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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第5章 中級者迷宮攻略<ラウネがいっぱい編>

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PRINCESS YAJUU

 

「ヴァルディア教会の貴族って、やっぱり怖いの?」

 

 今朝あった一幕を思い出しながら、アイネスに尋ねる。

 

「ラウネ! ラウネ! あいあいあー!」

「……え? あー、今朝の話のことを言ってますか?」

「うん」

 

 エルレイナがラウネを引き抜くところを、真剣に見ていたアイネスがこちらに振り向く。

 目的の物じゃなかったからか、少し不満そうな顔をしながらも、空になった俺の器に携帯水筒のお茶を注いでくれる。

 「取ったどー!」と言ってるのか白ラウネを両手で持ち上げながら、嬉しそうな表情でエルレイナがこっちに走って来た。


「あいあいあー!」

『良かったですね、レイナ』

『はい、お姉様!』


 アクゥアに頭を撫でられて、狐娘が嬉しそうにフサフサの大きな尻尾を左右に振る。

 そのまま地べたに座ると、シャリシャリと白ラウネを齧り始めた。


「はい、お茶をどうぞ」

「ありがとう」


 俺に分かりやすく説明をするためか、目を閉じて考える仕草を始めたアイネスを見つめながら、お茶を口に入れる。

 早朝からマリンや若い巫女達が家にやってきて、わざわざ俺に謝りに来たと言われた時は、思わず驚いてしまった。

 

 どうやら俺の噂というのは、探索者ギルドでロール嬢が言ってたみたいに、教会にいる巫女達の間では有名になってるらしい。

 マリンの同僚達がその噂話をしてるところに、たまたまロール嬢が通りがかって根掘り葉掘りと聞かれたようだ。

 顔を真っ赤にしたロール嬢が教会に帰って来て、様子がおかしいことから護衛をしていた教会騎士に話を聞いたら、貴族巫女相手に噂のミコ様とやらが反抗的な態度を取ったと聞かされる。

 

 俺と知り合いという噂のマリンの所に、気を遣ってその話をしに行ったら、マリンから俺が貴族だと知って大変なことをしてしまったと思ったようだ。

 貴族同士の争いごとに発展しそうな状況に、「ミコ様はお優しいかたですから、ありのままを話して謝れば、許してくれますよ」とマリンに説得されて、ようやく俺のとこに来たみたいだ。

 口を滑らせた若い巫女達は一晩中泣きはらしたせいか、目を真っ赤にしてやってきたので、マリンから詳しい話を聞いて若干引いてしまった。

 気にし過ぎだろうと……。

 

「ご主人様はどこぞの偉そうなだけの大貴族と違って、心の広い御方です。そんなことくらいでは、怒ったりはしませんよ。サクラ聖教国の大貴族なので、その辺の貴族とは格が違います。貴方達が考えてるような、大事にはなりませんよ」

 

 と、やたら『大貴族』を強調したアイネスに説得されて、ようやく安心した顔で帰って行った。

 アイネスが説得してる間、俺は怒ってないですよと強調するために、笑みを作り続けるのにはとても苦労したよ。

 そんな事を考えていたら兎娘がようやく目を開き、桃色の瞳をこちらに向ける。


「ヴァルディア家の貴族は、マリン達のような平民からすれば、やはり逆らいづらい相手ではありますね。私達は大貴族の旦那様がいるので、相手が多少強気に出てきても鼻で笑ってやれます。しかし、後ろ盾のないマリン達だと、機嫌を損ねないように顔色を伺うのが普通ですね。仮にも、ヴァルディア教会を取り仕切ってる貴族ですから、ヴァルディア家の機嫌を損ねれば、仕事を首になる可能性もありますからね」

「厄介な上司ってわけか」

「ちなみに私達奴隷の場合ですと、あそこまで貴族に対して暴言を吐いたら、普通は首の1つを跳ねられてもおかしくはないですね」

「ええ!?」

 

 さらりと恐ろしいことを言いながら、静かに自分のお茶を飲むアイネス。

 

「まあ、私の場合はサクラ聖教国の後ろ盾のある旦那様がいますし、奴隷はご主人様の所有物ですから、それに手を出せば大事になるのはあちらなので、あまり気にはしませんでしたけど。どうせ喧嘩に発展しても、アクゥア達がいるので勝つのはこちらだったでしょうから」

「……」

 

 開いた口が塞がらないというのは、まさにこの事だろう。

 いや、確かにアクゥア先生がいれば勝てるだろうとは、俺も思ってたけどさー。

 

「やっぱり変だぞ。全然、魔物の姿が見当たらねぇ」

「でも、獣の臭いはするでありますよ?」

 

 俺達が一休憩しているところに、偵察に行ってた悪魔騎士と狼娘が戻ってくる。

 どうやら、収穫はなかったみたいだ。


 朝から歩きっぱなしで7階層まで足を運んだのに、魔物1匹見つからない状況に皆で首を傾げてしまったが、ここまで魔物を見つからないのも不思議な話である。

 似たような状況を初級者迷宮で遭遇したから、途中から魔狼の亜種を警戒して移動していたが、特にそれが現れる様子も見えない。

 アクゥア先生は危険な気配はしないと言ってるし、殺気を敏感に反応する野獣姫も白ラウネを夢中でモリモリ食べていて、2人共いつも通りだし……。

 

「でも、魔狼の亜種ではないんでしょ?」

「違うでありますね。獣の匂いではありますけど、初めて嗅ぐ匂いであります」

「魔狼とかだったら、アカネの反応が全然違うしな」

「もう少しだけ、移動してみましょう」


 長く続いた不思議な状況は、たまたま広めの道を選択して、大部屋ともいえるくらいに広い場所を通っている時に一変した。

 突然に魔狼の亜種よりも大きな、銀色の体毛を持つ狐が目の前に現れる。


 でけぇ……。

 あの魔狼の亜種が可愛く見えるくらいに、ものすごくでかい。

 象くらいはあるんじゃないかと思うような巨体を持つ狐が、俺達を静かに見つめている。


「これも、中級者迷宮の魔物?」

「いいえ、違います。私は、こんな魔物を知りません……」


 動揺するような表情で、アイネスが答える。


「ハヤト、俺達から離れるな! おいおいおい……何で上級者迷宮の深層にいる銀狐が、こんな所にいるんだよ!」

「銀狐って、たしか神獣の眷属ではなかったのですか?」

「そうだよ! だから、やべぇって言ってんだよ! アレの機嫌を損ねるようなことをしたら、一瞬で殺されるぞ。おめぇもハヤトから、離れるんじゃねぇ!」


 珍しくアズーラが半狂乱になったように叫びながら、アイネスを一喝した。

 俺達の盾になるように悪魔騎士が前に出ると、棘メイスを両手で握りしめて構える。


「アカネ、退路を確保しろ!」

「あ、アズーラ殿……無理であります」

「チッ。待ち伏せかよ……」


 どこかに隠れていたのか、後ろからも数匹の銀狐が現れる。

 前へ振り返れば、更に銀狐が増えていた。

 

「あの鎧って、聖銀ミスリルよね?」

「そうだよ。俺の鎧は黒鉄だけど、魔装具の聖銀ミスリル相手だと、属性付きで攻撃されたら紙キレのように一瞬で壊されちまう。だから、今回ばかりは俺も大した盾にはならねぇかもしれねぇぞ」

「そ、そんな……」


 妙に身体がキラキラ光ってると思ったら、銀狐達が聖銀ミスリルとやらの鎧を着てるようだ。

 聖銀って、確か鋼黒鉄よりも価値があって、魔装具が作れる特殊な鉄だよな?

 迷宮騎士団が着てるのは銀色だけど、黒鉄や鋼黒鉄の鎧の上に見栄えをよくするために、表面を銀色に塗ってるだけだから光らないけど、目の前の魔物達の鎧は迷宮内の魔素に反応してるのか、確かに光っている。

 サリッシュさんが着てる鎧も聖銀だけど、魔物の中にも聖銀の鎧を持つ奴がいるのか?


『相手から、殺気を感じません。銀狐は狐種の中でも、竜種に並ぶくらいにとても頭の良い魔物です。こんな所に現れた理由が不明ですね。何が目的なのでしょうか?』

 

 ひどく動揺したアイネス達とは違い、冷静に周りを観察している忍者猫娘が、不思議そうに首を傾げた。

 殺意は無いと言われても、こんな象みたいにでかい狐達に囲まれたら、とてもじゃないが落ち着かない。

 魔狼など一齧りで殺してしまえそうな、大きな顔についてる2つの金色の瞳が、興味深そうにこちらを観察している。

 

『レイナ?』

「お、おい、馬鹿!」


 珍しいことに魔物が現れても抜剣することなく、大人しくしていたエルレイナがトテトテと歩き出して、最前列にいる銀狐に近づく。

 狐人の子供など、一飲みで食べてしまいそうな大きな身体を持つ銀狐と、エルレイナが静かに見つめ合っている。

 銀狐が大きな顔をゆっくりと降ろすと、それに手を伸ばすエルレイナ。

 

「あいあいあー!」

 

 一瞬アイネスの息を呑むような声が聞こえるが、こちらが予想していた惨劇は起こらなかった。

 ご機嫌な様子で、銀狐の顔を撫でるエルレイナ。

 顔を撫でられている銀狐も、気持ちよさそうに目を細めている。

 

 ふいに、口に何かを加えた銀狐が近づくと、エルレイナがそれを受け取った。

 最後に銀狐とエルレイナが、お互いの鼻を擦り合わせるような仕草をすると、銀狐が踵を返して移動し始める。

 巨体を持つ銀狐達が、迷宮の奥へと消えてった。

 

『……いなくなったようですね。気配もありません』

「アクゥアが、いなくなったって」

「ブハァーッ!」

「腰が、抜けたでありますぅ~」

「今回ばかりは、もう駄目かと思いました……」

 

 足早に周辺を偵察したアクゥアが戻って来ると、安全になったことを報告してくれる。

 大きく息を吐いた悪魔騎士が地べたに崩れ落ちると同時に、他の皆も地べたに座り込む。

 俺の腕にしがみついた状態で、アイネスも腰を抜かしたように膝から崩れ堕ちた。

 

『レイナ、それは何ですか?』

「ウーッ!」

 

 筒のような物を握りしめているエルレイナにアクゥアが近づくと、唸り声を上げて後ろに隠そうとする。


『すぐに見せてくれなさそうなので、後で確認してみます』

『頼む』


 とりあえず、強引に取り上げることはできそうにない。

 エルレイナが持ってる謎のブツは、時期を見計らってアクゥアに調べてもらうことにして、その場は満場一致で早急に引き上げることにした。

 相手は巨体なので、わざと細い道を選んだりして、慎重に周りを警戒しながら帰ることにする。

 転移門が見えた時は、皆から安堵のため息が漏れてしまったが、仕方のないことなのだろう。

 

 探索者ギルドに戻れば、他の探索者達の中にも銀狐を見た者がいたようで、探索者ギルド内が大騒ぎになっていた。

 探索者達で混雑してる探索者ギルド内を移動していると、マルシェルさんが俺達を見つけて、慌てて駆け寄ってくる。

 

「良かったわ。無事だったのね」

「ええ、なんとか。銀狐に出会った時は、どうなるかと思いましたが……」

 

 俺達の無事を確認した後に安堵した表情を見せると、早口に状況を説明してくれた。

 どうやら銀狐の発見報告を受けて、緊急で迷宮騎士団の捜索隊が編成され、中級者迷宮に残ってる者達を探しに行ってるようだ。


 銀狐がいなくなるまではということで、今日は中級者迷宮への立ち入りが禁止されてしまった。

 さすがに皆も、あの銀狐に取り囲まれるような状況に遭遇するのは嫌だったみたいで、今日は大人しく家で過ごすことにした。






   *   *   *






「やっぱりエルレイナは、迷宮で生活してたのかね?」

「だとしてもさぁ、さすがに銀狐のいる上級者迷宮は、無理だと思うぜ?」

 

 俺の呟きに、夕食後の晩酌をしてるアズーラが疑問系で返答する。

 

「でも、銀狐と仲良さげでありましたよ? はむ、んぐ」

「う~ん……そこがよく分からないんだよなぁ」


 アカネの指摘に、不良牛娘が頭をボリボリとかきながら困ったような表情をする。

 さっき10人前を食ったばかりなのに、夜食の肉団子を美味しそうな顔で頬張る狼娘。

 ホントよく食うよな。

 今日で夜食生活は最後だからか、串に付いたタレも丁寧に舐めている。


「本人に聞こうにも、肝心のエルレイナは、まともな言葉を喋れませんしね」


 アカネが書き写した紙束を整理していたアイネスが、視線を2階に上げた。

 今はアクゥアとロリンの2人掛かりで、エルレイナが銀狐から渡された謎の筒を見せてもらおうと、悪戦苦闘してるところだろう。

 アクゥアの予想では、あのタイプの筒には紙の類が収められているはずだから、蓋を開ければ何か書かれてる物が見つかる可能性が高いらしい。

 謎の多い野獣姫が、過去にどんな生活をしてたかを皆で予想しながら会話をしていると、アクゥアが居間に顔を出す。


『あれ? エルレイナとロリンは?』

『2階で、絵本を読んでます』

『アクゥア、お茶、飲む?』

『お願いします』


 アイネスが出した湯呑を手に取ると、熱いお茶を冷ますようにアクゥアが息を吹きかける。


『ようやく、レイナが持ってた物を見ることができました。予想通り、中には紙が入ってました』

『何か書いてたの?』

『はい。私とレイナとハヤト様の3人が、指定された場所に来るようにと書かれてました』

『俺も?』

『はい』


 適温になったのか、アクゥアが静かにお茶を飲み始める。

 アイネス達が分かるように訳せと騒ぐので、アクゥアが話した内容を教えてあげた。


「銀狐が、旦那様を呼び出したということですか?」

「名指しって言うのが、少し気になるな。少なくとも、向こうはこっちのことが分かってるってことだろ?」

「場所はどこでありますか?」

『アクゥア、場所はどこって書いてた?』

『初級者迷宮です。地図が書かれてましたので、だいたいの場所は分かります』


 行くべきかどうしようかと悩んでたが、俺以外の全員が行くべきだと言う。

 何しろ呼び出した相手は、神獣であるヨウコ様の眷属である銀狐を小間使いの如く、メッセンジャー代わりに使うような大物なのだ。

 もしかしたら、神獣に関わりのある誰かが待ってる可能性も高く、それを無視するなんてとんでもないと言われてしまう。


 迷宮に出かける準備を整えると、アイネス達に見送られながら初級者迷宮を目指す。

 いつもの道中も、普段出歩かない夜道なためか新鮮に見えてくる。

 空を見上げれば、4つの月が目に入った。


 今日で春月の80日になり、後10日で夏月に変わるためか、春月が他の月と同じようなサイズになりつつある。

 代わりに海のように青い夏月が、他の月より少し大きく見える。

 夏月の上旬は雨が多くなる梅雨の時期に入るらしいから、洗濯物が乾きにくくなるとアイネスが文句を言ってたな。


 仲の良いアクゥアとエルレイナに先導されながら、久しぶりに初級者迷宮の受付所に足を運ぶ。

 おや、珍しい人がテントの中から顔を出したぞ。


「サリィ! サリィ! あいあいあー!」

「エルレイナか? どうした、こんな夜遅くに」


 軽く家が買えちゃうような、素敵なお値段のする聖銀の魔装具に身を包んだ人物が、こちらに気づいて振り返る。

 エルレイナの師匠でもあり、『紅銀狼』の2つ名を持つサリッシュさんが、俺達に声をかけてきた。

 副団長がこんな所で何をしてるのかと尋ねたら、銀狐が初級者迷宮にも現れていないか調査してたらしい。

 昼間にあったことをサリッシュさんに説明して、初級者迷宮に入ることは可能かと尋ねてみる。


「ふむ。銀狐を小間使いに使える者か。思い当たる人がいないわけではないが、こればっかりはこちらから出向いてみないと分からんな」


 駄目だと言われるかと思ったが、中に入ることを許可してくれた。

 アイネス達と同じ意見らしく、むしろ行った方が良いだろうと言われる。


「初級者迷宮なら転移石も使えるから、万が一のことがあればすぐに逃げ出せるし、大丈夫だろう。それに……」


 転移石を俺に渡しながら、いつもの意味深な笑みを浮かべるサリッシュさん。


「アクゥアとエルレイナがいるんだ。護衛としては、その辺の若造達よりは安全だろ。エルレイナ、ハヤトの護衛を頼むぞ」

「あいあいあー!」


 サリッシュさんに見送られながら、初級者迷宮の奥を目指す。

 アクゥアが指定された場所を知ってるようなので、迷宮灯を照らしながらその後ろをついていく。

 

「あいあいあー、あいあいあー、あい、あい、あー」

 

 迷宮で拾った白ラウネを振り回しながら、上機嫌な時によく聞く、謎の歌を唄い始めたエルレイナ。

 何がそんなに楽しいのかね?


『この辺りのはずなのですが……』


 黒い忍装束に身を包んだ忍者猫娘がふいに立ち止ると、周りをキョロキョロと見渡す。

 どうやら目的の場所に着いたらしい。


『誰もいないね』

『そうですね』


 てっきり昼間みたいに、銀狐の群れが待ち構えているのかと思ったけど、特に誰もいない。

 でも、万が一の為に心の準備と言い訳は考えておかないと。

 昼間の様子から、エルレイナは銀狐に育てられたんじゃないかという予想もでてたしな。

 それならエルレイナの破天荒な、迷宮で育ったかのような振る舞いをする行動の理由が、納得できるからね。

 

 もしかしたら銀狐の親玉みたいのが現れて、「うちのエルレイナを、奴隷にしてるのは貴様かー!」とか言われるかもしれないからな。

 言い訳をしてて、「黙れ神子! 貴様にレイナが救えるのか!」とか怒られても困るんだけどね。

 そんなことを言われても、「救えません! すぐにお返しします!」としか俺には言えないかならなー。

 

 ていうか、エルレイナは既に解き放たれてるし。

 むしろやりたい放題で、周りが手を焼いてるくらいに、毎日がフリーダムだし……。


「あいあいあー! あいあいあー!」

『レイナ?』


 俺の妄想が相変わらずの暴走をしてると、突然にエルレイナが何かを見つけたかのような様子で、嬉しそうに駆け出した。

 そしてなぜか、壁をよじ登り始める野獣姫。

 器用に壁の隙間に手や足を置きながら、手慣れた動きですいすいと壁をよじ登っている。


『上に、穴がありますね』

『え?』


 アクゥアの台詞に顔を上げると、上から何かが落ちてきた。

 これは……ロープか?


『登って来いということか?』

『そのようですね』


 上を見上げれば、既にエルレイナがかなりの高さまで登っている。

 お前はロッククライマーか。

 アクゥアが俺の身体にロープをしっかりと結びつけると、上から俺を引っ張るためにロープを使って登り始める。


『お?』

『誰かが、上から引っ張っているみたいですね』

『おお!?』

 

 もの凄い力で引っ張られて、身体が宙に浮く。

 壁にぶつからないように慌てて足を上げると、壁を蹴りながら上を目指す。

 空洞になった大きな穴に辿り着くと、アクゥアに手伝われながら穴の中に入る。


「ありがとう、レイナ。2人を連れてきてくれたのね」

「あいあいあー!」


 視線を上げると、エルレイナが知らない人に頭を撫でられていた。

 エルレイナと同じような形の耳と尻尾が生えているから、狐人だろうか?

 エルレイナが、その狐人に持っていた筒を渡している。


 この人が、俺達を呼び出した人か?

 アクゥアにロープを外してもらっている俺に、エルレイナと仲良く手を繋いで近づいてくる狐人。

 俺の目の前まで来るとふいに立ち止まり、2つの金色の瞳で俺を静かに見つめる。


『初めまして、クロミコ様』


 目の前にいる狐人の女性が、自分の世界では日本語と呼ばれるニャン語で喋り始めると、深々とお辞儀をした。

 紫色の生地で作られた着流しの和服に、桜の花弁が散ってるかのような刺繍がされている。

 銀色の綺麗な髪を長く伸ばし、背中には日本刀のような物を斜め十字に2本背負う、不思議な和服美人の女性。

 どっかで見たような気が……。


『貴方は?』


 俺がそう尋ねると、目の前の女性が優しく微笑んだ。


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