昇級試験
「どういうことでありますかぁああああ!」
「うわぁああ! な、何? アカネ? ラウネ? って、何でラウネがここにあるんだよ!」
枕かと思って持っていたのがラウネだと気づいて、それを畳に叩き付ける。
うわっ、何か顔の周りが……。
「ラウネ臭ッ!?」
いつの間に俺はラウネを枕元に置いて、添い寝をしてたんだ?
なんとなく天井に視線を移すと、予想通り天井の1マスが開いていた。
お・の・れ・邪鬼姫!
思わず忍者になって、討伐に行きたくなる怒りを抑える。
そんなことよりも……。
外から聞こえる雄叫びに気づいて、窓の外に顔を出した。
裏庭に視線を移すと、狼娘が動物の皮のような物を手に持っている。
昨日、山賊達から回収した魔狼の皮の臭いを嗅いで、それに興奮したアカネが叫んでいるようだ。
暴走耐性を付けるための修業用として貰って来たらしいけど、どう見ても修業になってないぞアレ……。
目覚ましのバリエーションが増えるのは良いが、もう少し優しい起こし方は無いのかね?
そのうち本当に、俺の心臓が止まるぞ。
目が覚めてしまったので、齧りかけのラウネを持ちながら食堂へ降りる。
「どういうことでありますか! あむ、んぐ! どうひゅう、ほほへはひまふんごぉ!」
「おい、アカネ。食べるか喋るか、どっちかにしろよ」
「アカネ、あいあいあー」
「あれ? アカネ。それって、お昼の弁当……」
日めくりカレンダーをめくろうとして、春月の86日という日付が見えたところで、幼女メイドがアカネを二度見する。
畳の上に置いていた昼食弁当が、1つ強奪されているのに気づいたようだ。
踏み台からこけそうになりながら、ロリンが慌てて台所に走って行った。
軽い暴走モードに入ったせいで空腹が酷くなったのか、お昼用に用意した弁当にもつい手を出してしまったらしい。
うわー……。
なんか台所から、笑みを浮かべながら怒りのオーラを放つという、器用なことをした兎娘さんが出て来ましたぞー。
どうやらロリンが、侍女長に告げ口をしたらしい。
思わず全員が、自分の皿を持ってアカネから離れた。
ハラペコ狼娘は弁当を食う事に夢中になって、背後に忍び寄る影に全然気づいていない。
アカネー、後ろー後ろ-。
賑やかな朝食を終えると、迷宮に潜る準備を始める。
この巫女服も、最近は大分着慣れてしまったな……。
『反省中。今日はアイネスさんの言う事を、何でも従います』と書かれた紙を両手で持って、玄関で正座をしていたアカネを回収すると、探索者ギルドに向かう。
怒ったアイネスが、裏庭から回収した魔狼の皮を捨てたらしいが、どうやらアカネ考案の修業は早くも中止になったようだ。
まあ、そうだろうな。
俺も正直、そっちの方がありがたい。
今日はなにがなんでもサイクロプスを倒して、昇級試験を合格しないとな。
複数の弁当箱が入った荷物袋を背負ったアカネが、真剣な表情で素振りをしながら歩いている。
こちらも気合充分だな。
探索者ギルドで、試験官であるマルシェルさんと待ち合わせをしていたので、中に入る。
なんだ?
妙に探索者ギルドが、ザワついてるぞ。
「何か、あったのでありますかね?」
悪魔騎士のアズーラを先頭にして、人の波を捌いてもらいながらマルシェルさんを探す。
受付にはいないから、部屋の隅にあるテーブル席に……ん?
「たぶんというか、間違いなくアレのせいですね」
6人掛けのテーブル席に座っていたのは、見覚えのある女性達。
遠巻きながら、探索者達の視線を集める4人の試験官パーティーがいる。
えらく豪勢なメンバーですな。
探索者装備に身を包んだマルシェルさんが、俺達を見つけて立ち上がった。
「遅いわよー。さあ、行くわよ!」
「は、はい。えーと……」
「中級者迷宮に入ったら、詳しく説明するわ」
困惑するアイネスに気づいたのか、マルシェルさんが苦笑する。
探索者ギルドの地下2階に移動すると、転移門のある受付にいた騎士が試験官達を2度見した。
主に『試験官』の腕章を付けた、2人の狼人を凝視している。
「副団長。何事ですか?」
「見て分からんか? 昇級試験の試験官だ」
「それは分かりますが……。まさか、ツアング大隊長もですか?」
「そうだ」
「心配するな。この事は団長も知っている。中隊長達にも今朝、細かい指示を出してきたから、何かあればそちらに指示を仰げ。どうせ午後には、戻って来る」
「はっ! 分かりました……」
サリッシュさんに言われて、受付の騎士が了承したように頷いた。
でも、よっぽど予想外だったのか、若干ポカーンとした表情で見送られながら、転移門を使って中級者迷宮に到着する。
「さて、それじゃあ、ここから試験を開始するわ。基本的に私達試験官は、手を出さない。貴方達がきちんと浅層を抜けられる実力があるかを見極めるのが、私達の仕事だからね」
「はい」
「まあ、万が一のことがあっても、これだけ優秀な試験官がいれば、最下層にいるキメラが出てきても討伐できるわね」
10階層に向けて、5階層を移動をしているとマルシェルさんがいきなり吹き出した。
「ホント急なのよー。2人して、朝から探索者ギルドに来るなり、私達も試験官に参加させろって言うのよ」
「昇級試験の話は、昨日アイネス達から聞いてたからな。弟子の成長を、たまには見ておかんとな」
「同じく」
サリッシュさんの隣にいるツアングさんが、同意するように頷く。
190cmある長身を全身鎧に身を包んで、背中に大剣を背負うその姿は、相変わらず頼もしさ抜群だ。
ツアングさんは『豪腕の血』を色濃く受け継ぐ狼人なので、キメラとかが出てきても胴体ごと真っ二つにしそうなイメージがある。
「ブリン! ブリン! あいあいあー!」
あっ、エルレイナがゴブリンの大群を見つけて、ミイラ首を振り回しながら突撃した。
次々とゴブリン達を白目にさせて、楽しそうにゴブリン狩りをして遊んでいる。
「うむ。ゴブリン亜種のミイラ首も、有効的に使えているな」
「首を投げるなんて、なかなか斬新な使い方ね……」
「あいあいあー!」
「グギャッ!?」
最近は投げるどころか器用に蹴りをいれて、ゴブリンにミイラ首の顔面シュートを決める野獣姫。
ゴブリンを次々と蹴散らす愛弟子を見て、満足そうに頷くサリッシュさんに対して、マルシェルさんは笑みがひきつっている。
『ハヤト様。エメナスさんから、お話があるそうです』
『え? 話?』
ここまでずっと、後ろでアクゥアとコソコソ喋っていた副ギルド長が、こっちにやって来る。
アクゥアと似たような黒い忍装束を着て、その上にマルシェルさんと同じような鋼蜘蛛の硬皮鎧を装着している。
後はアクゥアみたいに目とか髪が黒ければ、完璧なクノイチになれるな。
口を真一文字に結んでこちらを見ており、前回睨まれたこともあってか、気持ち後ずさりしてしまう。
「この度は私を含め、うちの職員達が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした。何卒、平に平に、ご容赦願います」
「え?」
警戒していると、副ギルド長がいきなり深々と頭を下げる。
……あれ?
なんかまた怒られるのかなぁと思ったら、俺の顔色を伺うような表情でこちらを見ている。
どっちかというと、叱られるのを怯えているような感じである。
「副ギルド長は、気にし過ぎですよー。ハヤト君は、そんなことで怒る様な子じゃないですよ」
「マルシェル。貴方はクロミコ様に、少々慣れ慣れしくし過ぎなのです。いくらクロミコ様が、平民の扱いをするように指示を出されてるとは言え……」
「まあまあ、2人共落ち着け。説明もなしに、いきなり謝り出すからハヤトが困ってるだろ」
サリッシュさんが苦笑いを浮かべながら、2人の間に入る。
唐突に始まったやりとりに、置いてけぼりの俺はポカーン状態だ。
誰か説明して下さい……。
『ハヤト様』
『な、何?』
アクゥアには何やら思い当たる節があるらしく、副ギルド長が突然に目の前でペコペコと謝ることになった経緯を説明してくれる。
どうやら俺は、探索者ギルドを最初に訪れた時から、サクラ聖教国出身の人達に不審人物としてマークをされていたらしい。
探索者ギルドを訪れてからしばらくは、猫族の人達の態度が妙に冷たかったように感じてたのは、それが原因だったようだ。
「サクラを家名で使うのは、サクラ聖教国の貴族くらいですよ」てアイネスも前に言ってたし、まあそうなるよな。
『サクラザカ聖教会設立に関する報せが来るまでは、ハヤト様がサクラ聖教国の貴族だというのを疑ってたようです』
「い、言い訳をさせて頂けるのなら、事前に本国からクロミコ様の情報が、こちらに来ていれば問題ない話でした。なぜかその……我が国の一部の者以外には、最近まで情報規制がされていたようでして……」
アクゥアの台詞に、焦ったように副ギルド長が口を挟んでくる。
というか、さっきから副ギルド長の視線が、俺とアクゥアの顔色を伺うようにチラチラと移ってるのが気になるんだが。
「エメナスが、ハヤトの事を疑うのも仕方ないだろう。私も最初に会った時は、ハヤトの素性を怪しんでいたからな」
「え? そうなんですか?」
「うむ。最初は、女装が趣味の変態だと思ってたからな」
「ええ!?」
「まあ、それは冗談としても。人間がサクラ聖教国の貴族を詐称するにしては、あまりにも堂々としていたから、部下達には特徴を教えて監視をさせるに留めていた。ただ、ハヤトの所には面白い人材が多いから、気づけばエルレイナを本格的に鍛えることになってしまったが」
アクゥアの隣でラウネを齧るエルレイナを見たサリッシュさんが、いつもの意味深な笑みを見せる。
俺は最近まで、いろんな人達から不審人物として監視されていたらしい。
まあ、女装している理由を知らない人達からすれば、変な目で見られるのは仕方ないよね。
女装を俺がしているのは、余計な厄介事に巻き込まれないようにするために、アイネスの案で始めたことだと説明すれば、皆が一応の納得はしてくれた。
当初は、皆がここまでできる子達だって知らなかったしね。
さすがに女装は、趣味ではないです。
『私は、最初から信じてました』
『ホントに?』
『……すみません。ちょっとだけ、疑ってました』
猫耳を伏せて、アクゥアがしょんぼりした様子を見せる。
あら可愛い。
「ウーッ」
『だ、大丈夫だ、アクゥア。気にするな。いろいろ秘密にしていた俺も悪い、うん』
異世界から来た事とか、異世界から来た事とか、異世界から来た事とかね!
お姉様がいじめられていると勘違いしたのか、隣にいるエルレイナが白い牙を剥き出して、俺を威嚇し始めたので慌ててアクゥアをフォローしておく。
いつから俺が貴族になってたのとか腑に落ちない点はあるが、いろいろと根堀葉堀と聞き出そうとすれば藪蛇をつつきそうなので、とりあえずはその設定でもうOKです。
国に認められているとか、もう個人の力でどうこうできないしね。
とりあえず皆の誤解を解けたらしく、俺以外の全員が納得したような表情になったところで、昇級試験を再開する。
ゴブリン亜種のミイラ首のおかげで、難なく5階層を抜けて6階層に入る。
ゴブリンウォーリア達のいる6階層に入るが、この辺りはもはや攻略パターンができてしまっているので、ここも難なく先へ先へと進む。
要領よくゴブリンウォーリア達を倒していくアズーラ達を見て、マルシェルさんや副ギルド長に感心された。
いつも朝稽古に付き合ってもらってる、サリッシュさんやツアングさんは皆の実力を把握しているからか、当然だと言わんばかりの様子で見ていたが。
鼻の利くアカネに先導されながら、サイクロプス戦の為に体力を温存するのを目的として、必要最低限の戦闘で10階層を目指して移動する。
階層を1つ降りる度に、アカネの弁当箱の中身も着実に空になっていくので、気持ち早足気味で……。
「グルルル……。アイネス殿、まだでありますか?」
最後の弁当箱を両手で握りしめ、目をギラギラと光らせたアカネが、マルシェルさんと会話をしていたアイネスに尋ねる。
口から垂れた涎が弁当箱に落ちてるので、もはや限界間近なのだろう。
「はぁー。しょうがないわね。マルシェルさんの話だと、10階層に行けば危険な魔物は階層主以外でないそうです。ここを降りた先で、昼休憩をしましょう。旦那様、それで宜しいですか?」
「いいよ」
10階層に降りると1本道の通路に辿り着く。
通路の左右に大小様々な部屋があり、そのうちの1つに入って、早めの昼食をとることになった。
食事が始まるやいなや、もう待ちきれないとばかりにハラペコ狼娘が弁当箱を開けて、肉を勢いよく口の中にかきこみだした。
「相変わらず、アカネは良い食べっぷりをするな。お嬢の若い時を思い出す」
噛むと言うよりは、飲み込んでいるじゃないかと思うくらいの勢いで、弁当の中にあった肉がアカネの口の中へ吸い込まれていく。
「話には聞いてましたが、魔狼を見た時の反応が、初代の話を思い出すような暴れっぷりですね」
「やはりアカネは、『豪腕の血』がかなり濃いと言うことか?」
「はい。アカネのことは父上にも報告してますが、今後が楽しみだと言ってました」
「ほう」
サリッシュさんとツアングさんが昼食を食べながら、アカネのことを楽しそうに話している。
暴走の仕方と飯の食いっぷりで、ご先祖様の血が濃いと判断できるとか、いろんな意味ですごい一族だよね。
「ゲップ……」
「アカネちゃん。ホントよく食べるわよねー」
「いつもより多く作ったのに、結局全部食べられてしまいました」
一番食ってるはずなのに一番早く食べ終わって、満足そうな表情でお腹をさするアカネを見て、マルシェルさんが呆れたような表情を見せる。
ここに来るまでの道中を思い出したのか、アイネスが肩を落として溜息を吐く。
なるべく魔狼を避けるように移動したが、どうしても完全には避けきれなかったしな。
魔狼と遭遇する度に弁当箱が1つ空になってく状況だったから、もしかしたら10階層まで辿り着けないじゃないかと、なかなかにヒヤヒヤしましたよ。
昼食を終えて小休憩を挟むと、皆が思い思いに準備を始める。
「さあ、ここまでは概ね予定通りに到着しましたが、いよいよ最後の関門のサイクロプスです。皆さん、気合いを入れて下さいね」
「了解であります!」
「へいへい」
気合充分なアイネス達とは違い、相変わらずマイペースな返答が、悪魔兜の中から聞こえる。
エルレイナはモリモリとラウネを食べ、アクゥアは黙々とエルレイナの装備の手入れをしている。
マルシェルさんの話によれば、どうやらこの辺りにある部屋は、階層主に挑戦する前の最後の休憩所になっているようだ。
さっき道中を移動している時に、部屋の中で装備品を手入れしたり、持ち物を点検しているパーティーを見かけたが、サイクロプスに挑戦する人達だったらしい。
皆の準備が終わると、いよいよ階層主へ挑戦する為に通路の奥へ向かう。
なにやら大広間に辿り着きましたな。
しかも沢山入口がある。
どれに入れば、サイクロプスと会えるのかな?
「左だな」
「左ですね」
「え? でも、そっちは迷宮騎士団専用の……」
困惑した様子のマルシェルさんを気にした様子もなく、サリッシュさんとツアングさんが左端の入口に入って行こうとする。
通路を塞ぐように鎖があり、『迷宮騎士団以外立ち入り禁止』と書かれてる札が目に入ったが、サリッシュさん達は気にすることなく鎖を跨いで先へ進む。
「マルシェル殿の日記に書いてた通りであります。本当に、木が生えてるであります」
「あいあいあ?」
先頭を歩いているアカネがそれを見つめ、エルレイナも一緒になって見つめている。
確かに壁のいろんな所から、木の根のような物が生えているな。
マルシェルさんから事前に助言を貰って、買っておいた木こり斧をアカネが取り出すと、道を塞ぐ邪魔な木を切り始めた。
さすが『豪腕の血』を受け継ぐ狼娘というか、腕相撲で不良牛娘に勝つだけのことはあり、力強く斧が振り下ろされる。
「中層になれば魔樹の森が現れたり、湖があったりと迷宮の地形も大きく変わってくるわよ」
「リザードマンは水辺を好む魔物ですし、迷宮の地形の変化に合わせて、様々な魔物が迷宮に入って来るんですよね?」
「そうね」
マルシェルさんとアイネスの会話を聞きつつ、木を切ったり隙間を通り抜けたりしながら、通路の奥を目指して移動を続ける。
おっ、もうすぐ出口だ。
通路を抜けた先に、魔樹が生い茂る巨大な部屋が現れる。
……何だアレ?
光苔で薄っすらと照らされて、部屋の中心にぼんやりと大きな何かが見える。
肌が土色なせいか、土の山が道を塞いでるのかと思ったが、どうも違うようだ。
「いたな」
「これが、サイクロプス……」
サリッシュさんの台詞と共に、アイネスが迷宮灯の底を外して前に照らすと、胡坐をかいて地べたに座っている巨人が目に入る。
前かがみになっているので顔は見えないが、寝息のようなものが聞こえるので寝ているのだろう。
「また随分と大きなのが産まれたな」
「産まれる?」
「旦那様。階層主は、迷宮が産み出す魔物です」
「階層主っていうのはね。より深い階層に潜る実力があるかを、見極める目的を持った魔物なのよ」
「要は質の良い餌を、迷宮側から選別するための番人のようなモノですね。道中の魔物をどんなに上手くかわしても、この階層主を倒さないと中層にはいけません。おそらく、この先にある出口も封鎖されていて、この階層主を倒さないと進めないはずです」
「へぇー」
「アイネスちゃんの言う通りよ。それにしてもサリッシュ、どうしてハヤト君達を、こちらへ通したのかしら?」
若干怒ってるような表情で、マルシェルさんがサリッシュさん達を睨む。
しかし、睨まれた当の本人達はニヤニヤと何やら楽しそうな顔を見せている。
「ここは迷宮騎士団に所属するような、若手の実力者が通る場所でしょ? もしかして、初めからここへ連れて来るのが目的だったのかしら?」
「そんな怖い顔をするなマルシェル。アズーラ達の実力を見込んで、ここにしたんだ。この辺りは魔素が1番濃いから、産まれるサイクロプスもでかい。魔眼も1番大きなのが取れるから、アイネスも喜ぶと思ってな」
「素晴らしいですね、ありがとうございます!」
「道理で来る途中に、大量の魔樹が生えてたわけね。他の通路に比べて道を塞ぐ木が多いから、おかしいと思ったのよ」
不満そうな表情を見せるマルシェルさんとは違い、アイネスが目を輝かせて満面の笑みを見せる。
口笛を吹きながら、楽しそうにストレッチをする不良牛娘に近づく。
「アズーラ、本当に1人でやるのか?」
「あん? ……なんだよ、ハヤト。俺を心配してくれてんのか? 大丈夫だよ。黒鉄の全身鎧だから、アイツに殴られても死にはしねぇよ」
先程アイネスに約束された報酬で、ヤル気がでてきたのだろう。
ケラケラと笑いながら、アズーラが悪魔兜を頭にかぶる。
「正直、魔眼狙いはお勧めしないんだけど……」
「まあ、良いじゃないか、マルシェル。何事も挑戦だ。若いうちは厳しい現実を知るのも、時には必要なことだ。最悪、失敗しても私達が助けてやる。やれるとこまでやってみろ」
「まるで、私達が失敗するような言い草ですね」
「資料で読むのと、実際に体験するのでは、大きな違いがあるということだ」
ニヤニヤと笑うサリッシュさんとツアングさんを見て、アイネスが少しだけ頬を膨らませる。
試験官が離れていくのを見届けた後、棘メイスで素振りをしているアズーラに視線を移す。
今回アズーラは、主に陽動を担当することになっている。
サイクロプスの意識をアズーラに向けている間に、アイネスが雷気線を魔力切れを起こす寸前まで当てまくって、サイクロプスが痺れて倒れたところをアカネが止めを刺すという作戦らしい。
アイネスがマルシェルさんの日記を読んでいた時に、魔導士が雷属性の中級魔法でサイクロプスを痺れさせた後、安全に魔眼を取り出したパーティーがいたという記述があったらしく、それを参考にした作戦のようだ。
エルレイナとアクゥアは最初から作戦に参加せず、パーティーが万が一の危険な状態になった場合、もしくはアイネスの作戦が失敗に終わった場合に、助っ人で参加することになっている。
最初からエルレイナを参加させたら、胴体どころかいきなり魔眼を斬り裂く恐れもあるしね。
「ていうかアイネス。このめんどくせぇのが終わったら、ちゃんと酒を買わせろよ?」
「ええ、良いわよ。約束通り、囮役を無事に果たしてくれたら、1万セシリルのお小遣いをあげましょう」
「うっし。それじゃあ、やるかー。ほら、ハヤトも離れてろ。奴が起きちまったからな」
「ゴァア~」
重低音で不気味な声が、迷宮内に響き渡る。
視線を前に移せば、欠伸をしているのかサイクロプスが大きな口を開けていた。
大きな瞼を見開くと、青く光る魔眼が目の前に近づく1人の人物を捉えた。
3mを余裕で超える巨体をゆっくりと起こすと、1つ目の巨人が悪魔騎士を見下ろす。
でけぇ……これで幼体かよ。
腕が異常に太く、ゴリラ相手でもパンチ一発で、余裕で勝てそうだ。
『レイナ、我慢ですよ』
「うー、うー、あいあいあー」
アクゥアに腕を掴まれて、待ての状態を指示された野獣姫が不満そうな声を出す。
「雷気線!」
俺の前に立っていたアイネスが手を前に差し出して、青白く発光する雷魔法を放った。
高速で放たれた魔法が、サイクロプスの胸に着弾したようだ。
「ゴアァ?」
魔法が触れた部分を鬱陶しそうな表情で見ると、大きな手で汚れを払うような仕草を見せる。
アイネスを睨むと、1つ目の巨人がこっちに向かって歩き始めた。
「オルァ!」
「ゴアァア!?」
サイクロプスが驚いたように目を大きく見開くと、視線を下に移して睨みつけた。
肩に棘メイスを担いだ悪魔騎士が見上げている。
鉄の棘が当たったせいか、サイクロプスの太い足から血が垂れている。
「どうした、デカブツ。足がお留守だぜ」
「ゴアァア!」
丸太ぐらいある太い腕を振り下ろすと、拳が地面にめり込んだ。
一瞬ヒヤッとしたが、アズーラはしっかりとサイクロプスの攻撃を避けていた。
「雷気線!」
大振りの攻撃によって一瞬停止した隙をつくように、アイネスが再び魔法を放つ。
雷魔法を身体に受けて、サイクロプスがこちらを睨みつけてくるが、すかさずアズーラが棘メイスで殴打した。
やっぱり棘付きの鈍器で殴られる方が痛いのか、サイクロプスが眉根を寄せると、アズーラに向かって拳を振り下ろす。
だがそれを見切ってるかのように、アズーラが身軽に避けてかわす。
「雷気線! 雷気線!」
アズーラが攻撃することによってできた隙を狙って、アイネスが何度も雷魔法を唱える。
的が大きいからか命中度は高く、確実に魔法を当てている。
最近は雷気線を使った連携を集中的にやってたおかげかな?
でも、サイクロプスの攻撃速度は落ちてるようにも見えないし、アイネスが予想していたフラつく様子も見えない。
棘で肉の表面を削っているためか、サイクロプスの足のみが傷だらけになっていく。
「ゴァアアアア!」
見た目の変化が足にしか見えないと思ったら、突然にサイクロプスが両手を上げて咆哮した。
魔狼の亜種とまではいかないが、強烈な咆哮に思わず耳を塞いでしまう。
「アズーラ!」
悲鳴にも近いアイネスの声と共に、サイクロプスの足もとで耳を塞いでいた悪魔騎士が、突然に視界から消えた。
同時に視界の端の方から、魔樹に何かがぶつかる音が聞こえた。
「雷気線! 雷気線!」
『始まってしまいましたか……。怒りによる暴走です。どうやら初級魔法如きでは、サイクロプスには効かなかったようですね。今回は、アイネスさんの作戦は失敗のようです』
アクゥアの冷静な声だけが、耳に入る。
まだ諦めきれないのか、コチラに背中を向けたサイクロプスに向かってアイネスが雷魔法を放ちまくったが、やっぱり倒れる気配は無い。
ひどく興奮しているのか、サイクロプスが何度も地面を殴打している。
「駄目ですわ……。魔力切れです」
フラつくアイネスを、後ろから抱きとめる。
限界まで魔力を使い切った反動か、顔から大粒の汗をかき、息も荒い。
『サイクロプスが暴走状態になってしまえば、通常の倍近い能力を発揮します。かなり危険な状態です。残念ですが、ハヤト様の身を守るために魔眼を割らして頂きます。レイナ、構えなさい。狩りの時間です』
『はい、お姉様!』
アクゥアが苦無を構えると、エルレイナもシミターを両手に持って構えた。
いつでもいけそうな前のめりな体勢になって、サイクロプスを睨みつけている。
大きな顔が、こちらに振り返る。
さっきまで青かった眼光が、今は血のように真っ赤な色に変わっている。
これがサイクロプスのバーサーカー状態か?
傍に倒れていた大木を拾うと、顔だけでなく体もこちらに向けた。
『いけません、アカネさん!』
アクゥアが叫ぶと同時に、アカネやエルレイナと一緒に俺の方向へ走って来る。
サイクロプスが大木をこちらに向かって、投げようとしてるのが見えた。
「ゴアァアア!?」
体に何かがぶつかってくる感触と同時に、サイクロプスが視界から一瞬消えた。
遠くの方で、巨大な物が落ちて来たような衝撃音が聞こえる。
気づくと先程いた場所から、離れた所に移動していた。
どうやらアカネとアクゥアが、咄嗟にアイネスと俺を運んで移動させてくれたらしい。
しかし、サイクロプスが投げた大木は俺達がいたところではなく、全然違う場所に飛んでいた。
怒り狂って赤く光る1つ目の眼光が、魔樹の林の中を見つめている。
「ゴアァア!」
林から何かが飛んできたのか、サイクロプスが手でそれを叩き落とすような仕草を見せる。
「このデカブツが、なにしとんのじゃゴルァア!」
鉄の鎧を激しく擦り合わせる音を鳴り響かせて、魔樹の林の中から悪魔騎士が現れる。
全力疾走をしてるのか、全身鎧を着ていないと錯覚してしまうような速さで、サイクロプスに向かって走って行く。
「俺のモノに……」
「ゴアァア!」
傍に落ちていた大木を軽々と拾い、暴走状態のサイクロプスが勢いよくフルスイングをする。
しかし、その攻撃は当たらなかった。
アクゥア並みの大ジャンプを見せて、空高く舞った悪魔騎士が空中で回転した。
「手を出してんじゃねぇ!」
「ゴブゥ!?」
カポエイラ蹴りが顔に当たったのか、サイクロプスの顔が激しく揺れる。
それどころか、身体までが大きく揺れ出した。
『すごいです。闘牛術の蹴りを顎に当てて、脳震盪を起こさせました!』
「た、倒れますわ!」
1つ目巨人が膝をつく。
アイネスの叫び声と同時に、後ろ向きへ倒れた。
「アカネ、今です! 首を切れば、高級メリョンですよ!」
「ガァアアアア!」
興奮状態のアイネスの指示を受けて、こちらもバーサーカー状態になった狼娘が、無駄に咆哮しながらサイクロプスに向かって突撃する。
仰向けに倒れた1つ目巨人に近づくと、両手に握りしめたロングソードを振り上げる。
「メリョォオオオオン!」
勝ったな……。
黒鉄製の両手剣が振り下ろされると同時に、1つ目巨人の首から血飛沫が勢いよく舞い上がる。
「……」
しばらく様子を見ていたが、サイクロプスが動く気配は見えない。
アクゥアが近づいて調べるような仕草をした後、両手で丸を作って死亡を確認したことを教えてくれる。
すぐさま目をお金マークにした誰かさんが、サイクロプスに向かって駆け出した。




