不運な山賊
「フヘヘヘ」
ギルドカードに書かれた『剣士レベル6』の文字を見て、思わず嬉しくなってニヤけてしまう。
闇ギルドで更新した時にもじっくり見たが、改めて見るとやっぱり……あ、汚れが。
「ハァー」と息をギルドカードに吹きかけると、汚れを落とすように服で擦る。
「またザヴァンが、ギルドカードを見てニヤついてやがるぜ」
「おめぇも飽きないよな」
「うっせーよ」
かろうじて文字が読める程度に青白く光ってるだけだから、薄暗闇で表情が見えないはずだが、まるで俺の顔が見えてるような笑い声が聞こえる。
「山賊のおめぇらと一緒にするな」と言いたくなったが、あえて言い返すのはやめておく。
『用心棒』として雇われてるつもりだが、山賊を護衛してる俺も周りから見れば、山賊と一緒のようなものだ。
「自分のギルドカードなんて、よく持ち歩いてるよな。足がつくから、俺はもう闇ギルドに売って金にしちまったからな。狩人にさえ転職しちまえば、探索者ギルドなんて用無しだったからな」
「俺も山賊になってから、すぐに売っぱらっちまったぜ。その代わり、今は他人のばっかり集めるのが、趣味になっちまったけどな」
「やな趣味だぜ」
ゲラゲラと笑う馬鹿達を無視して、飽きることなくギルドカードに目を向ける。
もともと俺は山賊になりたかったわけでなく、強くなりたくて探索者になったんだ。
目に見えて自分の強さが分かるギルドカードを捨てるなんて、それこそ意味が分かんねぇよ。
20才の時、師匠に拾われてから3年。
ここまでかなりの苦労をしたからか、『剣士レベル6』の文字が、今の俺には輝いて見える。
「そういえばこの街の戦巫女って、すげぇ胸がでかいらしいぜ。あまりにもでかいから、手で掴んでもこぼれちまうんだとよ!」
「フヘヘヘ。そりゃあ、一度くらい揉んでみたいもんだな」
「やめとけやめとけ。この街の戦巫女って言ったら、カルディアのことだろ? 魔法を使って、火竜を火あぶりにしちまうって噂の化け物だぜ。俺達なんか、近づく前に一瞬で灰になっちまうよ」
「ひぇー。相変わらず戦巫女は、おっかないやつばっかりだな」
「くわばらくわばらってヤツだな。フヘヘヘ」
火竜って、火の魔法で倒せるのかよ。
どんな化け物だよ……。
「さすがにその噂は大袈裟だろう」と言いたくなるが、サクラ聖教国の戦巫女達は本当に化け物揃いだから、あながちその話を否定できない。
俺も15歳の時に成人してすぐ、仲の良かったダチと一緒に戦士へ転職するために、街の小聖堂を尋ねたんだよな。
戦巫女に「態度が悪い」と酷い目に遭わされたけどな……嫌な思い出だぜ。
糞親父みたいに農家で一生を終えるなんて嫌だったから、探索者で一稼ぎしようとして家を飛び出たのは良かったんだが、想像以上にしんどい生活だったよな。
そもそも、一緒に探索者を目指したアイツらがいけなかったんだ。
「狼が怖い」とかふざけたことを言いやがって、アイツのせいで初級者迷宮を卒業するのに、1年もかかりやがった。
初級者迷宮だから稼ぎも悪くて、一番安いボロ宿に仲間6人の相部屋で寝泊まりする毎日。
食費を削るために、タダ同然の一角兎の肉を使った不味くて安い弁当を食う生活。
初級者迷宮を卒業する頃には、「俺は農家の方が向いてる」とか言って1人辞めちまいやがった。
まあ、初級者迷宮の狼にビビるような奴じゃ、先は続かねぇだろうから別に良かったんだけどな。
中級者迷宮に入ってからは、戦士のレベル20になるのが4年もかかったんだっけか?
5人戦士がいるんだったら、パーティー補正がかかってるから大丈夫だって言うのによ。
今度はゴブリンウォーリアに、ビビリやがって……。
あの頃からだよな、「コイツらとは合わない」って思ったのは。
師匠の「探索者で稼ごうとしたら、才能のある自分1人だけじゃ駄目だな。仲間も才能のある奴らじゃないと、到底無理な話だ」て言ってた意味が、今だとよく分かるぜ。
中級者迷宮に潜るようになってからも、そこまで稼ぎはよくならなかったから、黙々と迷宮に潜る毎日。
「探索者で稼いだら、娼館に通うぜ」と仲間に語ってた夢が、いつまでたっても叶いそうにもないくらいの貧乏生活。
何とか金を稼いでも、ヴァルディア教会の馬鹿高い治療費や装備品を買ったりするのに、ほとんどが消えてたからな……。
「獣人じゃない、人間の探索者で若いうちはそんなものだぞ。お前ら、若い奴は夢を見過ぎなんだよ。まあ、気持ちは分かるけどな」
と師匠にも笑われちまったが、アレが『若いうちの現実』なんだろう。
その時の俺達にはそんなことが分からないから、いつまで経ってもしんどい生活にイラついて、何度も仲間達が喧嘩をしてやがった。
パーティー補正が無くなると流石にキツイから、探索者を辞めないように説得しつつ、なんとか戦士のLv20までいけたんだよな。
だからその後に剣士へ転職できた時には、皆の気が大きくなっちまって、ついやらかしちまったんだ。
「そういや、この迷宮にいた魔狼の亜種が、倒されたみたいだぜ」
「チッ。餌を与えて、面白いくらいにでかくなってたのによ。つまんねぇーな」
「あー、その噂なら闇ギルドの情報屋で聞いたぜ。なんだっけ……こくぎゅーき? っていう牛人が倒したらしいぜ」
「牛人か……。そりゃあ、しゃーねーな」
他の奴らが話す魔物の名前を聞いて、思わず苦い記憶が蘇る。
転職をしてくれた戦巫女の注意を無視して、ゴブリンウォーリアに挑みまくってたら、まさかアイツと出会うとは思わなかったからな……。
この世界には、屑って奴は本当にいる。
コイツらの用心棒をしてるから、コイツらがやってる馬鹿な行為も見てきた。
山賊っていうのは、探索者達が必至に稼いで手に入れた装備を、卑怯な手段を使って横から掠め取る最悪な仕事だ。
探索者職業が狩人のコイツらは、腕が良い探索者達と正面から戦えば勝てない。
だから気配を殺し、闇に隠れて探索者に近づき、痺れ薬や毒矢を使って相手の動きを封じる。
性質が悪いことに6人共が狩人で、昔からつるんでたパーティーらしいから、パーティー補正のおかげで隠密能力も高く、逃げ足も速い。
早々のことじゃ見つけれないだろうし、浅層をうろつく程度の探索者じゃ、捕まえるのは相当難しいだろう。
しかも更に屑なのが、山賊に襲われたという証拠を隠滅する為に、装備を剥ぎ取った探索者を魔物に与えることだ。
亜種になっちまったあの魔狼も、探索者の血肉の味を覚えたのか、コイツらがやる仕事の様子を闇から伺って、俺達が離れた後に喰らってたみたいだったからな。
剣士に転職したばかりだった俺のパーティーが全滅した時も、山賊が飼い慣らしてた魔狼の亜種に襲われたんだよな。
俺は生き延びる為に、必死に魔狼の亜種に抵抗してたが、仲間は次々と食い殺されていった。
最後の1人になった時、死ぬ間際に突然俺の前に現れて、魔狼の亜種の首を斬り落としたのが今の師匠だった。
「お前、見込みがあるな。どうだ、ここで死ぬくらいなら、俺についてこないか?」
師匠は山賊達に「先生」と呼ばれ、用心棒の仕事をしていた。
過去に獣人の探索者も屠ったことがあるらしく、かなりの腕前なのは俺の目から見てもすぐに分かった。
コイツは山賊じゃない。
『凶賊』だと……。
凶賊は、小細工をして探索者から物を奪う山賊達とは違う。
純粋に己の腕で相手を殺し、その者達から金品を奪う連中だ。
「フヘヘヘ、どうするんだ小僧。秘密を知ったからには、生かしてはおけないぜ。でも、先生が認めたんだ。俺達と同じ、山賊の道を歩むのなら生かしてやる」
馬鹿にしたように笑う山賊のリーダーに、悔しい想いをしたが、俺が弱かったからこそあんなことになったんだ。
師匠がおらず、弱い仲間とつるんでたから、俺は強くなれなかったんだ。
強くならずに死ぬのなんて、まっぴらごめんだった。
山賊の仲間になるというのには、多少抵抗があったが……。
でも、俺は強くなるため、師匠に弟子入りすることにしたんだ。
師匠は凶賊と言うわりには、学があった。
純粋に相手を殺すのにどうすれば良いかを知るためには、学が無いと駄目だと気づいて勉学の方にも力を入れていたらしい。
「いつの間にか、読書が趣味になっちまった」て笑ってたくらいだからな。
「本当に強くなりたければ学べ。お前が今まで失敗ばかりしたのは、学ぶことをしなかったからだ。お前も、こうはなりたくないだろ?」
過去に失った目を覆う眼帯を指差して、隻眼の師匠が言う説得力のある言葉に俺は頷く。
「馬鹿だと、この世界では生き残れない」と言われて、師匠にはいろいろと難しいことを習った。
師匠の得意な居合切りは修得できなかったが、二刀流の才能を見いだされて厳しく扱かれた。
勉強は嫌いだったが、必死に頑張ったお陰で「剣術の飲み込みが良くなった」と褒められるようになったんだ。
それが嬉しくて、剣術と一緒に勉学の方にも一生懸命に励んだよなー。
「アイツら、えらいおせぇな」
「もしかしたら良い獲物が見つかって、いろいろ調べてるかもしれないぜ?」
「フヘヘヘ。こりゃあ、久しぶりの上物かねぇ」
昔を懐かしんでいると、ふいに屑達の会話が耳に入る。
でも、確かに少し遅いな……。
「あいあいあ?」
「……はぁあ?」
思わず全員の声が重なった。
部屋の入口から、金色の2つの目がコチラを覗いている。
ゴブリンか?
……いや、それにしては目の高さからして、かなり小さいぞ。
このくらいだと、初級者迷宮のゴブリンくらいの大きさだ。
『はい、お姉様!』
意味の分からない奇声を上げると、ソイツはどこかに走って行った。
全員が身構えていたが、何事も無いと分かり、すぐさま緊張が解ける。
「何だ? 今のは……」
「さあ、何だろうな」
「おい! 俺達の戦利品袋が、無くなってるぞ!」
「何だと!?」
慌てて部屋の入口に駆け寄る。
そもそも、外には見張りをしてる仲間が1人いたはずだ。
さっき部屋を覗いてた奴に、なぜ外にいた仲間が気づかなかった?
胸騒ぎのようなものを覚えながら、ゆっくりと顔を覗かせて、部屋の外の様子を見る。
「おい。ヤンゲルが、やられてるぞ……」
俺の言葉に、仲間が駆け寄ってくる。
悪い予感は見事に当たり、見張りをしていた仲間の1人が、地面にうつぶせ状態に倒れているのが目に入る。
倒れてる仲間の隣では迷宮灯が照らされ、戦利品袋をまさぐる2人の子供が見えた。
1人は黒い布で、全身を覆った猫族の子供。
この辺ではあまり見かけない、変わった探索者の格好だ。
もう1人は、よくある探索者の格好をした狐人の子供で、袋から出した物を弄っている。
生意気にも、俺と同じ2本の剣を帯剣してやがる。
まさか、二刀流使いじゃないだろうな?
おそらく2人共、獣戦士の探索者だろうと予想する。
「ヤンゲル! このガキ、何をしやがった!?」
「気をつけろ! あんなガキだけで、この中級者迷宮をうろつけるわけがねぇ! 他にも誰かいるかもしれん!」
「ぐっ!」
部屋の外に出ようとした仲間の服を掴み、部屋へ強引に引きずり込む。
俺の言葉に、他の奴らも周りに警戒する。
やられた仲間の様子からして、狩人を倒せるレベルの探索者が最低でも1人、どこかに隠れてるはずだ。
「どこだ、どこにいるんだよ!」
「ザヴァン、どうだ?」
「いや、見えんな……そっちは?」
「駄目だ、全然分からねぇ。かなり遠くに、隠れてんじゃねぇのか?」
「てめぇ、俺達のお宝に触ってんじゃねぇよ!」
突然、仲間の1人が大声を荒げる。
『うるさいですよ、山賊。それにしても、このギルドカードと山賊の数が、全然合いませんね。おそらく、これらは他の探索者から奪った物なのでしょうね』
「あいあいあ?」
『レイナ、人様の物を奪うの犯罪です。決してそのようなことをしてはいけませんよ』
『はい、お姉様!』
黒い布で全身を覆った猫族の子供が、意味不明な言葉をブツブツと喋りながら、ギルドカードが大量に連なったそれを調べ始める。
狐人の子供は美しく宝石のように輝く、100万セシリル相当の魔石を手に持って弄った後、それを気に入ったのか自分の背負い袋に入れようとする。
『駄目ですよ、レイナ。おそらくそれも盗品でしょうから、勝手に持って帰ってはいけません』
「うー、うー、あいあいあー」
「あのガキ……山賊のモノに手を出して、タダですむと思ってるのか!? もう我慢ならねぇ!」
お宝が持っていかれると焦ったのか、仲間の1人が魔狼の皮で全身を隠して、外に走って行った。
「お、おい!」
「大丈夫だろ、ザヴァン。他の奴らが出て来ねぇんだったら、あのガキを人質に取りゃ良いだけだ」
「フヘヘヘ。近づきさえすれば、痺れ薬がついたアイツのナイフで1発だからな。本当にヤバければ、隠れてそのまま逃げれば良いだけだ」
いや、流石に不用意過ぎるだろ。
確かに、お前達の隠密能力は高いけどさ。
最近上手くいき過ぎてるせいか、少し狩人の力を過信してると思うんだが。
もしかしたら、あのガキ達を囮にして、俺達を誘ってるのかもしれないんだぞ?
狩る事ばかりで、狩られる経験が無いからか、早死にするような行動を取りやがって。
万が一、深層レベルのパーティーが潜んでたら、流石の俺でもどうにもならんぞ。
「毒と痺れ薬の塗った矢を、アイツらに全部預けちまったのが悔やまれるな」
「まあ、仕方ねぇさ。ザヴァン。おめぇは周りをよく見て、後から援護しろ。こういう時の用心棒だろうが」
「チッ、分かってるよ」
最近荒稼ぎした物が戦利品袋に全て入ってるからか、他の2人もすぐには諦めきれないらしい。
魔狼の皮で全身を覆って偽装すると、先に行った奴の後を追うように、身を低くして闇にまぎれて走って行く。
まったく、だからアレほど分配を先にやっておけって、忠告しておいたんだ……。
まあ、最悪の場合は、コイツらを捨てて逃げれば良い。
金よりも、自分の命が一番に決まってるからな。
狩人だから、逃げるのは俺以上に得意だろうしな。
「どこだ、どこにいる……」
奥の手であり、痺れ薬が塗ってある投擲ナイフを数本手に持ち、周りを警戒する。
一番最初に部屋を出た仲間の1人が、ガキ達の死角をつくように忍び寄り、迷宮灯に照らされる距離に入ると一気に駆け寄った。
「グホッ!?」
「……え?」
一瞬、目の前で起こったことが理解できなかった。
仲間の1人が猫族のガキに近づき、痺れ薬が塗られたナイフを振り下ろそうとした瞬間、まるで風槌を食らったかのように吹き飛んだ。
コイツ……まさか、魔法使いか!
『私に近づくのなら、十分に気をつけなさい。今の私は、とても機嫌が悪いです。貴方達のような山賊相手に、優しく接するつもりはありません。五体満足でこの迷宮から出すつもりはないので、覚悟して下さい』
魔法使いかと疑ったが、上げた右足をゆっくりと降ろしたガキの様子から、仲間を蹴ったことが予想できる。
いやいやいや。
そうだとしても、闘牛術を使う牛人とかじゃないとできないぞ、今の蹴りは……。
ていうかさっきまで座ってたのに、いつの間に立ち上がって蹴ったんだよ。
蹴り飛ばされた仲間が、腹を押さえながらうずくまる。
「グゥゥゥ……」
『こうやって綺麗に一撃が決まると、私の蹴りを上手く流せるアズーラさんは、やっぱり才能がある方だと再認識できますね。最近はどんどん動きがよくなってきてるので、無意識のうちに同じつもりでやったから、つい加減するのを忘れてしまいました。感触的に肋骨が折れたようですが、死にはしないでしょう。まあ、山賊なので死んでも別に良いんですが』
黒に身を包んだ子供が、仲間の落としたナイフを拾い、ゆっくりと歩み寄る。
何をするつもりだ?
『とりあえず、逃げられると困るので、動けなくしておきますね』
猫族のガキが、痺れ薬を塗ったナイフを、仲間の右足に振り下ろした。
「ギャアアアア!」
「てめぇ、ヒッ!」
『動かない方が良いですよ、そのまま首を斬られたくなければ』
もう1人が、ガキの背後をつくように襲いかかったが、いつの間にか鞘から抜いたシミターの刀身が、仲間の首元に当てられている。
『さっきから気になってましたが、それは日本刀ですよね?』
動きを止められた仲間が、前に戦利品として奪った日本刀を、猫族のガキに鞘から引き抜かれる。
『とても完成度が高いですね。サクラ聖教国で作られた、業物の1つでしょうね。これを武器として使わないことからして、どうせこれも人様から奪った物なんでしょう?』
「お、おい……」
『そこに隠れてるつもりのもう1人も、さっさとでてきなさい。悪いですが、私には丸見えですよ』
仲間の首元に当てていたシミターの刃先を闇に向ける。
しばらくすると、忍び寄ってた仲間の1人が、迷宮灯に照らされる所に顔を出した。
『レイナ、これより修業のレベルを1つ上げます。私の戦いを見て、そこから学びなさい』
『はい、お姉様!』
両手に持った剣と刀の刃先を、それぞれの相手に向ける。
「このガキ、まさか俺達2人を相手しようってつもりじゃ……」
「フヘヘヘ、いい度胸じゃねぇかクソガキ。なぶり殺しにしてやるよ」
『別に3人掛かりでも、私は問題無いんですけどね』
異国の言葉だろうか?
さっきから何を喋ってるか分からないが、2人を挑発するような態度を見せた後、なぜか2人を無視して俺を見つめる。
まさか、俺が混ざっても問題無いとでも、言ってるんじゃないだろうな?
痺れ薬や毒を塗ったナイフを持った2人が、黒い猫族のガキに襲いかかった。
『レイナ、山賊というのは卑怯な手を使うのが、当たり前の屑です。どうせナイフに、痺れ薬か毒でも仕込んでるのでしょう。当たれば傷口の周辺に、痺れや毒が生じます。一切、それには触れずに、倒すことを心がけなさい!』
『はい、お姉様!』
「何だよコイツは! 目が後ろにでも、ついてるのかよ!?」
「糞! 本当に、獣戦士の早さかよ!」
狩人2人のナイフによる攻撃を剣と刀で器用に捌き、沢山の火花を飛び散らす。
正直、俺より二刀流の技術が高いんじゃないか?
仲間が言うように、死角からの攻撃も後ろに目でもあるかのように、いとも簡単にかわしてやがる。
むしろお返しとばかりに足払いをして、仲間を盛大にこかしたりしている。
どう見ても、素人の動きじゃない。
師匠並に、場数を踏んだかのような戦い方だ。
『当たらなければ、剣士以下の狩人山賊など、足が速いだけの雑魚も同然です!』
『はい、お姉様!』
「ザヴァン、何してやがる! 援護しろ!」
仲間に怒鳴られて、初めて自分が目の前の光景に、見とれていたことに気づいた。
周りに潜んでるかもしれない連中に警戒しながらも、戦闘中の仲間達に駆け寄り、痺れ薬を塗った投擲ナイフを投げる。
「チッ。何となく、そんな気がしてたぜ」
死角を狙って投げた投擲ナイフは、黒い猫族のガキに触れる前に、全て剣で弾かれた。
『フッ!』
「ぐあッ!」
「ぐぼぉッ!?」
片方は飛び回し蹴りで顔面を蹴られて宙を舞い、片方はみぞおちに膝蹴りを食らって、身体を折り曲げながらゲロを吐いて崩れ落ちた。
その様子をじっくり観察する間もなく、鞘から抜いた2本の剣を、俺に背を向けた猫族のガキに振り下ろす。
だが相手は一瞬でこちらに振り返り、俺の斬撃を剣で受け止めた。
「チッ」
『ほう、そのまま逃げるかと思ってましたが、あえて攻撃を仕掛けるとは。中々、良い度胸ですね。ですが……』
俺を見上げる猫族のガキの目が、猫族特有の縦長に変化した。
このガキ、なんつう馬鹿力だ。
つば迫り合いをしてる俺の剣が、ゆっくりと俺の方に戻されていく。
「糞!」
悪態をついて一度離れると、再び猫族のガキに飛び掛かる。
さっきの戦いを見て、何となく予想はしていた。
コイツの実力は師匠並みだ。
相手を斬り刻もうと必死に剣を振るったが、全ての斬撃が弾かれる。
師匠と数えきれない程の手合わせをしたからこそ分かる感覚。
コイツには、勝てる気がしない。
「ぐっ……」
『終了ですね。貴方の負けです』
弾かれた剣の隙を縫って、刀身が肩の上に置かれ、刃先が首に当てられる。
俺が……得意の二刀流で負けた?
こんな小さな子供に?
なぜか俺に止めを刺さず、首元に当てた剣を外すと、その剣を鞘にしまい始める猫族の子供。
まるで俺との戦いは、終わったと言わんばかりに。
『貴方は、山賊としてはそこそこ強い方ですよ。今回は相手が悪かっただけです。これでも私は、貴方達のような山賊を狩る事を本職とする、一族の末裔ですからね。加護も手に入れた私が、凶賊ならまだしも、山賊に負ける理由が見つかりません』
猫族の子供が、意味の分からない言葉を呟きながら俺を見上げる。
「もうお前には、興味が無い」とでも言ったのか、俺に背を向けた。
悶絶して蹲っていた仲間のもとへ、黒い猫族の子供が歩いて行く。
「ぐぞぉ。ぐびが、いでぇ……」
「糞! 何なんだよコイツは!」
相当痛かったのか1人が首を抑え、1人が腹を抑えるようにして逃げようとする。
『往生際が悪いですよ』
「ギャッ!」
「ひぎぃ!?」
しかし猫族の子供が、目にも止まらぬ速さで落ちていたナイフを拾い、それを素早く2人に投げた。
痺れ薬と毒の塗られたナイフが見事に2人の足に刺さり、仲間の2人が地面を激しく転がる。
投擲技術も、俺以上かよ……。
『それは貴方達の物ですよ。忘れずに、持って帰りなさい』
分かっていた。
世の中には、絶対に敵わない奴がいるってことは……。
獣人は、人間より戦闘能力が優れてる種族だってことも。
剣を持ってる拳を強く握りしめ、仲間のもとへ向かう猫族の背中を睨みつける。
『レイナ、その二刀流剣士は貴方にゆずります。剣士としては並ですが、そこそこできるようなので、今の貴方には丁度良いでしょう。好きなだけ、技の練習相手に使いなさい』
『はい、お姉様!』
再び黒い猫族のガキに挑むために、駆け出す。
だからと言って……。
「お前のようなチビガキに、素直に負けたと、認めれるわけがねぇだろうがッ!」
「あいあいあー!」
「ッ!?」
突然に横から強烈な殺気と、斬撃が飛んでくる。
咄嗟に後ろに下がると、俺の行く手を阻むように、狐人のガキが2本のシミターを持って構えている。
「お前の相手は私だ」と言わんばかりに、ニヤニヤした表情で俺を見るクソガキに、抑えきれない怒りが湧き上がる。
「俺の邪魔をするな!」
「あいあいあー! あいあいあー!」
「くッ!?」
予想以上に剣捌きが上手く、俺の斬撃が次から次へと弾かれる。
しかも剣速が徐々に上がってきて、お互いの実力が拮抗していく。
ふざけんなよ。
ホントふざけんなよ……。
この迷宮はどうなってんだよ!
何でこんな強い奴が、浅層をウロついてるんだよ。
「やめろ、来るんじゃねぇ。ザヴァン、助けてくれ……。コイツ、目が普通じゃねぇ。ザヴァン!」
『観念しなさい、山賊。私の国では、貴方達山賊は奴隷以下の魔物扱いですよ。殺しはしませんが、人様の命を奪った貴方達には、少々キツイお仕置きをしてあげます』
「ギャァアアアア!」
そこは正に悪夢だった。
まるで今までアイツらが犯した罪を償わせるように、黒い悪魔が仲間達に襲いかかる。
だが、もはや今の俺には仲間のことなんぞ興味が無い。
目の前のガキ共に、俺の力を証明する。
ただそれだけを考えて、神経を研ぎ澄ませて、2本の剣を全力で振るう。
このまま帰ったんじゃ、師匠に合わす顔がねぇ!
「あいあいあぁあああああ!」
くッ……まだ早くなるかよ。
獣戦士のガキの癖に……。
俺の全力の斬撃を、しっかりと捌きやがって!
「あいあいあー!」
「な!?」
俺の斬撃をかいくぐって、いきなりしゃがんで足払いをする。
油断してたから、身体がよろけて地面に転がってしまう。
慌てて身を起こそうとすると、逆手に持った剣を俺の足に突き刺そうとするのが見えた。
「ふざけんな!」
「あいあいあー!」
「がッ!?」
そのムカつく足を斬り落としてやろうと剣を横薙ぎに振るったが、それを読んでたのか飛び跳ねて、逆に俺の顔に蹴りを入れやがった!
口の中に鉄の味を覚えながらも、必死に立ち上がる。
「あいあいあー!」
「ぐほッ!」
今度は膝蹴りかよ……。
腹に突き刺さるような痛みに耐えながらも、歯を食いしばって狐人のガキの斬撃を弾く。
「あいあいあー! あいあいあー!」
「ッ!?」
糞!
いつの間にか、攻守逆転してんじゃねぇかよ!
しかも、さっきの猫族のガキを真似してるのか、斬撃の隙をついては重い蹴りを入れてきやがる。
あのチビガキもそうだが、コイツもえらく足腰が鍛えられている気がする。
命の取り合いをしてるのにビビッてる様子も無いし、今までどんな環境で生活してたんだ?
ていうか、ニヤニヤ笑ってんじゃねぇよ!
『何となく、貴方にはそちらの素質があるような気がしてました。レイナ、貴方の気が済むまで、その山賊を痛めつけていいですよ。次は、この指を折りますね』
「ギャァアアアア!」
『はい、お姉様!』
「ぐぎぃッ!?」
今度は脇腹に膝蹴りが突き刺さる。
万が一のために逃げやすいよう、軽装にし過ぎたのが失敗だった。
しかも、避け方が甘かったせいか、まともに蹴りが入って、骨にヒビが入った気がする。
激痛に耐え切れず、握っていた剣を放してしまった。
「あいあいあー!」
「ぐッ!」
無様に地面を転がる俺の顔を、狐人のガキが踏みつける。
そんな顔で俺を……俺を見下ろすんじゃねぇ!
馬鹿にしたような、胸糞悪い笑みを浮かべる狐人のガキを、睨み上げる。
「ご主人様、見つけましたよ! 賞金がいっぱい転がってますよー!」
「メリョンの臭いが、いっぱいするであります。でも、やっぱりメリョンじゃないであります! どういうことでありますかぁああああ!」
「ヒィッ!?」
勝ち誇ったような顔で俺を見下ろす狐人のガキに、文句を言おうとした所で誰かがこちらに近づいてくるのに気づく。
倒れている仲間の1人に犬族の子供が近づき、魔狼の皮を両手でつかむと、素手でそれを左右に引き裂いた。
しかも迷宮灯の明りに照らされて、更に奥から現れたのは、地獄から這い出たかのような異形の黒い全身鎧に覆われた牛人……か?
つ、角が4本もあるぞ!?
角が4本ある奴に、見覚えのある仲間2人が、首根っこを掴まれて引きずられてくる。
パーティーの中でも1、2を争う足の速さを持つ2人が捕まってやがる。
あの重そうな全身鎧で、アイツらを捕まえるなんて、どんな化け物だよ……。
そいつを見た瞬間、周りの連中からも絶望的な空気が流れる。
こちらは仲間が全員捕まった上に、あちらは他の探索者が合流してきやがった。
魔法使いの女が嬉しそうな顔で、手に持ってたメイスを両手で握りしめ、犬族の子供に拘束された仲間の股間に振り下ろした。
しかも「死ね、豚野郎!」とか言いながら、何度も振り下ろしてやがる。
いくらなんでも、止めの刺し方が酷過ぎるだろう。
これだから女は……。
「あいあいあ?」
「うるせぇよ。もう俺の負けだよ」
糞、ホントにクソッタレだよ……。
完全に、逆らう気力も無くしてしまった。
すみません、師匠。
どうやら俺はもう、ここまでみたいです。




