階層主
「ブリン! ブリン! あいあいあー!」
「エルレイナ殿、アレはゴブリンウォーリアでありますよ」
「あいあいあ?」
「ゴブリンもゴブリンウォーリアも、同じじゃね?」と言いたいのか、エルレイナがアカネを見て首を傾げる。
まあ確かに、見た目の違いでいえば武器や防具を装備してるか、装備してないかの違いだからね。
『アイネスさん、ゴブリンウォーリア、8匹、です』
「分かったわ。皆さん、ゴブリンウォーリアが8匹です」
「よーし。それじゃあ、やるかー」
今回はコボルトスリングがいなかったようで、アクゥアが取り出した投擲ナイフを収納ホルダーにしまう。
肩をほぐすように腕を回す悪魔騎士に警戒しているのか、ゴブリンウォーリア達が陣形を組んで身構える。
『レイナ、狩りの時間ですよ。行きなさい!』
『はい、お姉様!』
2本のシミターを鞘から引き抜いて、準備万端の状態で待っていたエルレイナが、ゴブリンウォーリア達に突撃する。
「あいあいあー! あいあいあー!」
「グギャア!?」
予想以上に素早く懐に入ってきたためか、先頭にいたゴブリンウォーリアは上手く対応できなかったようだ。
ゴブリンウォーリアの身体に野獣姫が斬線を走らせると、緑の鮮血が宙に舞った。
「グギャー!」
「グギャギャギャ!」
「あいあいあー! あいあいあー!」
仲間がやられたからか、怒った数匹のゴブリンウォーリアがエルレイナに襲いかかる。
何本もの迷宮蜘蛛の剣が野獣姫に振り下ろされるが、2本のシミターを使ってエルレイナが器用にさばく。
「よそ見してんじゃねぇよ!」
「グギャン!」
エルレイナの後に続くように悪魔騎士が突撃し、棘メイスを激しく振り回したり、闘牛術で蹴り飛ばしたりしながらゴブリンウォーリア達を蹴散らして行く。
多少斬撃を浴びても全身鎧を着ているため、気にした様子もなく陣形にどんどん突っ込んで行く。
黒い竜巻の強襲に、ゴブリンウォーリア達の陣形が一気に乱れた。
「隙ありであります!」
「グギャア!?」
バラバラになった隙を狼娘が見逃すはずもなく、不運にも陣形から離れてしまったゴブリンウォーリアに、ロングソードが勢いよく振り下ろされる。
陣形の中で黒い竜巻が大暴れし、外側を野獣姫が走り回って次々とゴブリンウォーリアを斬り刻んでいく。
最近定番になってきた対ゴブリンウォーリア戦用の攻め方に、ゴブリンウォーリア達は完全にペースを乱されて、次々と屍が築き上げられる。
パターン入った!
パターン入りましたよ!
「7階層くらいなら、安心して見てられるな」
「そうですね」
俺の呟きに、兎娘がニコニコとご機嫌な表情で返答する。
「魔狼相手にもアカネが暴走しなければ、次の階層にもいけるのにな」
「そうですね……はぁー」
今度は暗い顔で溜め息を吐くと、2人でアカネを見つめる。
「でも、次の手はちゃんと考えてますよ」
「ほう」
「魔狼が出現するのは、中級者迷宮の浅層までと言われてます。10階層の階層主さえ倒す事ができれば、中層にある転移門を使えるようになりますので、アカネの問題は解決できます」
「階層主?」
「はい」
気になるキーワードを尋ねると、アイネスが頷いた。
階層主か……その言葉から予想するに、ボス的な魔物がいるのかね?
「皆さんの実力的に、頃合いかなとも考えてましたので、お昼休みにでもその話をしましょう。そろそろ魔狼とも遭遇しそうなので、すぐに昼休憩することになると思いますから」
「そうだな」
思わず苦笑いを浮かべるアイネスに、俺も苦笑しながら頷く。
アイネスの予想通りというか、ゴブリンウォーリアを倒してしばらく進むと、餌を求めて走り回っていた魔狼達と遭遇してしまった。
本来は両手で持つはずのロングソードを、片手で振り回しながら魔狼達に突撃する誰かさん。
「メリョンがいっぱいきたでありますかぁああああ!」というハラペコ狼娘の雄叫びが、迷宮内に木霊した。
* * *
「最近の浅層での魔物達との戦いを見るに、皆さんの実力もそれなりについてきてるように思えます。よって次の段階に進むために、浅層の階層主に挑戦しようかと思います」
皆の昼食が終わり、一段落した頃合いを見計らってアイネスが口を開く。
「もう、階層主に挑戦するでありますか? あむ、んぐ……早くないでありますか?」
デザートの野苺を口に運びながら、アカネが首を傾げる。
「階層主かー。まあ、良いんじゃね。アクゥアもエルレイナもいるし、このパーティーなら、実力的に大丈夫だろ? 別に挑戦するのはタダなんだし」
「それもそうでありますね」
「で、アイネス。この迷宮の階層主は、何がいるんだ?」
両手を頭の後ろに回し、壁にもたれかかるようにして、悪魔兜を外したアズーラが尋ねる。
尋ねられたアイネスが、目を閉じて記憶を思い出すような仕草をする。
「10階層にサイクロプス、20階層にリザードクイーン、この迷宮の最下層にあたる25階層にキメラがいるらしいわね」
「あん? ここって、キメラがいるのかよ。メンドクセー」
「マルシェル殿の日記に書いてあった、獅子の身体を持ち、複数の首を持つ魔物でありますね?」
「そうよ」
うわー、キメラってこっちの世界にもいるのかよ。
もう獅子の身体って時点で会いたくねー。
「アイネス、キメラってどんな魔物なの?」
「そうですね。まず、アカネが言ったように獅子の身体を持つ魔物です。ただし、獅子の顔の両隣には、巻き角を持つ動物の顔と鳥の顔があります。それぞれの顔には異なる特技がありますね」
「特技? どんなの?」
「そうですねー……」
アイネスが資料らしき紙束を地面に広げる。
目的の物を見つけたのか、紙を迷宮灯に照らして目を通した後に、顔を上げて俺を見る。
「一番厄介なのは巻き角を持つ動物の顔ですね。この顔は氷の槍を放つ魔法を使ってきます。なので、その魔法で串刺しにされるのを止める為に近づきたいところですが、今度は獅子の顔が咆哮を使って威嚇をしてきます。この咆哮に気迫負けをしてしまうと、その場から動けなくなってしまいますね。そして、なんとか近づいたと思ったら、今度は鳥の顔を持つ魔物が風槌を使ってきます。あっ、ちなみに背後から攻撃しようとしても、毒を持つ蛇の尻尾が攻撃してきますね。はぁー、かなりの強敵ですね」
「な? メンドクサイだろ?」
眉間に皺を寄せたアズーラが、同意を求めるように俺を見る。
うん、聞かなきゃよかったと思った。
「ていうか、中層の階層主はリザードクイーンかよ。こりゃあ、中層は蜥蜴尽くしになりそうだな。リザードマンとか、皮が硬いから倒すのに時間がかかって、だりぃんだよなー。アカネ、こりゃあ俺達にはちと厳しい、体力勝負になるぜ?」
「むむむ。ちょっと身体作りを、頑張らないと駄目でありますか?」
腕を組んだアカネが、悩ましそうな表情を作る。
アクゥアやエルレイナと違って、スタミナがあまりない2人は苦労しそうな魔物みたいだね。
「はいはい。2人共、話が逸れてますよ? 私達がまず倒すべきは、サイクロプスですからね」
アイネスが両手を軽く叩いて、脱線しだした話を変えようとする。
「サイクロプスなら、一度倒したことがあるぜ」
「アズーラ殿! サイクロプスを倒したでありますか!?」
「俺が倒したんじゃねぇよ。ばっちゃんに無理やり迷宮へ連れて行かれた時に、ばっちゃんが倒すのを見てただけだよ」
「自分が倒したわけではないのに、なぜ貴方が得意気な顔をしてるのですか?」
自慢気に胸を逸らすアズーラを見て、アイネスが呆れたような表情を見せる。
でも、事前に相手の情報を知れるってことは、ラッキーなんじゃね?
「アズーラ。サイクロプスって、どんな奴なんだ?」
「でけぇな。牛人よりでかい、まさに巨人ってヤツだな。そうだなー……アカネが2人いるくらいにでかいぞ」
「大きいでありますね」
アカネ2人分か……。
3mくらいはあるってことか?
「その大きさで幼体ですからね。上級者迷宮になれば、サイクロプスの成体に遭遇するらしいですけど」
「成体?」
「幼体が子供で、成体が大人だと考えて下さい。中級者迷宮で遭遇するサイクロプスは、子供の幼体だけです。ちなみにサイクロプスの成体になりますと、幼体の倍の大きさになるらしいですよ」
素敵な笑みを作りながら、アイネスが教えてくれる。
えー。
それって、6m級になるってことじゃん。
そんなの倒せるのかよ……。
「こう言った話をしてると、上級者迷宮を踏破したサリッシュさんが、どれだけすごいかが分かりますね」
「上級者迷宮を踏破するような奴は、獣人の皮を被った化け物だな。今の俺達には、当分無理な話だよ」
「でも、私もいつか上級者迷宮に、挑戦してみたいであります! そして、三角兎を……じゅるり」
「アカネ、涎が垂れてますよ」
アイネスに指摘されて、慌てて口元を手の甲で拭うハラペコ狼娘。
動機は不純だが、こんだけ恐ろしい情報を耳に入れても、上級者迷宮に挑戦しようと思うアカネは凄いと思うよ。
俺はぶっちゃけ行きたくない。
「それで、サイクロプスをどうやって倒すでありますか?」
「サイクロプスなら割と楽じゃね? サイクロプスの弱点て言ったら、でかい一つ目だろ? ばっちゃんはサイクロプスと会った時に、いきなり飛び膝蹴りを目ん玉に当てて、一撃で倒してたぞ」
「それはそれで、すごいでありますね……」
その状況を想像したのか、アカネが感心したように頷く。
アズーラのお婆さんて、なかなかアクティブな人なのね。
3m級の巨人が突撃してくるのを、迷わず真正面からジャンプして飛び膝蹴りを食らわすとか、どこのアクション映画スターですか?
「だから俺達も、最初から目ん玉狙いで」
「却下です」
「あん?」
アズーラの提案を、なぜかアイネスがバッサリと却下した。
「おい、アイネス。お前、まさか魔眼狙いじゃねぇだろうな?」
「魔眼?」
「まさかも何も、魔眼を手に入れるのは至極当然でしょう? 魔眼は傷つけずに、倒してもらいます」
「またコイツは、メンドクセーこと言い始めたぞ」
ニコニコと笑みを浮かべるアイネスと、それを睨むアズーラ。
アイネスが俺に視線を移動させると、口を開いた。
「『サイクロプスの魔眼』と言うのは、魔素を大量に保有している特殊な球体です。これを商人ギルドに持っていけば、魔石に加工する材料として、高く買い取ってもらえます。ただし、少しでも傷が付くとそこから魔素が漏れて、価値が大きく下がってしまいます。できれば、首ごと切り落とせれるのが一番なのですが」
「おいおいおい。ばっちゃんも言ってたけど、魔眼を傷つけずに手に入れようとするのは素人の悪い癖だぞ。若い奴は大抵それで、大怪我してひどい目に遭ってるんだからな」
「大丈夫です。その為の作戦は考えてます」
自信ありげな顔を見せるアイネス。
マルシェルさんの日記に書いてあったサイクロプスの情報をもとに、アイネスがその作戦とやらを簡単に語り始める。
「はぁーあ。相変わらず金にがめつい奴だな。何で金稼ぎに、そんな必死になってるのかね? もう借金は無いんだから、少しはのんびりすればいいのにな。アカネの飯代も多少かかってるけど、何とかなってるんだろ?」
俺の近くに顔を寄せたアズーラが、小さな声でブツブツと文句を垂れる。
「お金が好きだからじゃない?」
「金好きにしては、少しおかしいと思うけどな。アレだ、異常ってやつ? 前から気になってたんだが、妙に焦ってるていうか……」
「……そうか?」
思わず首を傾げる。
俺には、いつも通りのお金大好きアイネスにしか見えんのだが。
「何を2人で、コソコソしてるのですか?」
「別にー。なんでもねぇよ」
「この作戦は、アズーラにも関係のある話ですからね。ちゃんと聞いておいて下さいね」
「へいへい、わーってるよ」
お互いが不満そうな表情をしながら、アイネスとアズーラが見つめ合う。
どちらかと言うと、睨み合ってるというか……。
喧嘩は駄目だぞ。
「アイネス殿、サイクロプスを倒す作戦は分かりましたが、サイクロプスにはいつ挑戦するのでありますか?」
「そうね、早ければ早い方が良いわね。とりあえずは、昇級試験の申請をして、試験官の都合が早くつけばいいのだけど……」
「昇級試験?」
「そういえば旦那様には、昇級試験の説明をまだしてませんでしたね」
アイネスが背負い袋から1枚の紙切れを取り出して、それを渡してくる。
んー、ざっと目を通した感じだと申込書のようだ。
誰が挑戦するのかとか、どこの迷宮に挑戦するのか等の記入欄があり、既にアイネスが書きこんでるみたいだな。
「昇級試験と言うのは、要は中層や深層に挑戦できる実力があるかを調べる試験のことですね。昇級試験を受けなくても、浅層から降り続ければ中層や深層に辿りつけますが、移動するのに時間がかかりますので、かなり不便ですね」
「試験官に実力があると認められないと、深い所にある転移門を使えないであります」
「なるほど」
中層の転移門を使用できるようになれば、魔狼がいる浅層を通らずにすむので、アカネの暴走を防げると。
でも、そのためには昇級試験とやらで、試験官に実力を証明する必要があるというわけだな。
アカネの暴走耐性がつきそうな様子は、まだまだ見えないからな……。
これは挑戦するべきかな?
「昇級試験への挑戦は無償です。ただし、階層主へ挑戦する実力がないと事前に判断されれば、当然ながら挑戦はできません。挑戦に失敗した場合も、しばらく再挑戦もできなくなります」
「実力をつけてから、再挑戦をしろということでありますね?」
「そういうことになるわね。ここまでの話で特に問題が無ければ、あとはその紙の最後に旦那様が直筆で名前を書いて下さい。仮にも、旦那様は私達のご主人様であり、リーダーですからね」
静かに皆の会話を見守ってるアクゥアに、昇級試験の内容を翻訳して伝える。
『私も、皆さんに実力はついてきてると思ってますので、階層主に挑戦することは賛成です。ですが、挑戦するかどうかの最終判断は、ハヤト様の意思に従います。それと、ハヤト様の身の安全が第一なので、ハヤト様にサイクロプスが近づいた場合は、迷うことなく魔眼を割る予定ですと、アイネスさんにお伝え下さい』
『うーん、分かった』
アクゥアの台詞を聞いて、俺に突撃してくるサイクロプスに、迷わず闘牛術の飛び膝蹴りを顔面に食らわして、魔眼を叩き割るアクゥア先生が容易に想像できてしまった。
その話を皆にすると、同じ姿を想像したのか苦笑いを返される。
「アクゥア殿なら、やりかねないであります」
「大丈夫です。魔眼は、旦那様には近づけさせません」
「サイクロプスじゃなくて、魔眼かよ」
既に魔眼扱いになってるアイネスに、アズーラが思わずツッコミを入れた。
皆の話を聞いて、特に反対するところはなかったので、最後のリーダーの欄に自分の名前を書いておく。
書き終わった申込書をアイネスに渡す。
「今日はマルシェルさんがお休みで、探索者ギルドにはいないので、この申込書は明日の朝に提出しますね」
「え? 他の人に、渡しとけば良いんじゃないの?」
「マルシェルを、試験官に指名するからだろ?」
「アズーラの言う通りです。今回の昇級試験で、マルシェルさんには私達が『蜘蛛の巣』を討伐できる実力があることを、その目で確かめて頂かないといけませんからね。フフフ……」
あー、なるほど。
負けず嫌いのアイネスの性格的に、実力が認められないままなのは、気に入らないんだろうな。
アズーラが口の端を吊り上げて、意味ありげな笑みを見せる。
「それとたぶん、マルシェルに相談せずにいろいろ勝手にやってると、また怒られると思うぜ」
「それは困るな」
さすがに、お怒りマルシェルさんの回し蹴りは食らいたくない。
「とりあえず、当日は大量のお弁当を用意しないといけませんね。10階層へ辿り着くまでに、魔狼とどれだけ遭遇するか分かりませんからね」
「大量に、お昼御飯が出るでありますか! お肉多めで、お願いするであります!」
アイネスの台詞に、目をキラキラと輝かせるアカネ。
お前の弁当は、常に肉だらけだろうが。
俺と同じ考えに至ったのか、皆が生温かい笑みを見せる。
「さて、それでは午後の探索と参りましょうか」
「ご飯代を、稼ぐであります!」
「だりぃけど、頑張るかー。あん? ……俺の兜は?」
自分の悪魔兜を探すように、アズーラが周辺をキョロキョロする。
「おい、エルレイナ。何やってんだよ……」
「あいあいあ?」
さっきからすごく大人しいと思ったら、野獣姫がラウネピラミッドを作って遊んでいた。
そして、その頂上で悪魔兜を被ったラウネが、二本の巻き角を生やした禍々しい兜姿で、こちらを見つめている。
アズーラが白ラウネから悪魔兜を外すと、自分の頭に被せる。
「うぉおおお!?」
「アズーラ、どうした?」
悪魔騎士の身体が、プルプルと震えている。
「ラウネ臭ぇー!」
ハラペコ狼娘に続いて、迷宮内を悪魔騎士の悲鳴が木霊した。
アズーラ、頑張れ。




