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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第1章 異世界のご主人様と5人の奴隷娘
4/60

奴隷兎娘の思惑

 

 奴隷商会で初めて彼を見て思ったのは、ちぐはぐな少年。

 

 その第一印象を一言で表すなら、着慣れない平民の服を着た貴族のお坊ちゃん。

 どこぞの金持ち商人の子供という可能性も考えましたが、商人特有の品定めをする時の探るような視線も感じない。

 どちらかというと、初めて見る者を前にして、興味津々と言った感じで私を見ているようです。

 まさか兎人を見るのが、初めてと言うわけでもあるまいし。

 

 見事に私の胸に釘付けです。

 分かりやすいぐらいに鼻の下を伸ばしています。

 やはり男は、誰でもそこにまずは目が行くのですか。

 呆れるばかりですわね。

 男のちら見は、周りの視線を気にする女からすればすぐ分かるというのに。

 

 彼の胸に行く視線に気づかないふりをして、いつもの作り笑いを浮かべ、適当に彼とホーキンズの会話に話を合わせる。

 

 それにしてもホーキンズが、彼のことを何も言わずに私と会わせたということは、彼の正体を自分自身の目で確かめろと言うことでしょうか?

 

 まあ雇われて気に入らない奴なら、適当に暴れて、またこの奴隷商会に送り返してもらえば良いだけですしね。

 毎回、疲れた表情で私を出迎えるホーキンズの顔を見るのが、最近の私の楽しみと教えてあげれば、ホーキンズは発狂するでしょうけどね。

 

 私の表面的な演技に騙されて、すぐに性奴隷の交渉を始めようとするような、ろくでもない豚野郎に私を売ろうとした罰です。

 良い気味だと言わざるを得ない。

 

 割られたら困る高価な壷?

 そんなものは私の知った事ではない。

 私に手を上げるというのなら目の前でその壷を割ってしまえばよい。

 

 弁償代? 借金?

 そんなものはホーキンズにでも肩代わりさせておけば良い。

 

 払う金? 奴隷にまで落ちた私に、そんな金があるわけないでしょ?

 付けにでもしておきなさい。

 ホーキンズ、何を泣いてるの?

 あんまり小さなことで悩んでると、その寂しい髪の毛が更に寂しくなるわよ?

 え? 誰のせい? まさか、私のせいとか言うんじゃないでしょうね?

 心配しなくても、いずれ金持ちの誰かにでも私が仕えれば、利子分もつけて全額返してあげるわよ。

 

 貴族は嫌い。

 高慢で上から目線で、器量の良い兎人の女を見れば、すぐに性奴隷にならないかと言う豚野郎の集まりだ。

 

 性奴隷になれば金になり、愛人として裕福な暮らしができるから、自分から進んで性奴隷となる同族も多いが、私は興味が無い。

 どちらかというと誰かの面倒を見るのが、私は好きなのだ。

 

 そして、その貴族に仕える侍女達はもっと嫌いだ。

 影で嫌味を言う奴ならまだ良い。

 最悪なのは、嫌味一つ言わずニコニコと笑顔を振りまきながら、裏で他人を貶めるような禄でも無い計画をする奴らだ。

 

 嫌な事件を思い出したわ。

 

 最初に仕えていた貴族の侍女の仕事は、私にとっては天職だった。

 

 幼いうちから器量も要領も良い子供だったため、周りからすぐに奉公を薦められ、あの御方の侍女として仕えるようになった。

 尊敬する侍女長を目指して一心不乱に仕事をした。

 幼いながらも物覚えも良かったため、周りからの評価はとても良かった。

 

 頑張ってる私を見て、それに目を留めた奥様からも大変可愛がってもらっていた。

 

 歳も近い姫様からも、幼い頃から一緒にいたため仲良くさせてもらっていた。

 手間が掛かる所もあったが、そういった者程たくさんお世話をしたくなってしまう。

 

 ある日、私が倉庫の掃除を担当している時に事件は起こった。

 大変貴重な壷を割ってしまったのだ。

 

 正確には私が割ったのではない。

 私はそんなに不器用ではない。

 貴族が大切に保管している壷を割るような、雑な仕事なんてするわけがない。

 

 私が倉庫の掃除を担当した日。

 正確には私が倉庫から離れている間に、壷が割れていたのだ。

 まるで、私が落として割ったかのような現場に私は一気に青ざめた。

 

 言い訳をしようにも完璧な状況証拠が残っている。

 その時は、偶然・・なことにいつも一緒にいる侍女達がいない仕事だったので、私を助けてくれる証言者もいなかった。

 

 他国との交渉の際に使う大変貴重な壷だったらしく、城主からは大変なお叱りを受けた。

 とても私には弁償できるような値段ではなかった。

 

 何がどうなってるのかと混乱する私に、その状況が仕組まれたものだと気付いたのは、割った壷の罰として奴隷として売られる直前の彼女との出会いだった。

 嬉しそうな黒い笑みを浮かべ、私の前に現れた侍女長の口からその真実を聞いた時に、すべてを悟った。

 まさか侍女長本人が黒幕だとは思わなかった。

 

 将来の目標にしていた人が、自分の存在意義を脅かす者が現れることを恐れて、まさか追い出そうとしているとは思わなかった。

 幼いが故に表面的な優しさに騙され、人の心の闇を見抜けなかった私が悪いと言えば、それまでだ。

 自分が目指すべき侍女長になるためにただひたすら自分を磨き、知識にばかり目を向けていた私が愚かだったのだ。

 

 さすがに人生における経験の差は、いかんともし難い。

 気付いた時には私に見えない所で外堀が埋められていた。

 侍女長の部下である侍女達が共謀して、皆で私を貶めようとしていたのだ。

 

 仲の良かった姫様も必死にかばってくれたが、どうすることもできなかった。

 

 私を助けてくれる人は誰もいない。

 まさに見事としかいえなかった。

 

 それからは誰も信じられなくなった。

 心はささくれ、完全にひねくれてしまった。

 

 貴族なんかは嫌いだ!

 ろくでもない事を考える侍女はもっと嫌いだ!

 でも、誰かをお世話する仕事はどうしてもやりたかった……。

 

 私はもう決めている。

 強く生きようと。

 己がしたいことをするためには、誰かを利用し、それを踏み台にして生きていけばよい。

 

 私にとって都合が良いのはお金持ちの貴族で、情に甘い奴。

 お人好しであればあるほど良い。

 せいぜい利用させてもらうだけだ。

 

 ごめんなさい、姫様。

 私はもう、あなたが知っていた頃のお人好しなだけの兎人ではありません。

 

「アイネス、どう思う?」

 

 ホーキンズに声を掛けられて、飛躍していた思考から現実に戻される。

 彼との面談が終わり、別室に移動したところだったと思い出す。

 

「貴族とも、平民とも、どっちとも言えない奇妙な少年と言った感じですかね」

 

 貴族と言うには、貴族特有の仕草などが垣間見えない。

 まるで部屋に閉じ込められ、貴族としての教育を受けずに外に放り出されたかのようだ。

 とはいえ、平民とも断定できないのにも理由がある。

 

 特に気になったのが匂い。

 犬族ほどでもないが、私もそこそこ鼻は利くほうです。

 

 服装からして平民を装った格好をしているが、貴族のような風呂に入る習慣のない平民なら、鼻に付く体臭を気付かせるものです。

 だが彼からはそのようなものは一切しない。

 寧ろ好ましい、不思議な匂いがする。

 平民ではありえない。

 

 髪も荒れてない。

 どのようなものを使えば、あのような髪質になるのか。

 少し羨ましいくらいです。

 

 何者だろう。

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 やはり平民の格好をした貴族のお坊ちゃんなのか?

 

 貴族であれば護衛の一つでも付けるものだが、そうではなく1人ということであれば、やはりこの奴隷商会にお忍びで来たということか?

 ではその理由は? 目的は?

 情報が少な過ぎるわ。

 

 今の所、私が考える限りで濃厚な線は貴族と侍女の間に出来た隠し子。

 周りに知られないように隠して育てられ、ある日突然に隠し切れない事情ができたために、ある程度の金を持たして外に出したとか?

 ありえる話とも、ありえない話とも言える。

 

 先程面談した謎の少年が、エルレイナという頭の悪い狐人と面談している間に、ホーキンズから渡された彼と面談した戦奴隷達の資料に目を通す。

 資料に目を通して、思わず眉をしかめてしまった。

 

 ホーキンズはどういうつもりなのだろう。

 どう考えてもこの面子は、雇い主が縦に首を振らない奴隷達だ。

 戦奴隷としては連れて行けるかも知れないが、性格的に難がありすぎる。

 

 他にも戦奴隷として手を上げるような人達は、この奴隷商会にいるはずなのに、なぜ彼女達を……。

 まるで、彼に彼女達を押し付けているようじゃない。

 ホーキンズめ、本当に何を考えているのかしら?

 

 さて、どうしたものか……。


 私が戦奴隷兼家内奴隷になるのは、別に問題は無い。

 性奴隷ではなく、戦奴隷兼家内奴隷を求めているというのは、わずかばかり彼の評価を上げても良いのかもしれない。

 好きでもない男に抱かれるくらいなら、戦奴隷になって迷宮で魔物に殺されたほうがまだ良い。

 

 戦奴隷としても参加できるようにするために、ギャーギャーと喧しいホーキンズの尻を蹴り上げて、探索者ギルドにまで出向いて魔法使いに転職したのだ。

 それにより更に借金が増えたが、先行投資と思えば大したことはない。

 お金が手に入ってから返せば良いのだから。

 これで戦奴隷としても別段問題無いだろう。

 

 彼に戦奴隷として雇われた場合を考えて、ホーキンズから借りた迷宮探索に関する書物を読みふけってると、部屋にホーキンズが入ってきた。

 

「どうでしたか? えらく、ご機嫌ですね」

 

 ニコニコした表情からして、うまく彼との交渉ができたのだろう。

 おそらくホーキンズにとって厄介な私も売れて、かなり嬉しいのだろう。

 顔に出てるわよ?

 まあ、私はすぐにここへ戻ってくるかもしれないけどね?

 

「今回は、アイネスを戦奴隷兼家内奴隷という条件で、100万セシリルという値段で交渉してみた」

「あら、随分安いのね。まあ、性奴隷が交渉条件に入ってないのなら、そんなものですかね」

 

 これでも、未来の侍女長候補とまで言われていた私だ。

 教育もせずに貴族が欲しがって買うような人物を、家内奴隷として買えるのだ。

 安い方ではないのだろうか?

 

「おそらく最初の成人奴隷を紹介した時に、100万セシリルを予算としてるように見えたから、その条件で出してみたんだが……」

 

 なるほど。

 その表情から察するに、それでは私しか買えないから高いとでも言われたのですね。

 

「見積書を出して、彼が誰を選ぼうとするかを様子見してたんだが、あっさりとエルレイナとアイネスの資料には興味を無くしてな。アズーラとアクゥアとアカネの資料を熱心に見ていた。やはり予算的には100万だったか……」

「な、なんですって!?」

 

 思わず大きな声をあげてしまった。


 ホーキンズがなにやら納得したように、しきりに頷いている。

 おそらく彼との会話から、自分の欲しい情報を的確に引き出せた事に、商人としての自分の腕に満足したのだろう。

 だが私が気にしてるのはそこではない。

 

「どういうことなの! ホーキンズ! なぜ私が選ばれてないの!」

「ぐぇ!? アイネス、首が、ぐるじぃ……」

 

 私はホーキンズの胸元を掴み、締め上げた。

 

 あれだけ人の胸元を見て、私に対して興味津々な様子をしておきながら、予算内にも関わらず私を真っ先に切り捨てるとわ。

 事前にホーキンズには聞いてるんですよ?

 あなたが他の3人を買う意思を固めておきながら、兎人の容姿の良い、胸の大きい女奴隷を薦める話を聞いたとたん、目を輝かせてくいついてきたことを。

 

 私と一緒に面談していた者達の資料は、ホーキンズが事前に見せてくれてるので、他の奴隷達がどういった者なのかは把握している。

 レベル的には、私でも問題無いはず。


 アズーラとの会話からして、まずは浅い迷宮から攻略するつもりだったはずですから、適当な拠点を見つけて徐々に潜ると計画しても、私と二人だけのパーティーでも問題無いはず。

 むしろ適当な借家でも良いから家でもあれば、私が家内奴隷として家事も手伝いできますし、迷宮にも潜れる。

 容姿も綺麗な上、一石二鳥どころか一石三鳥ではないですか!

 何が不満というのです!

 

「お、落ち着け、アイネス!」

「私は落ち着いています!」

 

 私は怒りのままにテーブルに拳を叩きつけた。

 

「最終的にお前とエルレイナを含めてなら、50万セシリルで買うという話になった」


 その言葉が更に私の怒りに火を注ぎ、私はホーキンズを射ぬかんばかりに睨みつける。


 私はあの薄汚れた、あんぽんたんの馬鹿狐と同レベルだというのですか!

 なぜ私が言葉も理解できないような、どう見ても足手まといなアホ狐と同列で買われるのですか?

 

 おのれ、ハヤト=サクラザカ、ゆるすまじ!


「も、もちろん、お前の同意がなければ断っても良いのだが……」

「断る必要はありません!」

 

 そうです。

 断る必要はないですわ。

 

 彼にはたっぷりと教えてあげましょう。

 

 私を買ったことが、どれほどお得だったのかを。

 別に気に入らなければいつものように適当に嫌がらせをして、最後にいつものアレを教えてあげて、また奴隷商会に返却してもらえば良いのです。

 私ほどの者であれば、好条件の買い手などいくらでもいるのです。

 

 そして後悔させてあげましょう。

 私を真っ先に選ぼうとしなかったことを。

 

「フフフ……」






   *   *   *






 頭が痛いですわ。

 

 この貴族の坊ちゃんは、私の予想以上に世間知らずのようです。

 おまけにヘタレ。


 とりあえずいつまでも猫をかぶるのも面倒臭いので、豚野郎と言ってあげたら、怒るどころか一気に沈みました。

 性奴隷の交渉でも始めやがったらすぐに噛み付くぞという、牽制の意味を込めたつもりが予想以上に彼の心を抉ったようです。

 

 どれだけ精神面が弱いのでしょうか。

 どんな甘ったれた環境で育てれば、こんな箱入り息子ができあがるのでしょうか?

 彼を育てた者の顔が見てみたいですわ。

 

 正直な話、ここまで駄目な男だとは思いませんでした。

 自分が貴族の子供だからと言う意識があるからか、自分の身を守るためにとりあえず奴隷を買おうとしたのでしょう。

 しかもヘタレなので成人奴隷は買えずに、私達のような子供を買ったというのが推測できる程の臆病者。

 

 私を含めてホーキンズに彼女達を押し付けられたとは、見事に気付いてないようですね。

 お人好しの性格が垣間見えますから、同情心から彼女達を買わされたのでしょう。

 

 ホーキンズのやりそうな手ですわ。

 

 このパーティーの舵取りは誰かがしっかりしないと、すぐに空中分解するでしょう。

 何しろ私達がどれだけ迷宮で戦えるかを分析する前から、転職という選択肢を模索しようとするお坊ちゃんですからね。

 猿並の知能です。

 

 なんですかその目は? 文句があるなら聞きますよ?

 

 目を逸らすの早っ!?

 少し睨んだだけなのに、そこはせめてもう少し粘るとか……。

 ヘタレ。

 

 はぁー。

 思わずため息がでてしまいそうになります。

 

 さて、まず目に付くのはアクゥアというサクラ聖教国の猫娘ですね。

 レベル15の猫族。

 

 14歳の未成年にしてはなかなかに高レベルですわね。

 言葉が通じないというのが難点ですが、戦力としては問題ないでしょう。

 

 さっき貴族の坊ちゃんの話を聞かずに、異様な速さで馬鹿狐と追いかけごっこをしてる様子からして、遊撃担当として使えるのでは無いのでしょうか?

 レベルも高いので、初めのうちはレベルの低い者達の補佐を兼任してもらいましょう。

 それでパーティーの安全も確保できるはずです。

 

 そして、その猫娘を嬉しそうに追いかけていた馬鹿狐ことエルレイナ。

 なぜこのようなお馬鹿がレベル15もあるのかは理解できませんが、迷宮で戦う時に味方の邪魔さえしないように教育できれば、アクゥアと同じく遊撃要員としては使えそうですね。

 

 後は前衛として使えそうなのが、不良牛娘のアズーラと自称狼娘のアカネ。

 

 まあ、馬鹿力と頑丈さが取り得の牛人です。

 女性とはいえレベルさえ上がれば、前衛の盾としては使えるでしょう。

 厄介なのは彼女の性格です。

 

 どう見てもやる気を感じません。

 迷宮に一緒に潜ってくれるかどうかも怪しいものです。

 大の酒好きということですので、そこをうまく利用すれば何とかなるかと言ったところでしょうか。

 

 次は自称狼娘のアカネ。

 

 痩せ過ぎです。

 

 骨と皮だけじゃないですか!

 奴隷とはいえ、ホーキンズは彼女にどんな食事の与え方をしたのでしょうか?

 まるで虐待をされたようなその姿に、このお人好しの馬鹿お坊ちゃんではないですが、ちょっとだけ同情心がわいてしまいますね。

 なんとなく、この馬鹿お坊ちゃんの評価を少しだけ上げて差し上げましょう。

 

 とにかく、彼女にはたくさん食事をさせて、まずは一緒に戦えるまでに身体作りをしてもらうことが先決ですね。

 万が一にも狼人というのが本当であれば、前衛としてはかなりの活躍が期待できます。

 

 そして、なんだかんだで一番の問題は、この無能貴族のお坊ちゃんです。

 

 神子ミコって……。

 

 「私は男として無能です!」と宣言してるようなものじゃないですか。

 回復魔法を覚えれば、仲間を支援できるのが唯一の救いですね。

 考えるまでも無く、魔法使いの私と同じく後衛の担当ですわね

 

 はぁー。

 幸せがどんどん逃げていきそうですわ。

 

 ホーキンズめ、本当に厄介な者達を押し付けてくれましたわね。

 これは大きな貸しですよ?

 

 正直な話、今すぐにでもこの面倒ごとを放り投げたいくらいです。

 しかし、まだこの無能野郎に売られた喧嘩を買う前から逃げ出すのは癪に障ります。

 私の優秀さを見せつけつつ、人を見下す貴族に嫌がらせをするのが私の趣味の一つですから。

 

 まずはやるだけのことをやりましょう!

 

 ……はぁー。






   *   *   *






 馬鹿だ馬鹿だと思ってましたが、正直ここまでとは思ってませんでした!

 

 せっかくアカネを買った件で評価を少し上げてあげたのに、さっきの件で完全に評価が底に落ちました。

 

 あの馬鹿達の会話に、気持ち悪い笑みを浮かべた貴族の豚野郎達の顔が思い浮かんでしまう。

 なので、つい頭に血が昇って、手元にあったメイスで馬鹿猿を殴ってしまいました。

 なにがオッパイが、ばいんばいんですか!

 そんなに、オッパイが大きい兎人のいる娼館に行きたいのですか!?

 

 どうせなら上からメイスを振り下ろすのではなく、下から股間を蹴り上げるべきでしたね。

 

 しかし、奴隷になって主人に手をあげたのは何気に初めてかもしれませんね。

 これはそのうち奴隷商会に出戻りの流れになるかもしれませんね。

 

 もし、奴隷商会に戻ることになった時は、「ただいま帰ってまいりました。旦那様」とでも笑顔で言ってやりましょうか?

 「やっぱり帰ってきたのか?」と、ホーキンズが苦笑いしながら私を出迎えてくれるのが、目に浮かびます。

 

 まあ、その顔を見るのも一興ですが。

 

 でも、私は悪くないはずです。

 私という容姿端麗な兎人に性交渉を始める前に、他の兎人に手を出そうと考えるなど、私に対して喧嘩を売ってるとしか思えません。

 なので、別段主人に手を上げたことは後悔してません。

 

 私の事が嫌になれば、さっさと奴隷商会に差し出せば良いのですから!

 

 しかし、今の問題はそこではありません。

 

 あの馬鹿店長に、お前もメイスで殴られたくなければ安く借りられる家を教えて下さいと、笑顔でお願いしたらこの家ですよ。

 どう見てもお化け屋敷じゃないですか。

 家に謎の植物が絡まっています。

 どこが貴族の坊ちゃんにもお勧めの家ですか!

 やっぱり彼は、私にメイスで殴って欲しかったのでしょうか?

 

 なぜ、この馬鹿坊ちゃんはこの家を見て平気な顔をしてるのですか?

 中に入れって、本当に住める家なんでしょうね。

 住めないような家だったらメイスで殴りますよ?

 

 むー。

 

 ちょっと変わった素材や見たこと無い調理器具を置いてますが、別に住めないことはなさそうです。

 サクラ聖教国では普通にある家のようなことを、ここに案内した店長は言っています。

 馬鹿坊ちゃんも、何気にこの家には乗り気なようです。

 

 予算的にも確かに問題は無いです。

 買い手は皆無のようなので、かなり安いです。

 

 むー。

 悩みます。

 

 え? お風呂?

 お風呂があるのですか!?

 

 店長の発言に驚いた私達ですが、その顔を見てしてやったり顔をする馬鹿坊ちゃんに、少し腹が立ちます。

 後でメイスで殴っておきましょう。

 

 ふむふむ。

 匂いが少し気になりますが、熱い水がでるというのはかなり良いですね。

 貴族の者達が温かいお風呂を使う時は、高価な魔道具を使って水を温めますからね。

 

 魔法使いとして未熟な私では、貴重な魔力を消費して湯を作ることはできません。

 そういったことから考えれば、このお湯がでる温泉を使った設備は、無視できないものがあります。

 

 決して美肌効果があるという所に魅かれたわけではありません。

 あくまで副次的効果に期待するだけで、お肌が今より少しだけ綺麗になったら嬉しいなーという程度です。

 それ以外に他意はありません。

 決して、あのお馬鹿の口車に乗せられたというわけではありません!

 

 まだ美肌効果の結果がでてきた訳でもありませんですし、たまたま値段が安かったからここに決めただけです。

 大した効果がなければこんなみょうちくりんな家は、即刻退去する予定です!

 フンだ!

 

 しかし妙ですわね。

 

 あのアクゥアと言う者と馬鹿坊ちゃんとは本当に無関係なのでしょうか?

 気になるのはその珍しい黒い瞳とその黒髪。

 種族は違えども、なぜそこまで一致してるのでしょうか?

 お風呂の件に関しても、何を話してるのかは分かりませんが、まるで通じ合ってるような様子を見受けられます。

 

 見てください。先程まで無表情だったアクゥアが、目を輝かせて馬鹿坊ちゃんを見つめてます。

 そして、身振り手振りで熱心に異国の言葉を語るアクゥアを、まるで初めから理解してたかのように頷く馬鹿坊ちゃん。

 

 まるで主人とその主を尊敬する従者のようです。

 

 そもそも家名が、サクラザカというのが気になります。

 さっき馬鹿坊ちゃんが、似たような家に住んだことがあると言ってましたし、サクラ聖教国では普通にある家と店長は言ってましたね。

 そうなると、やっぱりサクラ聖教国では、この馬鹿坊ちゃんは貴族の住む家にいた可能性がありますね。

 

 むー……!?


 今、閃いたのですが、サクラ聖教国の分家の者という可能性は?

 何か一族が禁忌をおかして国を追い出されたとか?

 そう考えれば、なぜか馬鹿坊ちゃんが異国の言葉を話せるかも頷けます。

 強引な推測かもしれませんが、そういう話であれば納得できるところもあります。

 

 そもそもアクゥアのような優秀な人材が、わざわざおとなしく奴隷となった理由もよく分かりません。

 もしくは初めから彼の下につくために、奴隷となったという可能性は?

 実は彼はやんごとなき王族の血を引く者ではあるが、表ざたにはできないため、わざわざ奴隷という身分として彼女を潜り込ませたという可能性は?

 今回の奴隷商会での奴隷購入は、既に最初から仕組まれたものでは?

 

 ホーキンズのことです。

 何も考えずにただの思いつきで、この組み合わせを選んだとも考えられません。

 もしかして誰かに金を握らされて、ホーキンズが今回の計画に賛同したという可能性もあります。

 

 むむむ!?

 ……そういうことであれば!

 これはこの者についていけば、早いうちに私の借金が返せる可能性があるのでは?

 

 そして、今のうちからうまく彼に取り入れば、彼が王族として表立って名を連ねた時に、侍女長という立場もありえるかもしれません。

 

 そう考えると、さっきメイスで殴ったのはまずかったかしら?

 まあ、でも、手を出してしまったのは仕方ありません。

 たとえ王族の子供でも、躾のためなら手を出すのも侍女長の仕事です。

 

 遥か東にある島国、サクラ聖教国。

 謎の多い国ですが、いろいろと調べてみる必要がありますわね。


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