その年で目覚めれば充分だ。私も副団長のように両眼の完全解放ができれば、上級者迷宮でも多少の無茶ができて、すぐにでも聖騎士になれそうなんですけどね……」

「お前には、『豪腕の血』があるだろうが」

「ファルシリアン家の女騎士は、誰もが団長のようになるのを憧れるんですよ」

「気持ちは分かるが、お嬢は本当に特別だぞ? お嬢や私のように武神の目に止まれば、たしかに短期間で強くはなれるだろう。しかし、あれはあれで、地獄だったな……」


 昔の記憶を思い出してるのか、遠い目をするサリッシュさんを見ていると、アズーラに巫女服の袖を引っぱられる。


「おい、ハヤト。アレは何だ?」

「え?」


 アズーラの指差す先に、視線を移す。

 すると、サイクロプスが倒れていた場所に、いつの間にか巨大な丸い玉が鎮座してた。


「アレって……ラウネじゃん」


 銀狐くらいある巨大なラウネ達が、半笑いの笑みを浮かべてこちらを見ている。

 しかも、白、赤、青に緑と色違いの巨大ラウネが5つ。

 ご丁寧にも真ん中には、黄金のキングラウネが神々しく輝いている。

 

「あいあいあー、あいあいあー、あい、あい、あー」

 

 聞き覚えのある謎の歌に視線を動かせば、キングラウネ達の隣に置かれた大きなお立ち台に向かって、階段を登っているエルレイナを発見した。

 しかも楽しそうにスキップをしながら、軽やかな足取りで階段を歩いている。

 お前は何をやってるの?


「あいあいあー!」

「!? おいおいおい、嘘だろ……」


 今度は魔樹の林の中から、大量のエルレイナ(・・・・・)が出て来た。

 エルレイナよりも更に小さな、園児サイズのエルレイナだ。

 「ワー!」と楽しそうな表情で、美味しい餌に群がる蟻のように、数えきれない程のチビレイナ達が巨大ラウネに群がっている。

 

 突然に始まったカオスな状況に思考がついていけないままでいると、エルレイナがお立ち台の頂上に到着した。

 手に何かを持ったエルレイナが、腕を空に向ける。

 アレは……。

 運動会で使うような、ピストルにも見えるな。


 待てよ……。

 なんか嫌な予感がするぞ!

 慌てて視線をキングラウネ達に向けると、なぜかチビレイナ達は俺と反対側の方に集まっていた。

 ワクワクとした表情で、目を輝かせながらこちらを見ている。

 

 あれ?

 体が動かない!

 地面に座ったまま、金縛りにあったような状態になっている。

 助けを求めようと周りを見渡せば、エルレイナ以外の皆がいなくなっていた。

 

「ちょっ、待っ」

「あいあいあー!」

 

 再びエルレイナの奇声が聞こえると同時に、運動会で聞いたことのある銃声が耳に入った。

 そして始まるキングラウネレース。

 運動会の大玉転がしの如く、巨大なラウネ達が魔樹をなぎ倒しながら、勢いよく転がって来る。

 このままだと、巨大な黄金玉が直撃コースじゃねぇか!

 

「こっちくんなぁあああああ!」


 ようやく出た俺の叫びと呼応するように視界が歪むと、突然に目の前がブラックアウトした。






   *   *   *






「夢か……」


 額に流れる汗を拭いながら、上体をゆっくりと起こす。

 現実には存在しないキングラウネが出てきた時点で、嫌な予感はしてたんだ。

 黄金キングラウネが通り過ぎた後に、漫画のように地面へ埋まった自分を想像して、思わず身震いしそうになる。

 

 昨日の記憶を、勝手に夢の中で改竄しようとするとは。

 エルレイナ、恐ろしい子!


「イテテテテ……」


 上体を動かそうとすると、身体の節々に痛みが走る。

 んー?

 畳が、えらく固いぞ……お布団どこー?

 寝ぼけ眼を擦りながら、周りを見渡す。


「……?」


 あれー?

 ここは、俺の家じゃないぞ。

 

 どっかで見覚えのある部屋だなーと思って、周りをよくよく観察すれば、アイヤー店長の倉庫と同じようなレイアウトだ。

 2階建ての家がすっぽりと入りそうな広い室内には、複数の木箱が乱雑に置かれている。

 誰の倉庫だ?


『随分うなされていたようだが、何か悪い夢でも見ていたのか?』

『え?』


 あ、ニャン語……。

 なぜか声が上から聞こえたので、思わず視線を上げる。


『うわあっ!』


 コ、コウモリ女!?


『酷いな。初対面の女性相手に、いきなり悲鳴を上げるのはどうかと思うぞ』


 いやいやいや、これは驚くよ!

 顔を上げたら、天井から逆さ吊りになってる女性が、こちらを見下ろしてたらな!


『ふむ。とりあえず、そちらへ降りるか』


 黒く長い髪を垂らして、俺を天井から見ていた女性が、空中で軽やかに宙返りをしながら地面に着地する。

 アクゥアみたいな身軽さだな。

 猫みたいな着地の仕方だと思ったら、案の定というか黒い長髪の上に、大きな桜色の猫耳が生えていた。


『うーむ。どこかで見たことある顔だな……』


 着物姿の女性が、黒い2つの瞳を猫のように忙しなく動かしながら、興味深そうな目で俺を上から下へと見つめている。

 どうやって天井に捕まっていたんだと思って下を見れば、足袋のような物を履いていた。

 

 えーと……。

 まさかアクゥアみたいに、その親指と人差し指の隙間で、天井の凸凹を挟んでたんじゃないですよね?

 外で履いているということは、地下足袋か?


 顎に手を当てながら、俺をジロジロと観察していた女性がふいに顔を上げる。

 あ、意外と美人さんだ。


『……ん? 私か? そうだな……。趣味は、武者修行と生態観察。生まれは違うが、育ちはサクラ聖教国だ。料理は苦手だが、野菜を切るなら包丁を使うより、手刀で叩き割った方が早いくらいに、武術は得意だな』


 なにそのお見合い風な、自己紹介の仕方は。

 ていうか料理の仕方が、ワイルド過ぎる!

 それと、武者修行が趣味な女性なんて初めて会ったよ。


 あっ、待てよ……。

 アクゥアも、武者修行が趣味だと言ってたような気がする。

 サクラ聖教国の女性は、普段から身体を鍛えるのが当たり前なのか?

 

『どうだ、興味があるなら少し教えてやろうか? こう見えて、教えるのは得意なんだぞ』

『えーと、遠慮します』

 

 丁重にお断りをしておく。

 そもそも私、こちらの世界では戦う事に関して、才能無しと言われておりますので……悲しい。


『つまらんな。ちなみに恋人の条件は、最低でも神獣を倒せるような実力者が嬉しいかな。最近の若い子は、弱くて張り合いがない。だから弟子を育てることくらいしか、生き甲斐がなくてな』

『はぁ……』


 やれやれと言った感じで、両手を広げて首を左右に振っている。

 神獣って、たしか生きる伝説とか言われるような、滅茶苦茶強い獣人達のことだよな。

 獣人の頂点に立つ人達だよね?

 

 どんだけ強い男性を求めてるんですか、この人は……。

 そんなことより、俺の家はどこ行ったの?


『さっき上から見てたんだが、お前は寝ながら運ばれるのが趣味なのか? 私が言うのもなんだが、変わった趣味だな』

『え? いや、違います。あの……ここ、どこですか?』


 腰に手を当てて、呆れたような表情で俺を見つめる猫耳女性に、趣味ではないと断っておく。

 勝手に変な趣味を増やさないで下さい。


『ここか? 街の南西にある倉庫地区は分かるか? そこの空き倉庫の1つだな』

『空き倉庫……。ここって、イルザリスですか?』

『そうだ。どうした、まだ寝ぼけてるのか?』

『いえ、ありがとうございます』


 どうやら、街の外に出ているわけではないようだ。

 運ばれたっていうのがよく分からないし、誰に運ばれたのかもよく分からないが、とりあえず家に帰らないとアイネス達が心配するのは間違いない。

 帰ろうとすると、肩を掴まれる。


『ちょっと待ちたまえ。実は、人と待ち合わせをしていてな。修業するのにも飽きてきて、少々暇を持て余していたところなんだ。可愛い女性の為に、ちょっとぐらい話し相手になってくれても良いだろう?』

『はぁ……』


 自分で可愛いとか言うんだ。

 確かに猫耳は可愛いけど。

 ていうか武術を嗜んでるだけあって、肩を掴む手の力が凄い。

 振りほどくのは、無理そうだ……。


『うむ。女性の頼みごとを聞いてやると、きっと良い事があるぞ。そうだ! 最近な、夢占いというのにはまっているんだ。どうだ、1つ占ってやろうか? 500セシリルで』


 金とるんかい。


『いえ、いいです』

『そう遠慮するな』


 着物姿の猫耳女性が後ろに振り返ると、地面に置いていた背負い袋をまさぐりだす。

 あっ、尻尾。

 腰の当たりから生えた桜色の猫尻尾が、生き物のように左右へ揺れている。 

 

 目的の物を見つけたのか、こちらへ振り返った女性が、紫色の水晶玉を持って来た。

 『これを持ってるだけで、宝くじが高額当選!』の宣伝文句で、通販とかで見かけそうな水晶玉だ。


 占い道具なのに、『呪』と書かれたお札が貼ってあるし。

 そこはせめて『封』とかにしろよ。

 一気に胡散臭くなったな。


『夢占いとて、馬鹿にはできんぞ? 人によっては、その夢が己の未来への暗示だったという話も、あるくらいだからな』

『はぁ……』


 本当かよ。

 でも、占いで未来が見えるなんて、そんな非現実なものは信じない主義なので、断ることにする。

 

『占いは結構で』

『あ、思い出したぞ』

『え?』


 黒髪の女性が、突然に俺を指差す。


『お前、クロミコだろ?』

 

 正解です。

 今日は悪魔騎士のアズーラとセットじゃないけど、よく分かりましたね。

 俺が頷くと、なぜか女性が腕を組んで、不思議そうな表情で首を傾げた。

 

『さっきから気になってたのだが、お前はなぜ女装をしてるのだ? 私が聞いた話では、クロミコは巫女のはずだが』

『あ……』


 余計な事もバレテシマッタ。

 アイネスがいないせいで、普通に喋ってたから男とバレテしまったでゴザル。

 

 まずいな……。

 さて、どうしたものか。

 俺の顔をじーと見ていた女性が、突然に意地悪を思いついたような、ニヤニヤした表情になる。


『ふーむ。今なら口止め料も込みで、500セシリルで夢占いをしてやれるんだがなー……。しかし、クロミコが実は男性で、女装するのが趣味と言う噂を流すのも、悪くはないな。でも、貴族様を敵に回すのも嫌だしなー。さーて、どうしようかな~』

『……』


 猫耳女性がこちらの顔色を伺うように、チラチラと見ている。

 分かり易いくらいに、わざとらしい。

 この人、いい性格してるよな……。

 溜息を吐きながら、小銭入れの腰袋をまさぐって硬貨を取り出す。


『占ってもらえますか?』

『毎度あり~』


 差し出した掌の上に500セシリル硬貨を置くと、楽しそうな表情で猫耳女性が硬貨を握りしめる。

 あー、俺のなけなしのお小遣いが……。

 

 立っているのもなんだからと座るように促されて、地面に腰を下ろす。

 紫色の水晶玉を地面に置くと、猫耳女性が水晶玉に手をかざした。

 

『さて、まずはお前が占って欲しい夢の内容を教えてくれ。今まで見てきた夢の中で、最も印象に残ったモノ。今思い返せば、何か意味を持っていたのではないかと思うモノ。何でもいい。さっき私が言ったように、人によっては、その夢が己の未来への暗示だったという話もあるんだ』

 

 夢と聞くと真っ先に思い浮かぶのが、エルレイナが大暴れする悪夢ばかりだな。

 しかも、常にラウネとセットだし。

 今の状態で成長して、あの夢で見たようなドSっぽい女性に育たないかと、いつも不安に……。

 

『あっ』

『ん? どうした。何か良い夢があったか?』


 期待に胸ふくらましたような表情で、目の前の女性が俺を見ている。

 夢と言えば、1つだけ未だにはっきりと記憶している夢があるな。

 前から気にはなってることだし、占いのネタになるならと軽い気持ちで話してみる。

 その夢の話を適当にかいつまんで喋っていると、女性の顔がみるみると険しくなっていった。


『クロミコ、その夢を見たのはいつだ?』

『え? えーと……この街に初めて来たとき、かな?』


 さすがに別の世界からトリップした時に見た夢とは言えないので、嘘をついてない範囲で説明する。


『すまないが、もう1回初めから説明してくれないか? できれば話を省略しないで、詳細に教えて欲しい。これは、かなり重要なことなのだ』

『は、はあ……』


 突然に顔を寄せて尋ねてきたので、ちょっとびっくりしてしまった。

 なるべく夢の話を詳細に思い出しながら話している間、女性はえらく真剣な表情で、腕を組んで聞き入っていた。

 話し終わった後も、終始無言で水晶玉を見つめている。


 なんだろう。

 かなりやばい夢なのか?


 長いこと無言になっている女性を、じーっと見つめる。

 初対面なのに、えらく親近感がわくなと思ったら、女性の顔を見ていてその違和感の正体に気づいた。

 この猫耳女性、今まで会ってきた人達の中では、一番日本人らしい顔つきをしてる気がする。


『ありがとう、クロミコ。今日はとても良い話を聞けた』

『……?』


 俺の手を突然に掴み、上下に激しく揺さぶって、すごく嬉しそうな表情で礼を言い始める。

 えーと……。

 それで、夢占いの結果は?

 女性が立ち上がると、背負い袋を拾って中をまさぐり始めた。


『何か礼をしたいんだが、いかんせん持ち合わせがない。さて、これに見合う対価となると……』


 あのー、結果は?


『む?』

『……?』


 猫耳女性が、なぜか室内の壁を無言で見つめる。

 視線の先が移動し、倉庫の入口で止まった。

 

『どうやら時間切れのようだな。私も、そろそろ行くとしよう』

 

 俺も同じように、その視線の先を見つめる。

 扉の向こうに、誰かいるのか?


『また会おう。桜坂隼人』

『え? うおっ!?』


 眩しッ!

 突然に室内が、青白い閃光に包まれる。

 光が消えると同時に、先程までいた怪しげな女性も消えてしまった。

 

『ハヤト様!』

『あ……。アクゥア』

『ハヤト様、ご無事ですか!』

 

 背後で扉が勢いよく開く音と同時に、黒い忍装束を着たアクゥアが倉庫の中に飛び込んで来た。

 俺のすぐそばへ駆け寄ると、俺を守るようにして苦無を逆手に構え、顔を忙しなく室内へ動かしている。

 

『申し訳ございません! どうやら何者かが家に侵入したようでして、私達が気づいた時にはハヤト様の姿がどこにも見当たらない状態で……』


 背を向けたアクゥアが口を開くと、早口で喋り始めた。


『先程、誰かがいたような気配があったのですが、何か妙なことをされたりしませんでしたか?』

『アクゥア……』

『なにかあったのですか!』


 俺の方に振り返ったアクゥアが、真剣な目をして詰め寄る。


『武者修行が趣味な人に、夢占いされたけど、占ってもらえなかった……』

『……へ?』


 変な声を出して固まったアクゥアを見た後、再び女性が消えた場所を見つめる。

 俺の500セシリル……。






   *   *   *






「馳走になったな。さっきも言ったように、何かあれば表で待機してる部下達に、声をかけると良い」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にするな、これも仕事だ。気になる点も多いが、貴族を狙った誘拐という線も、まだ捨て切れてないしな……」


 難しそうな顔をしたサリッシュさんを、アイネスと一緒に見送った。

 サリッシュさんの後ろ姿を見ていると、家の近くにある空き地が視界に入る。

 普段は何もない空き地には、複数の仮設テントが張られていた。

 仮設テントの入口からは、数人の女性騎士達が机の上に紙を広げたりして、話し合いをしてるのが見える。

 

「旦那様、中に入らないのですか?」

「ん? おお、入るよ」


 すっかり陽も暮れたので、迷宮灯を持っていたアイネスが家の扉を開けた状態で、俺を見ていた。

 靴を脱いで家に入る。

 

「なんだか大事になってきたな」

「はぁ……。仮にも旦那様は、サクラ聖教国の貴族ですよ。誘拐の可能性があるなら、迷宮騎士団が動くのは当然です」

「当然ですか……」


 呆れたような表情でアイネスが俺を見るが、誘拐と騒ぐわりにはいろいろと、腑に落ちないところが多いんだけどな。

 そもそも俺を誘拐した目的もよく分からないし。

 

 事情聴取をサリッシュさんからされた時に、一応は倉庫で出会った女性の話はしておいたけど。

 サリッシュさんにはえらく相手の特徴を詳細に尋ねられたけど、あの人が誘拐犯なら俺に夢占いをするためだけにさらったとか、意味不明な話になるしな……。


「ていうか、しばらく迷宮に行けなくなるのが痛いな」

「それは仕方ないですね。今は迷宮で稼いだ分の余裕がありますので、迷宮騎士団の警戒が解けるまでは、サリッシュさんの指示に従って、大人しくしてましょう」

 

 居間に入ると座布団に腰を下ろし、ロリンが用意してくれた湯呑を手に取る。

 あぐらをかいた膝の上に、さも当然のように誰かが頭をのせてきたが、気にせずお茶を飲む。

 兎耳侍女長による指導のお陰か、なかなか美味しくできている。

 

「んー」

「……?」

 

 呻き声のようなモノが聞こえて、思わず視線が下に向く。

 眉間に深く皺を寄せて、難しそうな表情をしたアズーラが、手に持っている紙を睨んでいる。

 畳の上には、マルシェルさんから貰った資料が、乱雑に置かれているというか散らばっていた。


 たしか、サクラ聖教国の法律に関する書類とか言ってたな。

 チラッと見せてもらったが、主に『戦女神様の加護』に関する内容が書かれており、法律と言うだけあって難しい文章が羅列されている。

 アズーラにも分かるように、アカネが子供向けの言葉を選んたメモが書かれているが、貴族がするような教育を受けてない不良牛娘からすれば、これを理解するのはすごく大変なのだろう。

 台所から顔を出したアイネスが、アズーラを見るなり眉間にしわを寄せる。

 

「アズーラ、なんですかその態度は。仮にも旦那様は、ご主人様なのですよ? それが、ご主人様に要求するような」

「どっかの兎はそのご主人様とやらに、暴力を振るってるような気がするけどな。俺の膝枕なんて、可愛いもんだろ?」

「……」


 台詞を遮るようにアズーラが口を挟むと、アイネスが無言でアズーラを睨む。

 相変わらず仲の悪さを露呈するような、棘のあるような会話が飛び交っている。

 というか、昼間から気になってたが、いつも以上にピリピリした空気なのはなぜだろう……。


「私のは、教育です」

「ふーん」


 アズーラが興味なさげな返事をすると、畳の上に落ちてる別の紙を拾って、それに目を通し始める。

 膝枕はやめるつもりのない不良牛娘を、アイネスが座布団に腰を降ろしながら睨んでいる。

 

「あっ……そういえばよ、アイネス。お前に言い忘れたことがあったんだよ」

「……言い忘れたこと?」

「酒、全部飲んだ」

「は? お酒なら、まだ物置部屋に……」

 

 アイネスが一瞬硬直すると突然に立ち上がり、物置部屋に向かって全力で走って行った。

 床を激しく踏み鳴らす足音が戻って来ると、メイスを握りしめた般若兎娘が現れる。

 アワワワワ……。


「アズーラ! あなた、いつの間に」

「あー、もう1つ言い忘れてたわ。酒足りないから、次のやつ店長に頼んどいたよ。もちろん高いやつを。礼は言わなくていいぞ」


 してやったりの表情をするアズーラを見て、アイネスの口がパクパクと開いたり閉じたりしている。

 驚きのあまりに、声が口から出なくなってるようだ。


「別に良いだろ。サイクロプスの魔眼も手に入れたんだし、この前捕まえた山賊達はまだサリッシュが調べてるから、賞金額が分からないって言ってたけど、どうせいっぱい貰えるんだろう?」


 血が頭に昇っているのか、アイネスの顔がみるみると真っ赤になっていく。


「ふざけないでください! そのお金は、私の借金の返済に」

「借金?」

「あ……」


 アズーラが聞き返した言葉に、アイネスの表情が凍りついたように固まる。

 今度は血の気が引いたような青ざめた顔になり、珍しく動揺したように口をモゴモゴしている。

 目もキョロキョロと忙しなく動き、明らかに挙動不審だ。

 

 あれ?

 確かアイネスは……。


「えっと……。アイネス、借金の返済めどはついてるから大丈夫だって、前に言ってたよね? 家族と手紙のやりとりさえできれば問題無いから、外にさえ出してもらえればって……」

「そ、それは……」

「大金が絡むと妙にくいつくから、前から気になってたけど、そういうことかよ……。ハヤト、たぶんそれ騙されてるぞ」

「え?」


 耳を小指でほじっていたアズーラが、面倒臭そうな表情でため息を吐く。

 上体を起こすとあぐらをかいて、アイネスを睨む。


「コイツ、最初からハヤトの稼ぎを当てにして、それを自分の借金返済にするつもりだったんだよ。御主人様のギルドカードを握れば、必要なモノとか適当な理由をつけて、金をこっそりネコババできるからな」

「ふざけないで! いくらなんでも、そこまで落ちぶれてないわよ! みんなの稼ぎがもう少し安定したら、旦那様に相談するつもりで……」

「どうだか、口では何とでも言えるわな」

「なんですって!」


 勢いよく両手をテーブルに叩きつけて、アイネスが身を乗り出してアズーラを睨み返す。


「アイネス……。いくら借金してるんだ?」

「1……く……」

「え?」


 よく聞こえなくて、思わず聞き返してしまう。

 アイネスが唇を噛みしめると、ゆっくりと口を開く。


「1億、セシリルです……」

「は?」

「い、1億でありますか?」

「ピュー。ふざけた額だな、おい。おめぇ、どんだけハヤトから搾り取るつもりだったんだよ」

「……」


 アズーラが口笛を吹くが、その表情は怒りに満ちている。

 俺も想像以上の額に動揺しながらも、アクゥアに訳してやる。

 するとアクゥアが目を見開いて俺を見た後、アイネスを再び見つめる。

 皆の視線を一点に受けたアイネスは、無言で俯いたままだ。


「何も……くせに」

「ああ?」


 身体を震わせながら、アイネスがボソリと呟く。


「私がどれだけ苦労してきたのか、何も知らないくせに! 私は、貴方みたいにスラム街でのうのうと暮らして、不法滞在で捕まった奴隷とは違うのよ! 人に騙されて、1億の借金を抱えて……奴隷にされた私の気持ちなんて、貴方達に分かるわけがないでしょ!」

「ああ、分かんねえよ。分かってるのは、お前は自分の借金を返済するために、最初からハヤトの金を当てにしてたってだけだよ」

「私は、罪を犯して奴隷なったんじゃないわ……。嵌められたのよ! そうよ、冤罪よ! 本来なら平民として生きている私が、働いた分の給料を貰って何が悪いのよ!」

「はぁあ? お前、ナニ寝ぼけたことを言ってやがる!」


 アズーラが身を乗り出すと、いきなりアイネスの胸ぐらを掴む。


「今まで他の奴に散々ホラ吹きまくって、今度は仲間にまで嘘つくのかよ!」

「ッ!?」


 激昂したアズーラの言葉に、アイネスが大きく目を見開く。

 何か言い返そうとするが、なぜかすぐに口を閉ざした。


「アズーラ殿、駄目であります!」

『アズーラさん、いけません! 手を出しては駄目です!』

「アジュ! アジュ! あいあいあー!」

「ハヤト、コイツをパーティーから外せ! 自分の金のことばかり考えて、口だけの奴なんか信用できるか!」

「……」


 興奮状態のアズーラを、アカネ達が3人掛かりで無理やり引きはがした。

 想像以上の爆弾発言に、思わず頭を抱えてしまう。

 しばらく睨み合いが続くが、少し皆が落ち着き出した頃を見計らって、ようやく重い口を開いた。


「はぁー。皆……。少し、席を外してくれ。アイネスと、2人だけで話がしたい」

「はぁあ? ハヤト、まさかコイツの言う事を信じるのかよ! 1億セシリルの借金を、平気で隠すような奴だぞ? いくらお人好しのお前でも」

「アズーラ。2人だけで、話がしたいんだ」

「……。チッ、そうかよ。だったら2人で、好きなだけ話せよ!」

「あ、アズーラ殿!」


 アクゥア達の手を乱暴に振りほどくと、アズーラが居間を出ていく。

 その後をアカネが慌てて追いかけた。


 居間の外で、何かが激しくぶつかる音が聞こえる。

 投げたのか蹴ったのか分からないが、音の大きさからして、何かが壊れたのは間違いないだろう。

 もう、散々だな……。


『アクゥア。少し、アイネスと2人だけで話がしたい。悪いけど……』

『分かりました。私達も、少し席を外します。レイナ、ロリンちゃんと一緒に、2階で絵本を読みましょう』

『はい、お姉様……』


 言葉が分からなくても、ただならぬ状況なのは理解してるのか、困惑した表情のエルレイナがこちらに何度も振り返りながら、アクゥアに手を繋がれて居間を出て行く。


「別に、信用しなくても良いんですよ」


 乱れた着衣を直し、桃色の髪を手櫛で整えながら、アイネスがポツリと呟く。


「アズーラが言うように、私は嘘をついてばっかりですし、私の話に証拠があるわけでもないです。妄想を喋るだけなら、タダですしね……」


 自嘲気味な笑みを浮かべると、床に転がる湯呑を拾っていく。

 台所からふきんを持ってくると、濡れた場所を拭き始めた。


「手伝おうか?」

「いいです。これは奴隷の仕事ですので、旦那様はそこで座っていて下さい。これを片づけたら、新しいお茶を淹れますから」


 見えない壁が作られてるような、どこか突き放したような言い方で、アイネスが黙々と作業を続ける。

 普段から冷たい言い方や毒舌が目立つが、それすら優しかったと感じられるように、目の前のメイド服を着た女性からは、明らかな拒絶の意思を感じられた。


「……」

「彼女と初めて会ったのは、丁度ロリンくらいの歳でしたね」

「え?」

「貴族がお忍びで、平民の住むところに顔を出すというのは聞いたことがありましたが、彼女がそこまで身分の高い人とは思ってませんでした。貴族の所に、侍女として奉公していた親族の紹介で、彼女と遊び相手を務めさせてもらったのが、最初の出会いでした」

「……」

「自分で言うのもなんですが、幼い頃から物覚えが良かったので、他の方の目にも止まったのでしょうね。気づけばこの街の城で、侍女見習いとしてお勤めすることになってました」


 あまり過去を語りたがらないアイネスが、あえてそれを語ろうとすることに何か意味を感じて、彼女の話を静かに聞くことにした。


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