表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神子の奴隷  作者: くろぬこ
第5章 中級者迷宮攻略<ラウネがいっぱい編>

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/60

迷宮の緑のラウネ

 

『アイネスさん。ゴブリンウォーリア、8匹。コボルトスリング、2匹、です』

「分かったわ。皆さん、始めますよ」


 アクゥアが教えてくれた内容をアイネスが皆に伝えると、迷宮灯に付いてる外枠の下半分を上にスライドさせて、迷宮灯を照らす。

 ゴブリンウォーリアが8匹か……。

 7階層にもなれば、予想通り数が増え始めるな。

 

 迷宮灯の明りに照らされ、こちらに気づいたゴブリンウォーリア達が、即座に身構えた。

 夜目は利かないが、耳の良いコボルトスリングは俺達の存在に気づいていたのだろう。

 迷宮の奥に走って行く後姿が、チラリと見えた。

 おそらく距離を取って、スリングで石を投げるつもりなのだろう。


『さあ、レイナ。行ってきなさい!』

『はい、お姉様!』

「よーし。アカネ、行くぞ!」

「了解であります!」


 エルレイナが駆け出すと、ゴブリンウォーリア達には見向きもせず、素通りして迷宮の奥へ走って行った。

 ゴブリンウォーリア達も、見た目がヤバい4本角の悪魔騎士に警戒して、チビ狐娘はチラッと見ただけで完全に無視している。

 時々石のような物が飛んできているが、激しく移動するエルレイナの方が速すぎて、当たることはないようだ。

 激しく動きながら手に握りしめた投擲ナイフを、お返しとばかりに薄暗闇へ投げたエルレイナ。


「あいあいあー! あいあいあー!」

「キャイン!」

「キャイン!」


 薄暗闇の中から、コボルトスリング達の悲鳴が聞こえる。

 投擲ナイフを投げ終え、2本のシミターを握りしめた野獣姫がコボルトスリングに襲いかかる。


『スリングを持ってる腕を狙って、投擲ナイフを投げてますね。外してる時もありますが、近づいてシミターで攻撃すればよいので問題無いです。数さえこなせば、走りながらでも確実に狙った所に当てれるようになるでしょう。レイナは才能がありますから』


 目出し帽から黒い瞳を覗かせた忍者猫娘が、夜目を利かせて分かりやすく状況を説明してくれる。

 さっきまで6階層で、コボルトスリングに投擲ナイフを投げるアクゥアをしっかり観察してたから、アクゥアの真似をしているのだろう。

 ていうか、あれだけ腕に投擲ナイフが刺さりまくってたら、コイツは腕を狙うべしとエルレイナの記憶にもインプットされるだろう。

 エルレイナに分かりやすく記憶させるためとはいえ、ちょっとだけコボルトスリングが可哀想だったな。

 

「オルァ! そんなボロい剣で、俺を倒せると思ってるのかよ!」

 

 パーティー内で一番危険な奴と思われているのか、ゴブリンウォーリア達が悪魔騎士を取り囲んでいる。

 全身鎧に斬撃を多少食らいながらも、アズーラが近づくゴブリンウォーリアを棘メイスで殴り飛ばしたり、闘牛術で回転蹴りを食らわしたりしている。

 

「あいあいあー!」

「グギャン!」

 

 アカネと一騎討ちをしているゴブリンウォーリアに、加勢しようとしたゴブリンウォーリアが突然に地面へ転がる。

 どうやら薄暗闇から突然に現れた狐娘に、飛び蹴りを食らわされたみたいだ。

 コボルトスリングは、もう倒し終わったのかね?

 持久力が無いアカネに、複数の敵を任せるのはあぶないと分かってるのか、遊撃の仕事をしっかりとしてますな。


『レイナ!』

『はい、お姉様!』

「グギャ!?」

「あいあいあー! あいあいあー!」


 アクゥアの呼びかけと同時に投げた投擲ナイフが、鎧通しを狙っていたゴブリンウォーリアの背中に刺さる。

 それを目敏く見ていたエルレイナが、背中に投擲ナイフの刺さったゴブリンウォーリアに襲いかかった。


「エルレイナが遊撃の仕事を真面目にしだしたので、私の出番がしばらくなくなりそうですね」

「楽になるんだから、良い事じゃないか」

「そうなんですけどね」


 パーティーの連携が上手くなってきたおかげで、仕事が減ってきたアイネスが複雑な表情を見せる。

 今の俺達のパーティーだと、蜘蛛の巣レベルでもなければ、アイネスが魔法支援をする必要がないからな。


『終わったようですね』


 アクゥアの台詞に視線を動かせば、ゴブリンウォーリア達を殲滅してこちらに戻って来るエルレイナ達の姿が目に入る。

 迷宮蜘蛛討伐を経験したアズーラ達からすれば、エルレイナが真面目に遊撃さえしてくれれば、この程度は大したことないのだろう。


「このくらいの数なら、7階層も何とかなりそうですね」

「そうだな」


 小休憩を挟むために皆が腰を下ろすと、俺と同じ考えに至ったのかアイネスが嬉しそうな表情を見せる。

 迷宮蜘蛛でお金を効率良く稼ぐことができなくなったから、稼ぎの良い下層へ早く潜りたいのかね。

 まあ、アカネに今より稼ぎが良くなったら、三角兎をたまには食わせてやるとも約束しちゃったし、うちのパーティーのレベルで大丈夫な範囲なら、もう少し潜っても問題無いんだけどね。

 ていうか俺が戦うわけじゃないし、うちの子供達はすごく優秀だし、どうせ俺は役立たずで甲斐性無しだし……。


「ラウネ! ラウネ! あいあいあー!」


 気持ちがネガティブモードに入っていると、突然にエルレイナが立ちあがり、嬉しそうに奇声を上げながら駆け出した。

 迷宮灯に照らされて、俺達から少し離れた所をピョンピョンと飛び跳ねながら移動する緑色のラウネ。


「あいあいあー!」


 楽しそうな奇声を上げながら緑ラウネに近づき、捕まえるのかと思ったら、いきなり勢いよく蹴り上げた狐娘。

 「私はサッパリ系より、癖のある白ラウネが好きなのだー!」と言わんばかりに、ロングシュートを決められた緑ラウネが宙を舞い、迷宮の奥の暗闇へと吸い込まれていった。

 白ラウネは癖があるっていうか、完全に不味いですけどね。

 ていうか、正確には緑ラウネも食い物じゃ無いんですけどね。


「グギャン!?」

「あいあいあ?」


 遠くの方から、ゴブリンウォーリアの奇声が小さく聞こえた。

 暗闇を見つめて、首を傾げるエルレイナ。


「またか……」

『しょうがない子ですね。すみません、ハヤト様。またレイナがやらかしたみたいなので、私が行ってきます。皆さんには、そのまま休憩を続けて下さいと言っておいてもらえますか?』

『良いよ。いってらっしゃい』


 アクゥアが立ち上がると、エルレイナに近づく。

 皆にアクゥアの話を伝えると、大して気にした様子も無くその後ろ姿を見送る。


『レイナ、行きますよ』

『はい、お姉様!』


 苦無を持って移動するアクゥアに声をかけられて、戦いの合図だと気づいたのかエルレイナが2本のシミターを鞘から引き抜いた。

 嬉しそうに尻尾を左右に振りながら、忍者猫娘の後をついて行く狐娘。

 エルレイナがラウネを蹴った時に、魔物に当たってることが多い気がするけど、もしかしてコイツわざとやってないか?

 喧嘩を売られて騒いでるゴブリンウォーリア達に向かって、歩いていたアクゥアとエルレイナが暗闇に消えていく。

 

「アクゥアなら、1人で3人分以上の力を発揮できるので、2人でも問題無いでしょう」

 

 アイネスの台詞に間違いはない。

 3人相手でもフルボッコにするアクゥア先生ですし、2人揃って中級職業なので大して心配はしてない。

 むしろ、この2人を相手にすることになったゴブリンウォーリア達に同情するくらいだ。

 アクゥアなんて、装備が完全に隠密スタイルになっているから、苦無を使って魔物達を暗闇の中で次々と暗殺していることだろう。

 夜目の利く忍者猫娘なので、迷宮灯を持ってない魔物達からすれば、恐怖以外の何物でもないな。

 

「ぶっちゃけ、あの2人なら中級者迷宮の浅層くらい、簡単に攻略できるんじゃねぇの」

「アクゥア殿とエルレイナ殿なら、やりかねないであります」

「本当ね」

 

 アズーラとアカネの会話にアイネスが小さな笑みを浮かべると、マルシェルさんの日記を広げて目を通し始めた。

 時々メモを取っているのか、少し濁った緑色の紙に文字を書きこんでいる。

 俺がいた世界みたいに、白い紙の方が見やすいんじゃないのかねと思うが、完全な白紙は高いらしく貴族だけしか買わないみたいだな。

 平民が使うのは、緑ラウネを使って安く作れるラウネ紙が一般的らしいね。

 

 まあ、野獣姫からすればラウネの価値なんてどうでもよく、白ラウネ以外は味が気に入らないから問答無用で蹴りを入れたり、転がして遊んだりしてるみたいだが。

 暗闇の向こうから聞こえていたゴブリンウォーリア達の悲鳴が聞こえなくなると、程なくして全身を緑色に染めたご機嫌な表情の狐娘と忍者猫娘が帰って来る。

 

「さて、もう1戦したら昼休憩にしましょう」

「了解であります!」

 

 アイネスの昼休憩の言葉に昼飯を連想したのか、嬉しそうな表情をして反応するアカネ。

 涎が口から垂れてるぞ。

 

「む!?」

「アカネ、どうしたのですか?」


 鼻息を荒くして先陣をきっていたアカネが、突然にピタリと止まる。

 しきりにスンスンと鼻を動かして、何かを探すように匂いを嗅いでいる。

 

「この匂いは、覚えがあるであります!」

 

 目を大きく見開いて、しきりに地面の臭いを嗅いだりする狼娘。

 若干、興奮してるように見えるのは気のせいか?

 

「魔狼……」

『アクゥア、魔狼!』

『承知』

 

 アカネがボソリと呟いた言葉に、皆が即座に反応する。

 俺とアイネスを守るようにしてアズーラが俺達の前に立ち、アイネスの言葉に反応したアクゥアがエルレイナの腕を掴んで、こっちに引っ張って来る。

 腕に柔らかい感触がすると思ったら、アイネスが俺の腕にしがみついていた。

 緊張した様子で、皆が暗闇を見つめる。

 

「アカネ、距離は?」

「グルルル!」


 アイネスの言葉も耳に入らないくらいに興奮しているのか、目をギラギラさせて迷宮の奥の暗闇を睨み続ける狼娘。

 しばらくすると暗闇から、闇が形を作ったかのような、黒い体毛に覆われた魔物が現れる。

 金色の瞳を持った3匹の魔狼が、俺達を静かに見つめている。


「……アイネス?」


 俺にしがみついて、俯いているアイネスに目を移す。

 前回の魔狼亜種戦のトラウマを思い出したのか、アイネスの身体がプルプルと震えている。

 アイネスの指が、震えながらゆっくりと上がってくる。

 

「アズーラ、どういうことですか! 全然、魔狼の亜種と大きさが違うじゃないですかー!」


 あるぇー?

 この子、もしかしてキレてます?

 兎娘が目を吊り上げて、魔狼を指差しながら俺の隣にいるアズーラを怒鳴り散らす。


「あー、うっせぇなー。似たような大きさじゃねぇか。魔狼の亜種よりは……ちょっと小さいかな?」

「どこがちょっとですか! 貴方の目は、節穴ですか!」


 悪魔兜から面倒くさそうな声が聞こえると、余計にアイネスがキャンキャンと吠え始めた。

 確かに狼よりは大きいが、魔狼亜種に比べると見劣りする大きさだな。

 狼と魔狼亜種の中間くらいのサイズといったところか?

 さすがに魔狼亜種のような、2m超えサイズではなさそうだ。

 ホントあの魔狼亜種は、何を食ってあんなにでかくなったんだろう?


「前に会ったのは、奴隷になる前だったんだからしゃあねぇだろう?」

「どうして貴方は、そんなにいつもいつも記憶がいい加減なのですか!」

「ハヤト、この煩いの何とかしろ」


 戦闘中にも関わらず、パーティー内で一番仲が悪い2人が口論を始める。

 おそらく、アイネスの脳内では魔狼を魔狼亜種と同じサイズで考えてたから、本物を見て肩透かしを食らった感じなのだろう。

 俺もそうだし。

 初級者迷宮の頃だったらちょっとヤバイかなと思うが、転職もして装備も良くなって皆が優秀だと分かってる今の状態だと、あまり負ける気がしない。


『ハヤト様、アカネさんの様子が……』

「アカネ、どうした? 大丈夫か?」


 さっきまで唸り声を出していたアカネが俯いて、プルプルと身体を震わしている。

 まさか、アカネも魔狼亜種のトラウマを思い出して……あれ?

 アカネって、トラウマあったっけ?


「メリョンが……」

「……メリョン?」


 アカネがゆっくりと顔を上げると、目をカッと見開いた。


「メリョンが、いっぱい来たでありますかぁああああ!」


 ええええええ?


「ガァアアアア!」

「うるさいでメリョン! ガァアアアア!」

「キャイン!」


 突然に飛び掛かって来たアカネに、魔狼が咆哮で威嚇する。

 でも、だからどうしたとばかりに自らの咆哮で跳ね返し、更には剣でなく拳で魔狼を殴った狼娘。

 ア、アカネさん……語尾もおかしくなってるでありますよ?


 普段は両手で持っているロングソードを片手で勢いよく振り回し、魔狼達を蹴散らしている。

 その様相は、初級者迷宮で目を血走らせながら、一角兎を追い掛け回してた頃を思い出す。

 いや、むしろその時より更に悪化してる。


「……ちょっ!? あのバカ、何やってんだよ!」

「アカネ! アカネ! あいあいあー!」


 狼娘の突然の奇行に、ポカーンとなっていた皆が正気に戻り、2人が加勢する為に慌てて走り出した。

 後先考えず大暴れしているアカネを、アズーラとエルレイナがフォローするように戦っている。


 アカネの予想外の奇襲が良かったのか、浮き足立ったように右往左往する魔狼を、野獣姫が素早く斬りつける。

 そして怯んだところを、狙ったかのようにアズーラが近づき、棘メイスの重い一撃を顔面にヒットさせた。

 仰向けになってジタバタともがいてる魔狼に、どこにそんな元気があるのとばかりに狼娘が空高く跳躍する。

 魔狼亜種の時のように、ロングソードの一突きが深々と魔狼の胴体を貫いた。

 勢いよく魔狼からロングソードを引き抜くと、隙を付いて近づいた魔狼にアカネが身構える。


「ガァアアアア!」


 魔狼亜種を彷彿とさせるようなアカネの強烈な咆哮に、魔狼が伏せ状態になった。

 ついでにエルレイナも狐耳を両手で塞ぎながら、しゃがみ込んでしまっている。

 俺の鼓膜も裂けそうだ。

 味方まで巻き込むな、おバカ!

 いきなり予告も無く、魔狼亜種みたいな馬鹿でかい咆哮をするんじゃないよ!


 怯んだ魔狼より早く復活したエルレイナ達が、魔狼に急いで止めを刺した。

 突然のアカネのバーサーカー状態に少し驚いたが、魔狼は倒せたようだ。

 アズーラ達も少しまだ耳に効いているのか、若干フラフラしながら帰って来た。


「あー、うっせー。いきなりあんな馬鹿でかい咆哮なんて、やるなよなー」

「アカネ! アカネ! あいあいあー!」

「申し訳ないであります」


 魔狼を倒して正気に戻ったのか、2人に怒られながらアカネも戻って来る。

 あー、まだ耳に変な違和感が残ってるよー。


「結局、アカネのアレは何だったんだ?」

「信じられない話ですが、アカネならと予想できるものが1つあります。ただ、今はそれよりも……」


 何やら兎先生は、アカネの奇行の原因に予想がついてるみたいだ。

 でも、アカネ達に合流せず素通りして、なぜか魔狼の死体に近づく。


「こんな魔物如きに怯えてたなんて、ホント馬鹿らしい。フンッ!」


 アイネスがすくい上げるように、屍となった魔狼に風槌エアハンマーを使った平手打ちを決める。

 まるで悪魔騎士に、棘メイスで叩き上げられたように魔狼の身体が宙を舞い、地面に激しく衝突した。


「やっぱりこの前のやつ、気にしてたんだな」

「みたいだな」


 アズーラがこちらに近づいてボソボソと呟く。

 魔狼亜種と対峙した時に腰を抜かしたことを気にして、次に魔狼を見つけたら風槌エアハンマーを顔面に叩き付けてやると、息巻いてたくらいだからな。

 アイネスは負けず嫌いだからね。


「そこの2人、何をコソコソ話してるのですか?」


 え?

 ……ちょっ!?

 アズーラさん、何で口笛吹きながら離れていってるの!

 何か俺だけが、アイネスの悪口を言ってたみたいじゃないか!


 可愛らしい笑みを浮かべ、なぜかビンタをする準備をしながら、こちらにアイネスが近づいて来る。

 ちょちょちょちょ!

 風槌エアハンマーは駄目だって!


「お腹と背中が、くっつきそうでありますぅ~」


 ハラペコ狼娘が老婆の如く、ロングソードを杖にしながらフラフラとした足取りでこっちにやって来る。

 当たり前だ、おバカ!

 あんだけ沢山咆哮しまくってたら、腹も減るよ。


「はぁー。……アカネ、安全な小部屋を探して下さい。そこで昼食にしましょう」

「了解であります!」






   *   *   *






「高級メリョンに、狼の足と尻尾が生えていた?」

「そうであります……」

「やっぱり……」


 昼飯を勢いよく食べ終え、少しだけ落ち着きだしたアカネにさっきのことを聞いてみたら、不思議な言葉が返ってきた。

 俺とアズーラが頭にハテナマークを浮かべてる中、アイネスだけが納得したように頷く。

 どういうこと?


「私が皆さん程に驚いてないのには、理由があります。実は、過去にアカネと似たような奇行をした狼人を、知ってるからです」

「誰?」

「いろんな意味で伝説になってる狼人、ファルシリアンです。以前、大食家と豪腕で有名な貴族がいる話を、サリッシュさんがしたのを覚えてますか?」


 え~と……おお!

 アカネに似た、大食い貴族の狼人か!


「アカネはどうにも食欲が旺盛過ぎるというか、食べ物に関して過敏に反応し過ぎると思って、気にはなってたんです。狼人で食べ盛りとはいえ、アカネのは少々度が過ぎてると思ったことはありませんか?」

「確かに、ちょっと食べ過ぎかなーとは思ったことがある」

「そうですよね。先日、マルシェルさんの日記を読んでいて、気になった言葉がありました。それを見て、もしかしてと思ってそれをサリッシュさんとツアングさんに尋ねたことがあるのです」

「気になった言葉?」

「はい」


 俺がオウム返しで尋ねると、アイネスが真剣な表情でコクリと頷く。

 他の皆もやっぱり気になってはいたのか、アイネスの話に聞き入っている。

 

「旦那様は、『先祖返り』と言う言葉をご存知ですか?」

「先祖返り? ……いや、あんまり」

「獣人にごく稀に見られる話らしいのですが、親が持ってない力を子供が目覚めさせることを、『先祖返り』と言います。アカネの場合だと、ご先祖様にファルシリアンの親族がいた可能性があるのです」

「へぇ~」

 

 アイネスが先程メモっていた紙の一部を俺に見せる。

 そこにはツアングさんから聞いたと思われるファルシリアン家に関わる話が書かれていた。

 

「ファルシリアンが残した、逸話の1つを話しますね。ファルシリアンは若い時、誰もが恐れる凶悪な魔物を倒し、偉い人達から褒美を貰ったことがあります。その際に、ファルシリアンが望んだのが、豪勢な食事をさせてもらうこと」

「まさか……」

「はい。次の日から、同じ魔物を見た際に、その夜食べた物が走ってるように見えたそうです。後は分かりますね?」

 

 皆の視線が、アカネに集中する。

 弁当だけだと食べたりなかったのか、小瓶を傾けて底にくっついてる野苺を、必死に落とそうとしている。


 ……おい。

 お前の話だぞ、ちゃんと聞けよ。

 

「『もし、アカネにも同じようなことが起こったら、先祖返りの可能性が高い』とツアングさんに言われてたのです」

「ふーん。だからアイネスは、そんなに驚かなかったのか」

「はい。でも、これから似たようなことが頻繁に起こるかもしれませんね。ツアングさんも若い時には、アカネ程ひどくは無かったらしいですが、似たような経験をしたことがあるそうです。回数を重ねれば徐々に症状が軽くなって、自分で制御できるようになるらしいです」

「なるほど」


 味を付ける為に入れた蜜が固まっているのか、小瓶の底を叩いたり、小瓶を勢いよく振ったりしている。

 落ちてくるのが待ちきれないのか、終いには小瓶の中へ一生懸命に舌を伸ばすハラペコ狼娘。

 しばらく小瓶と格闘していたアカネが、ようやく野苺をゲットして満足気な表情をすると、手に付いた蜜を舐めている。

 

「はむ。……ん? 皆、どうしたでありますか?」

「はぁー。本当に聞いてなかったのね?」


 キョトンと不思議そうな顔でこちらを見るアカネに、アイネスが思わず溜め息を吐く。

 俺達に話した同じ内容を、アイネスがアカネに説明する。


「私には、ファルシリアン家の血が流れてるでありますか!?」

「落ち着きなさい、アカネ。正確には、その親族の血が流れている可能性があるというだけよ。正式に、貴族であるファルシリアン家の一員として認められるには、現存するファルシリアンの親族と血縁関係にあることが証明ができないと駄目なのよ。そんな物が、今の貴方にはあるの?」

「無いであります……」


 アカネが狼耳を垂れさせて、しょんぼりする。


「それ以外で認められるとすれば、騎士達が目指す職業の中で、最も転職が難しいと言われる上級職業の聖騎士になることですね。『武勲を立てた狼人の中から、稀にファルシリアン家の一員として認められることがある』と、ツアングさんも言ってましたし」

「……あれ? でも、アカネのお父さんって確か、むぐぉ!?」

「その話は、秘密でありますよ」

「あっ、悪ぃ……」

 

 突然アカネに口を手で押さえつけられて、小さく囁くような声で怒られてしまう。

 

「何を2人でコソコソしてるのですか? まさか、父親が聖騎士だったとか、そんな都合の良いことを言いだすんじゃないでしょうね?」

「違うでありますよ」

「でしょうね。例え狼人といえども、平民の探索者がそんな簡単に、聖騎士になれるわけがありませんからね」


 んー、アイネスの反応からして、アカネが前に言ったみたいに、他の人はすぐに信じない話のようだ。

 俺が「そうなんだー」て普通に頷いてたら、「ハヤト殿。もしかして、本当に私の話を信じてるでありますか?」とすごく驚いたような反応してたけど、そういうことなのね。

 聖騎士って、そんなに転職が難しい職業なんだ。

 アカネがいきなり立ち上がると、力強く拳を握り締める。


「でも、大丈夫であります! 私は必ず、聖騎士になるでありますから!」

「その自信がどこから来るのか分かりませんが、期待せずに待ってますよ。ファルシリアンとまではいかずとも、本当に『豪腕の血』が流れていれば、アカネでも何十年後かには転職できるかもしれませんね」

「アカネが聖騎士ねー。なんか想像できねぇなぁ~」


 鼻息を荒くして宣言しているアカネを見て、悪魔兜を外したアズーラがニヤニヤと笑っている。

 確かにアカネの数年後とか言われても、聖騎士というよりはフードファイターとして、大食いチャンピオンとかになってるイメージしかできないな。

 「私の胃袋は、宇宙であります!」とか言ってそう。


「む?」

「アカネ? どうした?」

「何かが、こっちに近づいて来るであります」


 アカネが小部屋の入口に視線を移動させると、真剣な表情で見つめている。


「ゴブリンウォーリアか?」

「んー、違うであります。でも、聞いたことのない足音であります。どっちかというと、迷宮蜘蛛に近いような……」

『見てきます』


 アカネの言葉をニャン語に訳していると、アクゥアが即座に立ち上がり小部屋の外に走って行った。

 しばらくすると戻って来たが、特に慌てた様子もなく歩いて帰って来る。


『どうやら、迷宮蟻がこっちに来てるみたいです』

『迷宮蟻?』

「旦那様、何ですか?」

「迷宮蟻がこっちに来るって」

「ああ、迷宮蟻ですか。皆さん、分かってると思いますが、部屋に入って来ても危害を加えないように」


 アイネスの言葉に、皆が頷く。

 そして俺はいつも通りさっぱり分からないので、つぶらな瞳を意識してアイネスを見つめる。

 面倒臭そうな目で兎先生が俺を見つめ返すと、いつもの考える仕草を始めてくれた。


「迷宮蟻と言うのは、迷宮蜘蛛と同じように迷宮が産み出す魔物の1つです。迷宮に初めて潜った日に、迷宮は地下に蟻の巣のような道を作っていると説明したのを覚えてますか?」

「忘れ……覚えてます」


 忘れたと言おうとしたら、兎娘に睨まれた。

 昨日の晩飯を何食ったかも忘れる俺に、何日に何の説明したかなんて覚えてないですよ。


「はぁー。旦那様のことなので、どうせ忘れてますでしょうね。要は、この地下迷宮を作ってる魔物が、迷宮蟻なのです」

「来たであります」


 アカネの言葉と共に、小部屋の入口の方から何かが移動する音が、俺の耳にも入ってくる。

 入口の暗闇を、大きな青い光が移動する。

 その光が2つに増えると、迷宮灯の光に照らされて、暗闇から何者かがその正体を現した。


 ……蟻だ。

 ライオン並にでかい、黒い蟻だ。

 黒い甲殻に身を包んだ巨大蟻が、人の胴体など一噛みで切断しそうな顎を左右に揺らしながら、青い瞳で室内を見渡す。


『レイナ、手を出しては駄目ですよ』

『はい、お姉様!』


 そしてなぜかエルレイナは、ラウネを並べて遊んでいる。

 たぶん、アカネの話に暇を持て余して、1人遊びを始めたのだろう。

 ラウネを乗せるのに忙しいようで、迷宮蟻をチラッと見ただけで気にした様子も無い。

 わざわざ自分の背負い袋やアカネの背負い袋をひっくり返して、真剣な表情でラウネを乗せている。


 迷宮灯を中心にして座ってる俺達の周りを移動する迷宮蟻。

 触覚を動かしながら、壁を確認するような仕草をした後、何事もなかったかのように小部屋を出て行った。


「あれは何をしてたんだ?」

「恐らく、崩れてる箇所が無いか調べてたのでしょう」

「本物の迷宮蟻は、初めて見たであります」

「私も話を聞いたことはありますが、実物を見たのは初めてです」

「え? そうなの?」


 落ち着いて見てたので、てっきりアイネス達は実物を見てるのかと思ったが。


「本来、迷宮蟻は迷宮の地下深くにいる魔物です。先日の盗難事件で迷宮が崩れたので、その修復の為に浅層まで顔を出してるみたいですね」

「そうなんだ。珍しい魔物なんだな」

「くれぐれも、狩ろうとか考えないで下さいね。はっきり言って、今の私達では逆立ちしても勝てる相手ではないです。あの強靭な顎で、鎧ごと真っ二つにされますよ。装甲も鋼黒鉄並みに頑丈だと聞きますし、1日中働き続けれる程の体力を持ってますので、一度怒らすと永遠に追いかけてきますよ」

 

 怖ッ!

 それはそれは、喧嘩を売るのは避けた方が良さそうだね。

 

「あの青い瞳が、攻撃色の赤に変わったら最後です。その場合は転移門のある部屋に逃げ込むか、迷宮の入り口まで走って逃げて地上に出るかの2つです。魔素の無い場所を嫌う迷宮蟻ですので、地上に出れば追いかけて来ませんからね」

 

 赤い目が攻撃色とか、どこぞの谷の巨大団子虫を思い出しますね。

 迷宮蟻、深層へお帰り。

 この階層は、お前の来る所ではないのよ。


「迷宮蟻は土を掘る強靭な顎も持ってますが、同時に体内から液状の土を吐き出して、迷宮を作り直す事もできます。今は閉鎖している中級者迷宮には、ここの5階層のゴブリン達に負けないくらいに、大量の迷宮蟻が修復作業をしているそうですよ。中へ間違って入った人達が、迷宮蟻と問題を起こさないようにするために、一時閉鎖しているみたいですね」


 迷宮蟻は万能な能力をお持ちな上に、とても働き者な魔物のようだ。

 

「あいあいあー!」


 兎娘先生の講義に全く興味を示さない野獣姫が楽しそうな声を出したので、思わず視線がそちらに動いた。

 エルレイナが完成したラウネピラミッドを見て、満足気な表情で頷く。

 そしてなぜか狙ったように、全てのラウネ達がこちらを半笑いの顔で見ている。


 きめぇ……。

 完成度が高くて、無駄にきもい!


 俺達を気にした様子も無かった迷宮蟻も、ラウネ職人の作るラウネピラミッドを、思わず二度見してたくらいだからな。

 「ラウネ多ッ! キモッ!?」とか思ってたかもしれないね。

 異世界珍百景に、登録しても良いのよ?


「さて、迷宮蟻も行ったことですし、私達も午後の探索を始めましょう」


 昼休憩を終え、経験値とお金を稼ぐ為に魔物を探す。

 道中分かれ道が目に入ったので、皆の視線がアカネに集中する。


「アカネ、どっちに魔物が……聞くまでもないみたいですね」

「グルルル」


 唸り声を出しながら、とある方向の暗闇を指差す狼娘。

 走る高級メリョンを見つけたような表情で、涎を垂らしながら……。


「こっちにしましょう」


 アカネが見てる方向と違う道をアイネスが選択すると、皆もそれについて行く。

 まだ午後の探索が始まったばかりなのに、魔狼相手に咆哮しまくって、ハラペコになったアカネにリタイアされても困るからね。

 暴走耐性ができるまでは、積極的に魔狼は狩りに行けんな。


「グルルル」

「ほら、行くぞアカネ」


 唸り声を出しながら涎を垂らし、魔狼のいる方向を指差し続けるアカネ。

 その首根っこを掴んで、悪魔騎士が引き摺って来る。


「魔狼は、稼ぎが良かったんですけどね。しばらく魔狼は、大量に狩れそうにないですね。はぁー……」

 

 野獣姫が真面目に遊撃の仕事をするようになったと思ったら、次はハラペコ狼娘の暴走問題ですか。

 1つ問題をクリアしたらまた新たな問題が出てくる状況に、肩を落としたアイネスが深く溜息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ