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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第1章 異世界のご主人様と5人の奴隷娘
3/60

異世界で奴隷を買ってみた 終

 

 奴隷商会にて彼女達との契約を無事に果たした後、奴隷商会を後にした。

 とりあえず、彼女達と今後の事も含めて話し合いの場を設けるために、街の広場に移動した。

 広場の一角にある公共のテーブル席に皆で座る。


「おいしいであります! おいしいであります! ご飯がすごく、おいしいであります!」


 さっき移動中に露天で買ったお弁当を、涙を流しながら一生懸命に口の中に放り込む狼娘のアカネ。

 その姿を視界の端に収めながら、会話を始めることにした。

 まずは改めて皆に自己紹介をする。


「さっきもホーキンズさんが紹介したと思うが、俺の名はハヤト=サクラザカ。家名があるからと言って貴族というわけではない。まあ、ちょっと訳ありな人間なんだけど、その辺に関しては他人に聞かれたくないので、改めて別の機会に話す。とりあえずはハヤト。もしくは……まあ、呼び方は好きにしてくれ」


 ご主人様とか旦那様とか、もしくはお兄様と呼んでも良いのよ?

 何しろ君たちを買ったご主人様になるわけだからね。


「坊ちゃん。酒は?」

 

 開口一番、ご主人様に酒を要求する不良牛娘のアズーラ。

 

「あいあいあー!」

『エ、エルレイナさん! なぜ、私ばかりを追いかけるのですか!?』

 

 ご主人様を無視して、意味不明な奇声を上げながら嬉しそうに黒猫娘を追いかけまわす狐娘のエルレイナ。

 黒猫娘のアクゥアは、異国の言葉を喋りながら逃げ回っている。

 アクゥアは嫌がってるみたいだけど、好かれてるのかね?

 

「おいしいであります! おいしいであります!」


 ご主人様の話を聞かずに弁当を食い続ける狼娘のアカネ。


 自由だな、こいつらは。

 こうなれば、最後の頼みの綱である兎娘のアイネス。

 

 こっちを見て、ニコニコ笑うその表情がとても可愛らしい。

 面談の時に使ってたメイド服もセットでもらえたので、今はメイド服を着せたままだ。

 我ながら、良い買い物をしたようだ。


「アイネスも好きなように呼んで良いからな」


 できれば、さっき言ってた『旦那様』でお願いします。


「気安く呼び捨てしないで下さい。豚野郎」


 ええええええ?


 ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいね。

 さっきまで、旦那様て言ってくれてた兎耳のアイネスさんだよね?

 別人じゃないですよね?

 只今、絶賛パニック中の俺が通りますよ? 駄目だ。思考がおかしくなってる!

 

 予想もしなかった兎娘のアイネスの斜め上の返答に、唖然とする俺。

 しかし、周りの他の奴隷達は特に気にした様子も無い。

 えっ? 何、この空気は。

 

 説明を求めて他の人達に視線を移すと、目が合った牛娘のアズーラが眉根を寄せる。

 何その表情は、もしかして知ってたの?

 俺のおかしな様子に気付いたのか、牛娘のアズーラが口を開く。


「あれ? 坊ちゃん、もしかしてアイネスの素を知らずに、雇ったのか?」


 はい。


「あちゃー」


 俺が頷くとアズーラが手の甲を額に当てて、天を仰ぐような動作をする。

 何、そのやっちまったなぁていう仕草は、アズーラと面談した時の奴隷商人のリアクションとダブるんですけど。

 アイネスの素って何?

 優しい兎耳おっぱいメイドさんってだけじゃないの?


「アイネスって結構あの奴隷商会じゃ有名だぜ。ご主人様にも笑顔で毒を吐く『腹黒兎』って名前でな。だから、人気の兎人でもまったく売れずに、売れ残り続けたんだぜ?」


 ナ、ナンダッテー!

 思わずAAで描かれた驚いた表情の俺が、3人出てくるイメージが脳内に流れる。


 あれ? でも、あの奴隷商人はアイネスにそんなひどい地があるなんて一言もいってなかったよ。

 嘘をついて騙してアイネスを俺に売ったってこと?


「ホーキンズは、嘘をついてはいませんよ。豚野郎が私の胸に夢中になって、鼻の下を伸ばして、私のことを詳しく聞かなかっただけですよ。この変態野郎」


 優しい言葉で毒を吐きまくるアイネスさん。

 確かに鼻の下は伸ばしてたので、言い返せないのがつらい。


 えーと、えーと、でも、そうだっけ?

 一生懸命にアイネスと面談してた時の会話を思い出す。


「他に何か彼女に聞きたい事などは、ありますでしょうか?」

「いえ、戦奴隷として働いてくれる上に、家内奴隷としても働いてくれるとなると、こちらとしても大変助かります。後衛を希望と言うことですが、そちらについては前向きに検討します」


 一言一句丁寧に、アイネスがその時の会話を真似してくれる。

 た、確かに、そんなこと言ってた気がする。

 すごい記憶力だな。

 最後のドヤ顔は、もしかして俺のマネですか?

 下心を完全に見抜かれた上でそのカッコつけは、傍から見て完全にピエロですね。

 超絶にカッコ悪いです、俺。

 死にたい。


「そ、そうだったのか……」


 俺の中の優しい兎耳メイドさんのイメージが、ガラガラと派手な音をたてて崩れていく。


「あいあいあー」


 しょんぼりとうなだれる俺の頭を、エルレイナが優しく撫でてくれる。


「ありがとう、エルレイナ」


 今、初めてエルレイナを買って良かったと心から思った。






   *   *   *






 とりあえず、アカネの食事も終わったようなので、これからのことについて皆で話し合うことにした。

 俺の心を深く抉った傷がまだ回復しきれてないが、話を進めないと物事が先に進まない。

 

「これから、皆と戦奴隷として迷宮を潜ることになるけど、希望したい職業とかはある?」

 

 俺はギルドカードのステータス画面を開き、彼女達の情報を調べる。

 この世界のギルドカードというのは、手乗りサイズの情報端末のようなイメージがある。

 カードの下部にある複数のボタンのような物をピコピコと押すことで、次々と画面を切り替えることができる。

 この高機能が魔法という一言で済ませられるから、さすがファンタジーというべきである。

 

「職業以外の余計な情報を見たら殺しますからね? 豚野郎」

「……はい」

 

 さりげなくアイネスのスリーサイズを見ようと思っていた手を止めて、皆の職業の欄に画面を移す。

 ていうかアイネス、俺の心が読めたりします?

 何気に怖いんですけど。

 

「えーっと、アズーラが獣人のレベル5。アカネが獣人のレベル9。アクゥアが獣人のレベル15。エルレイナが獣人のレベル15。アイネスが獣人のレベル2と魔法使いのレベル3って事になってるね」


 とりあえず、アイネスは魔法使いもいけると。

 予想はしてたけどアクゥアのレベルが高いな。

 暴れん坊のエルレイナもレベル10を超えていると。

 正直、このガリガリのアカネがレベル9なのには、今ひとつ納得がいかないが、昔は頻繁に迷宮に潜ってたのかな?

 

「職業を変えるとしても、まずはこのパーティーでどのような攻撃や防御の配置ができて、何が足りないかを一度迷宮に潜って確認してから、転職を考えるというのでも良いのではないのでしょうか?」

 

 おお、確かにアイネスの言うことも一理ある。

 

「それくらいは、すぐに思いついてくださいね。お猿さん」

 

 お猿さんって俺のことですかね? アイネスさん。

 はい、ごめんなさい。睨まないで下さい。

 僕はお猿さんです。

 

「とりあえず潜るのは良いんだけどさ、坊ちゃんの職業って何? 戦えそうには見えないんだけど、商人とかなのか?」

 

 アズーラに言われて俺は自分の職業欄に画面を移す。

 そういえば、最初から設定されていた職業があるんだけど、何の能力なのか誰かに聞いてみたかったんだよね。

 奴隷商会に行く前に、探索者ギルドでギルドカードを作った時に、受付のお姉さんに職業欄を凝視されて、すごく気になってたんだよね。

 なんか同情されているような目に見えたけど、なんとなく聞きにくかったんだよね。

 

「なあ、神子みこって何の職業だ?」

 

 俺がそう言った瞬間、その場の空気が凍りつく。

 

 え? 何? 何なんだよ。

 俺的には、名前の雰囲気的にすげー特殊な職業じゃないのかなって思ってるんだけど。

 この名前を見た瞬間、主人公補正キター! って叫びそうになったんだけど、あの受付のお姉さんの反応からして、良い予感がしないんだよね。

 

「えーっと、冗談だよね?」

 

 アズーラが探るような視線を向けてくる。

 

「いや、俺の職業は最初からそれだったんだが」

 

 そう言って、ギルドカードをみんなに見せるように前にだすと、皆が覗き込む様に集まってくる。

 

「で、何の職業なのこれ?」

「仲間を回復することを前提とした、支援職ですね」

 

 アイネスがニコニコと笑顔で答えてくれる。

 へー、良い職業じゃん。それの何が問題なの?

 

「おいおいおい、坊ちゃん。世間知らずも大概にしてくれよ。神子みこって言えば、女性の職業にある巫女ってやつの男がやる職業だろ?」

「だから?」


 アズーラが教えてくれた話に悪いところはない。

 だから、何でそんな呆れた顔をするんだ?


「通常は身体が成長していくと筋力等がついてきて、その身体能力、才能に合わせた職業の選択肢が増えます。大抵は10歳くらいになれば、最低でも探索者ギルドで戦士の職業を選べます。探索者ギルドを訪問した時点で、神子みこしか選択肢が無かった場合、それは大した才能も無い10歳未満の子供と認知されます。今すぐ探索者は辞めて商人ギルドに行って、商人でもされた方が良いのではないですか? 無能者さん」

 

 ガーン。

 なにそれ、ひどい。

 それと、最後の無能者さんは余計です。

 

 ココに来て、喧嘩もしたことない現代人の弊害が来たか。

 かと言って、今更商人にもなれる訳が無いし、俺に商人の才能なんて皆無だし。

 

「と、とりあえず、現状で一度迷宮に潜りたいから、迷宮に潜るために必要な物を買いにいかないか?」

「承知しました。まあ、現状を知って絶望するのもまた一興だと思いますので、宜しいのではないでしょうか?」

 

 アイネスのさり気ない毒にも、もはや反応する元気も無い。

 こうして俺は、再び心に深い傷をくらいながら、彼女達と迷宮に潜るのに必要な物を買うために、雑貨屋に行く事にした。






   *   *   *






「『ナンデモアルネ雑貨店』。なんと言いますか……」

「すっげー、うさんくせー店だな」

 

 アイネスの呟きにアズーラが眉根を寄せて答える。

 まあ、そうだろうな。

 客も全然いないし、店長のおっさんは胡散臭いし、でも、俺この店しか買い物できる所を知らないし。

 

「店長ー、いるー?」

 

 誰も店内にいないので声をかけると、店の奥から目的の人物がニコニコしながら出てくる。

 

「シャッチョーさん、シャッチョーさん。また来たネ。今度は、何を売りに来たネ!」

 

 そして、この呼び名である。

 ちなみに俺が言わせてるんだけどね。

 パッと見、どうみてもアイヤーなおっさんなので、つい、俺を呼ぶときは『シャッチョーさん』と言うようにと教えてしまった。

 

 深夜の外国人の客引きの光景でよく見かけたのだが、日本人を見れば、どう見ても平社員だろうと『シャッチョーさん』と声をかけるのはおもしろいなと思ってしまう。

 別に、『カイチョーさん』でも『カッチョーさん』でも言いと思うが、なぜか『シャッチョーさん』が定番になってるよね。

 『ヒラシャインさん』でも良いかなとも思うが、こういうのは気分の問題だろう。

 偉くないのに『シャッチョーさん』と呼ばれると、偉くなった気分になって、つい相手の話を少し聞いてやろうかなという気分になる。

 ていうか、どうでもいい話だよね。

 

「シャッチョーさん、シャッチョーさん。良いネタが手に入ったネ」

 

 店長が囁く様な声で俺を手招く仕草をする。

 彼女達に迷宮に潜るための装備品を選ぶように指示して、店長のもとに向かう。

 

「シャッチョーさん、この前言ってた、シャッチョーさん好みの女性のいる娼館のお店の情報が入ったネ」

 

 な、なんだと。

 ついに俺が向かうべき、最終目的地が見つかったというのか?

 しかし、今この情報を手に入れるのは危険だ。

 コレが彼女達に知られたら、これから彼女達に白い目で見られる危険性がある。

 まだ日が浅く、ご主人様の威厳が保たれてないうちは、公表すべきネタでは無い。

 

 時が来るまでは、秘密裏に、静かに行動を起して……。

 

「シャッチョーさんの大好きな、オッパイがばいんばいんの兎お姉さんが、いっぱいいるお店ネ!」

 

 胸をモミモミする仕草をした後、親指を立てて片目ウィンクをすると、誇らしげに大きな声で爆弾発言をする店長。

 やめろぉお! テンチョー! ぶっとばすぞぉお!

 

 だが、タイミングが悪いかな。

 余計な事を口走る店長の口を、俺がふさぐ前に、真っ先に誰かさんが俺達の会話に反応する。


「旦那様?」

「ヒィッ!」


 ゆらりと背後で何かが動く気配と、背中に感じるものすごいプレッシャーで、後ろを振り向くことができない。

 おかしい。待ちに待った『旦那様』と俺を呼ぶ台詞に、喜びを感じるどころか、なぜか恐怖で冷や汗が止まらない。

 

 アワワワワと怯える店長の顔。

 メイスのような物を持った兎耳の影を、足元の視界に収める。

 次の瞬間、俺は頭に激しい痛みを感じて、意識が遠のいた。






   *   *   *






「いッ……テテテ、ここ、どこ?」

 

 ズキズキする痛みに、後頭部をさすりながら目を覚ます。

 

「おっ? 坊ちゃん。目が覚めたかい?」

 

 気付けば、なぜかアズーラに背負われて移動していた。

 

「今から、家を見に行くってさ」

「家?」

 

 話がよく見えん。

 

「あれ? ていうか、装備品はどうした?」

「装備品なら既に買い終えました」

 

 声のする方向に視線を移せば、なぜか店長に案内されるように歩いているアイネスを視界に収める。

 俺のことを汚物を見るようなその視線に、思わず「ヒィッ!」と条件反射的に叫んでしまうが、状況を確認しないことには話が進まない。

 

「買ったって、お金は?」


 俺が支払った記憶は無いぞ。


「必要な装備品のお金は、既に私が支払いました」

 

 支払いましたって、アイネスはお金持ってたの?

 

「コレで」

「コレでって、それ俺のギルドカードじゃん!」

 

 なんということでしょう。

 気絶してる間に、あろうことかご主人様のギルドカードは奴隷に強奪され、ギルドカードから勝手にお金が支払われてしまったようです。

 

 奴隷商会から出る時に、ギルドカードへの入金システムを教えてもらったから、俺のお金は探索者ギルドにある銀行に全額預けてしまった。

 ギルドカードがないと現金は引き出せないから、俺の全財産はギルドカードに入ってるようなものだ。


「どこかのお馬鹿ちゃんが、お金を稼ぐ算段も立たないうちから、娼館につぎ込もうと馬鹿なことを考えてるようなので、お金の管理は私がすることに決めました」

 

 な、なぜ、俺がこっそり娼館に行こうとしてたことを知っている!


 なぜか一緒に行動している店長に慌てて視線を移すと、店長は明後日の方向を向いて、吹けもしない口笛を吹き始めた。

 

 貴様、喋ったなぁあああああ!

 

「何か、言い訳することはありますか? 無いですよね?」

 

 そう言うとアイネスは、ギルドカードに繋がった紐の部分を首にぶら下げた。

 更にあろうことか、そのギルドカードを胸の谷間に埋めてしまった。

 

 この兎娘さんは、なんということをしてくれたのでしょう?

 それは俺にどうしろというのですか?

 お金を使いたい時は、その素敵な谷間から取り出せば良いのですか?

 

「人の胸を凝視しないで下さい、豚野郎。後、私の胸に勝手に触ったら挽き肉にしますので、覚悟して下さいね」

 

 そう言って、アイネスは笑顔で俺に死刑宣告を伝える。

 おそらく俺が欲望に忠実に動けば、なぜか右手に持ってるメイスが、俺に向かって振り下ろされるのだろう。

 おそろしやー。

 

 硬貨を沢山持ち歩く事は不便だからと思ってギルドカードに移したのが、裏目にでてしまった……。

 とりあえず、ギルドカードの回収は不可能というのは理解しました。

 

「って、何じゃコリャァア!」

「ちょっ!? 坊ちゃん、いきなり暴れんなよ!」


 おもむろに自分の着てる服に違和感を感じて、自分の身なりを確認して俺はパニックになる。

 俺を背負って歩いてたアズーラに怒られてしまった。

 だが、そんなことを言われても、パニックになるものも無理は無い。

 今、俺の着てるこの服装は……。

 

神子みこの装備品を買おうと思いましたが、基本的に神子みこの職業をしている方はいないので、装備品がお店にありませんでした。ですので、妥協して巫女の装備品にしておきました」

 

 アイネスに笑顔で説明されるが、これは嫌がらせ以外の何者でもない。

 いや、それミコ違いだから!

 俺は男だし!

 

「似合ってるぜ。お嬢ちゃん(・・・・・)

 

 アズーラが人を馬鹿にしたような笑みを見せる。

 

「ハヤト殿は、女性でありましたか?」

 

 剣を杖代わりにしてヨロヨロ歩くアカネが、検討違いな事をのたまう。

 

「いや、アカネ。俺は男だから」

「着いたネ!」

 

 アカネに俺は男だと諭してるうちに、目的の場所についてしまったようだ。

 

「これは……」

「おいおいおい。安い家って聞いてたけど、コレは大丈夫か?」

「ぶ、不気味であります」

 

 アイネス、アズーラ、アカネが不安そうな顔で家を見る。

 

 見るからに、近所の悪ガキに「やーい、お前んち、おっ化け屋敷ー!」とか言われそうな家ではある。

 まあ、要は古き良き時代の家と言った感じかな、良い言い方をすればだがな。

 家の周りに何かの植物のツタとか巻いてるから、外観だけで判断したら不気味といえば不気味なのかな?

 個人的には田舎にある実家を思い出すから、嫌いな雰囲気じゃないな。

 この街は西洋の建物が多いから彼女達には馴染みが無いのかね。

 

「中を案内するネ!」

「あいあいあー!」

 

 他の人とは違って特に表情を変えることなく、スタスタと店長の後をついて家に入っていくアクゥア。

 その後を楽しそうに追いかけるエルレイナ。

 

「とりあえず中を見てから、考えてみたら?」

 

 外で未だに入ることを躊躇する三人を部屋に入るように促して、俺も家の中に入っていく。

 

「なんだか不思議な匂いがするであります」

「畳だな」


 あまりこういった部屋を利用することはないのか、匂いをしきりにクンクンと嗅ぐアカネ。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」


 部屋の中を楽しそうに寝転んで、ゴロゴロと転がって遊びだしたエルレイナ。

 気に入ったのかな?

 

「シャッチョーさんはタタミを知ってるネ? こういった家はサクラ聖教国だと普通ネ。でも、こっちだとすごく不人気ネ」

「前に似たような家に住んでたから、どっちかというと俺には馴染みがある家だな」


 そうですか、不人気ですか。

 意外とサクラ聖教国に行けば、俺の好みに合うものが多そうな気がする。

 アクゥアが大して気にした様子も無く、部屋の中をスタスタと歩いてるのは馴染みがある家だからなのかな?

 

 アズーラとアカネなんかは、妙に落ち着きの無い感じで視線をキョロキョロさせている。

 この国の住人からしたら、あれが普通の反応なのかな?

 

 畳もそうだが、部屋の様子が本当に自分が住んでいた世界に近い雰囲気がある。

 やっぱり、俺は洋室より和室のほうが落ち着くな。

 

 2階建ての家で1階には居間や物置部屋、台所や食堂等の共同スペースが有り、2階には個人用の部屋が6つある。

 

「前の住人は、探索者だったのかな?」

「そうネ。迷宮に潜るのに6人で住んでたネ。不動産には話を通しているから、後は値段交渉次第ですぐに住めるようになるネ」

 

 家賃の問題があるが、安いという条件で探してもらったのだからそこまで高くはないだろう。

 問題は、本日付で我がパーティーの財務管理大臣に就任した、アイネスさんを納得させられるかだな。

 

 若干暗い顔で、店長に部屋の説明を受けるアイネス。

 

「駄目?」

「備え付けとしてある調理器具などですが、普段使わない物が多いので慣れるのに手間がかかりそうですね。家の買い手がいないらしく、値段も安いので悩みますね……」

 

 毒舌を出さないくらいに悩んでる所からして、値段とかいろいろな物を天秤にかけて迷ってるのだろう。

 さて、あと一押しをできる材料があれば良いのだが。

 

「店長、この家は風呂ってある?」


 ここまで和を強調した建物って事は、当然あるんじゃないのかな?


「お風呂は貴族が使うものであります。このような平民の家に、そんなものは無いでありますよ」

 

 アカネが俺の発言に横槍を入れる。

 他の面々も似たような雰囲気で俺に視線を移す。

 

「風呂? あるネ」

「「「え?」」」

 

 やっぱりあったか。

 キョトンとする彼女達にしてやったりの表情を浮かべながら、店長に案内してもらう。

 そこには、水桶を人が入るくらいに巨大化させたものが部屋の奥に置いてあり、近くに水を出すような蛇口のようなものが見える。

 

「湯は出るのか?」

「地下に温泉があってそこからお湯をひいてるネ。身体に良い物だけど、こっちの人は匂いが気になるって言って不人気ネ」

 

 そう言って店長がお湯を出してくれる。

 たしかに、温泉独特の匂いがあるが気になるほどでもない。

 

「あいあいあー!」


 キャッキャッと楽しそうに熱いお湯に触れて、はしゃぐエルレイナ。


『ハヤト様、ここにしましょう! 私は似たような家に住んでましたので、何かあればアイネスさんのお手伝いをすることができます!』

 

 目をキラキラさせて熱い視線を俺に注ぎながら、身振り手振りも交えて熱心な表情で異国の言葉を話すアクゥア。

 それに対してウンウンと頷く俺。

 やっぱり女性はお風呂好きだよねー。

 

「ちなみにその温泉とかって、美肌効果があったりします?」

「あるネ。よく知ってるネ。でも、誰も信じてくれないネ」

 

 しょんぼりする店長。

 お勧めの物件なのに、この国の人達にはくいつきが悪くて苦労してるようだ。

 

 とりあえず、後ろからこちらを伺う女性陣にチラリと視線を移す。

 主にアイネスあたりに。

 

「平民が入れない湯浴みができる風呂があるそうだが、どうする? ちなみに美肌効果つきらしい」

 

 こちらでの貴族以外の人が身体の汚れを落とすときは、布を濡らしてふき取るのが一般的らしい。

 女性陣がこちらに近づき、お湯が出るのを興味津々に見ながら話をしている。

 

 お? 話し合いは終わったか?

 で、結果は?

 

「様子見も兼ねて、しばらくここに住んでみることにします。ここにしましょう」

 

 アイネスの了解はとれた。

 よし。予想外のイベント発生だったが、とりあえずは家が確保できたので良しとしよう。


 これで彼女達とのお風呂イベントが、グフフフ。

 

「覗いたら挽き肉にしますからね。豚野郎」


 ですよねー。

 こうして俺のお楽しみイベントがまた一つ減った。

 ひどいであります!


異世界生活1日目【完】

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