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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第5章 中級者迷宮攻略<ラウネがいっぱい編>

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ラウネ戦記

 

「ラウネ! ラウネ! あいあいあー!」


 またか。

 一仕事終えて、皆が休憩しようと腰を下ろすと同時に、エルレイナがラウネを見つけて駆け出す。

 エルレイナが地面から生えた葉っぱを、楽しそうに引き抜いた。


「あいあいあ?」


 野獣姫に葉っぱを掴まれて、複数の根っこを足のようにジタバタと動かす緑色のラウネ。

 目的の白ラウネじゃなかったからか、それを見たエルレイナが不満そうな顔をした。


 あ~あ、あれはロングシュートコースだな。

 エルレイナが手を放すと、地面に落ちた緑ラウネがピョンピョンと飛び跳ねて、エルレイナから逃げようとする。

 当然ながら逃がすつもりのないエルレイナが、全力で走って緑ラウネに近づいた。


「あいあいあー!」


 「ラウネを大切にしない奴なんて大嫌いだ!」とは言ってなさそうな半笑いのラウネを、お怒り野獣姫が蹴り上げた。

 本日も天高く、美しい放物線を描きながら、緑ラウネが暗闇の中に消えていった。

 この辺りは探索者の匂いはしないとアカネは言ってたから、周りに被害を与えることはないと思うけど。

 さて、今回は当たるかな?


「グギャン!?」

「あいあいあー! あいあいあー!」


 予想通り、暗闇の奥からゴブリンウォーリアの奇声が小さく聞こえた。

 「よっしゃー! 当たったぜー!」と言わんばかりに、嬉しそうに飛び跳ねるエルレイナ。

 喧嘩を売られて怒っているのか、暗闇の向こうからゴブリンウォーリア達の奇声が聞こえる。


 遊撃の仕事だけだと暴れ足りないのか、やたらゴブリンウォーリア達に喧嘩を売ってるよな。

 それを分かってるし、皆を守る遊撃の仕事はちゃんとしてるので、他の皆も別段エルレイナの奇行を咎めたりはしない。


『すみません、ハヤト様……』

『良いよ、行っておいで』

『はい。レイナ、行きますよ』

『はい、お姉様!』


 唯一、教育担当者だけが申し訳なさそうな顔をしながらも、野獣姫を引き連れて迷宮の奥へ向かう。

 アクゥア達が消えた暗闇の向こうから、ゴブリンウォーリア達の悲鳴が聞こえてくる。

 

「諦めろ、アイネス。黄金ラウネは、そんな簡単に見つかるもんじゃねぇよ」

「そんなことは無いですよ。自分が言うのもなんですが、私は最近ツキがとても良いので、1つくらいはエルレイナが引き当てるかもしれませんよ?」


 どうやら未だに諦めきれないアイネスが、ラウネを引き抜くエルレイナを真剣に見てたようだ。

 悪魔兜を外したアズーラが苦笑した後、両手を広げて「こりゃ駄目だな」とおどけた仕草を俺に見せる。

 昨日サリッシュさんが話していた、黄金ラウネの話を思い出す。

 黄金ラウネというのは、近年まで探索者達の間でまことしやかに囁かれていた、幻のラウネだったらしい。

 

 曰く、この世の物とは思えないような美味だとか。

 曰く、黄金ラウネが移動する方向には、いにしえの竜達が隠した財宝があって、巨万の富を手に入れられるとか。

 曰く、食べれば絶世の美女になれるとか。

 いやむしろ、全身が金色になるとか……。


「ばっちゃんから聞いたことあるけど、うさんくせー噂ばっかりだよなー。珍しいモンだから、売ったらそれなりに金になるかもしれねぇけど」

「でも、実在するのはサリッシュさん達が見つけた、1個だけなんでしょ? もし、私達が2つ目を手に入れたら、ものすごい価値がでるはずよ。それを欲しがる貴族は沢山いるみたいだし。もしかしたら、1億セシリルの価値になるかもしれないわよ?」

「ねーよ。まず、見つけるのがめちゃくちゃ運まかせだし、手に入れるのはもっと無理だろうが。サリッシュが、もう二度と見たくないって言うくらいなんだぜ? 俺達だと、絶対無理だろ」


 黄金ラウネは、サリッシュさん達が見つけるまでは、都市伝説のような扱いだったらしい。

 サリッシュさん曰く、葉っぱだけを見ると既存のラウネと同じだが、実だけはその名の通り黄金に輝いてたそうだ。

 黄金に輝き、半笑いの顔を持つカブ……想像してもキモイな。


 サリッシュさん達も元々は半信半疑だったが、『紅の騎士団』として活動してた時にたまたまその話を思い出して、普段は見向きもしないラウネを冗談で引き抜いてたそうだ。

 しかし、カリアズさんが引き抜いたそれが、偶然にも幻と言われた黄金ラウネだった。


 そして、本当の地獄の始まりはそこからだったそうだ。

 黄金ラウネの魔素に惹かれたのか、迷宮のそこら中から魔物達が溢れ出して、迷宮内が一瞬で地獄絵図と化したらしい。

 しかも場所が上級者迷宮だったので、魔物も桁違いに強かった。

 

 「さっさとそのラウネを捨てろ!」とサリッシュさん達が怒ったが、「ヤダ! 僕がコレを持って帰って、皆に自慢するんだー!」と意地になったカリアズさんが手放そうとしなかったために、黄金ラウネを持った状態で迷宮の入口を目指すことになったようだ。

 「あの時のパーティーだったからこそ、できたことだな。アレを経験すれば、なぜ黄金ラウネを持ち帰った者が存在しないのか、嫌でも理解できたぞ」と遠い目をしながら、昔話を語るサリッシュさんが印象的だったな。

 迷宮を無事に抜けた後は、頭に五重のタンコブ塔を作ったカリアズさんが、ご機嫌な表情で黄金ラウネを持ち帰ったらしい。


 現存するのはこの大陸で1つしかなく、世にも珍しい大変貴重な物なので、万が一のことを考えて北の国にあるファルシリアン家の本家で、厳重に保管されているらしい。

 ファルシリアン家に寄贈する交換条件で、しばらくお金に困らない報酬金を貰ったそうだ。

 カリアズさんを説得するのが大変だったみたいだけど、それを持って迷宮に潜るたびに大変なことになるので、カリアズさんも渋々手放すことにしたらしい。

 黄金ラウネを無事に持って帰って来た初めての探索者パーティーということで、『紅の騎士団』はこの大陸では知らぬ者はいないくらいに一躍有名になったみたいだな。


「見つけた時はすぐに埋め直して、目印をつけた後に、サリッシュさん達に協力してもらうとか、いろいろ手はあるでしょ?」

「サリッシュ達が見つけた時は、上級者迷宮だったんだろ? ここの中級者迷宮には、無いんじゃねぇのか?」

「誰も見つけてないだけで、あるかも知れないでしょ? 探すのはタダなんだから、問題ないでしょ?」

「ふ~ん。まあ、別にいいけどさ」


 黄金ラウネの件で皆が盛り上がってるところで、アクゥア達が戻って来た。


「さて、エルレイナ達も帰って来たようですし、移動しましょう。アカネ、ラウネを見つけたら、エルレイナに引き抜かせなさい」

「了解であります! スンスン……エルレイナ殿、ラウネがあるであります!」

「!? ラウネ! ラウネ! あいあいあー!」

「はぁ~あ。無駄だと思うけどねぇ……」


 アズーラが呆れたように呟く。

 アカネ達に先導されながら、再び経験値を稼ぐ為に迷宮の奥を目指した。






   *   *   *






「お腹が、ペコペコでありますぅ~」

「あ~、だりぃ。酒だ、酒ー」

「もう少しで、探索者ギルドに到着しますよ。文句ばっかり言ってないで、足を動かしなさい」


 今日も7階層まで行って魔物を狩りつつ、魔狼と出会ったアカネが予定通り暴走したので、それを最後に引き上げることになった。

 皆、今日もお疲れ様でした。


「ほら、転移門が見えてきましたよ」

「よっしゃー! 酒だ、酒だー!」

「兎肉を、くださいでありますぅ~」


 5階層にある転移門を使って、探索者ギルドに移動する。

 探索者ギルドに立ち寄った時に、アズーラがマルシェルさんに声を掛けられたので、アズーラだけがマルシェルさんの後をついて行った。

 アズーラが戻ってくるまでの間を待つために、適当な所で足を休めようと空いてる席を探して、探索者ギルド内をうろつく。


「はぁー。厄介なのに、見つかったみたいですね」

 

 アイネスが溜め息を吐くと、面倒臭そうな顔で室内のとある1ヶ所を見つめていた。

 探索者達が避けるようして道を作ると、その間をこっちに向かって真っ直ぐに歩いて来る集団がいる。

 全身鎧を着た5人組の騎士達に守られるようにして、マリンとは違った上品そうな格好をした女性巫女が、こっちを見て笑みを浮かべている。

 

「……知り合い?」

「ヴァルディア教会の貴族巫女です。騎士が持ってる盾が、迷宮騎士団と違う家紋ですので、周りにいるのが巫女を守る教会騎士団でしょうね」


 確かに、家紋が迷宮騎士団と違うな。

 オーズガルドの象徴である狐を模したようなデザインではなく、長い髭を生やしたおっさんが偉そうに両手を広げている絵が描かれている。


「旦那様は、ヴァルディア教会に所属していない巫女なので、そろそろ向こうから接触してくる気はしてました」

「巫女っていうか、神子だけどね」

「そうでしたね。適当に私が話をつけますので、旦那様はいつものように、余計なことは喋らないようにして下さい」

「分かった」


 アイネスが俺の傍に近づくと、ボソボソと囁くような声で教えてくれる。

 なんだか、ものすごく面倒臭そうなことになりそうな予感がするぞ。

 

「ようやく見つけましたよ、クロミコ。貴方の噂は、うちの教会でも若い子達の間では結構有名みたいですね。ミコ様、ミコ様と言ってるので、最初は誰のことか分かりませんでしたよ。若い子達を問い詰めて、ようやく貴方の存在に辿り着きましたわ。まったく、手間をかけさせないで欲しいですわね」


 俺の目の前にまで来ると、なぜか扇子のような物を広げて、貴族巫女とやらが口を開いた。

 いかにも私は貴族ですと言わんばかりに、髪のセットに手間が掛かりそうな、金色の巻き髪が頭の左右から生えている。

 

「一応、自己紹介をしておきましょうか。私、ヴァルディア教会に所属して」

『かわや!』

「は?」

 

 初対面の人なのに、珍しく興味津々の様子でエルレイナが前に出て来た。

 そしてなぜか、嬉しそうな表情で貴族巫女の顔を指差している。


『かわや! かわや!』

「何ですか、この頭の悪そうな子は?」

「プッ……」


 隣でアイネスが小さく噴き出した。

 どういうこと?


『レイナ! 駄目ですよ!』

『かわや! かわ、むぐぉ!?』

 

 アクゥアも何かに気づいたようで、慌てた様子でエルレイナの口を両手で塞ぐ。

 ……あー、なるほど。

 ようやく分かった。

 

 たしかに言われてみれば、金のウン……コホン。

 コラコラ、女性の顔を指差していきなり下ネタは駄目だぞ。

 そこはせめて、金のドリルが頭の左右から生えていると言ってあげなさい。


「奴隷の躾も碌にできないとは。想像していた以上に、ひどい巫女ですわね」


 エルレイナの口を塞ぎながら、後ろに下がるアクゥアを冷めた目で見つめると、貴族巫女とやらが溜め息を吐いた。

 彼女がニャン語を理解できてないのが、せめてもの救いだな。

 真相を知ったら、どうなることやら。


「まあ、良いですわ。改めて、自己紹介をしてあげましょう。私の名前は、モンテザヒューナルス=ヴァルディア。貴方のような平民でも、もちろん知ってるとは思いますけど、ヴァルディア家の者です」


 すみません。

 最近、世界を超えてこっちに来たばかりなので、よく知りません。

 後、名前がすごく覚えにくいです。

 モンテザ……何て?


「貴方の噂はいろいろ聞きましたよ。何やら教会の許可も取らずに、勝手に平民達の治療をしてるみたいですね。しかも無償で」

 

 開いた扇子をパチンと音をたてて勢いよく閉じると、金髪ドリルが俺に鋭い瞳を向ける。

 無償で治療?

 あー、ロリンが迷宮蛇に噛まれた毒を治した話か?

 それとも近くで野苺が取れないからと、他にも家の近くに取りに来た人が迷宮蛇に噛まれて、治療してあげた話か?


 確かに治療費は貰ってないけど、お礼代わりにと言って家の周りに生えた雑草とか刈ってくれたぞ。

 うちの田舎では、お金以外でお礼をするっていうのはよくある光景なんだが。

 

「巫女が治療をするのに、わざわざ教会の許可を取らないといけないという話は、聞いたことがありません。この街の法律にもそんなものはないと、探索者ギルドで確認しています」

「法律ではありません。常識です」


 モンテ何とかさんが両手を広げて、やれやれと呆れたような表情を見せる。

 とりあえず、名前がすごく呼びづらいなー。

 何かもっと良い呼び方は無いのかね?

 

「人気取りのつもりなのかもしれませんが、非常識、極まりないですね。頭も悪ければ、顔も悪い。はぁー……見れば見る程、本当にひどい顔ですわね。まるでゴブリンのようです」

「さすがにそれは、言い過ぎでは無いのでしょうか?」

「あら、ごめんなさい。私、思ったことがつい口から出てしまうのです」


 口元に扇子を当てると、明らかに俺を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 ひどい!

 いくらなんでもゴブリンは、あんまりじゃないですかね?

 イケメンだと思ったことは無いですが、さすがに不細工まではいかないと思いますよ。

 な、並ぐらいのつもりはありますよ!


 あ、いや待てよ……。

 そういえば、今の俺は巫女になってるんだった。

 んー、自分が女性だと思えば、ゴブリンと言われるのも仕方ないの……か?


「なるほどなるほど。貴方がゴブリンだと思えば、頭の悪さも非常識な行動ばかりするのにも、納得できますね」

「訂正して下さい。御主人様は決して頭は良くないですが、人を思いやる気持ちはどこぞの貴族様以上にあります。汗水垂らして平民達が必死に稼いだお金を無理やり徴収して、私腹を肥やすのが大好きなどっかの教会には、是非見習って欲しいものだと思うくらいですよ」

「何ですって! 奴隷風情が、黙りなさい! さっきから気になってましたが、貴族を前にしてその態度は何ですか!」


 金髪ドリラーが目を吊り上げると、閉じた扇子でアイネスを差して一喝する。

 うわー、2人とも落ち着いて下さい。

 こんな所で、キャットファイトは勘弁願いますよ。

 

「私は御主人様の奴隷ですよ。御主人様の命令には絶対に従いますが、貴方に従うつもりはありません。さっきの言葉を訂正して、御主人様に謝って下さい!」


 う詐欺娘の台詞に、思わず二度見をしてしまった。

 誰が、御主人様の命令に絶対従う奴隷って……あっ、イタイイタイ!

 アイネスさん、脇腹を抓らないで下さい!


「頭にきました! もう少し穏便に話を進めようかと思いましたが、気が変わりました。その者達を、多少強引にでも良いので連れて行きなさい! お母様が何やら、貴方とお話をしたいそうですよ? その非常識な奴隷共々、たっぷりと扱かれてもらいなさい」


 金髪ロールのお嬢様が笑みを深めると、周りの騎士達に何やら指示をする。

 あっ、そうだそうだ。

 ロール嬢が、しっくりくる呼び方じゃないか。

 って、そんな悠長な事を考えてる場合じゃないぞ!


「気の毒だが、お嬢様の命令だ。なるべく手荒なことはしたくない。大人しく、こちらの指示に従ってもらおうか?」

「お断りします。わざわざ敵地におもむくような、馬鹿な行為をするつもりはありません」

「何だと? もう一度、警告するぞ。大人しく、こちらに従え。さもなくば、要らぬ怪我をすることになるぞ」

「ではこちらも、もう一度はっきり言います。お断りします」


 アイネスの言葉に、リーダー格らしい女性騎士が深く溜息を吐く。


「……仕方あるまい。確かに、警告はしたぞ? 奴隷に舐められた態度を取られて、何もせず帰って来たとなれば、周りに示しがつかんからな。殺しはせんが、大人しく従わない場合は斬る!」


 女性騎士がそう言うと、5人の教会騎士達が剣を鞘から抜いた。

 おいおいおい、非常識なのはどっちだよ。

 探索者ギルドで、いきなり抜剣するか?


 女性騎士達が不穏な動きを始めたので、周りにいた探索者達が足早にその場から離れだした。

 盾を前に突き出すようにして、教会騎士達が俺達を取り囲むように移動し始める。


 アイネス達も、俺を守るようにして素早く身構えた。

 あれー?

 話し合いで、終わるんじゃなかったの?

 

 相手が剣を抜いたからか、野獣姫が条件反射で2本の黒鉄製シミターを勢いよく引き抜いた。

 あちゃー、抜いちゃったよこの子……。

 どんどん戦闘不可避になっていく状況に、思わず頭を抱えたくなった。


『レイナ、こちらから手を出しては駄目ですよ』

『はい、お姉様!』

 

 エルレイナだと貴族だろうが何だろうが、殺意を見せたら即座に斬りつける可能性があるので、アクゥアがエルレイナの腕を掴んでいる。

 アカネも俺の傍に近づいて、何かあればすぐに抜剣する構えを作り、教会騎士達を不機嫌そうな顔で睨みつける。

 これからようやく晩御飯にありつけそうなのに、この人達に連れて行かれたら更に空腹の時間が延びると思っているのか、敵意丸出しの視線である。


『ヴァルディア教会は、目に入れたくないくらいに嫌いですが、こちらから手を出すのだけは駄目です。幸い、ここは証人になってくれそうな人が多そうなので、正当防衛の為に一撃くらいは貰ってあげましょう。その代わり、相手が手を出してきたら、即座に狩りを始めますよ』

『はい、お姉様ぁ~』


 まさかのアクゥア先生までもが、苦無を構えて珍しく好戦的な態度を見せる。

 普段は温厚な黒猫娘が、親の仇を見つけたかの如く、教会騎士達を睨みつけてますよ。

 今のヴァルディア教会とサクラ聖教国は仲がすごく悪いって前に聞いてたけど、本当に嫌いなんだね。

 黒い忍装束を着たアクゥアの目が細くなると同時に、『狩り』という言葉に反応したのか、エルレイナが師匠のサリッシュさんを思い出すような危ない笑みを見せる。


 まさか、子供達がここまで抵抗をする意思を見せると思わなかったのか、目に見えて女性騎士達の顔に困惑の色が現れた。

 申し訳ないですが、うちの子供達は見た目以上に好戦的な、肝の据わった肉食系女子達なので……。


「痛い目を見たくなければ、早めに大人しく従った方が良いですわよ。戦奴隷とはいえ、貴方達のような子供だけでは、うちの鍛えられた騎士相手だと大怪我をしますよ? これでも小隊を組んで、『蜘蛛の巣』を討伐した経験のある者達ですから」


 困惑した表情を隠しきれない女性騎士達とは裏腹に、安全地帯から余裕ありげな笑みを浮かべるロール嬢。

 もしかして、そっちが強気な姿勢なのは、こっちが子供だからと舐められている可能性あり?

 戦えそうな人数が俺達の方が少ないし、勝負しても初めから私達が勝つのに、なんで勝負しようとしてるのコイツらとか思われてるのか?

 戦えない俺が言うのもなんだけど、うちの子供達は凄く強いよ?

 

 正直な話、この状況よりは『蜘蛛の巣』と戦った時の方が数も多かったし、よっぽど怖かったんだけど。

 公式には認められてないけど、『蜘蛛の巣』を単独パーティーでガチンコ勝負して勝ってる子供達なので、本当に戦ったらどっちが大怪我するのか悩ましいところ。

 本日も、おそらくゴブリンウォーリア8匹とコボルトスリング2匹を相手に、2人で喧嘩を売って余裕で帰って来るエルレイナとアクゥア先生がいる状態だと、どうにもこちらが負けるイメージが浮かばないのだが……。

 

 もしかしたら、そっちには中級職業の人がいるのかもしれないが、こっちにも2人いますからね。

 むしろその重そうな全身鎧だと、狼人の女性ならまだしも人間の女性となると、うちの最速コンビには相性悪いんじゃないですかね?

 

「あー。別に貴方達が怪我をしても、私が治療して差し上げれば良いのですわね。フフフ、そうですわね。そこの生意気な奴隷が深々と頭を下げて、誠心誠意を込めて私に謝れば、格安で治療して差し上げますわよ。貴方レベルでは、毒の治療を1日1回するので精一杯そうですからね」


 広げた扇子を口元に当て、意地の悪い笑みを浮かべるロール嬢。

 いいえ、残念ながらその予想も外れです。

 一応、中回復も使えます。

 

 「今のハヤト君のレベルだと、1日4、5回は使えるんじゃないかしら?」とマルシェルさんにも言われてます。

 うちの子供達が優秀過ぎて、使う機会が無いだけです。

 むしろ、俺の方がそっちの治療をしないといけないかもしれないですよ?

 

 一触即発の殺気めいた状況に、どうしたものかと頭を悩ます。

 かといって、神子の俺では力づくで止めれそうにもないし、どっちも引く気がなさそうだし、参ったなー。

 貴族を相手にしてるからか、周りにいる探索者達も、助けに入ってくれそうな素ぶりを誰も見せないし。


 ここに若い探索者達が逃げ出す、誰かさんがいればなぁ……。

 そう思いながら待ち人を探していると、視界の端に見覚えのある黒い影が入った。

 さーて、見た目が子供じゃない、誰かさんがやって来たぞ~。

 

「ちょっと待てよ! 今、良い所なんだから……ヒッ!? こ、黒牛鬼!」

 

 遠くから眺めていたヤジ馬の中から、若い男性の悲鳴が耳に入る。

 それと同時に、探索者達が慌てて左右に分かれてできた道から、黒い全身鎧に身を包んだ探索者が現れた。

 

 黒い装甲を重々しく鳴り響かせながら、のしのしと我が物顔でこっちに向かって歩いて来る。

 誰も周りに取り巻きがいない、無防備な状態の誰かさんに、黒牛鬼と呼ばれた探索者が近づいて行く。

 後ろが騒がしいことに気づいたロール嬢が、思わず振り返った。


「何ですか? 騒々し……ヒィッ!」


 魂すら狩りとってしまいそうな、世にも恐ろしい風貌の悪魔騎士が目の前まで迫って来る状況に、ロール嬢が情けない悲鳴を上げた。

 うん……。

 悪魔兜から4本の角を生やして、棘メイスを握りしめたアレに近づかれたら、悲鳴を上げたくなるもの分かる気がする。

 中の人を知ってるからか、今の俺達には凄く頼りになる姿なんですけどね。


「お嬢様!」

 

 何事かと振り返った教会騎士達も、ロール嬢に近づく危険人物に慌てて駆け寄った。

 ロール嬢を守るようにして武器を構える5人の教会騎士と、腕を組んで静かに睨み返す悪魔騎士。

 そして俺達は、のんびりと悪魔騎士の後ろに移動する。

 

「な、何ですか貴方は!」

「遅いですよ、黒牛鬼」

「コイツが、黒牛鬼?」

 

 誇らしげな様子で、笑顔でアズーラを出迎えるアイネス。

 さっきまで強気だった女性騎士達も、突然に現れた悪魔騎士に、目に見えて動揺が走ってるような様子だ。


「隊長、例の噂の……」

「うむ」


 リーダー格の女性騎士も、口を一文字に引き締めて悪魔騎士を睨んでいる。

 ふむ、女性騎士達の様子からして、黒牛鬼の存在はどうやら知ってるみたいだね。


「さて、こちらには黒牛鬼も加わりました。ひとつ言っておきますが、この子は御主人様に絶対忠誠を誓ってます。特に、御主人様に暴言を吐くような愚か者は、真っ先に狩りに行きますよ? 黒牛鬼、あそこにいる巫女が、御主人様のことをゴブリンのように不細工だと侮辱しました」


 アイネスが指差した先にいるロール嬢に、悪魔兜の視線がギロリと移動する。

 悪魔騎士に睨まれたロール嬢が、「ヒッ!」と小さく悲鳴を出すと、素早く女性騎士の後ろに身を隠した。


「わ、私は貴族ですよ! へ、平民や奴隷如きが私に手を出せば、どうなるのか分かってるのですか!」


 女性騎士の後ろから恐る恐る顔を出して、こちらに脅しをかけてくるロール嬢。

 さっきから平民平民って言ってるけど、もしかして今の俺がサクラ聖教国公認の貴族になってるのを、知らない人なのかな?

 俺もビックリなんですけどね。


 ていうか最近は2つ名が本名みたいになっちゃって、ハヤトがあだ名という逆転現象まで起きて、いろいろと困りものではある。

 外出する時は巫女として行動しているから、そっちの方がいろいろと都合良いから別に良いんだけどね。


「もちろん知ってますよ。ですが、貴族様に大変残念なお知らせが……」


 ロール嬢の脅しにも、全然怖がるような素ぶりを見せないアイネスが、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「実はこの黒牛鬼、迷宮育ち故に私達の中でも、一番の非常識な行動を取ります。貴族も知らない世界で住んでいましたので、例え貴族が相手でも、問答無用で攻撃をします」

「め、迷宮育ち?」

「はい。つい最近まで、ラウネやゴブリンの生首を転がして遊んでましたので」


 おいおいおい。

 それって、エルレイナの話じゃん。

 確かにエルレイナは、ゴブリン亜種のミイラ首を使って、悪魔閣下ごっこをしながらゴブリン達と戯れてましたけど。

 今日も5階層を通る時に、道中で見つけたゴブリンの集団にミイラ首を投げつけて、ゴブリンが白目になるくらいの恐怖を与えて、遊んでましたけども……。


「そんな与太話を」

「いいえ、お嬢様。この者の噂は、この街ではかなり有名です。まともな言葉も喋れず、奇声を上げながら魔物達に襲いかかるので、迷宮出身者ではないかという噂も聞いたことが……」

「狂人牛人の話は、どこの酒場に行っても耳にしますね。でも、腕はかなり良く、商人ギルドも注目してる期待の大型新人との噂も聞いたことがあります」

「この街の探索者で、黒牛鬼の噂を知らぬ者はいないみたいです。最近、聞いた話ですと、本当かどうかは分かりませんが、背中に翼が生えたかの如く宙を舞って、天井にいる迷宮蜘蛛を叩き落としたとか……」

 

 アイネスの話をロール嬢が鼻で笑って一蹴しようとしてるが、女性騎士達が街で流れているらしい噂話を、真剣な表情でロール嬢に語っている。

 相変わらず、悪名が轟いてるよなぁ。

 しかも微妙に、いろいろ混ざってるし……。

 最近の噂とか、たぶん迷宮騎士団あたりから流れた情報だと思うけど、アクゥアがジャンプして投擲ナイフで落とした話が混ざってるな。


「でも、噂話なんでしょ?」

「お嬢様、魔狼の亜種をシミターが折れるまで斬り裂いた話や、足を斬り落としたという話は事実みたいです。探索者ギルドも、公式に認めてるようです」

「……それって、本当なの?」

「はい。無残な姿になった魔狼の亜種を背負って、探索者ギルドを訪れた黒牛鬼を見た探索者が大勢いるようなので、本当みたいですね」


 さっきまでの勝気な表情はどこへやら、ロール嬢が不安そうな顔で女性騎士を見ると、苦々しげな表情で女性騎士が頷き返した。

 中級探索者が数人がかりで倒す魔狼亜種を、たった1人で倒したと仮定したら、相当の実力者となるだろうからね。

 まあ、実際に足を斬り落としたのは、そこにいる不機嫌そうな顔をしている狼娘ですけど……。

 アイネスがおもむろに、エルレイナの背負い袋からとある物を取り出した。


「これは先日、黒牛鬼がゴブリンの亜種と遊んで全身を引き千切った際に、商人ギルドから貰った戦利品です。これから戦闘を始めると、貴族様もこうなる恐れがありますが、宜しいでしょうか?」


 う詐欺娘が止めとばかりに、取り出したゴブリン亜種のミイラ首を見せる。

 遊んだのはエルレイナだけどね。

 さすがに全身は、引き千切ってないけど……。

 それを見て自分の末路を想像したのか、ロール嬢の顔が血の気が引いたように真っ青になる。

 

 そして何やら、隊長と呼ばれた女性騎士とコソコソと何かを話し合い始める。

 しばらくすると、コホンと1つ咳払いをしてロール嬢が笑みを作る。


「私も、少々大人気なかったですわね。時々、躾のできてない者達がいるので、脅しのつもりで剣を抜く場合もありますが、決して傷つけるつもりはなかったのですよ? 貴方達、剣をしまいなさい」

「はっ!」


 ロール嬢に言われて、女性騎士達が剣を鞘に締まった。

 安堵したような表情を見せながらも、忌々しげな顔で女性騎士達が黒牛鬼を睨んでいる。


 どうやら黒牛鬼相手では、勝てないと判断してくれたようだ。

 それを見て、アクゥア達が不満そうな顔を見せながらも、身構えていたのをやめる。

 ひとまずは、戦闘を回避できたようである。


「改めて、本題に戻りましょう。お母様が貴方の事をお呼びになってるので、ついて来てくれますよね?」

「それではこちらも、改めて言わさせて頂きます。お断りします」


 2人の女性が、ニコニコと笑みを浮かべて見つめ合っている。

 なぜかここだけが氷河期に入ったような、ひどい寒気がするのは気のせいでしょうか?

 

「そうですか、分かりましたわ。その旨を、お母様に伝えておきます。後で、後悔をなさらぬように。それでは皆さん、ごきげんよう」


 顔に血管を浮かせながら笑みを作るという器用な事をして、ロール嬢と女性騎士達が探索者ギルドを去って行った。

 ようやく肩の力を抜くことができて、思わず安堵の溜息がでる。

 

 探索者ギルドの受付の方に視線を動かすと、マルシェルさんがこっちに来いと手招いている。

 何やらご機嫌そうですね。


「お疲れ様。大変だったみたいね」

「大したことないですよ。アズーラを見て、あんな逃げ腰になるようじゃ、あの女性騎士達もたかが知れてます。それに、ここにはサクラ聖教国の人達が沢山いますので、御主人様に手を出せば大事になるのはあちらの方ですから、特に怖くはありませんでした」

「アイネスちゃんも、相変わらずね」


 強気な姿勢を崩さないう詐欺娘を見て、マルシェルさんも苦笑いを浮かべている。

 アイネスは負けず嫌いだけど、勝てない喧嘩はしない主義だからね。


「貴族と言っても、サクラ聖教国やファルシリアン家のように、人ができている貴族ばかりじゃないのよね。階級が全てで、自分より階級が下の者は従うのが当然と思ってるような、あんな貴族巫女もいるくらいだしね。ヴァルディア教会には、本当に困ったものね!」


 不機嫌そうな顔で、貴族巫女達が出て行った入口を睨むマルシェルさん。


「フフフ。でも、おかげですっごく気が晴れたわ! 平民だと、後ろ盾のある貴族相手には、面と向かって逆らいづらいからね。はい、アズーラちゃん。さっき渡しそびれた物よ」

「うい、あんがと」

「何ですか、それは?」

「サクラ聖教国の法律を書き写した物よ。こんなものを知りたがるなんて、変わってるわね。まあ、牛人の女性だと、そういったことは気になるお年頃なのかしらね」


 アイネスの質問にマルシェルさんが口もとに手を当て、「フフフ」と何やら意味深な笑みを浮かべている。

 

「ウシシシシ。アカネ、後で読むのに協力してくれ。今度、高級メリョンが貰える時は、俺のをやるから」

「本当でありますか!? 協力するであります!」


 高級メリョンを交渉材料に使われて、当然ながらハラペコ狼娘が喜んで承諾した。


「前にも言ったと思うけど、個人で解決できないような話になったら、すぐに探索者ギルドか隣の聖堂に行きなさいね。特にヴァルディア教会の貴族絡みは、サクラ聖教国の後ろ盾がないと厳しいと思うから……」

「大丈夫です。分かってます」


 心配そうな顔で見るマルシェルさんに、アイネスが問題無いと頷く。

 まあ、あの様子だとこれっきりで終わりそうにもないし、最悪の場合はサクラ聖教国とやらの力を借りるしかないかもね。

 こういう時は、何だかよく分からないけど、貴族とやらになれて良かったなと本当に思うよ。

 

 はぁー……。

 この世界で巫女として生きてくのも、楽じゃないですね。

 ていうかよくよく考えれば、俺は神子だし!


 新たに発生した、厄介そうなイベントに頭痛を覚えながら、探索者ギルドを後にした。


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